さかもと!乙女塾 壮絶!乳墨印の巻


「はっはっは! 私が乙女塾塾長・坂本美緒だ」
 そう高らかに笑い声を響かせるのは、乙女塾塾長・坂本美緒だ。階級は少佐である。
「さて、そういうわけで次スレが立った」
 鬼の塾長と恐れられる坂本も、この時ばかりは機嫌がいい。
 その場に並んだ芳佳、ペリーヌ、ルッキーニの三人はじっとそれに耳を傾けている。
 なお今回、リーネの姿はない。

「よって、スレを埋めねばならない。しかも記念すべき20スレ目だ」
「でも、坂本さん。私たちはいったい何をすればいいんですか?」
 と、はいはいと手をあげながら訊ねるのは一号生の芳佳だ。階級は軍曹である。
「あら、豆狸はそんなこともわからないんですの?」
「じゃあペリーヌさんにはわかるんですか?」
「当然ですわ。次スレを立ててくれた人に感謝の乙――ですわよね、坂本少佐?」
「そうだ。よくできたな、ペリーヌ」
 満足そうにうなずきながら、坂本は言い放った。
「よってこれより、乙女塾名物・乳墨印(にゅうぼくいん)を行う!」

 『乳墨印(にゅうぼくいん)』
  昔、中国地方の柔林寺にミンメイなる尼僧がおり。
  ある時、我に少しの隙あれば胸に墨で『乳』と書いてみよと、弟子にのたまう。
  しかし弟子たち、あらゆる時と手段もちいてそれを試みてみるも、
  とうとうミンメイの胸に印をつけることはできず。
  なお余談ながら、乳墨印は墨印と略され、現代ではそれがなまり、
  大きなおっぱいのことを「ボイン」と呼ぶのはこれが由来なり。
                    (民明書房刊『乳なるおっぱい』より)


「わが乙女塾ではその故事をならい、『乳』の代わりに『乙』の字を用いる」
 この乙はスレ立て乙の乙であり、乙女の乙でもある。
「私に『乙』の一字を書いてみろ!」
 そう言い切ると坂本は、制服に手をかけ、それを脱ぎ捨てた。
 身にまとわれているのはボディスーツのみ。その麗しい肢体に、思わずペリーヌは見惚れた。

 ようやく芳佳も理解した。つまり、おっぱいを揉むついでに乙って書けばいいんだなと。
 そうして三人は、いつになくやる気をみなぎらせた。 
 合理的におっぱいを揉める、と笑みがこぼれるルッキーニ。
 合理的におっぱいに顔を埋められる、とついよだれが出る芳佳。
 合理的にそのあと坂本少佐とあんなことやこんなことを……と下半身を濡らすペリーヌ。

 ――と、最初に動いたのはルッキーニであった。先手必勝である。
 次いで芳佳、遅れてペリーヌもそれに続いた。
 坂本の胸をめがけて、三人が、六本の手が殺到する。
 が、坂本はその場に立ったまま、眉ひとつ動かすことはない。
 そして、手にした竹刀を一閃、二閃、三閃――

 バシッ、バシッ、バシイッ!

 あとには、頭を打たれ、地面に倒れこむ三人。
 その頭にはでかでかとしたたんこぶができあがっている。
「なお――」
 と、坂本は苦悶に地面をのたうつ三人へ向け、淡々とつけ加えた。
「もし明日の正午までにできぬようであれば、下の毛をすべて剃り落とす」

●作戦其ノ壱 アロンアルファ作戦●
 
 庭先にて。
 ルッキーニは木の上でじっと息をひそめていた。
 坂本が通りかかるのを待ち構えているのだ。
 その手にはロープが握られており、その先端にはバケツをくくりつけている。

