そらゾラ!


「あーあー。 こちらハルトマン。 トゥルーデ、聞こえますかー? 応答どうぞ。 ……このシスコーン。」
「こちらバルクホルン。 ばっちり聞こえるわ! 貴様! 誰がシスコンだ! 誰が!!」
「うわー、すごい。 自動ダイヤルアップっての? これ、本当に交換手がいなくても相手と繋がるんだー。」
「すごいです! そもそも私、糸じゃない電話って初めて見ました!」
「それ電話か?」
ミーナが持ってきた「最先端の発明」とやらを前に、私たちは最高にエキサイトしていた。
この内線電話もその一つ。 全員の部屋に設置して、非常時の連絡をスムーズにするためのものなんだって。

「おお! すご! 見てよシャーリー! 本当に乾いてるよ! ほっかほか!」
「これが乾燥機付き洗濯機か! すげぇ! これで洗濯の時間もストライカーの改造に回せるようにっ!」
「……ね、エイラ。 このマクラ、すごく可愛い。 YES/NOマクラって言うんだって。」
「ふーん、何に使うんダロ……ワワワ! さ、サーニャ! それの説明書は読んじゃ駄目だぞ! 絶対に駄目だぞ!!」
ふっふっふ。 まだまだ甘いねみんな。 そんな前座くんを前にテンション上げちゃってさ。
私の直感はまだまだ大物が控えていると告げているね! 具体的に言えば、ミーナのデスクに置かれたそれ!
回転灯のくっついたコンパネと、一見して魔導機構と分かる謎の指輪。 あやしい! あやしすぎるよ!

「はい、そろそろ注目! 先程もお話しした通り、私たちが最先端の発明のモニタリングをする事になりました。
 とは言っても、みんな自由に使ってみてねって、それだけの事ね。 この……ウソ発見器を除いて、なんだけれど。」
「ウソ発見器!!??」
みんなの声がぴったりハモる。 そりゃそうだよ。 なんて眉唾な。 それでいて、なんて素敵な響きなんだろう!

「えっえっ。 う、ウソってウソですよね? この箱でウソが分かっちゃうんですか!? どうやって?
 この箱が人の話してる内容を聞いて、それウソっぽいって判断するんですか? すごい! すごすぎます!」
「ふふふ。 落ち着いて宮藤さん。 そこまで神懸り的な物じゃなくって、これはもっと機械的な指針で判断を下すそうよ。
 詳しい処理は知らないけれど、指輪をつけた人の状態を観測して、ウソと結論付けたら音と光が出るんですって。」

「うあじゃー! それ、充分すごいー! いいなコレ! あたしやってみたい!」
「要するに、物理的な兆候が判断基準なんですのよね? そんなの、しれっと嘘をつく人はどうにもならないではありませんの。」
「オイ! それでなんでこっちを見るんダヨ!!」
ひぇー。 聞いた聞いた奥さん? ウソを見抜いちゃうんだって! ちょっとした遊び道具には最適じゃない?

「ごめんねルッキーニさん。 悪いけど、モニタリングの対象は決まってるの。 トゥルーデ。 フラウ。 お願いね。」
「えーー-!? なんでなんで? なんで二人はよくてあたしは駄目なの? ずーるーいー!!」
「ルッキーニ、大人の事情だよ。 ハクが必要なんだ。 あたしらは200機撃墜スーパーエースのデータをサンプルしました。
 どうぞお納めください……ってさ。 早い話が、ご機嫌取りだよ。 予算やら何やら融通してもらうためのね。」

「……うーぎゅ。 分かったよー……。」
シャーリーに言い含められて、つまらなそうなルッキーニ。 私たちの可愛い妹分に、こんな顔させてちゃいけないよね。

「ま、ま、ルッキーニ。 これ、自分が付けるより、付けてる奴をいじくる方が面白いよ、きっと。
 えー、トゥルーデさん。 あなたは表面上は厳しくしていますが、宮藤が可愛くて可愛くて仕方がない。 YES? NO?」
「なっなっ!? と、唐突に何を言ってるんだ! 上官たる者が、一個人を身贔屓するか! NOだ! NO!」
ファンファンファン!! わっ! ゆ、指輪の方が鳴るんだ。 音でかいなぁ! 机の上に置かれた回転灯もクルクル輝いている。

