マメシバと灰色猫


 太陽も間もなく南中に至ろうと言うところ、いわば昼前の連合軍第501統合戦闘航空団、通称ストライクウィッチーズ
基地に怒声が響き渡る。キーンと高く響くその声は、彼女を知っている人なら一度は耳にしたことがあるものであり、
容易くその主を探り当てることができるものでもあった。
 とはいえ、それが風物詩扱いされていることは、当人からはとても許容できないものである。その本人、
ペリーヌ・クロステルマンも別に好きでそんな声を上げているわけではないのだ。ただ、目の前にいる人物
―宮藤芳佳が、自分にそんな声を上げさせる行動を取るが故であり。そう、つまりはこの豆狸が全て悪いのですわ!
で片付けていいものだと、少なくとも彼女はそう思っていた。
 それなのに、彼女は素直に謝らず、いつも何かしらの理由を見つけては口答えをしてくる。それが全く荒唐無稽な
ものであるのなら一笑して済ませるのだが、必ずしもそうでない辺りがまた腹立たしい。
 つまりはそう、完全に穴しかないか、もしくはペリーヌにとってぐうの音も出せないほど完璧なものであるならまだいい
のだ。しかし、返される台詞はそのどちらでもない。だから彼女の方もその付け入る隙を狙って言葉を返さざるを得ない
のだ。
 尤もそれは、彼女自身の言動にもその傾向があるからこそのことでもあるのだが。
「本当にあなたという人は…!もう我慢なりません!」
 場所は食堂。ペリーヌがお茶の準備をしていたところに宮藤が現れ、物のついでとほんの気まぐれで用意したところ、
ものの見事に彼女は扶桑式の―いわゆる香気と共にすすり上げる―欧州式としては無作法極まりない飲み方を披露
して見せたのだ。もしここに傍観者がいたとしたら、わざとやってるんじゃないかと突っ込みたくなるほどの、
所謂スイッチ的行動である。
「す、すみません!でもわたしの故郷ではお茶はこうやって飲むもので…」
 その言い訳は彼女本位のものではあるものの、ここに配属された経緯を考えるに、そこに完璧さを求めるのは酷で
あることはペリーヌも理解していた。理解してはいるものの、それが無作法であることは確かであり―例えば、
もし彼女が平和の中で出会った友人の一人であるならば微笑を浮かべつつそれを嗜めることもできたのであろうが
―またペリーヌにはそう簡単に彼女に優しくできない理由もあった。
 坂本少佐―ペリーヌの上司であり、またその敬愛という言葉では表しきれないほどの想いの対象―にスカウトされて
きた宮藤であるが、言うなれば彼女はその坂本少佐に付きっ切りと言ってもいい待遇で訓練を受けていた。言葉を
変えれば、特別に目をかけられていると言っても良い。つまり、ペリーヌにとって宮藤は、ぽっと出の新人に癖に
坂本少佐にあんなにくっついて、本来ならばそこはわたしの居場所なんですのよ!、という負の方面の感情を
ぶつけるに相応しい対象となっているのである。

「言い訳なんか聞きたくありません!それにここはブリタニア、確かあなたの国の言葉で、郷に入っては郷に従え、
というものがありましたわよね。そっくりそのまま、プレゼントして差し上げますわ!」
「でも、そこまで言うこと無いじゃないですか。わたし、こっちに来たばかりで、まだ馴染みが薄いんです。それは、
悪いことをしたとは思いますけど…」
 だから自然と彼女の口調はきつくなってしまう。そしてそれをぶつけられた彼女も素直に謝りづらくなってしまう。
結果的に、またいつものと頭に付けられる口喧嘩が始まってしまうのだ。
 それはまるで演舞のよう。見るように見ればまるでじゃれ合う子犬と子猫のようにも見えるのだろう。事実、当航空団
構成員の二人に対する認識はその範疇内のものであった。
「言い訳は見苦しいですわよ。だからあなたは豆狸なんです!少しは坂本少佐の…」
「ま、また豆狸って言いましたね!わたし、その呼ばれ方嫌ですって前言ったじゃないですか!」
「そうして自分の非を棚に上げて反論してくるところが豆狸の豆狸たる由縁ですのよ?」
「むーっ、それならペリーヌさんは、意地悪でひねくれものな灰色猫です!」
「なっ…言うに事欠いて…意地悪で、ひ、ひねくれものですって!」
「だってそうじゃないですか、こんなことで騒ぎ立てて、わたしを目の仇にして…
だからツンツンメガネなんて呼ばれるんです!」
「ツンツン…このっ!もう今日と言う今日は…」

