死んじゃう病


 ルッキーニに避けられてる気がする。
 それはここ数日のことで、ホントのところはどうなのかはわかんない。
 ただあたしがそんな気がするってだけで、それは単なる思い違いなのかもしれない。
 まあ別にどうでもいいさ。
 それであたしがどうなるってわけでもないし……たぶん。

 ルッキーニがなにをやっているのかは知らない。
 なにやらこそこそとあわただしいってことだけはわかる。
 何度と訊いてみたって、その度に「ないしょ」とはぐらかされてしまう。
 秘密のひとつやふたつくらいあって当然だよなと、あたしは過ぎた追及はしなかった。
 あたしだって、そういうのに心当たりがないってわけじゃないし。
 でも――せめてあたしにくらい、教えてくれたっていいのにさ。

 ルッキーニとは(他のみんなともだけど)なにかを約束しあった仲ってわけじゃない。
 別にそういう特別な間柄ってわけでもない。
 ただいっしょにいるのがとても自然なことで、気を使ったりなんかする必要なんてなくて、
 それはそう、あたりまえなことだったんだ。
 とっても“あたりまえ”。それ以上の言葉はいらない。
 ルッキーニはあたしにくっついては離れない、
 ついてくるなと言ったって(そんなこと言ったことないけど)ついてくる、そんな子だ。
 なつかれてるとでも言った方がいいか。いつの間にかすっかりそうなっていた。
 いっしょになってバカやって、いっしょになって怒られて、
 緊張感の足りないやつらだと嫌味を言われようと、そんなことはぜんぜん気にならない。
 いや本当は、少しは気にした方がいいんだけど。
 傍目に見ればアンバランスなふたりなんだろうな。あたしとルッキーニって。
 けどあたしはルッキーニのことを、まるで相棒のように感じていた。
 それはあたしにとって、とても不思議なことだ。
 それまでは誰かをこんなに近いなんてこと、思ったことなかったから。

 ルッキーニはどうだろう?
 ふと、そんな考えが頭をよぎった。
 あたしのこと、どんなふうに思ってるんだろ?
 おんなじように思ってくれてるのなら、それは素直に嬉しい。とっても嬉しい。
 そうだったらいいな。訊いたことないからわかんないや。
 でも、あたしがそう思ってるからって、ルッキーニだってそうだとは限らないよな。
 実際は、あたしが一方的に錯覚してるだけかもしれない――
 あー、やめやめ。
 以上、ルッキーニの話はおしまい。

 スピードに恋をした。あたしの初恋だった。
 今でも恋している。現在進行形。その気持ちは一向に色褪せない。むしろ強くなる一方。
 それの前ではもう他のものなんて見えない。視界に入らない。
 そんなわけで、今日も今日とてストライカーのセッティングだ。
 一度いじくりはじめれば空腹や睡魔さえ忘れて没頭できる。
 際限ない、試行錯誤の繰り返し。
 あたしのなかの、あたしであるゆえんと言えるもの。
 ――そのはずなのに。
 一向に集中できない。今日のあたしはなんだかヘンだ。
 どうしてルッキーニの顔が、頭のなかをちらつくんだろう?

 ルッキーニはどうしようもない問題児で、ここに配属されたのもそれが原因らしい。
 なんでもお母さんのことを恋しがって、しょっちゅう脱走を繰り返してたとか。
 ホームシックってやつ。まだちびっこだったんだから(今でもそうだけど)、当然だよな。
 つまり、ここに来たのは厄介ばらいみたいなもんだったとか。

 あたしだって似たようなもんだ。理由は違うけど、やっぱり厄介ばらいみたいなもんだ。
 別にそのことを恨むとか、そんな気持ちはぜんぜんないけど。
 やることだけやって、それ以上は手が伸びない。それがあたしの性分だ。
 その手はいつも、やりたいことの方に伸びる。
 ウィッチに志願した理由だって、みんなに比べたらヨコシマなもんだし、
 規律とか規則とか、そんなのはがらじゃない。
 お国のためなんて言葉はなんだそりゃって言いたくなるし、
 まかりなりにも軍人であるはずの自分に、どこか斜めに構えてしまうところがあたしにはある。
 使命とかいうのとも縁遠い(もちろんそんな気持ちがぜんぜんないってわけではないけど)。
 それはあの堅物が言うように、あたしが個人主義者のリベリアンだからなのかもしれない。
 まあ、あの絵に描いたようなカールスラント軍人に言われた義理じゃないけど。
 国にいたときはそんなこと考えたこともなかったけど、
 ここに来てからは、それにたびたび頭をめぐらせることがある。

