無題
「お久し振りであります!バルクホルン大尉!」
驚いた。
訓練から帰ったら、金髪にカールスラントの軍服の少女が敬礼で出迎えてくれた。
ヘルマ・レンナルツ曹長。
ジェットストライカー実験部隊“ハルプ”に所属する少女だ。
「久しぶりだな、レンナルツ曹長。…何故この基地に?」
半分戸惑いながらもそう聞くと、レンナルツは背筋を更に伸ばして言った。
「は、はい。実はバルクホルン大尉の妹さんからの手紙が、こちらのブリタニア基地ではなく本国の軍に間違って届いておりまして…大尉がお返事を心待にしているのではと、お持ちしたであります!」
なにっ!?く、クリスからの手紙が…!
「もしかしてストライカーで来たの?さっき格納庫に見慣れないストライカーがあるなーって思ったんだ」
「…はい。公共の交通機関では時間がかかりますから」
私の隣にいたエーリカの問いに、心無しか先程よりトーンの落ちた声でレンナルツは答えた。
私もクリスが目覚めた時、ストライカーで飛び出そうとして止められた事があったが、それをしてしまうとは。
彼女は真面目で優秀なウィッチだが、珍しい事もあるものだ。
「ヘルマはトゥルーデの事になるとアツいよね~」
「なっ…!ち、違います!私はストライカーの飛翔訓練も兼ねて…」
エーリカの言葉に、突然真っ赤になって慌て出すレンナルツ。少し後ろでミーナがくすくすと笑っていた。
…よくわからないが。
「ぁ…大尉、これが届け物です」
「ああ、ありがとう」
レンナルツはまだ赤い顔のまま、封筒を渡してくれた。
汚れないように小さなファイルに入れてある所は、さすが几帳面な彼女といったところか。
「では、私はこれで失礼致します」
「あらヘルマさん、もう夕方よ。今日はここで過ごして、明日帰ったら?」
「えっ!?で、ですが…」
「いいじゃないか、あんたのストライカー見せてよ!」
「うにゃー!あそぼあそぼー!」
ミーナの提案に戸惑うレンナルツに、うちの騒がしいコンビが飛び付いた。
「私も色々お話聞きたいなぁ」
「これからご飯作りますから、食べていってください」
宮藤とリーネも加わり、彼女は完全に取り囲まれた。
「ゆっくりしていってくれ、レンナルツ。向こうの話でも聞かせてくれ」
「は…はいっ!」
私の言葉に、彼女はまた赤くなり敬礼した。
夕飯を終え風呂から上がると、意気揚々とレンナルツを引っ張っていった筈のリベリアンが食堂でぐったりしていた。
「だらしがないぞリベリアン」
「あー…もう、あんたが二人になったみたいだよ」
「は?」
「ずーっとお説教されちゃったー…」
隣にいたルッキーニも同様だ。
「ちょっと普段の生活について話したらさ、ちゃんと軍務はこなせーとか部屋片付けろーとか散々言われてさ」
なるほど。
レンナルツはとても真面目できちんと規律を守るカールスラント軍人の鑑だ。
少し世話焼きでそれは上官に対しても変わらず、エーリカなんかはよく怠惰っぷりを注意されていた。
「私も怒られちゃいました…うぅ」
「宮藤もか?」
「…だって芳佳ちゃん、レンナルツさんの胸ばっかり見るから…」
…皆自業自得だな。
「トゥルーデ、ヘルマさんの寝床はどうしようかしら」
ミーナが食堂の入り口から声をかけてきた。
「私達カールスラントの誰かの部屋がいいと思うのだけど…」
「うむ…エーリカの部屋に寝かせるのは無理だし、佐官と一緒では気を使うだろうから…私が引き取る」
「ふふっ…わかったわ、お願いね」
ミーナはまたもくすくす笑った。何なんだ?