「相変わらず仲がいいな、お前たちは」

 不意に割り込んできた声に、ペリーヌはぴたりと動きを止められた。瞬時に体ごと首を反転させて、声のしたほうへと
向き直る。
 そこに立っていたのは彼女が思い浮かべたとおりの人物。即座にピンと背筋を張りその人に相対するに相応しい
姿勢をとった。
「坂本少佐…!」
「坂本さん!」
 同時に響いた声に、思わず横を確認してしまう。見るとおそらく自分がとろうとした姿勢と全く同じ姿勢をもって、自分が
向き直った同じ人物に向き直っている宮藤の姿が映った。
 おそらくは、自分が畏敬を篭めて向き合っている彼女―坂本からは、二人が全く同じ挙動をしたように映っていること
だろう。こんな豆狸と同じ行動をしてしまっただなんて腹立たしいですわ。そう思いつつも、自分の尊敬の対象である
坂本に礼を尽くすのは当然のことであり、それに類する行動を取ったという意味では特に言及する点は見あたらない。
まあ、宮藤さんもそうそうわたくしを怒らせるようなことばかりと言うわけではないですからね、と結論付けることにした。
 結局のところ、二人がその姿勢をとったのは似て非なる理由によるものであったのだったが、その対象にとっては頬を
緩ませるには十分な光景だったらしい。いつもペリーヌにとって凛々しさを伴って視界に映る、はっはっはっと高笑いを
上げる姿を見せてくれた。

 ―でも、いくら少佐のお言葉でも、それには素直に頷くわけには行きませんの。
 勿論口に出したりはせずに、そう思いを巡らせる。それは、もう同じ空気を吸うのすら我慢ならないというほどに嫌悪して
いるわけではないものの、こうも顔を合わせる度に憎まれ口を叩いてしまう相手と一緒に仲がいいとまとめられてしまうのは
すんなりとは納得しがたいものがある。それに相手の方も、そんな扱われ方をされているのだから、きっとこちらに好意を
持っていると言うことはないだろう。嫌われても仕方がないと思えるほどの言動を取っていることを半ば自覚している彼女は
そう思い、そしてまた同時に少し寂しさを覚えたりもした。
 無論、それは即座に彼女の中で無かったことにされたのだが。
「ケンカするほど仲がいい、か。よく言ったものだ」
「確か、扶桑の格言…ですわよね。ですが、わたくしたちは…」
「ええと、そう見えるんですか、坂本さん」
 ほぼ同時に反応を返し、ペリーヌは自分と重なったそれに違和感を感じた。ペリーヌのそれは、やんわりとだが否定の
篭った声色。けれど、彼女の―宮藤のそれは否定ではなく、強いて言うならば僅かなりであれど喜色の篭ったものであった
からだ。
 ―何故、どうしてですの?
 そんな疑問を口にする間もなく―そもそも彼女には坂本の前でそのような態度など取れなかったのであるが
―その泰然たる笑みで二人に相対する少佐は言葉を続けた。
「二人ともわたしの弟子みたいなものだからな。兄弟弟子が仲良くしているところを見ると、師匠としては嬉しいものだ」
「そ、そうなのですか。わたくしたちが仲良くしていると、少佐は嬉しいのですね」
「ああ、勿論だ」
 そういってまたいつもの笑い声を上げる坂本を、ペリーヌは恍惚とした表情で見つめていた。いつもの仕草とはいえ、
ペリーヌにとってはそれは色褪せることの無い、想い人の仕草なのだから。
「ではわたしはもう行くが、二人とも仲良くな」
 はい、と元気よく返事をしたペリーヌに対し、同じく相対している宮藤芳佳はどこか生返事じみた返事を返すだけだった。
ペリーヌにとって、それは少なからず気になる事柄ではあったものの、また今はそれを咎めるときではないのだろうとも理解
していた。何故なら、彼女の敬愛する坂本少佐その人が二人が仲良くしていることを望んだのだ。ならば、彼女がそれを
守らないわけには行かない。いや、何をおいても守るべきだろう。そう思っていたからだ。
「さて…こほん」
 咳払いに、隣で既に去ってしまった背中を見つめ続けていた宮藤は顔を向けた。それを確認して、ペリーヌは言葉を続ける。
「本当はあなた如きと…という気持ちもあるのですが、坂本少佐がおっしゃるのでしたら仕方ありません。これからは仲良く
していきましょう」
 そして、右手を差し出した。利き手を差し出すなんてこの豆狸にはもったいないほどの信頼の証ですわよ、そう思って、
それを手段として突きつけるように。実際、宮藤芳佳は欧州の風習にそこまでまだ詳しくは無かったが、ペリーヌの取った
それが信頼を表すものであると言うことは理解していた。そしてその様子はペリーヌにも容易く見て取ることができた。
 彼女が少佐に一定以上の敬意を払っていることは明らかである。勿論わたくしには及びませんが、と前置きをつけるに
しても、それはペリーヌも認めるところであった。だから、とペリーヌは確信する。きっと彼女は、この申し出を受け入れて
くれるのだろうと。彼女も少佐を悲しませるようなことはしないだろうから。
 だから、彼女の口から発せられた言葉は、ペリーヌにとって意外と言う他に表現のしようのないものであった。