「あのねフラウ。 一応言っとくけど、それ、ウソの度合に比例した音量で鳴るの。 手加減してあげてね。」
ミーナのフォローは火に油を注ぐだけ。 ルッキーニ、シャーリー、エイラ。 悪戯仲間たちの瞳がきらりーんと光る。

「くっ、ハルトマン! こうなれば貴様も道連れだ! えーと……お前は毎朝寝坊している事を心の底から反省している! どうだ!」
「いえーす。」
「!!?? なっ、なぜ鳴らないんだ!? こ、こらリベリアンども! 近寄るなぁーーー!!!」
だってほんとに反省してるもーん。 これ、ウソって思ってなければ全然鳴らないんだね。 たとえ事実と食い違ってても! にひひ!

「くっそぉぉぉーー!! あいつらぁああ!!」
「ごめんなさいねトゥルーデ。 それのせいで、日がな一日……ププッ。」
内線電話を取り付けながら一日を反芻する。 くうっ。 今日味わった屈辱は、これまでの人生丸々をなお上回る気さえする。

「本当に悪いんだけど、サンプルデータが溜まるまで、もう何日かそのままでいてね。 それじゃ、おやすみなさい。」
そそくさと逃げるようにミーナが部屋を後にする。 くっ……! 明日もこのマシンと付き合うのか? 気が重すぎる……。
リンリン! うわっ! 思索に耽っていると、突然電話が鳴った。 えぇと……受話器を取ればいいのか?

「モシモーシ。 バルクホルン大尉カ? こちらエイラ。 いやー、今日はスーパーエースも形無しの戦果だったネ! ヒヒ!」
「き、貴様! よくもぬけぬけと!」
クリアな音声だ。 言い返しながら今日の事を思い出す。 特にエーリカの問いかけを掘り返すと、顔が紅潮せずにはいられない。
私の事好き?などと。 その質問を全力で否定した時、なんと巨大な音がなった事か。 くそぉぉ! 思い出すだけで腹が立つ!

「やり返したくない?」
「え?」
「このままじゃ明日も大尉はやられっぱなしダヨ。 いいの? なんとかしたくない?」
「そうしたいのは山々だが……エイラ。 どういう風の吹き回しだ。 一体何を企んでいる?」
「別に企んでないって! でも、ちょっとでも反撃の意思があるならさ。 一分だけ耳を澄ましてくんない? 一分でいいから……。」
耳を澄ます? その言葉の意味を考える暇も無く、エイラは不可思議な言葉を呟き始めた……。

……………………ちゅんちゅんちゅん。 うぅーん、いい朝だね。 昨日のトゥルーデは笑えたなぁー!
ニコニコと食堂に足を踏み入れ、トゥルーデの横に座る。 さてさて。 今日は一体どうやってからかってやろっかね!

「おはよトゥルーデ! えへへ。 昨日はよく眠れた? 今日もいい顔してるじゃん!」
「おはようフラウ。 お前こそ、今日も信じられないほど可愛いよ。 お前の笑顔は、春のまどろみを誘う柔らかな日射しのようだ。」
……からーん。 思わず手に持っていたバターナイフを取り落とす。 ミーナも宮藤も、みんな口をパクパクさせている。
は? なに、今の? ギャグ??? その台詞は、私の知っているトゥルーデ像とあまりにもかけ離れていて。

「トゥ、トゥルーデ。 どうしちゃったの? からかいすぎたのは謝るけどさ。 冗談は段階を踏んでいこうよ!」
「別に冗談で言ったつもりはないが。 変な奴だな。 可愛いものを可愛いと言って何故いけない?」
きらりーん。 白い歯を輝かせて、トゥルーデが爽やかに笑う。 は? は? はーーーっ!!??
ウソ発見器の反応は……ゼロ。 微塵も無し。 バターナイフを拾いながら、私は頬が火照るのを感じていた。


「今日のトゥルーデ絶対おかしいよ!」
ドンと机を叩く。 みんなウンウン頷いてる。 夕食前の一時、トゥルーデは佐官の二人と事務処理中。 話し合うなら今しかない。

「なんかすげぇ嬉しそうに洗濯機回してたぞー。 ハルトマンの服だろ、あれ?」
うんうん。 いつもはこっそり紛れ込ませた私の洗濯物を、物凄く愚痴りながら洗ってるのにさ。
今日は鼻歌まで歌いながら、てきぱき颯爽と干していた。 見ている方はぽかーんだよ!

