幸せの方程式と特別な特別
朝目覚めると、3人の可愛らしい女の子に囲まれている。
そんな状況はスオムスの女の子なら誰でもする妄想だが、私の場合、これが現実なのだ。
そう、私のベッドには年上のはずなのに可愛らしくて、どこまでも優しいエル姉がいる。
それに加えて、少し怒りっぽいし、男の子みたいだけれど、本当はすごく可愛いし、ふかふかで女の子らしいニパもいる。
それにもちろん、小さくて、可愛らしくてねぼすけな、大事な大事なサーニャだって私に抱きついて眠るのだ。
それは自慢なのかと問われたとしたら、自信をもって自慢だと答えられる。
あぁ、だってそうだろう?
世界で一番大切な人達が自らのことを愛してくれると言うのだもの、幸せでないなんて言ったらそれこそただの嫌みだ。
だから、私は今日もスオムスの朝の凍えから逃れるため、人肌の温もりを求めて誰かを抱きしめようとしたのだ。
けれど、私の腕は空を切り、胸に抱かれたのは冷たい空気だけであった。
不思議に思って重い瞼を持ち上げると、ベッドの上は蛻の殻で、誰かの体温を返すことはなかった。
おかしいではないか。
私よりも早く目を覚ますことが常であるエル姉や、特に寝起きに難のある訳ではないニパならともかく、サーニャまでいないのだ。
いつも通りであるのならば、サーニャはあと2時間は夢の中の住人のはずで、つまりベッドにいないはずがない。
けれども、そのサーニャすらもがいないということは…もしかして全部妄想だった?
いや、いくらスオムスっ娘にとってはポピュラー…いや、コモンと言った方が正確かもしれないぐらいメジャーな妄想だからっといってそれはない!!
もしも全てが妄想だったのなら、どれだけ私の妄想力は逞しいのだ…。
落ち着いて空気を吸い込めば、冷気は肺を満たし、血管を巡って意識を覚醒させる。
よくよく見れば部屋の中には皆の荷物もしっかりとあり、彼女たちの存在を強く主張していた。
私はホッと安堵の溜息を漏らすが、同時に、決して芳しくない想像が頭をよぎった。
もしかしたら、皆は私に愛想を尽かしたのかもしれない。
私には誰かを選ぶことなど今でもできないけれど、
やはりそんな優柔不断な姿は格好の良いものではなくて、皆がそのような私を軽蔑したとしてもなんら不思議はないのだ。
私ときたらすっかりと、頭まで皆の優しさに浸かることに慣れてしまって、なにもしていなかったのだから。
ん?でも、昨日眠りについた時点では皆、私の隣で寝息をたてていたのだから、いくらなんでもそういきなり変わるものであろうか?
頭を悩ましていると、自らのお腹が‘くぅ~’と音をたてる。
こんな時でもお腹はすくものなのだな、と自嘲気味に笑うと、私は食堂へと向かうこととした。
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「お~い、ニパぁ!今朝はなんで部屋にいなかったんダヨ?」
食堂の入り口に、腕を組んでもたれかかっているニパを見つけたので声をかける。
どうやらニパは一人らしいが、食堂からは慌ただしい音と声が聞こえてきて、
その中にはエル姉やサーニャのものも混じっているようだから、二人は中にいるみたいだ。
それならばニパも連れてご飯にしよう…ニパはもう食べ終えたのかな?
「おい、イッル!あいにくお前はしばらく食堂への出入り禁止だ!」
はぁ?ニパがなぜだか訳の分からないことを訴える。
どうして私が食堂から締め出されなくてはならないのだ。
「なんでダヨー!私はお腹が減ったんダ。それにサーニャも中にいるんダロ?」
そう。だから私には止まる理由などないのだ。
だから私は、ニパの言葉を無視して食堂へ入ることとする。
「おい待てよ!だから立ち入り禁止だ!」
ニパが私の腕を掴み、私を止めようとする。
それでも私は止まる気などない。
自由な方の腕で食堂への扉に手をかける。
「エイラ…絶対に入ってこないで!入ったら私…怒るから。」
扉の向こうからサーニャの声が響く。
その声に含まれるのは拒絶の意で、私には逆らうことなどできやしなかった。
あぁ、嫌われてしまったのだろうか…私は胸に痛みを携えてもと来た道を歩んだ。
「イッル、これもってけ!!」
そうニパが叫ぶと、サンドイッチが手渡される。中身はサーモンかな?