「なん…ですって?」
 差し出した手が固まる。同時に礼儀として貼り付けていた微笑も凍りついた。
「ですから…嫌です、って言ったんです」
 それはそうだろう。まさかだった。まさかこんな返答が帰ってくるとは夢にも思わなかったから、彼女が硬直してしまうのも
仕方がないことだった。だけどそれだけではない。彼女を固まらせたのはもうひとつ。宮藤にとっても坂本は決して軽くない
存在であることは確かであり、つまりは特別な何かが無ければその言い付けを反故にすることは無いはずだ。つまりは、
例えその理由をもってしても、宮藤芳佳にとって自分と仲良くすると言うことはありえないことだと、それを明確に突きつける
ものであったからだ。
 ガンっと何かハンマーのようなもので即頭部を打ち抜かれたような衝撃。そして、自分がこのことによりそこまでの衝撃を
受けたことに対する衝撃。自分がここまで立ち位置を下げてあげたのに、というものもないわけでは無かったが、その二つに
比べると、彼女自身意外に思うほどそれは些細なものだった。
 疑問を浮かべざるを得ない。何故なら、そんなことは彼女にとってとっくにわかっていたことのはずだったから。目を
合わせれば憎まれ口を叩き、まるで目の仇のように振る舞う。そんな自分に彼女が好感を持たないことは当然のことだ。
意識的無意識的に繰り返したその論述には、特に否定する部分は見た当らない。そして好感を持たないということは、
嫌いという言葉に置き換えても違和感はない。つまり、彼女は自分が彼女に嫌われているということは自明の事柄の
はずだったから。
「そう…そうですの。わかりましたわ」
 ありったけの必死を篭めて平静さを装い、そう搾り出す。何故こんなに必死にならないといけないのか、彼女にはその
理由は分からない。わかることは、ただ必死にならないと、今にも泣きそうになっているその状態だけ。そこまで大きな衝撃。
それは彼女にとって理解不能で、それゆえに抱え続けることが困難なもので、だから最もわかりやすいものに転換せざるを
得なかった。ペリーヌ・クロステルマンが宮藤芳佳に向けるもので、最も頻度が高く、習慣とも呼べるレベルまで至っているもの。
つまり、憤慨へと。
「あなたがそこまでわたくしを嫌ってるとは思いませんでしたわ!
いえ、いいんですのよ、わたくしも、あなたに負けないくらいに―」
 勢いで駆け抜けてしまおうとした口が、ぴたりと止まる。何故かその先を、ペリーヌは口にすることができなかった。
たった三文字。それだけのことを、何故か。ああ、そういえば、と彼女は思い出す。例えどんな悪口雑言を彼女にぶつけて
いるときでも、自分はその言葉を口にしたことは無かったと。それはつまり、シンプルなこと。その状態ではないから
その言葉を口にしない。つまりはどんな憤りを覚えても、それを表に現していたとしても、ペリーヌは宮藤を嫌ってなど
いなかったと。つまりは裏返しに、そんな自分を嫌いにならないで欲しいと、何処かでそう願っていたのだろう。
更に進めるとすれば―
 どうして、どうして自分はこんな状況に至ってそんな結論を導き出そうとしているのか。それが教えてくれる。理解不能ではない。
つまり今自分が受けている衝撃は、嫌われたくない相手から嫌いだと、そう突きつけられたからに縁るものだと。
 頭が混乱する。そんなことは認められるはずが無かった。ペリーヌには彼女を嫌う理由があり、だからこそ平静の自分は
そのように振舞ってきたのだ。それを今更、そんな真逆の思いが浮かんでくるなんて、ありえてはならないことだった。
けれども、どんなに材料を並べても、今の自分の状態を否定することができない。あまつさえ、こんなことすら考えてしまう。
今こうして目の前で口篭り、押し黙ってしまった自分は、一体彼女の目にはどのように映っているのだろうと。

