ブリタニア19XX ブリタニア陸軍歩兵戦闘装甲歩行脚 Mk.Ⅲ
奇妙な状況だった。
休暇を貰い、北アフリカからブリタニアへと一時帰郷していた私マイルズと指揮下の第4戦車旅団C中隊に対し、突然の命令が下ったのだ。
命令の内容はドーバーへ向かい、現地での指示に従う事。
これは理不尽な話だった。
激化する戦線を支える為に在任期間を超えて戦闘を継続していた我々がやっと手に入れた休暇だというのに、降って沸いた突然の任務でフイにされてはたまらない。
勿論私個人的にはネウロイとの戦闘を継続する事に異論はないし、命令を拒否するつもりも無い。
しかし、傷つき疲れた部下たちのことを考えるととても素直に命令を受諾する気にはなれなかった。
伝令より命令を受け取った私は船着場で隊員を待機させ、すぐさま上級司令部へと向かう。
そこへ肩を怒らせ、勢い込んで執務室へと乗り込んだ私は肩透かしを食らう事になった。
どうやら今回の命令は戦闘作戦ではなくて半ば慰問のような任務らしく、命の危険は基本的には無いらしい。
しかも、この任務に従事する時間に関しては部隊全体の北アフリカ駐留の日数に加算して勤務内容を評価されるといったオマケ付き。
また、人数も中隊全員ではなく数人が参加できれば問題ないとも伝えられた上で、現地司令からは伝えるべき情報の全てが命令書に明記されなかった件を謝罪されてしまった。
その真摯な態度に私も熱くなってしまったことを謝罪し、直ちに待機中の中隊員の下へと取って返した。
「……と、いういわけなんだけど、私以外に志願者は?」
聞いてみると既に家族や友人たちに帰宅の連絡をとっている人間が多く、ドーバーに向かうのは私と小隊員2名だけとなった。
個人的には安心できるいつものメンバーといった所だ。
「なんかいつものメンバーだねぇ、たいちょー」
コードC-3rd、年下で中隊のムードメーカーである人懐っこい彼女の嬉しそうな声が響く。
「そうですね……でも、いまいち腑に落ちない部分もありますよね……」
コードC-2nd、私の副官を勤めてくれている眼鏡とアップした髪型がトレードマークな彼女の冷静な意見。
「いいじゃないいいじゃない。ブリタニア本土なわけだし、命の危険無しで皆の分までおきゅーりょー増えてはっぴーじゃん」
「それはそうなんですけど、どうにもそこまで楽観できなくて……」
「ま、とりあえず行ってみましょう。正式な命令ですし、ね」
「うんっ」
「了解です」
そして我々は、鉄道にてドーバーへの道を急いだ。
一等室での鉄道の旅は快適な上に途中ネウロイの空襲警報も無かったおかげで定時には到着する事ができた。
駅から軍へと連絡をすると、軍用のトラックが私たち3人を迎えに来た。
トラックに揺られる事数時間。
日が落ち、暗くなる頃に到着したその場所はどう見ても演習場だった。
訝しげな視線で辺りを見回しているとカールスラント空軍の制服に身を包んだまだ小さな少女が現われた。
「王立陸軍第四戦車旅団C中隊ご一行様であられますか?」
「はい、指揮官のマイルズです」
「これは失礼致しました少佐殿っ! 自分はカールスラント空軍131先行実験隊ハルプ所属のヘルマ=レンナルツ曹長であります!」
どうやら到着を待っていたにもかかわらず私服姿の我々が当のC中隊の面々だと確信が持てなかったための行動だろう。
少女は教本にでてくるような、こちらが恐縮してしまうようなびしっとした敬礼を行い、謝罪と共に自己紹介。
こちらもそれには返礼を返し、各々簡単な自己紹介を行う。
しかしここでカールスラントの人間が出てくるとは……今回の件は多国籍部隊である第501統合戦闘航空団絡みなのだろうか?