 だからなのか、あたしは思うんだ。
 あたしたちがこうしてつるんでいるのも、それは似た者同士だからなのかも。
 引きよせあってしまって、そうして出会ってしまった。
 それをあたしは、とても幸運なことだと思う。

 出会った日のことは今でもしっかり覚えている。
 あいつったら、ストライカー履いてロマーニャまで帰ろうとするんだからな。
 たまたまあたしがハンガーにいてそれを止めなかったら、いったいどんなことになってたやら。
 それがいつからだろう?
 相変わらず問題行動は多いし、訓練はサボるし、問題児であることは変わらないんだけど、
 ルッキーニがもうお母さんのところに帰ろうとしなくなったのは。
 寂しい顔をすることがなくなったのは。
 基地中に秘密の隠れ家を作るようになったのは。

 きっと新しい居場所を見つけられたんだな。この基地のなかに。
 この基地がルッキーニにとっての居場所になればいい。そう思う。
 そのためなら、あたしはなんだって提供してあげる。
 まあ、配属されたのはあたしの方が後なんだけど。
 まだ来たての、右も左もわからないあたしを案内してくれたんだよな、あいつ。
 この基地ではあたしの方が先輩なんだからね、とか言っちゃって。
 あの時のあいつ、可愛かったなぁ。
 ……なに考えてんだろ、あたし。
 以上、今度こそルッキーニの話はおしまい。

 孤高とかそんなの気取ってるわけじゃないけど、ひとりの時間は嫌いじゃない。
 作業にも集中できるしね。
 それにしても、今日はやけに静かだな。
 あー、あたししかいないんだから当然か。
「あいつ、今なにやってんだろ?」
 ぽつり、そんな言葉が口から漏れる。
「あー、やめだ、やめ」
 今日のあたしはやっぱりおかしい。
 お腹がすいた。食堂に行こう。きっと晩ごはんの残りでもあるだろう。

 もうとうに夕食を済ませたので、食堂には誰もいない。
 けれど、厨房にだけ電気がついている。
 誰かいるんだろうか? あたしは目をやった。
 そこにいたのは、こないだ入ってきたばかりの女の子だった。リーネだ。
 なにか作っているらしい。なにやら甘い匂いがしている。
 リーネ、そう名前を呼ぼうとして――

「ねー、リーネ」

 そう、声がした。それはあたしの声じゃない。
 それを聞いて、あたしはつい、身を隠してしまった。
 誰だかわかった。聞き違えるはずがない。それはルッキーニだった。

 なにやらふたりはお菓子を作っているらしい。
 まあルッキーニといえば、足を引っぱってると言った方が正しいんだけど。
 分量は適当だし、ボウルはひっくり返すし、なんか爆発させてるし、
 これじゃ手伝ってんだか、邪魔してるんだかわからない。
 けどリーネは怒ったりしない。
 あたしはまだあんまよく知らないけど、きっととってもいい子なんだと思う。
 いかにも女の子って感じで、軍人なんて似合わない……
 って、これじゃ褒めてることにはならないな。
 まあとにかく、いい子なんだと思う。

 あたしはその場にじっとひそめて、動けなかった。
 もう呼びかけようという気は失せていた。
 ちょこんと顔だけ出して、その様子をうかがうだけ。
 なにやってんだ、あたしは。あたしはこんな女だったか?
 あたしは何度も何度も、自分に向けて言い聞かせる。
 でもやっぱり、声をかけることはできなかった。
 だって料理なんてろくすっぽできないし、なにか役に立てるってわけじゃない。
 ハンガーからそのまま来たもんだから、今のあたしはオイルの臭いだってするし。
 これじゃ場違いだよなぁ。そんなことを思う。
 けど、それでも、ちょっと通りかかった素振りで話しかけてやりゃいいじゃないか。
 なに作ってんの? 味見ならまかせて。そう言ってやりゃあいい。
 普段のあたしならたぶんそうしているはずだ。
 なのに……
 今はそれができない。
 今日のあたしはやっぱりどうかしている。