「違います。嫌いなはず、ないじゃないですか」

 それは本当にさりげなく、別に何も難しいことはないという様相で投げかけられ、彼女の鼓膜を揺らした。
本当にいつもどおりの、真っ直ぐに澄んだその眼差しとともに。
 ―え?
 ペリーヌの肩からがくりと力が抜けた。嫌いじゃない、その言葉を反芻し、それを何度か繰り返しているうちに
ほっとしていることに気が付き、そうして彼女は、いつもの自分を取り戻していることに気が付いた。
先程まであんなに悩んでいたことが嘘みたいに。たった一言、彼女がそう口にしただけで。
「わたしはペリーヌさんと本当に仲良くしたいって思ってるんです。だから、誰かに言われてとか、そんなの嫌なんです」
 少しずつ、彼女の言葉がしみこんでくる。嫌いだからではなく、そうじゃないからただそれを純粋な目的として仲良くして欲しいと。
宮藤はそう自分に告げているのだ。
 思わず頷いてしまいそうになる。それでもペリーヌは、落ち着いて平静さを取り戻したが故に、
ついつい憎まれ口へとシフトしてしまう。
「何をおっしゃるのかと思えば…本当に子供ですのね」
「ど、どうしてですか!」
「人間関係とはつまり利用し、利用されるものですわ。誰しもが誰かを利用して、そして誰かに利用されている。その中で自分の
利益を確保していくことが、大人の付き合い方というものではありませんこと?」
「それは、確かにそうかもしれませんけど…」
「坂本少佐がそう望まれた、それだけで十分のはずです。あなたにとってもそのはずでは?」
「でも…嫌です」
 その問答を、きっぱりとそう切り捨てた彼女はやはり彼女らしく、まるで感動のようなものがペリーヌの胸に浮かぶ。けれども、
今はそれを表に出すわけには行かなかった。彼女には言いつけを守るという目的があったし、
何よりそれを素直に喜んでしまうことは癪だと言う気持ちがあったから。
 これは、意地っ張りといわれても仕方ありませんわね。内心そう自嘲する。
「またそんな子供みたいな…」
「それなら、わたしは子供でいいです」
 鼻で笑い飛ばしてしまえそうな返答。だけどもその瞳は真っ直ぐで、それでいて引っ込めそびれていた右手をぎゅっと掴まれた
ものだから、ペリーヌは一瞬返す言葉を失っていた。
「例えばです。坂本さんが、わたしにペリーヌさんと仲良くして欲しいと言われたからと言ってそうしてくれたとしたら、
ペリーヌさんは嬉しいですか?」
「な、なんて例えですの…!」
「どうなんですか?」
 抗議を、またもやあっさりと遮る真っ直ぐな声と眼差し。
 そんなもの、思い浮かべるまでもなかった。認められるはずがないのだ。恋慕というものはその想いが強ければ強いほど、
それに応じた正当な報酬として思われることを求めてしまうもの。そう、それは正当なものでなければならない。つまりは純粋に
その想いに応えたものであるべきで、それ以外の理由によって与えられるものであってはならない。それは間違いなく
自己中心的な思考だ。そう思いつつも、そう望んでしまうのもまた仕方がないことである。それほどまでに、その想いが強いと
いうことなのだから。だから、それは間違いなく望まれる状況ではない。