「宿舎にご案内いたします。少佐殿」
「あの、ヘルマさん。同じ軍人同士とはいえ所属は違うし、今は見ての通り軍務についているわけではないですから、余り堅苦しい態度は止めにしませんか?」
「あ、ありがたいおことばですっ! し、しかし気を悪くされては申し訳ありませんが……その、性分ですので、もうしわけないですっ」
「そう、わかりました。でもこちらからはヘルマさんという呼び方で良いですか? 何か愛称があるのでしたらそちらでお呼びしますけど」
「はいっ! 隊内ではレン、と呼ばれておりますっ!」
「ではレン、案内をお願いします」
伝統ある王立陸軍でもこの年齢でここまでお堅い子はいないんじゃないかしら……なんて思いながら彼女の後ろをついて歩く。
本当はここでの任務が一体どういう内容なのか聞いておきたかったのだけれど、なんとなくこの子に質問しても疲れそうなので止めておく事にした。
佐官とい事で私は個室、部下二人は相部屋が用意されていて、案内されたその部屋はこんな軍施設にもかかわらず意外と清潔感漂う広くていい部屋だった。
というのはアフリカでのテント暮らしの長かった私の主観的感想で、もしかすると大した部屋ではないのかもしれない。
本音を言うとアフリカでの暮らしと同じく3人で相部屋の方が寂しくなくて良かった、と思うのは贅沢な悩みなのだろうか?
戦場が恋しいというのは何か間違っている気がするけれど、がらんとした部屋、広々としたベッドに一人眠るよりも、狭い野戦テントで3人肌を合わせ砂漠の寒い夜を過ごした日々の方が温かみがあった気がした。
中々寝付けず、よっぽど二人の部屋を訪ねようかとも思ったが、一応佐官という階級を拝命しているという自尊心もあってギリギリの一線を保っていた。
そんな時に、コンコンとノック。
扉をあけると、相部屋だったはずの二人だった。
C-2ndは笑みを浮かべつつもちょっと作ったような困った顔、C-3rdは満面の笑みで部屋に入ってくる。
「どうかしましたか?」
大体状況は読み取れたけど、隊長としてのギリギリの尊厳を保ちつつ質問……でもちょっと声が上擦っちゃったかも。
「い、いえ……この子が……」
「わたしもふくちょーも、たいちょーの体温が恋しくなっちゃったの~」
「あ、こ、こら……この子ってば……その、わたしは……」
「どうもこのベッドは私一人には大きすぎて落ち着かなくて……折角ですから3人で寝ませんか?」
「うんっ」
「あ、こらっ……」
ベッドに飛び込むC-2ndを嗜めようとする副長のC-3rdを制して、手を伸ばす。
「ね、あなたも」
「はい、では御言葉に甘えまして……」
彼女も、少し頬を染め、おずおずとベッドに入ってくる。
そして私たちは、3人で心穏やかな夜をすごした。
…………。
朝、どうやら従兵役が与えられているらしいレンの挨拶によって起床。
その脚で食堂へ向かい、用意されていた食事を摂った。
久しぶりに味わう見事なブリタニアの朝の食事だった。
他国の連中……特にロマーニャ出身の兵からはかなり不評が出ていたブリタニア料理ではあったが、本国で、しかもしっかりとした人間がつくればとても美味しいのだ。
出来ればこの朝食をアフリカで文句を行っていた連中に食べさせてやりたい。
「これほんと美味しいね~」
「ええ、本当に……」
「出来れば作った人にお会いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
背後で直立不動の姿勢を保っていたレンに振り返って確認する。
「はっ、ただ今御呼び致しますっ!」
あいかわらず堅苦しい行動。微笑ましくもありはするんだけれど、もうちょっとフランクでないとこちらも肩がこってしまいそう。
「あの子ほんと堅苦しいね。カールスラントの堅物だねっ」
「ですが軍機を護るという点では非常に評価できると思います」
「でもずっとあんなにしてたら肩凝っちゃうって~……たいちょーもそう思うでしょ」
「まぁ、こうしたプライベートに近い状態ではもう少し緩めてもらった方がいい気はしますね」
会話をして待つ事数分、レンが戻ってきた。
