第18手 熱いまなざし・お互いに見つめあう
珍しく501に来客だ。出迎えてみて美緒は驚いた。なんと、同僚の竹井醇子大尉だった。確か504に配属された筈だが……。
「久し振り、美緒♪ 元気してた?」
「ああ、見ての通りだ。醇子は?」
「私も見ての通り」
久々の再会に、醇子はうきうきモードだ。早速ミーティングルームに誘われ、話に花が咲く。
「相変わらずだな」
「美緒も相変わらずね」
ふっと笑みをこぼす二人。
横でにこにこと二人のやり取りを聞いているミーナ。しかし何故か笑みがおかしく、トゥルーデとエーリカは微かな異変に気付いた。
「ミーナ、どうかしたか?」
「いいえぇ。坂本少佐も嬉しいでしょうね。祖国の同僚が訪ねて来る事は」
「そりゃそうだろうな。……おい宮藤」
トゥルーデは美緒の脇で同じく談笑する芳佳に声を掛けた。
「はい、何でしょう?」
「少佐と竹井大尉は何を話しておられるのだ? お前達の会話が扶桑語だから、私達にはいまいち分からん」
「ああ、ええっとですねえ。……何から話して良いのやら」
「何でも良いよん」
少し興味有り、と言った感じのエーリカ。
「訓練の事とか、最近軍の情報誌に同僚の方の武勲が載ったとか、昔の思い出話とか」
「なるほど」
「私も話聞きたいけど、何やら二人で盛り上がってるわね」
はっはっはと美緒の豪快な笑いも聞こえる。一方の醇子も頬に手をやり、くすくす笑っている。
「宮藤さんも元気そうで何よりだわ」
「あっ、ありがとうございます」
「ここでは私がみっちり鍛えてるからな」
「あんまりしごいちゃダメよ?」
「大丈夫だ。愛情さえ有れば大丈夫だ」
またも豪快に笑う美緒。苦笑いする醇子と芳佳。内心ひとり気が気でないミーナ。
「ところでどうだ、504の方は」
「まあまあってとこね。日々の戦いは厳しいけど、幸いな事に隊の士気も待遇も悪くはないわね」
「そうか、なら良かった、と言って良いのか? ところで……どうして501(ここ)に? ここまで来るのに随分と大変だったろう」
「今回たまたまロンドンの海軍連絡所に用事が有ったの。あと作戦行動中の軍艦がブリタニア行きでね、ちょっと乗せて貰ったのよ」
「成る程な。まさか戦場のど真ん中を飛んで来れる筈もないしなあ」
「無茶いわないでよ美緒」
笑い合うふたり。
「あの……お茶をお入れしました。グリーンティーです。お砂糖は入れないんですよね?」
リーネが慣れない手つきでお茶を煎れてきた。
「おお、すまんなリーネ。砂糖は要らんぞ」
「あら、有り難うね」
「リーネちゃん、言ってくれれば私がやったのに」
「芳佳ちゃん、話に夢中で悪いかと思ったから」
「ごめんね」
「宮藤さんもすっかり隊に溶け込んでるわね。良かったわ」
テーブルに置かれた湯飲みとカップ。ふと、同じ湯飲みに手が伸び、触れ合った。
肌が触れ合った二人……美緒と醇子は、はたと目が合った。
じっとお互いを見つめあう。無言で数秒、ときが流れる。
ミーナには、それが熱いまなざしに見えて、今にもどうにかしたい気持ちを抑えるので精一杯。
「それ」「これ」
二人の言葉が重なった。
「やだ、これ扶桑海軍の湯飲みじゃない。何でここにあるのよ」
醇子が苦笑いして言葉を続ける。
「美緒、これ使い続けてるの?」
「悪いか?」
「私もついつい手が伸びちゃったじゃない」
「と言う事は、醇子も使ってるって事だよな?」
「そうよ。使い易いし、馴染んでるからね」
「だよな」
またも二人揃って笑う。
トゥルーデとエーリカはミーナに書類が届いたのを良いことに、肩をがっしり掴んでミーティングルームから移動させた。
これ以上見ていたらミーナが暴発しかねない。それは即ち国際問題となる。
帰り際、美緒は醇子に包みを渡した。
「これは?」
「私の湯飲みだ。これは予備だからまだ新品だ。帰りの道中で使うと良い。ちょっとした誕生日祝いだ」
「ありがとう、美緒。私の誕生日覚えててくれたんだ」
「当たり前だ。大切な同僚だからな。ただ、ブリタニアの土産と言っても私には分からんが」
「これで十分よ」
迎えの車が到着した。醇子は鞄を持って後部座席に乗り込むと、手を振った。
「また会えるのを楽しみにしてるわ、美緒」
「私もだ、醇子。……頑張れよ」
「貴方も。美緒。じゃあね」
車がゆっくりと走り出し、一路ロンドンへと向かった。
美緒と芳佳は静かに見送った。
「相変わらずだな、醇子は」
「竹井大尉、お元気そうでしたね。きっと大丈夫ですよ」
「ああ。そうに違いない」
自分の事の様に大きく頷く美緒。
基地に帰るなり、ミーナが物凄い剣幕で駆け寄って来た。
芳佳は空気を察してリーネの元へと走って逃げた。
美緒は何の事かさっぱり分からぬまま、ミーナに腕を掴まれ、部屋に引きずり込まれ、ばたんとドアが閉められた。
美緒がミーナの部屋から出てきたのは、翌日のこと……。
end