 そうして今か今かと待っていると、坂本が姿をあらわした。
 しかも好都合にも、こちらへと近づいている。
 そして坂本がちょうどバケツの真下にくると――
(今だッ……!)
 ルッキーニはロープを引っぱった。
 するとバケツにたっぷり満たされていた液体が、地上の坂本にむけて降りそそぐ。
「むッ!」
 と、意表をつかれて声をあげる坂本。
 咄嗟に顔をかばおうと、両の手をそれに向けて差し出した。
「これはッ……!?」
「速乾性の接着剤だよ」
 木の上からルッキーニはほくそ笑んだ。
 坂本は両手、それにふとももから足先にかけて、それを浴びてしまっていた。
 ルッキーニは左手にスリングショットを構える。
 ひとまずおっぱいは二の次。それより今は、下の毛の死守である。
 そして右手には、半分に切ったさつま芋。芋判にして、朱肉をたっぷりつけてある。
 事態を悟った坂本は、その場を引こうとした。
 が、そうするどころか、接着剤は早くも固まりだしており、
 これでは体の向きひとつ変えるのも容易ではない。
 スリングショットのゴムをめいいっぱいに引き絞るルッキーニ。
 若干12歳ながら、狙った獲物は十発十中のプロのスナイパーである。
「いっけェ!!」
 声とともにルッキーニはその手を離した。
 芋判は坂本の胸をめがけ、一直線に飛んでいく。
 坂本は身をよじらせることが精一杯。これでは手も足も出ない。
 ルッキーニはその成功を確信しきっていた。

 ――が、芋判が坂本の胸へとたどり着くことはなかった。
 では芋判はどこかといえば、坂本の口のなかに収まっているのである。

 ルッキーニは己が目を疑った。
 その道程を目撃しつつも、頭がそのことを拒否してしまう。
 しかし、認めてしまうしかないではないか。
 なぜ芋判が坂本の口のなかにあるのか――
 それは坂本が、飛んでくる芋判を上下の歯でがっちりと受け止めたからに他ならない。

「でもでも、芋判ならまだまだあるんだからッ」
 気を取り直したルッキーニは、新しい芋判を手にする。
「ほふか」
 プッ、と坂本は芋判を噴き出した。
 その芋判はスコーンとルッキーニのおでこを直撃し、
 バランスを崩したルッキーニは、そのまま木の上からまっさかさま。

「フッ、この程度で」
 坂本は靴を脱ぎ捨てると、そのまま素足で歩いていってしまった。

●作戦其ノ弐 妖凄作戦●

 基地のとある一室にて。
 芳佳はあえぎ声を出していた。
 一人二役、ともに女のものである。
 そして部屋の壁には、ちょうど坂本の目の高さに小さく穴があけられている。
 その穴の下の部分にもまた、ちょっとした細工を仕掛けてある。
 ウィッチとしてはもう二十歳、しかしまだまだ血気盛んな年頃のはず……
 坂本が部屋の様子をこっそりのぞこうとしたところを捕まえてやろうという作戦だ。

「やんっ、よこはらめぇ」と芳佳。
「ええやんけ、ええやんけ」とこれも芳佳。

 芳佳が一人熱演を続けていると、遠くからぺたぺたと、足音が聞こえてくる。
 それは次第に大きくなり、どうやらこちらにやってきているらしい。

「だから、らめらってばぁ」と芳佳。
「そんな言うたかて、体は嫌がってへんやないか」とこれも芳佳。

 その演技にもいっそう力がこもる。
(坂本さん、気づいてッ……!)
 そうして――ぴたっと、足音が止まる。
(やったッ!)
 芳佳はぐっと壁を指で押した。やすやすと指先はそれを開通する。
 ちょうど坂本の胸のあたりにくるところの壁をくりぬき、障子紙で偽装しておいたのだ。
 (おっぱいへの)直リンの壁崩壊の瞬間である。

「坂本さんのおっぱい、いただきますッ!!!!」

 叫ぶ芳佳。手にした油性マジックが坂本の胸へ伸びる!
 ――が、芳佳が『乙』しようとする間際、それは遮られる。
 まさにおっぱいによって。
 結構ある坂本の胸の谷間が、マジックを受け止めたのだ。
 坂本は胸筋にさらに力をこめ、芳佳の手からそれを奪ってしまう。

「なにをやっているんだ、お前は?」
 坂本は穴の向こう側から顔をのぞかせ、訊ねかけた。
「あの、えっと、これは……」
 おろおろとうろたえるばかりの芳佳。
「こんなことで本当に『乙』できると思ったのか?」
「はい。途中まではうまくいったんですけど」
 芳佳はコクリとうなずく。それが逆鱗の壁崩壊の瞬間であった。
「うわっ、なにをするんですか坂本さんっ!?」
 坂本は穴に手を突っこむと、芳佳の耳たぶをぎゅっとつまんで顔の前まで引き寄せ、
「私を馬鹿にするなッ!!」
 と大音声で一喝。