後ろからは一人のブリタニア人らしきエプロンをつけた少女がついてきている。どうやらその少女が料理人らしい。
ライトブラウンのお下げ髪と、年齢不相応の大き目のバストが眩しい美少女だ。
てっきり年配の女性を想像していたのでちょっと驚いていたら緊張した面持ちで少女が挨拶してきた。
「も、申し訳ございませんっ。お口に合わなかったでしょうかっ」
「え……あ、いや、そういうわけじゃなくてお礼が言いたかったんですよ」
「え、お礼ですか?」
「はい。こんなに美味しい祖国の料理をご馳走してくれてありがとう、って」
「え!? わ、わたしてっきり……」
ほっとした表情の料理人の少女と、無表情ともいえるすまし顔のレン。
一瞬で状況を把握する。
どうやらレンがあのお堅い調子で私が呼び出していると言う事象のみを伝え、結果彼女の態度からこの同胞の少女はてっきり叱られるものと勘違いしてこちらにやってきた。
確かに、レンに「ブリタニア陸軍の少佐がお呼びだ」とでも言われれば年若い少女は萎縮してしまって当然だろう。
ロマーニャ人と肩を並べる時には便利な少佐という階級も、こうして仲間内で団欒を得たい時などは非常に邪魔になってしまうようだ。
「ありがとうねっ」
「ありがとうございます」
部下二人も口々に礼を言う。
料理を美味しいといわれたのがよほど嬉しかったのかとても感激して目に涙まで浮かべていた。
「いえ、私のお料理を美味しいって思っていただいてありがとうございます」
少女からは逆にお礼の言葉が出てきてしまった。
こういった心からの言葉は直接こちらの心にも響く。
そして、心から思う。
戦ってきて、戦い抜いてよかったと。
私と仲間たちとの北アフリカでの苦労が、間接的にでもこうやって本国の平和な暮らしを護る事につながっているという事に。
こうした少女たちのを守れている事に。
「こちらこそあらためて、美味しい食事をありがとう。わざわざ呼び寄せてしまってごめんなさいね」
「あ……いえっ、そんな事っ……私こそ直接呼び寄せてお礼を言ってもらえるなんて、本当に嬉しくて……」
お互いお礼を言い続けたら収拾がつかなくなりそうだったので私はただ握手を求め、彼女が応じた事で食卓の一幕は過ぎていった。
唯一つ、握手の時に違和感を感じた。
後で副長の手を握らせてもらって確信した。
彼女の手の違和感。
それは銃を扱い慣れた者特有のタコの感触だった
食事後一休みしていると、レンがやってきた。
彼女に任務について質問しようと思ったら先に話しかけられてしまった。
「そろそろ時間となりますので、ハンガーへ案内いたします」
「ねぇ、そろそろ任務について教えてもらえないでしょうか?」
「そうですね、慰問のようなものと聞いてはいるんですが」
「命に危険は無いんだよね」
「はい、これから皆様には、模擬戦に参加して頂きます」
「模擬戦?」
「はい」
会話するうちに、あっという間にハンガーの扉の前まで到着する。
「自分も参加予定で準備がありますので、これにて失礼させて頂きます。詳しくはハンガーにて装備を整えた上で昨日の到着した場所、隊舎前までお越しください」
レンは一方的にそう告げると姿を消してしまった。
「模擬戦って、今更何なのかなぁ」
「新兵相手の訓練とかでしょうか? 楽な内容なので慰問のようなもの、とか……」
口々に観想を口にするが、いまいちその想像に自信が持てない。
「とりあえず、正式に通達された任務ではあります。色々と不明点はありますが、もしも内容に問題があると判断した場合は私の方からこれから顔を合わせるであろう今回の責任者の方とお話をつけます」
「うんっ、さっすがたいちょー。頼りにしてるよっ」
「申し訳ありませんがお願いいたします」
ハンガーの中にはブリタニア製の歩行脚、歩兵戦闘装甲歩行脚Mk.Ⅲがラックに固定されていた。
北アフリカでも別の部隊が使用していた陸戦型ストライカーユニットで、私たちが永く愛用していたマチルダⅡよりも少し性能は低いが生産性が良く配備数は多い。
レンドリースでオラーシャ方面にも送られている扱いやすいストライカーだ。
勿論我々の中隊でも使用した事があるのでそんなに不慣れな品物ではないのだけれど……でも、なんでまたこのユニットが?