「シャワールームのやりとりは、聞いてるこちらが恥ずかしさで卒倒するかと思いましたわ……。」
うんうん。 外気との温度差で痛いくらいのシャワーを気持ちよく浴びてたら、トゥルーデが髪の毛洗ってくれて。
普段絶対しない事だよ! しかも私の手を握って、こんなに赤くなってるじゃないか、とか、今度手袋を買ってやる、とか。
歯が浮くような台詞ばっか並べられた日にはさ。 いい加減ヘラヘラしてられないよね!

「……全部ハルトマンさん絡みですよね。 きゅ、急にハルトマンさんの魅力に気付いちゃった……とか。」
宮藤の言葉に、思わずぼんっと赤くなる。 いや、あのね。 それも考えなかったわけじゃないんだけど。

「にしちゃあ極端すぎるんだよな。 ……奴がおかしくなったのって、諸々の発明品がここに来てからだよな?」
「私もそれを疑ってましたわ。 皆さんが思い思いに持ち帰った小物の中に、何か怪しげな物が混じっていたのでは、と。」
「私はYES/NOマクラを持ち帰ったけど、そんなんで人がおかしくなる筈もないしねー。 サーニャはどう思う?」
料理をしていたサーニャがビクリと反応する。 あちゃあ。 急にごめんね。

「わ、私は……その。 怒らないでね、エイラ。 ……その、エイラが。 おとなしすぎると、思います……。」

「へ、へっ!? お、おとなしすぎるって。 何言ってんだよサーニャ?」
思ってもみなかった切り口で、サーニャが話にメスを入れた。 サーニャを手伝っていたエイラが露骨に慌てる。
……言われてみれば。 こういう珍妙な話が大好きなエイラが、不自然なほど静かだ。

「……なぁエイラ。 あんた、確か何かの発明品を持ち帰ってたよな? なのにその話を全くしてこない。 あれ何だったんだ?」
「な、何ダヨ。 私が持ち帰った発明品が何の関係があんダヨ。 別にたまにはおとなしくしてたっていいだろ!」
「…………エイラ。」
「うっ! そ、そんな目で見ないでくれよ、サーニャ。 ……私が持ち帰ったのは、催眠術の本。 面白そうだったから。」
さっ。 催眠術の本ーーー!!?? そんなのがあったの? 発明でも何でもないじゃん! それじゃ。 それをトゥルーデに?

「大尉に電話越しにかけたんダヨ、思い込みを強くするって奴。 普段全然イタズラにかかってくんない大尉にピッタリかなって!」
「エイラ。 それ、どうやったら解けるの……。」
「うーんと……悪い。 思い出せねーヤ。 部屋に帰って探せば、どっかにあの本があると思うけど。」
「エイラ!!」
小さくなるエイラ。 思い込みを強くする催眠術! なるほどね。 根っからウソと思ってないから、この装置が鳴らないんだ。

「どうした。 何を騒いでいるんだ?」
「ウワワワワッッッ!!!???」
急に少佐たちが食堂に姿を現した。 私たちは小パニック状態。 エイラがひっくり返って胡椒をぶちまける。

「はっくしょん! はっくっしょん! こっ、こらお前たち! 一体ぜんたい私たちに何の恨みがあるんだ!」
「ち、違うんです少佐! はっくしょん! こ、これは全部バルクホルン大尉の……。」
「はっくしょん! わ、私がどう絡んでいるんだ? こんな目に遭わされるような事をした覚えは全く無いぞ! はっくしょん!」
あぁもう、酷い有様だよ。 げんなりした気持ちで夕食をとって、私は自室でエイラからの連絡を待つ事にした。