「ふむ。とりあえず――」
 坂本は油性マジックを手に持ちかえ、芳佳の額に『肉』と書いておいた。

●作戦其ノ参 夜ばい作戦●

 坂本の自室にて。
 時刻はもう宵も宵である。
 合鍵でこっそり忍びこんだペリーヌは、忍び足で坂本の眠るベッドに近づいていった。
 ただいま坂本はぐっすりと眠っている。
 それもそのはず。夕食にたっぷりと睡眠薬を盛っておいたのだ。

 坂本のたてる、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。
 静かな夜である。それはいっそう際立つ。
 坂本がとてもやすらかな寝顔をしていることに、ペリーヌは驚きを隠せなかった。
 鬼畜な坂本のことがペリーヌは好きだ。そんなところに惚れている。
 けれどペリーヌは、こうしたあどけない坂本の寝顔も、また美しいと思う。
 いったいどんな夢を見ているのかしら?
 ペリーヌはそんなことを考えて、しばしのあいだ見入ってしまっていた。

「……キス、できそうですわね」
 あまりに無防備な坂本の寝顔に、ぽつりペリーヌの口からそんな言葉が漏れた。
 するとペリーヌは、顔をかあっと真っ赤に染まらせる。
「な、なにを言っているの、わたくしったら」
 その考えを打ち消すように、ペリーヌはぶんぶんと首を横に振る。
「で、でも……」
 まだまだ夜は長い。ちょっとくらいなら……
「そうですわ。これは少佐がちゃんと眠っているか確かめるために……」
 誰に言うわけでもないのにペリーヌはそう口にした。
 きっとそういうことなんだ。そういうことにしといてやってください。

 そしてペリーヌはそうっとそうっと、坂本の寝顔に自分の顔を近づけていった。
 ――すると、坂本のすぅという寝息がペリーヌの顔にかかった。
 ただの寝息ではない。蒔殺(じごろ)の寝息である。

「はふん」

 と、身を脱力させてしまうペリーヌ。
 坂本に倒れこみそうになって、寸でのところでなんとかそれは持ちこたえる。
「い、いけませんわ、わたくしったら……」
 そしてペリーヌはもう一度、坂本に顔を近づけていき――

「はふん」

 と、またもや寝息にやられてしまう。
「こんなことをしている暇は……夜は短し乙せよ乙女、ですわ」
 などと言いつつも、やはり顔を坂本へと近づけていき――

「はふん」

 と、やっぱり寝息にやられてしまう。
 もはや本来の目的なぞ、ペリーヌの頭からはすっかりぬけ落ちてしまっていた。

(まだまだ甘いな、ペリーヌ)
 薄目を開ける坂本。こうしたやりとりが朝まで続いた。

●作戦会議●

「どうしよう。坂本さんに『乙』するなんて絶対ムリだよ」
「しかも、もう時間もないよ」
 リミットである正午まで、もはや幾許もない。このままでは下の毛を剃られてしまう。
「こうなったら、三人で手を組むしかありませんわね」
 ペリーヌの言葉に、芳佳とルッキーニはコクリとうなずいた。
 一本の矢は折れやすい。でも三本の矢が集まれば、きっとあの坂本少佐にだって勝てるはず。

「あっ、そういえばリーネは?」
「誘ってみたけど断られちゃった。『私はしらない』って」
「今は猫の手も借りたい状況だといいますのに……」
「せっかくおっぱいが揉めるチャンスなのに。なんだか怒られちゃった」
「……芳佳、もしかしてそのこと、リーネにも言ったの?」
 芳佳はうなずく。なにか問題でもあったのだろうか?
「まったく、あなたときたら。乙女心のなんたるかがわかっていないんだから」
 ペリーヌの言葉に、ルッキーニもうんうんとうなずいた。
「えっ? どういうことですか、それ?」
 芳佳は疑問を口にするも、二人はやれやれという表情をするだけ。

 まあそんなわけで、最終作戦の火ぶたが切られた。


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