 なんでなにもできないんだろう?
 どうしてこんなに遠いんだろう?
 物陰に隠れたまま、もう動けない。引き返すこともできない。
 ぽつんとそこにいるだけ。あたしひとり。
 厨房のふたりは和気あいあいとしている。まるで姉妹みたいに、あたしの目にふたりは映る。
 なんでだかわかってしまった。
 あそこはあたしの入りこむ場所じゃないんだ。
 だってその光景が、なんだかとっても楽しそうに見えたから……

「胸ならあたしの方がおっきいのに……」
 ぽつり口から出た言葉にびっくりした。自分で言ったはずなのに。
「なに言ってんだろ、あたし」
 これじゃまるで……
 それに続く言葉に気づいてしまうと、ぎょっとした。
 あたしは自分が、まるで別の生き物になってしまった感覚にやられた。
 こんなこと思うの、はじめてだった。
 もしかして、今あたしは嫉妬してるのか……?

 なに考えてんだよ、あたしは。
 あたしがあたしのやりたいようにするように、
 ルッキーニだってルッキーニのやりたいようにすればいい。
 あたしが縛れることじゃない。そのはずだ。そんな仲ってわけでもない。
 そのはずなのに――
 なんだろう、この気持ち。
 胸がざわざわして、どうにも落ち着かない。

 けどルッキーニのやつ、あたしにべったりだったくせして。
 あたしはそう思い直すことにした。そう思わないと、どうにかなりそうだった。
 そりゃあたしは、お菓子なんて作ったことないけど。
 きっとこのところあたしに冷たいのは、こうしてリーネといっしょだったからなんだろう。
 でもだからって、別に内緒にすることもないのに。
 もう胸触らせたり、胸に顔うずめさせたりしてやらないんだからな、絶対。
 ……いや、やっぱりそれはナシ。ときどきはそうさせてやろう。
 遠くからあたしの名前呼んで、ルッキーニが走ってくるんだ。
 するとあたしはこういうふうに手を広げて、そっと抱きしめてやる。
 柔らかい感触があたしの胸のなかに――あった。
 幻覚? じゃない。感覚だから幻痛、ってそれも違う?
 かと思えば、そうでもない。

「いっ、いきなりなにをしますの!?」

 と、その柔らかいのは言った。
 ルッキーニ――じゃない。
 なんだペリーヌか。
 って、この状況はまずい。びっくりしたのはわかるけど、そんな大きな声出すなよ。
 あたしは鼻の前に人差し指を立てて、しーっとやった。
「……なにをしてますの?」
 すると今度は小声で、ペリーヌは訊いてくる。結構イイヤツだ。
「そっちこそ」
 あたしは返す言葉につまって、とりあえずそう言う。
 ペリーヌはしゃがみこんでなにかを拾っている。
 びっくりした拍子に落したんだな。あたしもそれを手伝ってやる。
「チョコレート?」
 と、それを手にあたし。床にはたくさんのチョコレートが散らばっていた。
「ええ。だって明日は――」
 いぶかしげるあたしに、ペリーヌは教えてくれた。
 そういえば明日はそんな日なのか。あたしには縁のない話だったから、頭のなかにはなかった。
「ふぅん。坂本少佐にあげるんだ」
「こ、これはただ、日ごろの感謝の気持ちを……別に、その、つまり……」
 あたふたとあわてふためくペリーヌ。
 これで隠してるつもりなんだから、おかしいよな。
 それに結構可愛いとこあるよな。口が裂けても本人には言ってやらないけど。

 ペリーヌは逃げるようにここから立ち去ってしまった。
 けれどあたしはまだ、その場から動けなかった。
 なんであたし、こんなことしてるんだろ?
 バカみたいだ。いや、バカなのか? バカなんだろうな。
 あー、ルッキーニったら見ちゃいられないんだから。
 リーネもよくつき合えるよなぁ。
 あーあ、あたしも帰ろっかな。帰ろっと。
 ようやく思い立って、あたしが重い腰をようやくあげようとしたそのとき――
 ルッキーニの、声がした。