「……で、トゥルーデ。 これは一体どういうつもりなのかな?」
抱きすくめられたまま精一杯の虚勢を張る。 後はエイラに任せてハッピーエンドを待つばかり……そうは問屋が卸さなかった。
催眠術にかかったトゥルーデは、なんでか私に夢中みたい。 こんな風に、部屋で二人っきりで迫られちゃうくらい、さ。
トゥルーデの手が私のお尻をまさぐるのに、なんだか身の危険を感じる。 これ。 スキンシップなんて可愛い触り方じゃない!
真っ赤になって思いっきり手をつねってやると、トゥルーデが顔を歪めながら喋り始めた。

「……どういうつもりかだって? 私たちがモニタリングしてるのは何だ? ウソ発見器だ。 私もお前にテストしようというだけだ。」
不安に駆られながらトゥルーデを見上げる。 偽りのトゥルーデ。 なのに、その言葉を無視できない。 テスト?

「お前は私にお前が好きかと聞いたな。 ならお前は? ……いつも冗談めかしてばかり。 本当は。 私の事をどう思ってるんだ?」

トゥルーデの言葉が、私の心臓を鷲掴みにする。 私の気持ち。 トゥルーデへの気持ち。 冗談めかしてばかり?

「どうして答えてくれないんだ。 こいつが鳴るからか? 鳴らないからか? 私は冗談で言っているわけじゃない!
 ……お前の事が好きなんだ。 お前の気持ちを知りたいと思ってはいけないのか?」
ふいに。 ふいに込み上げた、悲しさ。 その全く予想だにしていなかった深さで、私は唐突に自覚した。
偽りのトゥルーデが、偽りの愛を語る。 頭をはたいて、とっとと目を覚ませよ!って怒鳴ってやれば済む、それだけの話。
それだけなのに。 できなかった。 きっと私は、深く傷ついてしまう。
自分でも気付いていなかった。 私は、どんなちっぽけな偽りですらも入り込ませたくないほどに。
本当にトゥルーデの事が好きだったんだ。 ううん。 それは、たぶん、好きという気軽さを。 ずっとずっと超えてるんだ。

「エーリカ。 聞かせてくれ……。」
「やめて。」
「愛してるんだ! くそ、どんな言葉なら伝えられるんだ。 私は……。」
「やめてってば!!」
トゥルーデの言葉を締め出したくて大声を出す。 肩を掴むトゥルーデから顔を背けて、耳を塞ぐ。
感情がついてきてくれない。 自制ができない。 こんなのやだもん。 トゥルーデとの時間が嘘になるなんてやだもん!
リンリンリン! リンリンリン! うわっ! ビックリした!
煩悶の最中、私たちの声にも負けないほどの大音量で内線が鳴った。 トゥルーデを引っぺがして、逃げるように受話器を取る。

「モシモーシ。 ハルトマン中尉カ?」
「あ、うん。 ハルトマンだよ。 えーと……エイラ?」
「ウン。 催眠の解ける方法、分かったゾ。 サーニャに滅茶苦茶叱られちゃったんダナ……ウウウ。」
「え! わ、分かったって本当!? 何々! どうやるの、それ!」
完璧なるタイミング。 私に降りた蜘蛛の糸。 胸に沸々と希望が湧いてくる。 トゥルーデ。 今、私が元に戻してあげるからね!

「あ、聞いてくれル? サーニャがさぁ、私の手を握って言うんだよネ。 (裏声)ねぇエイラお願い。 バルクホルン大尉の事……。」
「 サ ー ニ ャ の 話 は 後 で 聞 く か ら !! どうすればいいかだけ教えてよ! マッハで!!!」
「な、なんだ? エイラと話してるのか、エーリカ?」
こいつにサーニャの話を始めさせたら、いつ終わるか分からない。 寄ってきたトゥルーデを邪険にあしらいつつ続きを促す。

