無題


「それは、つまり……」
「……」

 ベッドにぺたんとすわらされて、エーリカはかすかにうつむいた。バルクホルンが赤い顔でもじもじと手をもんでいる
ようすを目の当たりにして、いまさらになって自分のしたことが大層はずかしいことであると思いあたったのだ。そのうえ、
つまりどういうことだ、なんて、自分のなかでは答えがでているくせに正解している自信がないのか状況の説明まで
もとめられるものだから、よけいにうつむいてしまう。すると茶色くべたべたになった自分のからだがあって、だからもう
あともどりはできないんだと決心する。

「……言わなきゃわかんないの?」

 ぼそりと、極力かわいらしい声色でもってささやく。へ、と、まぬけな返事があって、視線だけをあげれば混乱しきった
赤い顔がある。上目づかい、これにバルクホルンがよわいことを、エーリカはすっかりとしっていた。それでもバルク
ホルンはかたまったまま動きだそうとせず、思わず焦れたエーリカは胸のあたりについたチョコレートを指先でぬぐう。

「これ、トゥルーデのだから…」

 意図せずふるえた声がでてしまう。よごれた指をバルクホルンのほほにはわせる。茶色い線が幾筋肌にひかれ、かち
と目のあったむこう側はもうすでに熱にうかされていた。エーリカの視線だってきっとそうにちがいない、彼女が自覚した
途端、のどをならして唾をのんだバルクホルンがよってきた。あ、とエーリカの唇から声がもれる。バルクホルンの舌が
彼女の肌に、いやそのうえをコーティングしている甘いところにふれた。遠慮がちな動きがまずは心臓のあたりをさま
よって、徐々に大胆な舌づかいでなめとってくる。

「あ…ねえ、おいしい?」

 たずねても、必死なようすのバルクホルンから返事はない。ぬるぬるとした感触、調子に乗って湯煎しすぎた大量の
チョコレートを胸から腹からすべてにぬりたくったときの感触にすこし似ていて、全然ちがう。熱い舌はとろとろとチョコ
レートをとかしていき、それはエーリカ自身をもへたりこませていく。シーツについた両手をきゅっとにぎって、一瞬だけ
よごれた手が白いシーツを茶色くしてしまうことを思ったが、そんなことはどうだっていい。たまにエーリカがぴくりと反応
すると、バルクホルンはそこにばかり丹念な刺激をくりかえしていた。

(いぬみたい)

 息をみだしながら、エーリカは自分にすいつくバルクホルンを見おろしていた。シーツに手をついて、いまはへその
あたりを一所懸命なめている。勢いあまってすりつけてしまったらしい鼻の頭やほほはエーリカと同じ色でよごれて
いて、ふたりしてチョコレートまみれだった。

「はあっ…」

 ふと息をつき、バルクホルンがはなれていく。全部食べてくれたんだ。エーリカはそう思い、今度はチョコレートでなく
バルクホルンの唾液でべたべたになっているであろう自身の肌を見おろす。そして驚愕した。

「な、なにこれ」

 大半は予想どおりの様相だった、しかしたった二か所だけ、まだチョコレートがのこっているのだ。胸のふたつの突起、
そこだけはまだ、茶色く隠れているのだ。エーリカの白い肌のうえでそこばかりがういていて、見えていないその状態が
よけいに羞恥心をあおるしあがりになっていた。そうだ、そういえばここをなめられた感触は記憶にない。

「あ、なんか、もったいなくて」

 しかも当然のようにそんなことを言う。かっと、エーリカのほほが染まった。意識したらなにも言えなくなるくせに、どう
して考えなしの台詞ばかりがどれもこれもひとを動揺させるものなのか。さらにはバルクホルンはそんなこととは露ほど
もしらずにひと息ついて口や顔のまわりをぬぐっているものだから、エーリカには嫌気がさし、そのつぎにはかすかな
いらつきがやってくる。自分ばかりが赤くなっているのが、エーリカは気にくわないのだ。

「べつにそんなの、まだまだあるんだから」

 すねた声を吐き捨てて、実はエーリカのとなりにおきっぱなしだったボウルのなかの液体を指ですくう。ぎょっとしている
バルクホルンを無視して、エーリカはまた自分の肌にチョコレートをぬった。ぺたぺたとわざとこどもみたいな手つきで
自分をよごし、ついでとばかりにはずかしくうきあがった部分をごまかす。

「ふ、フラウ」
「まだまだあるもん、もっと食べていいよ。これ全部、トゥルーデが食べるやつなんだから」

 茶色くなった指を、バルクホルンの口につっこんだ。ん、とすこし苦しげな声がして、でもすぐに舌がなめあげる。じき
に指先はきれいになり、今度はからだのばんだった。も、もう勘弁してくれ、フラウ。弱気な声についいらっとして、顔を
つかんで自分の胸におしつけた。すると容赦なくバルクホルンの顔はチョコレートまみれになり、それでもぐいぐいと
おしつけた。