「シャーリー、喜んでくれるかな」

 えっ、と思わずあたしの口からこぼれて出た。
 だって思いもよらない言葉だったから。
 そういえばさっき、ペリーヌが言ってたよな。
 そうか、明日は――
 なんだ。なにしてんのかと思えば、あたしへのプレゼント作ってくれてたのか。
 それで「ないしょ」って。
 きっとびっくりさせたかったんだろうな。
 まあ、もう存分に、びっくりもあたふたもきゅんきゅんもしちゃったけど。

「きっと喜んでくれるよ」
「そうかなぁ」
「実は私ね、はじめて会ったときはシャーリーさんってちょっと怖い人だと思ってたの」
 そんなふうに思われてたのか。
 そういえばリーネって、あたしに怯えてるようなとこあったよなぁ。
「でもね、ルッキーニちゃんの話を聞いてると、なんだかそうじゃないってわかったの」
 ルッキーニのやつ、いったいどんな話をしたんだろ。まあ、誤解がとけたようでなによりだ。
「だから、大丈夫」
「うん。でも、シャーリーってね……」
 そうしてルッキーニは、あたしのした違反や失敗の話をしだす。尾ひれまでつけて。
 あたしは悪口を言われてるはずなのに、そんなことは気にならなかった。
 楽しそうにルッキーニは話す。それを聞いて、リーネはくすくす笑う。

「本当にルッキーニちゃんはシャーリーさんのことが好きなんだね」
 おいおい、なんてこと言い出すんだよ、リーネ。
「うん、大好き」
 それでルッキーニのやつ、屈託なくうなずいちゃうんだから。
 大好き、って…………。

 あたしはどうしようもない幸せ者だ。
 すっかり気持ちが舞いあがっちゃって、重かったはずの腰も、すっかり軽くなっちゃってて、
 このまま厨房まで走っていって、ルッキーニのこと抱きしめてやりたくなった。
 でもそれは野暮だよな。今じゃなくたっていいや。
 うん、そうだ。気分がいいからお風呂に行こう。
 そうしてあとはぐっすり眠って、楽しいはずの明日を待とう。

 コンコン、とドアをノックする音がした。
 あたしは寝ようとベッドに寝転がっていたけど、目は覚めていた。
 気持ちが舞いあがったまま、とても寝つけやしなかったから。
「シャーリー」
 と、さらにあたしの名前を呼ぶ声。ルッキーニだ。
 あたしは部屋の電気をつけて、ドアへ向かった。
 まだ夜は明けちゃいない。あたしは時計を見やった。
 フライングだ。ほんの何分かだけど。時計はもうすぐ12時を指そうとしているところだった。
 ルッキーニのやつ、いつもならとっくに寝ている時間のはずなのに。
 きっと気持ちがせって、まっさきに来たんだな。せっかちなやつだな。別にいいけど。
 ドアノブに手をかけると、ルッキーニの声が聞こえた。間にあった、って。
 間にあった? どういうことだ?
 あたしに言ってるふうではない。ひとりごとだろうか。
 まあいい――あたしはドアを開けた。
 すると、パンッという爆発音。クラッカーだ。それに――

「シャーリー、誕生日おめでとう!」

 誕生日……!?
 そうだ、まだ今日は2月13日――あたしの誕生日じゃないか。

「どうかしたの?」
 あっけにとられていたあたしに、ルッキーニは訊いてくる。
「ああ、いや、ええっと……」
「もしかして忘れてたの?」
 あたしは返す言葉がなかった。
 すっかり忘れてました。それどころじゃありませんでした。
「教えてくれればよかったのに」
「だって、びっくりさせたかったんだもん」
 ルッキーニはそう言うと、足元に置いていた紙袋をあたしへと差し出した。
「はい、あたしからの誕生日プレゼント」

 あたしはルッキーニを部屋へと招き入れた。
 まめに片づけるようにはしてるけど、なにせ物が多いせいでちょっと散らかっている。
 あたしはベッドに腰をおろした。ルッキーニにはソファを勧めたけど、あたしの隣に並んで座った。
「中、見ていい?」
 手にした紙袋を膝の上に、あたしは確認した。
「うん」
 そうしてあたしは、ごそごそとそれを取り出した。
 それがあたしの目に映る。
 それはチョコレートではなかった。そうじゃなくって――