「クシャミさせればいいんダナ。 それだけ。」
「え、うん、クシャミね! クシャミさせればトゥルーデは元に戻るんだね! よし、やるぞー……って、え? んんん?」
何かが引っ掛かる。 ううん。 引っ掛かるなんてもんじゃない。 クシャミ。 クシャミって言った?
頭の中にプレイバックされたのは、夕方の事。 確かエイラが胡椒をぶちまけて。 トゥルーデ、しこたまクシャミしてなかった??
しぱっとトゥルーデを見る。 聞こえてた、よね? 私と目が合ったトゥルーデは。 冷や汗を垂らしながら、気まずそう~に目を逸らした。

「……。 トゥルーデさん。 トゥルーデさん。 ゲルトルート・バルクホルンさーん。」
にこやかな顔を作ってトゥルーデにずずいと詰め寄る。 目を合わせようとしないトゥルーデ。

「あなたの名前は?」
「ゲルトルート・バルクホルン……。」
「あなたは最近クシャミをしましたね?」
「し、してない……。」
ファンファンファン! ウソ発見器が猛烈な音をたてる。 ムダムダ! ムダだよトゥルーデ! 科学の力を侮るなかれ!

「しました……。」
「よろしい。 それはいつの事ですか?」
「今日の夕方です……。」
「そうですね。 正解です。 ところであなたにかかってた催眠術はクシャミで解けるらしいのですが……。」
「すまなかったああああぁぁぁ!!!」
もうツメられるのに耐えられなくなったのか、トゥルーデが私に拝み倒してきた。
私と言えばね。 こんな顔ですけど。 お日様スマイルを絶やさない毎日ですけど。 激怒してるわけだよ!
だってトゥルーデがクシャミをしたのは今日の夕方。 つまり。 トゥルーデは夕方からとっくのとうに正気だったって事だからね!

「トゥ・ルー・デーーー!!! 人が本気で心配してたってのに、コイツはーーー!!!」
「あだだだだだだ! お、お前だってよく私を心配させるじゃないか! いつもと立場が逆になっただけだろ!」
「それとこれとは話が別なの! 私はやってもいいけどトゥルーデは駄目なの!!!」
「なんだそれ! 酷いぞ!!!」
こめかみに全身全霊のうめぼしを食らわせてやる。 当たり前だよね! こんなんじゃ全然収まんないよ!

「キザったらしく抱きすくめてきた時もシラフ……。」
「い、いや、だって、私だって、勢いでもつけなくちゃ、あんな事できないというか……。」
「お尻をすっごくエッチな触り方した時もシラフ……。」
「い、いや、あれはだな…………わ、私がお前以外の奴にあんな触り方をすると思うのか!」
「論点を摩り替えて誤魔化すなー!!」
怒りに任せてチクチク責めたててやると、トゥルーデが開き直った様子でのたまった。

「だ、だってズルイじゃないか! 私ばっかりフラウをどう思ってるか知られて。 私にだって聞く権利があるはずだ!」
「ズルイってなんだよズルイって! 大体ね……。」
反射的に言い返しかけてハタと気付く。 ……ずるい? 私をどう思ってるか、知られたから?
なんでそれが、ずるい、になるんだろう。 ………………。

トゥ、トゥルーデは私の事、何て言ってたっけ。 ううん。 そもそも知り返さないと不公平な気持ちって。 それってどのくらい?
なんだろう。 頬が熱くなってきた。 そうだ。 とっくにトゥルーデの催眠術が解けてたって事は。
ウソ発見器が反応しなかったって事は。 さっきまで、催眠術にかかったフリして、トゥルーデが一所懸命まくしたててた事はさ。
つまり。 つまりだね。

「え。 う。 へっ? ……あぅあぅあぅ……。」
「な、なんだ。 オットセイの真似なんかで誤魔化されないぞ! ウソ発見器だと?
 こんなもの、お互いの距離を遠ざけるだけじゃないか! フラウ。 本当のお前はどうなんだ。 本当の気持ちはどうなんだ……。」
うぁうぁうぁ。 うぁー! わっ、私の気持ちって。 さっき気付いたばかりの、その気持ち。 それは。 それはさ。
思い返してしまった私は、それまでの怒りがウソのように、シオシオとおとなしくなってしまって。
誠意に溢れた言葉。 誠意に溢れた瞳。 すっ。 すっごく真剣な目してるよトゥルーデ! どきどき。 どきどき。