 彼女が何を言いたいのか、考えるまでも無く導かれる。ただそれの、主述をすり替えただけなのだから。
 自分の少佐を慕っていることは彼女は知っている。その程度が尋常ではないことも、感づいているはずだ。その理解をもって
しても、宮藤芳佳は、自分がペリーヌ・クロステルマンのことを、少なくとも主観においてはそれと同等以上に想っていると宣言
しているのである。ペリーヌ自身のの少佐への想い、言葉で説明できないほど、それが野暮に思えてしまうほど高尚で純粋で
情熱に溢れたと自負しているこの想い―彼女もそれを持ち、そしてその対象を自分に向けているということを。
「いやですわ…ね。それは」
 ジーンとこみ上げてくるものを堪えるように、溢れ出させない様にペリーヌは言葉を紡いだ。
「あなたも、そうだと言うんですの?」
 それに、彼女は頷いてみせる。予想を確信に変えるその真っ直ぐな眼差しを持って。
 そう、彼女はずっと真っ直ぐだった。確かに彼女は戦争というものを良く理解していない。彼女がここに連れてこられた経緯と
それまでの境遇を考えるに、それは仕方のないことではあった。それでも、その在り様であるくせに部隊に解け込んで行き、
めきめきと頭角を表していく様は特に苛立たしさを持ってペリーヌの目には映っていた。何故ならそれは親族の仇を討ち祖国を
奪還する為に、必死に胸を張り続けていたペリーヌとはある意味正反対の姿だといえたのだから。
 だけども、彼女はずっと真っ直ぐだった。そして彼女の守りたいと思うその気持ちは、本物だといわざるを得なかった。
ペリーヌ自身、それは何度も痛いくらいに体感させられたものだったから。彼女の行動は全てそれに由来しており、
それ故に真っ直ぐ。
 それはとても純粋で、穢れなく―言うなればとても綺麗だ。彼女の言うことはほぼ全てが奇麗事ではあるのだが、それ故の、
そしてそれに相応しい輝きを確かに彼女は持っている。
 だからこそ、ペリーヌは宮藤と衝突していた。
 坂本のこともその理由としては多分にあったことは確かだ。けれどもそれだけならば、きっとペリーヌはそこまでの振る舞いは
しなかったのだろう。
 宮藤はそんな自分に真っ直ぐにぶつかってくれた。勿論ペリーヌも引くことは無い。正反対が故に真っ直ぐにぶつかり合い、
受け止めあう形になる。そう、考えてみれば、そんな形で接しあえる人物をペリーヌは持ち合わせていなかったのだ。
 故郷を焼かれ家族を失い、それでもペリーヌは毅然とした態度を崩さなかった。そこで今にも崩れ落ちそうな本心をさらけ出す
ことが、彼女にとっては何よりの敗北だったから。だから失われた祖国に恥じない自分を維持することが、何よりもその誇りを
守り続けるための手段となっていた。
 勿論それは常に無理をし続けていることになる。それすらも認めないこともそれには含まれているため、少なくとも表層意識と
しては彼女はそれを自覚から遠ざけていた。それでも、それは少しずつ、確実に彼女を蝕むものであり、言うなれば彼女の
坂本への妄執はその支えとするべく編み出した自衛手段ともいえたのだろう。だからこそ、坂本も彼女の想いを理解し、跳ね
除けることはしなかった。
 だから、彼女は結局本心で、自分のままでぶつかり合える相手がいなかった。常にそれを隠していたのだから、当たり前と
いえばそうなのだろう。
 強いていえば、ことあるごとに自分をからかってくる悪戯好きのスオムス空軍少尉とはそれに近しい関係になれたのかも
しれないが、彼女は既に大事な存在をその胸に抱えていたから、ペリーヌは必要以上に関わることをおそらくは無意識的に
避けていた。