「うわ、わ」

 まぬけな声をあげて、しかしすぐにエーリカのようすの異変に気づけたバルクホルンはおとなしく舌をはわせなおす。
急に機嫌が悪くなって、それはきっと自分のせいであると、彼女はそこまではなんとか自覚できていたのだ。だけれど、
もう勘弁してほしいのも切実な願いだ。だってこれ以上この肌をなめていたら、やわらかな感触とチョコレート以外の
甘い香りに頭がへんになりそうなのだ。それでもやはり、こうやってくっつけられると舌はとまらない。要領はもうわかって
いたから、エーリカが甘い息をついたところをなんどもこすりあげた。そのたびきくエーリカの声、どくどくと心臓がなって、
バルクホルンは頭に血がのぼっていく感覚をおぼえていた。

「ん…、あっ」

 そしてバルクホルンの舌は、ついにはまだふれていなかった部分にたどりつく。わずかなふくらみの真ん中の、つんと
なっているところ。こく、とのどがなるのをエーリカはきく。そして上目づかいが見あげてきて、彼女らしからぬ妙に甘えた
その視線にエーリカはぞくりとした、瞬間、バルクホルンはそれを食べてしまうのだ。

「んあ、あ、あ…」

 彼女が意図してたわけではないにしても、さんざんと焦らされたあとの急な刺激にエーリカは高い声をあげた。音を
たててすわれ、チョコレートをなめあげられる。フラウ、おいしい。しかもさっきの質問の返事をいまさらながら、しかも
そんなところできかされる。おそってくるはずかしさに、エーリカはバルクホルンをひきはがそうと頭をつかんだ。それ
なのに、指は結局甘えるように髪にからむばかりだった。ふたつともをすっかりと味わわれ、エーリカは予想以上の
気持ちよさにぼんやりとしてしまう、だらしなく声が唇からこぼれて、それを我慢することもできない。
 途端、ぺたりとした感触が腹のあたりにふれてはっとした。反射的に見おろせば、バルクホルンの茶色の手がエーリカ
の肌にくっついている。

「え、あ、トゥルーデ」
「……」

 呼びかけても返事はなくて、かわりにまたボウルのなかにのびた指がチョコレートをすくってエーリカをよごした。いや
だ、もういい、もういいよ。肩をおしかえしたのに、逆におしたおされてしまった。そして、とろんとした我をすっかり忘れた
目に見おろされてぎくりとする。

「たくさんあるから、食べていいって」

 上擦った声。エーリカはしまったと思った。バルクホルンの意識は、すでに臨界点を突破していた。こうなったらもう手
のつけようがない。エーリカがだめだいやだと言っても、こうなってしまったらもうどうしようもないのだ。

「だ、大丈夫、もういっぱい食べてもらったから、だからもう、んっ」

 すがる声でさとしてみても、バルクホルンはチョコレートを味わうことをやめない。ぺろぺろと、先程までのどこか遠慮
がちな動きは鳴りをひそめ、完全に自由な舌づかいがエーリカの肌をはいまわる。そしてコーティングがはがれるたび、
いつのまにかつけられていた赤いあとが顔をだし、たまらなくなった。息がせわしくなり、それなのに口にはバルクホルン
の指がおしこまれ、甘ったるい茶色の液体をなめるようにと舌をなでられてるのだ。

「んく、んっ、…んっ…」

 苦しい、苦しいのに、エーリカは興奮していることを自覚していた。こうなったときのバルクホルンは、おそろしいほど
にエーリカを気持ちよくしてくれた。普段のへたれたやり方でなくそれこそ我を忘れたような勢いで刺激をくれるから、
エーリカはひそかに、たびたびこうなることを期待していた。トゥルーデのくせにむかつく、そう思うのに、こうなった
バルクホルンを目のまえにするとどきどきと期待に胸がなるのだ。
 ふと、バルクホルンの刺激がとまる。そしてつぎには、はきっぱなしだったズボンに指がかかった。

「……ここにも、ぬってあるのか?」

 熱にうかされきった声が、信じられない質問をする。予想外の問いかけに、エーリカはかっと赤面する。それからぶん
ぶんと首をふった。

「そ、そんなの。そんなとこ、ぬってるわけない」

 そこはすっかりと熱くなっていて、チョコレートなんかをぬる必要がないほどにとろけていることは明白だった。それなの
にバルクホルンは、そうかとうなずいてからズボンに手をかけ、また信じられないことを言う。