「しっ、失礼致します!バルクホルン大尉!」
「そんなにかしこまらなくてもいいぞ、レンナルツ」
「は、はいっ…」
就寝時間、私の部屋に入ってくるなりレンナルツは声を上擦らせて固くなった。
ミーナ程ではないとはいえ、やはり上官と就寝するというのは緊張するのだろう。
「少し狭いかもしれんが、我慢してくれ」
「そ、そんな…大尉とご一緒させて頂けるだけで光栄で、その…」
髪留めを解くと、レンナルツは言葉を詰まらせた。…ここまで緊張しいだったとは。意外だ。
「!な、何も着ていらっしゃらないのですか大尉?」
「ああ。お前も楽な格好で寝るといい」
「う…は、はい…」
レンナルツはゆっくりと軍服とシャツを脱ぎ始める。
「トゥルーデ~」
「わぁ!」
突然ドアが開き、レンナルツは慌てて振り向いた。
「は、ハルトマン中尉!他人の部屋にはノックをして入るものですよ!」
私がいい加減諦めていた事を、レンナルツが注意してくれた。
「いいじゃんねー、トゥルーデ」
「良くない。私は注意するのに疲れただけだ」
「はいはい、じゃおやすみ」
エーリカはお構い無しに入ってくると、私の頬に口付けた。
「なっ!!き、きき貴様人前で…!」
「いつもしてるじゃんか、おやすみのちゅー」
「してるとかしてないとかの問題じゃ…!」
「じゃーおやすみ~」
私の説教を聞き流し、エーリカは部屋を出ていった。
出る間際、レンナルツの方をちらっと見ていたようだが…表情はよくわからなかった。
「はあ、全く…騒がしくしてすまないなレンナルツ。寝ようか」
「…大尉!」
布団をめくり中に入るよう促すと、レンナルツは俯いたまま言った。
「わ、私、少々寒いです。近くに寄らせて頂いて宜しいでしょうか!」
「ああ、構わないが…」
もぞもぞと私に寄り添うように布団に入るレンナルツは、まさに猫のようだ。
まだ13歳の少女だ、夜は寂しいのだろう。
軽く抱き締めてやると、彼女はおずおずと顔を上げた。
「……あの…」
「ん?」
「い…今だけ、ヘルマと…呼んで頂けませんか…?」
う…可愛い。恥ずかしがっているような表情が、なんとなくクリスを思い出させた。
「わかった、…ヘルマ」
私の言葉を聞いて、彼女は耳まで真っ赤になり黙ってしまった。
気付いてしまった。
…もしかして、ヘルマは…
妹属性なんじゃないか。
クリスよりは真面目すぎるがいい子だし、可愛いし、しっかり言い付けも守る。
なんてこった、我が軍にも私の妹がいたとは。
「…じゃ、じゃあ私の事はお姉ちゃんと呼んでいいぞ」
「えっ!?そ、それは…」
「軍服を脱いでいる私達に階級などない。気にすることはない」
ヘルマはしばらくもじもじとしていたが、やがて私を見つめ口を開いた。
「お…お姉ちゃん…」
……!!
ああ…なんていい響きなんだ!!
「よしよしっ!可愛いなぁヘルマは!」
「ふわっ、大尉…じゃなくてお姉ちゃ…」
「大丈夫、今夜はお姉ちゃんが一緒に寝てあげるからな!怖くなんかないぞ!」
「あ、あの…」
「寒いならもっとぎゅーっとしていいんだぞ、ほらほら!」
「…ご…ごめんなさいー!!」
ガバッ…
…はっ、私は今まで何を…
ん?なんだこれは、何故私の上にヘルマがいる?
「私…私、もう我慢できません!」
「え、ちょ…どうし…」
「バルクホルン大尉…!」
「あっ!だ、だめだ…ヘルマ、あぁっ……」
――――
翌日、レンナルツはカールスラントへ帰っていった。
…しかし昨晩の記憶があまりない。なんだか酷く体が重いような気はするが…
「…トゥルーデ」
「ん…なんだ、エーリカ」
「今夜はお仕置きだからね」
「は…?な、なんの話だ!」
「…私、負けませんよ。ハルトマン中尉」
レンナルツのジェットストライカーは、蒸気線を残しながら青空へ消えていった。