 そこに現れた宮藤は、彼女にとってそういう意味で、まさしく格好の相手だった。坂本を巡るライバルにして、戦場においては
甘いとしか言いようの無い理想―でも決して共感できないわけではない―を抱えて戦う扶桑の魔女。ぶつかってもぶつかっても、
それに負けない強さで返してくれる。
 気が付けば、それは彼女にとって坂本への想いと双璧をなすほどの支えになっていたのだ。こんなにも自分をさらけ出せる、
さらけ出させてくれる相手を、彼女は他に知らないのだから。
 そうだったのですね、とペリーヌは呟いた。勿論彼女はそこまでの自己分析ができているわけではない。彼女にとっては
あくまで坂本への想いは純粋で高尚なものであり、支えにしているという意識はない。けれども、ひとつだけ確実にいえることは、
目の前の彼女に向けてもおそらくは同等以上の想いを抱いているということ。それを自覚できたということだ。
 目の前で、へ?と首を傾げる彼女がいたが、今は置いておく。彼女に向ける眼差しに自動的にかけられてしまう色眼鏡は、
それは仕方のないむしろ正当なことだと胸を張れるけど、けれどもそれは彼女の輝きを打ち消すことなんてできない。
言い換えれば、彼女を眩しく思う自分を打ち消すことができないのだ。
 つまり自分はずっと、―そう思っていたということになる。
 溜息をつく。顔が自然に微笑の形を取っていくことを同時に感じる。
 ああまったく、と再び呟くと、え?と今度は反対側に彼女の首が傾げられる。それはおそらくは無作法と言うべきで、目上の人に
対し向けるべき振る舞いではない。だけれども、今はそれを咎める気にはならなかった。むしろ何処か愛らしいものとして、
それを認識している自分さえ存在していた。
「あなたは本当に未熟ですわね。見ているこちらが、はらはらしてしまいますわ」
 それでも憎まれ口から始めてしまうのは、そう簡単に変えられないみたいだとペリーヌは内心苦笑した。
 案の定、むっとした顔で何か言おうとした彼女に、曰く人生で何度かしか見せたことの無いとびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
それを目にし、目の前の対象がかちりと音を立てて固まるのを確認してから、ペリーヌは言葉を続ける。
「だからこのわたくしが、あなたのお友達になって差し上げましょう」
 そして、未だその右手を握り続けていた彼女の右手に、ペリーヌはそっと左手を添えてみせた。精一杯の真摯さをその言葉と
行為に篭めて。目を大きく見開いてぽかーんと口を開いたままの彼女を見つめたまま。
「別にそんなに意外に思うことではありませんわ。ええ、わたくしも今気が付いたことですが」
 身を寄せあるような仕草でペリーヌは宮藤の手を引いた。呆然とした顔が視界をスライドして行き、真横辺りでぴたりと止まる。
丁度耳元に寄せられた形の唇。それはなんの躊躇いもなく、伝えるべき台詞を音にした。
「どうやらわたくしは、あなたのことが好きなようですから」
 そうすればきっと素直な彼女のこと、頬を真っ赤に染めるのだろうと、その一瞬後の未来を頭に浮かべ、ペリーヌはもう声を
殺すことなく、くすくすと笑うのだった。
 その頬こそが真っ赤に染まっていることすら気が付かず、そして一瞬後満面の笑顔で宮藤が返した言葉に、さらに赤く
染められることに気が付かないままに。

                                 -FIN-


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