「大丈夫、まだチョコレートはあるから。私が、全部食べるから」

 つまりは、あまりのチョコレートはバルクホルンがここにぬってくれて、そして、あまさずなめきってくれるということだ
った。想像しただけで、エーリカの頭のなかは沸騰した。ぼんやりとした目がエーリカをとらえ、欲情しきっているのが
見てとれる。ぞくぞくした。どうしよう、なにも考えられない。エーリカはふるえながらはあはあと息をはき、バルクホルン
のアクションをまった。そのとき。
 ぽたり。

「……あ」

 でたのはどちらの声だったのか。ぽたぽたと、エーリカのへそのそばにおちる生暖かいそれは、真っ赤な。

「は、鼻血……」

 つぎにつぶやいたのは明確にエーリカで、バルクホルンはといえば、ぽかんと、かたまってしまっていた。

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「なんていうかさ、……はずさないよね、トゥルーデって」
「……」

 チョコレート食べすぎで鼻血とか、なんかもうさあ。エーリカは、自分のひざのうえにあおむけに頭をのせて鼻をティッシュ
でおさえながら表情を隠すようにてのひらで両目をおおっているバルクホルンを、ひんやりとした目で見おろした。

「ご、ごめん」
「もういいよ、何回もきいたよそれ」
「あの、あの、大丈夫か」
「なにが?」
「だ、だから、その……」

 ごにょごにょと口ごもり、結局バルクホルンはだまってしまう。そこでエーリカはああと思いつく。そうだ、あれだけ盛り
あがっていて中途半端なところで頓挫してしまったのだ。心配されてエーリカは一瞬だけはずかしくなるが、それ以上に
あきれてしまう。

「大丈夫だよ。なんかもう一気にさめちゃったもん」

 まったくそれは事実であった。バルクホルンから滴ってくるしずくと、ぽかんとあまりにまぬけな顔をしている彼女を見て
いると、急にどうでもよくなったのだ。そうそう、これこそトゥルーデなんだよ。エーリカはひそかにふふと笑う。言うことを
きいてくれないほどに興奮しているバルクホルンはそれはそれでありだけれど、やはりバルクホルンは、こうやって情け
ないようすのほうがよく似合う。

「あ…、そう、そうか」
「へへへ、残念でしたね」
「べ、べつに」

 がばりと両目を覆っていた手をはがし、バルクホルンははずかしそうな顔で反論しかける。だけれどすぐに、はっとした
ようにまた目を覆って耳を赤くした。

「ふ、服。きないか」

 言われて、エーリカはああと思う。そういえば、はだかのままだ。

「いや。チョコとトゥルーデのよだれでべたべただもん、服着たらよごれちゃう」
「……」

 即座にエーリカに拒否されて、バルクホルンはなにも言えずにちぢこまる。なかなかにむっつりとしたところのある彼女
は、どうやらエーリカの発言によって自分がしたことをよく思いだしてしまったらしい。つられてエーリの頭のなかにまで
さっきのことがうかんできて、とりはらうように、ぺたぺたとバルクホルンの額にてのひらをぶつける。そのしぐさにまた
エーリカがすねてしまったのかと思ったバルクホルンはごめんと再度謝罪をくりかえし、それでもエーリカの動きがとまら
ないことにおしだまってしまう。うんうん、とエーリカは思った。やっぱり、こうやってわたしのちょっとしたしぐさにいちいち
過剰に反応するかっこうわるいトゥルーデのほうがいいや。うふふと思わず笑いがこぼれると、おずおずとてのひらを
ずらしたバルクホルンと目があう。

「ねえ、お風呂いこうね。それで、トゥルーデがわたしのこと、全部きれいにしてね」

 ふくみのある言い方をすれば、隠しきれていない顔が赤くなって、それでもうんと言ってくれるのだ。うれしくてかわい
くて、エーリカは今度はゆっくりと、バルクホルンの頭をなでてあげる。

「…チョコレート。あの、ありがとう、でも私は用意してないんだ、ごめん」
「いいよそんなの、どうせわたしのやつも板のチョコとかしただけのやつだもん」

 つれない台詞を言った途端、バルクホルンが露骨に表情を暗くしたのでエーリカはしかたがないからうそだよと言って
あげる。とかしただけじゃないよ、ちゃんと気持ちもこもめてるよ。だからトゥルーデも、気持ちをこめてわたしをあらって
ね。甘えた声でお願いすると、バルクホルンは滑稽なほどに真剣な顔で、こくりとうなずいて、それはやはり、エーリカの
ことをうれしくさせた。
 しかし結局、風呂場でものぼせて鼻血をだしてしまうバルクホルンなのであった。


おわり


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