ううん。 違うよ。 違う。 そうだ。 よく考えてみたら、今急にこうなったわけじゃないよ。
ずっとだ。 トゥルーデはずっとこの目で私を見てたんだ。 ただ私が、この目の意味を知らなかっただけだったんだ。
きっかけは多分、催眠術のせいだったんだろうけど。 トゥルーデは、ずっとこうやって私を見てくれてたんだ。

真剣なだけじゃなくて。 恥じらいと期待と不安とがない交ぜになったトゥルーデの表情は、反則なくらいドキドキしちゃう。
どき、どき、どき。 なっ、何これ。 やばい。 やばいよ。 私のペースじゃないよ! たっ。 たっ。

「たいきゃくーーーー!!」
「はぁっ!? ……まっ。 待てエーリカ!」
緊張感に耐えかねて、狭い部屋の中を逃げ回る私。 追いかけるトゥルーデ。 喜劇のような、部屋の中のおっかけっこ。
こんな顔、人には見せられないから、外にはいけないし。 でも。 でもでも、それでも。 体勢を立て直さないと、おかしくなっちゃうし!
追いすがってくるトゥルーデをペースダウンさせるため、何でもござれと言い募る。

「……えっと、その、トゥルーデさん。 ひょっとして……その、私のこと……。」
「な、なんだ!」
「ぞっこんラヴ?」
「ぞっこんラヴ!」
「メロメロきゅ~ん?」
「メロメロきゅ~ん!」
「ドキドキ大……。」
「あぁそうだよ! ドキドキ大作戦だよ! ふるふるハートフルだよ!! お前のボキャブラリー、もっと何とかならんのか!!」
駄目だぁ~! あれやこれやと私のペースに巻き込もうとした所で、こうと決めたトゥルーデの芯の強さを挫けるものじゃあなかった。
ついに私は抱きすくめられてしまって。 トゥルーデがまっすぐに私の瞳を覗き込んだ。

「お前と違って月並な言葉かもしれないが。 好きなんだ! フラウ!」
「わたしも!!!」
「だ、だからだな、お前はどう思ってるのか…………って。 え。 え。 え!? いっ、いっっ。 今、何て……?」
あぁもう! この! この! 駄目。 顔が熱くてじっとしてられない。 聞き返さないでよね!
どうしても普通じゃ言えないから。 せっかく勢いつけて言ったんだから。 慣性で持っていかせろよー!

「フラウ。 もう一度聞かせてくれ。」
「……やだ。」
「き、聞き違いじゃないんだよな!? な? フラウ!」
「むー!」
手元にあったYES/NOマクラをトゥルーデの顔にパシパシはたきつける。 こんなの何度も言えるわけないよ! 乙女なめんなよー!

「はっ! このマクラの向いている面…………フッ。」
な、なにそのスッキリ顔! むかつくよー! どうやら偶然にもYESの面が向いていたようで。 勘違いが癪に障ってまたパシパシ。
トゥルーデだって恋愛に長けてるようなガラじゃないのに。 そのトゥルーデに余裕かまされちゃう私は何なのさ!

「ふんだ。 どうせそんな事言ったって宮藤の方がお気に入りなんでしょ。 知ってるもん。」
「な、なぜそこで宮藤の名前が出てくるんだ! 宮藤に向ける気持ちは、その……妹に向けるのと、同じだ。 お前は、違う。」
「……ふんとにシスコンなんだから。 クリスに言っちゃうぞ。」
ウソ発見器が鳴らなかった事に安堵しながら、トゥルーデの頬に額を寄せる。 トゥルーデの指が私の髪を優しく梳いていく。
ふーんだ。 トゥルーデが私よりほんのちょっとだけ年上だから。 ほんのちょっとだけ背が高いから。
だからギュッてさせてあげてるだけなんだかんね。 まだまだ怒ってるんだから。

