Bezaubern sie


 面倒なことになってしまった。

 私の隣にはミーナがいる。中佐として前線で新たな隊を率いる立場となった今、彼女は
抱えきれないほどの仕事と責任、そしてウィッチ達の命を背負って戦っている。そんなミー
ナを陰から支えるのが私の副官としての、また恋人としての義務だ。だから今日もまた、
私とミーナは任務を果たすために司令室という名の戦場に赴くところだったのだ。
 だが困ったことにミーナはこの日、それはもう不機嫌だった。書類は机に投げるわ、ド
アは音を立てて閉めるわ、廊下で誰かとぶつかっても無視するわで普段の温和さなど欠片
も無い酷い有様だ。
 原因は、まさに今、私の右隣でにこにこと爽やかな笑顔を浮かべている。腕にしっかり
としがみつき、これは自分のものだと言わんばかりにぶら下がっているのは、新しい部下
であるヘルマだった。朝食の後さりげなく現れ、私を挟んでミーナの反対側に並んだかと
思うと何食わぬ顔でついてくるのだ。別に仕事の邪魔にはならないからいいのだが、その
せいでミーナが今にも発砲しかねない鬼神のような殺気を放ち続けているのはいただけな
い。かといって適当に追い払おうにも、「敬愛する大尉殿の仕事振りを是非勉強させてい
ただきたいのであります」などと言われてはなかなか断り辛いところである。というか、
こちらこそ有無を言わさずこのまま妹にしてしまいたいという衝動がそれをさせてくれな
い。この私に向かって「敬愛する」とは可愛いやつめ。なんなら私を姉と思ってくれても
構わないんだぞ!……とか考えているとミーナに全力で"小突かれる"のでとても言えないが。

 斯くして私は司令室に入った途端、二人に同時に押し倒されるという危機的状況に突入
してしまったのだった。

────────

「ちょっとごめん」

 部屋に入るなりミーナが扉の鍵を掛けた。何事かと思って振り返ると、思い切り襟首を
掴まれ部屋の隅まで引きずられる。ああ、このパターンにはロクな思い出がないな。前に
やったのは別部隊に行ったフラウに手紙を書いた時で、理由はフラウの妹にも会ってみた
いという一文だった。やましいことなど全然まったくなんにも(本当に)なかったというの
に、説得するのに丸一晩かかってしまったのだ。最悪なことに、今はまだ昼間である。

「どういうことなのか訊いてもいいかしら?」

 ソファに乱暴に投げ出される。骨まで凍り付くような冷酷な視線が痛い。ヘルマはポカ
ンとした様子で静観している。助けてくれたっていいのに。

「あ、あの、これはだな……」
「あなたには訊いてないわ。あなたの身体に訊いてるの。」
「は?」

 言うか言わぬか、ミーナの両腕が私の乳房を捉えた。一瞬遅れて、横からヘルマが腰に
抱き付いてくる。やめろ!目の前で危険な気配を充満させている上官の姿が見えんのか!

「どうしてっ、この子がっ、ついてくるのよっ!!」
「ほっ、本人に訊いてくれ!!」

 服の上から痛いくらいに揉まれる。変なところが擦れてうっかり声が出そうになるが、
そうなると余計に強く揉まれるので必死で堪える。だというのに、ヘルマときたらさりげ
なく耳元に息を吹きかけ───ひああ!!