3人とも疑問を払拭できず、無言のままにストライカーを装着する。
出力的には少々頼りなくはあるけど、ストライカーとの一体感を得るだけで気分が高揚するのを感じた。
左右二人も装着を完了し、動作用の装軌機動システムの試運転を行っている。
私も試運転を開始。
整備状態は悪くない……どころかほぼ完璧といえた。
砂を噛んでいない心地よい装軌起動システムの音がハンガー内に響く。
「動作がすなお~」
「ええ、軽くていいですね」
多分工場出荷後に慣らしだけを十分に行ったものなのだろう。
初々しい上に絶好調。旧式でアンダーパワーとはいえこんなストライカーを操れるというだけでここに来た甲斐があったといえるかもしれない。
みれば部下二人もはしゃぎ気味だ。
「では、いきましょうか」
「はいっ」
私の声に、二人の返事が重なる。
我々C中隊第一小隊3名は、意気揚々とハンガーを後にした。
果たして、集合場所へと辿り付いた我々はその場の雰囲気に圧倒され、先ほどまでの高揚した気分など一瞬で吹き飛んでいた。
隊舎前の広場には、空戦用のストライカーユニットを装着したウィッチたちが整列していたのだが、問題はそのメンバーだった。
その内容はドーバーに展開する第501統合戦闘航空団+αというそうそうたる面々だ。
現在世界でもネウロイの撃墜数ナンバー1と2のゲルトルート・バルクホルン大尉とエーリカ・ハルトマン中尉。
優れた指揮能力を持ち、自らも100機以上の撃墜数を誇るミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。
北欧スオムスの無傷のエース、エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉。
扶桑の欧州派遣軍として大戦初期から活躍するサムライ、ミオ・サカモト少佐。
ガリアの誇るトップエースで固有攻撃魔法として電撃能力を持つペリーヌ・クロステルマン中尉。
ロマーニャの天才ウィッチ、空のファンタジスタ、フランチェスカ・ルッキーニ少尉。
オラーシャ出身の夜戦のエキスパート、サーニャ・リトヴャク中尉。
リベリオン出身で加速の固有魔法を持つシャーロット・イエーガー大尉。
地元501以外からはやはり欧州戦線で活躍したリバウの貴婦人、ジュンコ・タケイ少佐。
カールスラント夜戦のエキスパート、ハイデマリー・シュナウファー大尉。
その他にも写真で見た事のあるような面々が揃っていた。
正直なところマルセイユとケイ・カトーを中心として北アフリカに展開する統合戦闘団「アフリカ」の面々が霞んでしまうような陣容だ。
そんな中、意外な事に先ほどの料理人のブリタニアの少女も混ざっていた。
彼女もウィッチならば手のタコも合点がいく。
そのお下げの少女と並んで扶桑人らしいサカモト少佐と同じストライカーユニットをつけた少女や私たちの案内役を勤めたレン、ヘルマ・レンナルツも混ざっていた。
特にレンのストライカーはカールスラント製ではあるらしいのだが見た事の無いユニットだ。新型なのだろうか?
「お初にお目にかかります、マイルズ少佐。北アフリカでの活躍はかねがね伺っております」
そんなメンバーの中、最上位の階級を持つヴィルケ中佐が前に出て握手を求めてきた。
「え、ええ……こちらこそ高名なドーバーの501隊と顔を合わせる事ができて光栄です」
「ありがとうございます」
握手をし、挨拶。
しかしわからない。
模擬戦といっていたけれど、これから一体何が始まるのだろうか?