「……笑ってくれたな、ようやく。」
えっ。 はにかんだような顔のトゥルーデ。 私、笑ってる? ……。 そっか。 そうだよね。 そりゃそうだよ。
だってさ。 好きな人とさ。 両想いなんだもん。

「……トゥルーデ、まぁたお尻さわってるー。 なぁに? 宮藤たちじゃないけど、お尻星人だったの、トゥルーデ?」
「い、いや! ちょ、丁度いい位置にあるというか、そのだな……。」
じゃれて、体をくっつけて、頬を寄せて。 いつもしてきた事が、こんなに幸せ。 こんなんじゃ、これから先困っちゃうね。
トゥルーデの髪の毛を指で梳く。 すごく優しい気持ち。 今なら分かる。 私はこの時間が好きだったんだ。
私の手櫛に目を細めてたトゥルーデが、不意にまっすぐに私の瞳を見つめた。

この距離。 この温もり。 この息遣い。 少しだけ背中に回した手に力を込める。 トゥルーデの手にも力が入って。
暖かな鼓動が近付いてくるのを感じながら、私はそっと目を閉じた。

ふに、と。 唇を柔らかくはみ合わせただけ。 それだけなのに。 こんなに満たされた気持ちになるんだね。
互いに少し震えてるのを自覚しながら、ゆっくりと顔を離す。

「へ、えへ、えへへー。 トゥルーデの初めてのキス、もらっちゃった。 トゥルーデは本当に私にメロメロだね!」
「ふふ。 そうするとお前も私にぞっこんなわけだ。 お互い様だな、フラウ。」
「むー! むー!」
YES/NOマクラ大活躍。 あーあ。 私がトゥルーデよりも大きかったら、この震えを包み込んであげられるのにな。
トゥルーデに暖かく包まれながら、震える背中をきゅうと抱きしめて。 私は幸せにもそんな事を想った。


「な、なんか静かになっちゃいましたね……。」
「ば、馬鹿、声を出すなよ! 気付かれるだろ!」
え。 二人で何をするでもなく寄り添ってたら。 小さいけど、確かにそんな声が聞こえた。
へ? リーネ? シャーリー? ……盗み聞き、されてる? まさか、ドアだって閉まってるのに。 トゥルーデも怪訝な顔。
部屋の中をぐるっと見回して気付いたのは、エイラと話した時から外れたままの内線電話。
……ひょっとしてこれ、さっきから掛かりっぱなし? ……………………筒抜け?

「……もしもーし。 こちらハルトマン。 ひょっとして盗み聞きしてますか? どうぞ。」
「……も、もしもーし。 こちら誰もいません。 盗み聞きなんてしてないですよー。 どうぞ!」
「ちょ、ちょっと宮藤さん! なに返事してるの!」
「この馬鹿フジ! テンパってんじゃネー!」
がやがやと聞こえる喧騒。 うんうん。 どうやらあちらさんは大所帯なんだね。 よりによってミーナもいるわけね。 ふーん。

「お、おいフラウ。 一体何を考えてるんだ……?」
「もー、トゥルーデったら、分かってるくせにー。 えへへ。 もちろん、し・か・え・し☆」
ニコニコと満面の笑顔を浮かべて両耳を塞ぐ私。 たとえ別々の部屋にいたってさ。 今の私には一網打尽にできちゃうんだぞ。
目の前で何が何やらとオロオロしてるトゥルーデも巻き添え食っちゃうけど。 ま、しょうがないよね。
だってトゥルーデには、ちゃんと聞いててほしいんだもん。 どれくらい大きな音が鳴るか、さ。
それにやっぱりさ。 トゥルーデにもちゃんとやり返しておかないとね!

トントン、と指輪をノックしてみせる。 ハッと手を浮かすトゥルーデ。 ようやく分かった? でもね、ノンノン。 もう遅いよ。
あぁ、あったかい気持ちで胸がいっぱい。 微笑みがこぼれるのを自覚しながら。 私は思いっきり叫んでやった。

「 ト ゥ ル ー デ な ん て 、 だ い ・ だ い ・ だ ぁ - い っ き ら ー い !!! 」

おしまい


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