「ていうかヘルマ!!黙ってないで何とか言え!!」
「は!自分はこのまま大尉殿に一生ついてゆく所存であります!!」
「……。」

 まずい。非常にまずい。ミーナの眼がメチャクチャ怖い。全身のあらゆる器官が警報を
鳴らしまくっている。一言でも間違ったら殺される。

「尊敬してくれるのはありがたいが、軍人としてわきまえる時というのは……」
「ではせめて、"お姉さま"と呼ばせてください。」
「それは一向に構わないぞ。むしろ"お姉ちゃん"でもいい。」
「……。」


 言ってから気付いた。
 条件反射だった。

 死のうと思った。

────────

 夕方、滑走路にほうほうの体で出てきた私を見て、帰還してきた隊員たちは怪訝な顔を
した。仲間が命を張っているというのに、本当に私は何をやっているのであるか。

「よくぞ帰ってきた。急ぎの報告はあるか?」
「いえ、特にはありません。」
「よし。夜の連中からそろそろ出ると連絡があった。お前たちはゆっくり休め。」
「了解しました。」

 外の新鮮な空気で深呼吸すると、頭の余計なモヤモヤがサッと晴れていくようだ。冷た
い酸素が肺を満たして火照った身体をクールダウンしてくれる。爽やかな気分で基地に戻
ろうとすると、ドアのところにヘルマが立っていた。

「どうした、お前も出迎えか?もうすぐ灯火規制の時間だ、早く部屋に戻れ。
「あの、どうしても大尉殿に伝えたいことがありまして……。」
「ん、何だ。」

「私、ずっと前からバルクホルン大尉に憧れていたんです。ブリタニアでのご活躍を聞く
 度に、いつか逢ってお話してみたいと思っていました。お近づきになって、あなたの側で、
 あなたを支えていたいと。
 でも、本当にあなたに出会えた時、私は自分を見失ってしまいました。あなたの隣にい
 たいばかりに、無意味な休暇をいただいてまで付き纏ったりして……私は自分のことば
 かりで、一番大切な筈のあなたの気持ちさえ、蔑ろにしてしまいました。
 全て私の責任です。どんな処罰も覚悟しています。だから、今日一日の上官に対する無
 礼を、どうかお許しください!」

 見事な最敬礼を向けるヘルマ。その真剣な姿勢にはかつての図々しさはもう残っていな
かった。なるほどな。つまりこいつは、そういう奴だったのだ。誰かに甘えることに慣れ
ていなかっただけの、ただ私が好きなだけの一人のウィッチ。真剣であったが為に道を踏
み誤ったというなら、それはこいつの罪じゃあない。

「間違えない人間などいない。」

 ならばせめて私も、上官として恥じることのない態度で臨んでやるのが礼儀だろう。

「失敗とは取り返しのつかないことだ。お前のしたことは間違っていたかもしれないが、
 それはまだ取り返せるものだろう。」
「大尉……。」
「私の側にいたければ、強くなれ。強くなって、その過ちを覆してみせろ。それができる
 というなら、私はお前に処罰を与える理由などない。
 以上だ。わかったか?」
「……はい!!」

 うむ、いい返事だ。これで大人しくなってくれるだろう。ミーナの機嫌も直って、一件
落着というわけだ。

────────

 翌朝、清々しい気分で朝食の席に着くと、先に来ていたヘルマがニコニコしながら近づ
いてきた。

「おはよう、ヘルマ。」
「おはようございます、姉さま!!」

 ミーナの肩がぴくりと動いた。勘弁してくれ。

「ヘルマ、その呼び方はまずい。」
「しかし昨日ご自分で仰ったではありませんか、"お姉ちゃん"と呼んでくれと。」
「あ、あれはその……」
「いきなりそれは恥ずかしいので、やはりお姉さまと呼ばせていただきたいと思いまして。」
「ミーナの前で呼ぶやつがあるか!!昨日あれだけ───」

ダンッ!

「私の前でなくとも、上官に対してそのような呼び方は許しません!」
「落ち着けミーナ!!食事の席だぞ!!」
「私だってっ!!私だって妹になりたいのに!!年下だからって調子に乗らないでよ!」
「ちょっ、何だその衝撃的発言……わー!!やめろ!ナイフは危な───」


 その日以来私は、ミーナとヘルマの間でひたすら痛い視線を浴びることになった。
 やれやれ、面倒なことになってしまった。


endif;


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