パンッ、と手を打つ音が響く。
「ハイ注目! って……はるか上の階級の人たちが私の号令で注目してくれるってのは気分イイね~」
見ると、ブリタニア人らしき女性――料理を作ってくれた少女に良く似ている、姉妹だろうか?――が一段高い台の上から皆に呼びかけていた。
「とりあえず、ここにいる方々の総意ってことで私が仕切らせてもらうわねっ」
『ハイッ』
航空ウィッチたちが一斉に返事をする。
この期に及んでまだ状況が飲み込めない。
「じゃあ第一回、チキチキバレ……」
「ちょ、ちょっと待ってください! これから一体何が始まるんですかっ!?」
勢いとその場のノリで進行しそうになった状況を遮って質問を投げる。
「え? 伝えてなかったっけ?」
「全然何も聞いてません。ただ半ば慰問のような生命の危険の無い任務という事で了解してここにつれてこられたんですっ」
「あー、ごめん。確かにちゃんと伝わってなかったかも……私はウィルマ・ビショップ。エクスウィッチよ。今回の一件に関して司会進行と審判長を任されてるわ」
「はい、それで私たちは何をすればいいんでしょうか? 何故名だたるエースたちがこんなにも並んでいるんです?」
「ええと、あなたたちは的というか何と言うか……鬼ごっこで追いかけられる側、かなぁ」
「ちょっと! それは聞き捨てなりません! 戦地から一時休暇を与えられて本国へ戻ったと思ったら、イキナリ的になれですって!? 同じブリタニアのウィッチとしてその様な事を我々に押し付けて恥ずかしくないのですか!!」
「マイルズ少佐、少し、よろしいでしょうか?」
そこに割って入るものがいた。ヴィルケ中佐だ。
「細かい事情に関しましては私の方から説明いたします。よろしいでしょうか? 少佐」
至って真面目で冷静な中佐の様子に誤記を荒げた自分を恥、一つ深呼吸してから少佐の言葉に耳を傾ける。
「はい、では説明をお願いします」
「我々第501統合戦闘航空団は鉄の結束にて結ばれております。しかし、何度かその結束が崩壊の危機に瀕した事があります」
「結束崩壊の、危機……?」
優れたチームワークを持った少数精鋭の部隊……それが各地に結成されている統合戦闘団であったはずだ。
その結束に崩壊の危機が訪れる事があったという。
それが由々しき事態だという事は一瞬で理解できた。
そしてどうやらこの模擬戦がその鍵を握っているという事も容易に想像できる。
模擬戦、確かに命の危険は無いかもしれないが、未だ全貌が見えていない。
とはいえこの一件は自分の思った以上に困難な任務である可能性が高い。
確かにこんな大きなものに関わるのなら、我々部隊の給料も奮発されるはずだ。
「はい」
「それは一体……」
ヴィルケ中佐が頷き、そこへさらに追求する。
ごくり、と緊張に生唾を飲み込む。
背後より伝わってくる気配から、部下2名も同じ様な心境なのだろうという事が容易に伺えた。
「各年中行事です」
「はぁ!?」
意味が解らない。
聞き間違えたのだろうか?
重要な事だ、ここは聞き返すべきだろう。
「もう一度お願いします」
「はい、各年中行事です」
?????
わけがわからない……改めて質問してみよう。
「それは……具体的に言うと?」
「ええ、ハロウィン、サトゥルヌス祭、ニューイヤー……様々な事があると思います」
至って真面目な様子を崩さないヴィルケ中佐。
「今回は特に、その中でも最大のものと思われる聖バレンタインの祭礼を前にしています」
「は、はぁ……」
「強すぎる結束は、時に強すぎるが故に脆くも砕け散ります」
「そ、それで……?」
「ついては、バレンタインイベントにて贈り物を渡す権利を、今回計画した模擬戦での勝利者のみに与えようと考えております」
「そーなんですか……」
えっと……つまり……多分だけど、この人たちは誰が誰に渡すとか、そういうので競争になって混乱が起こって大変だから予めイベントに参加できる人間を限定する……ってことでおk?
上記のような思考を、なるべく言葉を整えてヴィルケ中佐への質問として口にする。
正直上官に対する口調ではなくなってた気はするのだけど何だかあんまり記憶に無い。
でもって返って来た答えは、「その通りです」
「皆が平等な条件の下、本気で取り組む為に戦地帰りの精鋭陸戦ウィッチとしてあなた方を招待させていただきました」
あ~……アホらしくなってきた……。
何でまたこの中佐はこんなしょーも無い事を真面目に語っているんだか……って言うかお願い、夢なら醒めて。
「納得してくれたんなら続きは私が引き継ぐわね。ルールは簡単。マイルズ隊が逃げて、航空隊がそれを攻撃する。