「ウサギ?」

 それはウサギのかたちをしたケーキだった。
 まわりにクリームを塗りたくって、目にはイチゴがふたつ。
 長い耳がよくできてる。まるっこくて、ちょっと不格好でもある。でも、可愛い。
「うん。シャーリーってなんだかウサギっぽいし」
 ルッキーニはそう言ってはにかむ。
 まあたしかに、あたしの使い魔はウサギなんだけど。
 でも、それだけじゃない。これはありのままのあたし自身でもある。
 どうしようもなく寂しがり屋の、まっしろでちっぽけなウサギ。それがあたしなんだ。

 今日一日で、自分の分際をすっかり思い知らされた。
 頭のなかで拒んでいて、今までそれが素直に受け入れられなかった。
 でも、認めてしまえばいい。
 ずうたいばっかでかいくせして、中身はそんなことはない。実は気が小さいのかもしれない。
 なにが個人主義者なものか。ぜんぜんそんなんじゃない。
 誰かのことを思って、すねたり、落ちこんだり、嬉しくなったり、
 これがどうしようもない、あたしそのものなんだから。
 寂しさだけで、きっとあたしは死んでしまう。
 ――まあ、それでもいいさ。
 ルッキーニ、あなたがそばにいてくれるなら。

「ねー、はやく食べて」
 そう言ってルッキーニはあたしを急かす。あたしの顔を見つめてくる。
 フォークは手に取ったものの、あたしはなかなか食べられずにいた。
「なんだか食べちゃうのがもったいなくて」
「せっかくあたしが頑張って作ったのに。リーネに手伝ってもらったんだよ」
 知ってるよ。ふーん、とあたしは返す。
「ねー、シャーリー」
「でも……」
 あたしが一向に踏ん切りがつかないでいると、ルッキーニはあたしからフォークを奪い取る。
 そして、一言。

「ほら、シャーリー。あーんして♪」

 ルッキーニはあたしの口元に、フォークを差し出してくる。
 ちょっぴり照れくさくって、でもめいいっぱい「あーん」と口をあけた。
 そうしてケーキが、あたしの口のなかに入る。
 味はといえば、店で売ってるような上等なのじゃない。
 粉っぽいし、絶対砂糖の分量間違えてる。甘い。甘すぎる。
「どう?」
 おずおずとルッキーニが訊いてくるので、あたしは何度もうなずきながら言ってやった。
「おひしい」

 一口噛みしめると、じわっときた。
 目頭が熱くなっちゃって、どうにもならない。
 ずっと我慢してたのに、もうダメだ。涙腺崩壊。
 感激して涙を流したりなんてしたら、ルッキーニはどう思うだろう。
 恥ずかしいよな。やっぱりまだ知られたくない。
 あたしはたまらず、ルッキーニをぎゅっと抱きしめた。
 ルッキーニの頭をあたしの胸におさめる。
「ちょ、ちょっと。シャーリー!」
 胸のなかで、ルッキーニの頭があばれる。
「あたしにこうされるの、ヤなのか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ、いいだろ」
「……うんっ」
 離してなんてやるもんか。あたしはさらにぎゅっと、ルッキーニを抱きしめてやる。
 嗚咽まじりに、ありがとう、ありがとう、と何度だって言ってやった。

 相も変わらず、なにかを約束しあった仲でもなく、明日がどうなるかわかるわけでなく――
 まだまだ人生長いもんなぁ。ヤなことやつらいこともいっぱいあるんだろうな。
 でも、きっと大丈夫だから。
 ふたりでなら、なんだってやっていける。楽しいことに変えられる。そんな気がする。
 この“あたりまえ”がいつまでも続くよう、あたしはなんだってするよ。
 だからさ、ルッキーニ。
 来年も、その次の年も、また次の年も、あたしといっしょにいて。
 そうして、またケーキを作ってくれないかな。ルッキーニがお婆ちゃんになっても。
 お婆ちゃんになったあたしが、またこうして抱きしめてあげるから。


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