「ありがとナ。」
応えたけれどもわたしは食欲なんてなくなってしまっていた。
「あ、それもちゃんと読めよ!!」
それ?あぁ、確かにそこにはなにかメモのようなものが折りたたまれ、存在した。
「あぁ分かっタ。」
私にはそう答えることだけしかできはしなかった。
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もらってきたサンドイッチをテーブルの上に置くと、私はベッドへと飛び込んだ。もちろん手には読めといわれたメモを携えている。
あぁ、しかしこれを読んでもよいものであろうか。
もしかしたら、これは私への三行半…いや、絶縁帖なのではないのだろうか。
そうであったなら私は立ち直れるかどうか分かりやしない。
私ならたとえ読まなくても少し魔力を発現するだけで、だいたいのことは分かってしまうが、だからこそできやしない。
全員に嫌われる覚悟を決めて思いを告げたというのに私は随分と弱くなってしまったようだ。
しかし、読まないことにはなにも始まりやしない。
私は大きく深呼吸すると折りたたまれたそれを開いた。
---5時になったら食堂に来てください。昼ごはんはカタヤイネンさんが届けてくれるので食堂には来ないでね。さっきは怒るなんて言ってごめんね。---
それはニパからのものではなかったらしく、どうやらサーニャからのものだったらしい。
急いで付け足したらしく、最後の文だけ少し字が乱れていた。
しかし、何度見てもそれは私の想像していた類のものではなくて、私の不安は杞憂であったことが窺える。
現金なもので、私のお腹ときたら、さっきは食欲がないと言ったくせに、安心したら再び食べ物を求め始めていた。
せっかくだからサンドイッチをいただこうか…私は椅子に座ると、美味しそうなそれに手を伸ばした。
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ん?どうやら眠ってしまっていたようだ。
もしかしたら寝過ごしたか、と嫌な予感が走ったが、時計の針は4時50分を示しており、丁度良い時間に目覚めた事を教えてくれていた。
眠りすぎて固まってしまった背筋を伸びをしてほぐすと、ベットから這い出す。
あぁ、一体なにが始まるのであろうか。
期待と不安に胸を埋め尽くして私は食堂へ向かうこととした。
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さして食堂まで行くのに時間がかかるはずもなく、私は丁度時間通りに到着した。
あぁ、一体なにがおこなわれているのであろうか?
胸に存在する不安の比率が瞬く間に増加していく。
もしかしたら最後の晩餐だったり…縁起でもないではないか。
嫌な予感を振り払い、私は食堂へと繋がる扉に手をかけ、そして開けた。
HAPPY BIRTHDAY!!!!!!
耳に飛び込んできたのは、その言葉と、はじけるクラッカーの音。
あぁそうか。私はすっかりと失念していたのだ。
今日は2月21日…私の誕生日ではないか。
皆に嫌われたのではないかとか、悪い方へ悪い方へばかり考えてしまってそんな単純な事さえ忘れていた。
時と運命は私の最も得意とするところだというのに…
それになにより、私の大切な人たちなのだもの…決して誰かを悲しい思いにさせるような人たちではないと自分が一番知っていたではないか。
それは、もちろん私も含めてのことであろうというのに。
私の目尻には知らず知らずのうちに涙が溜まっていて、何もかもがぼんやりとして見えた。
「エル姉!ニパ!サーニャ!」
私は声を張り上げると、大切な人たちの元へと駆け込んだ。
少しぐらい恥ずかしくたっていいさ、思い切り抱きしめてしまおう。頬っぺたにキスぐらいならしてしまってもよいのではないだろうか?
うん、決めたしてやろう。嫌だって言ったってしてやろう。
誕生日だものそれくらいは神様も許してくれるさ。
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「あっ、エイラさん!私、プレゼント用意してあるんですよ!!」
あらかたのものも食べつくして、パーティーもそろそろお開きの様相を見せ始めた頃、エル姉がそう叫んだ。
誕生日プレゼントか…パーティー嬉しくて、すかっりそれがプレゼントだと思っていた私は目を丸くする。
誕生日プレゼントまでもらえるだなんて私はなんて幸せなのだろうか。
「私も用意してある…。」
「イッル!私もあるぞ!」
サーニャとニパもそれに反応して声を上げた。
胸に暖かいものが込み上げてくる。
大切な人との特別な日…こういうことが幸せと言うのだろうな。
私の手を3人から渡されたプレゼントの箱が埋める。
「開けてもいいカ?」
皆が頷いたのを確認して、リボンへと手を伸ばす。
「はははっ!!!!」
思わず笑みがこぼれた。
だって、プレゼントの箱にはいっていたのは、3人とも空色のマフラーだったか。
「3人とも狙ってやったのカー?」
茶化すようにそう尋ねるが、3人とも鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
「も、もちろん私のをつけてくれるんですよね!!長めですから二人でつけれますよ!!」
「わ、私のだよな!!私のだって二人でつけれるんだ!!」
「エイラ…私に決まってるよね?二人でマフラー巻こう?」
うん、雲行きが怪しくなってきた。こういう時は…
「ぜ、全員でつけようか…?」
恐る恐る様子を窺うと、3人ともニコリと笑った。
あぁ、分かってくれた。うん、皆で幸せになるのが一番幸せだよな!
「エイラさんは早く選んでくださーい!!!」
「イッルの優柔不断!!」
「ねぇエイラ?私だよね…私だよね?」
あぁこれはもう…
「もう許してくれヨー!!!」
そう言って走り出した私の顔はやはり緩んでいた。
Fin.