制限時間は15分。航空隊は皆それぞれ別の色のペイント弾を持ってるから、時間が終了した所でマイルズ隊への命中数の多い子が勝ち。
同数の場合はより致命箇所に近い場所にペイント弾を当てた人が勝利。でも、マイルズ隊もやられてばっかりじゃ面白くないでしょ。
だから同じくペイント弾での反撃はアリで、航空隊の方はマイルズ隊の攻撃を受けたら即失格よ。
あと、ハンデとして航空隊は装弾数9発のハンドガンで、マイルズ隊は弾奏交換アリのMG42を使用。何か質問は?」
ウィルマと名乗ったエクスウィッチの説明がどこか遠い場所から響いている気がした。
ルール説明に続いて参加する隊員の紹介を行う間、振り返るとうちの隊員二人はお互いの頬をつねっていた。
見習って私もつねってみる。
痛い。
どうやら夢ではないようだ。
改めて前を見据える。
見れば航空隊のウィッチたちは皆真剣な目で何かを呟いていた。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。
「美緒、美緒……絶対に勝利して、贈り物を貴女に……むしろ私を貴女に送ってしまうわ! ジュンコなんかには負けないわ」
ゲルトルート・バルクホルン。
「妹、妹、いもうと……ふふふふふ……全てに……全てを……」
エーリカ・ハルトマン。
「この機会にこそトゥルーデに私だけを見てもらうっ!」
エイラ・イルマタル・ユーティライネン。
「サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ……」
ミオ・サカモト。
「はっはっは、中々面白い余興ではないか」
ペリーヌ・クロステルマン。
「少佐、少佐……坂本少佐ぁ。ミーナ隊長にも、ぱっと出の竹井少佐にも、豆狸にも負けませんわっ」
フランチェスカ・ルッキーニ。
「シャーリーにバースデイとセットで贈り物だよっ!」
サーニャ・リトヴャク。
「エイラ、芳佳ちゃん……ハイディにも……でも、お世話になってる皆にかな……」
シャーロット・イェーガー。
「絶対バースデイプレゼントくれるだろうからなぁ……ルッキーニに即お返しだぞっ」
ジュンコ・タケイ。
「美緒、あなたをあの目狐オバサンには渡さないわよっ!」
ハイデマリー・シュナウファー。
「サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ、サーニャ……」
ヘルマ・レンアルツ。
「バルクホルン大尉……トルゥーデお姉さまぁ……この思い、絶対に貫くです」
リネット・ビショップ。
「芳佳ちゃんは、誰にも渡さないんだから……」
ヨシカ・ミヤフジ。
「リーネちゃん、シャーリーさん、ハイディさん……おっぱい……あ、戦車隊の人もおっきい……」
…………ぶちん、と私の中で何かが切れた。
こんな人たちが我がブリタニア本土を護っていたと思うと情けなくなる。
叶えてやりたい様な微笑ましい願望もあったがこの際あえて無視させてもらいます。
バレンタイン大いに結構! エースの皆様には盛り上がって頂きたい。
精鋭を招待? 高評価、ありがたいお話です。
ですが……。
「お二人とも、闘志は十分ですか?」
私の、静かな声。
「マム!イエスマム!!」
二人の揃った返事を聞くだけで私の意志が伝わった事を理解するが、私は口に出して続ける。
「このバカ騒ぎ、地獄のそこまで付き合ってあげましょう」
「マム!イエスマム!!」
ペイント弾のぎっしり詰まった銃を持ち上げ、腰のラックに弾奏をホールドする。
「彼女ら、既に勝った気でいますが……そうは問屋がおろしません。わかりますね」
「マム!イエスマム!!!」
北アフリカで愛用していた砂避けのスカーフを締める。
「王立陸軍の最精鋭とも言える我々の実力を以て、死に物狂いで反撃する陸戦部隊の恐ろしさを地に足の着かない浮かれウィッチ共に教育してさしあげましょう」
「マム!イエスマム!!!!」
ヘルメットを被り、これまた愛用のゴーグルを固定する。
「良いお返事です。今から我々の任務、目的は世界に名だたるエースの鼻っ柱を叩き割る事となります。よろしいですか?」
「マム!イエスマム!!!!!」
ジャキン、と小気味良い音を立てて初弾を装填。
装軌起動システムを動作させ、いざ戦地へ。
「では向かいましょう、我々の戦場へ!」
「マイルズ隊も気合十分ねっ! じゃ、第一回、バレンタイン実行件争奪チキチキバレンタインハンター……レディ……ゴー!!!!」
そして、彼女たちの硝煙に彩られたバレンタインの火蓋が、切って落とされた。
その年、ウィッチーズ基地のバレンタインデーは平穏そのものだったという。
ブリタニア19XX ブリタニア陸軍歩兵戦闘装甲歩行脚 Mk.Ⅲ バレンタイン fin