future world
その部隊名と、彼女の名を問われてもトゥルーデはぴんと来なかった。しばし上を見るも、記憶にない。
ぽかんと抜け落ちた頭の中を茫洋と探すうち、怪訝そうな顔をしたミーナに呼ばれる。
「トゥルーデ?」
「ん? ああ。で、どうかしたかミーナ?」
問われたミーナはカールスラント軍から受領した封書を開けて、言った。
「最新型のエーテル噴流式ストライカーのMe262……俗に『ジェットストライカー』と言うのだそうだけど、『一度実戦に最も近いかたちでテストしたい、可能ならば実戦も経験させたい』と言ってきたのよ」
トゥルーデは怪訝そうな顔をして答えた。
「テスト? 実験部隊なんだから、そっちでやればいいだろう。何も私達の居る最前線にまでノコノコ出て来る必要なんて無い筈だ。それも、連合軍の統合戦闘航空団へ。はっきり言って危険だぞ」
「私もそうは言ったんだけれど。強い要望だそうよ。部隊員の」
「501(ウチ)に来たいとは、奇特なウィッチも居るんだね~」
ソファーにごろんと横になってトゥルーデの服の裾で遊びつつ呑気に答えるエーリカ。
「ほう。新式のジェットストライカーか。ストライカー開発に関わった私としては、興味があるな」
ミーナの横に控えていた美緒が身を乗り出してきた。
「坂本少佐はいまのストライカー開発の功労者だものね。新型が出れば、気になって当然よね」
「噂の新式とやらを、一度観てみたいな。使用しているウィッチとも、話がしたい」
「あら、美緒の方が乗り気じゃない」
くすりと微笑み、ついうっかりファーストネームで呼んでしまうミーナ。
「向こうが来たいと言ってこちらも興味が有るのなら、拒む必要は無いわね。すぐに返事をしましょう」
ミーナは机上に置かれた電話を取ると、カールスラント空軍に直接連絡を入れた。
間もなく日程が調整され、カールスラント空軍先行実験隊のウィッチが来訪する日がやって来た。
既に事前準備の機材が幾つか運び込まれ、準備は万全。
ブリタニア及びドーヴァー海峡付近は快晴。雲一つなく、ネウロイが来る気配も無ければ、監視所からの緊急報告も無かった。
「……なんか、聞こえないか」
「ホントだ。今までに聞いた事のない音だね。アレがその新しいストライカー?」
基地の滑走路には、ジェットストライカー「Me262」を一目見ようと、見物人宜しく501の隊員が全員出て来ていた。彼女達が使うストライカーとは全く異質の、ずしりと重たく、そしてやたらと甲高く激しい噴流ノイズが、次第に近付いてくる。
『ヘルマ・レンナルツ曹長、これより着陸態勢に入ります。着陸許可を願います』
『着陸を許可します。滑走路が貴官の部隊のものと違うので、着陸時の姿勢と減速には十分注意して下さい』
『了解しました』
着陸前、無線室とのやり取りが交わされる。
遠くの空に見えた豆粒程の人影が、基地に向かって来る。
滑走路の端ぎりぎりに接地すると、そのまま減速、タキシングしながらハンガーに向かってきた。ストライカーの噴出口(スリット)からアクアマリンの鮮やかなエーテル流が淀みなく吐き出される。
一同は目を見張った。
「これが、カールスラントのジェットストライカーですの?」
「何か良いなあ。速そうだぞ」
「シャーリー、速いのになると目の色変わるね」
「やっぱり簡単にマッハ超えられるのかなあ、いいなあ」
「坂本さん、ストライカーの音がうるさいですっ!」
「な、慣れないねっ芳佳ちゃん!」
「凄い音だな……こりゃ魔力を余計に消費するんじゃないか?」
エイラは耳を塞ぐサーニャをかばいながら、タロットを一枚引いてみる。カードを見て呻いた。
「ナンカ、嫌な予感がスル……」
ジェットストライカーは皆が見つめる中、ゆっくりと稼働を止め……格納装置に収められた。
肩に担いだ兵器……改良型四連装式フリーガーファウストと30mm機関砲を輸送用に梱包したもの……をそっと脇に置き、するりとストライカーを脱ぐと、ウィッチはストライカーの様子をひとしきり点検した後、リュックを背負い直し、少し乱れた長い髪を整え、帽子をくいと被り直し、服をぴっと伸ばし……身なりをしゃんとする。
「随分若い……と言うより幼い感じだよね」
「私よりも歳若いのかな」
501の皆の視線をものともせず、つかつかとミーナのもとに向かい、直立不動の姿勢を取り、敬礼し声を上げた。
「カールスラント空軍131先行実験隊『ハルプ』第三中隊所属、ヘルマ・レンナルツ曹長、只今到着しました!」
「ご苦労様。そして連合軍第501統合戦闘航空団へようこそ。隊長のヴィルケ中佐です」
「わざわざのお出迎え、感謝致します。早速ですが、こちらが、我が部隊からの連絡書類です。お受け取り下さい」
「有り難う。確かに受け取りました」
形式ばった挨拶が終わったところで、ヘルマは敬礼を解かずに、言った。
「お久しぶりです。ヴィルケ中佐。お元気そうで何よりです」
「ええ、まあね。レンナルツさんはどう?」
「はい。健康には常に気を遣っております故、万全です」
「そう、良かったわ。せっかく来たんだし、ゆっくりしてって頂戴ね」
「お気遣い感謝致します」
敬礼をやっと解いた。
「何か堅苦しそうな奴ダゾ」
「誰かさんが一人増えたみたいだな~」
隊員達はひそひそと囁き合った。
ヘルマは聞き漏らさず、くるりと隊員達に向かった。ぎろりと一瞥する。
「う、うわ?」
「おい、何かこっち睨んでるぞ」
「皆さんのご活躍は、普段より各種情報により拝見しております。各国選りすぐりの精鋭揃い、ブリタニアの砦と」
ヘルマからの突然の祝辞も、妙に堅苦しい。苦笑いする一同。
「そんな固くならなくても」
「誉められタナ」
「いやあ、ちょっと照れるね」
「しかしっ!」
ヘルマが発した、鋭く大きな喝。歳不相応の迫力に、思わず身を反らせる一同。
「何ですかそのだらしなさは! 航空歩兵たるもの、一に規律で二に規律、全軍人の鑑でなくて何となりますか?」
「ウヘェ 何でいきなり怒られるの?」
げんなりするルッキーニ。
「さっきの話、当たったナ」
「ホント、一人増えたみたいだ」
ルッキーニの肩を抱き苦笑いするシャーリー。
突然のヘルマのお説教に、501一同の目はヘルマからひとりの人物の背に向けられた。そう、ヘルマの事をすっかり忘れているトゥルーデその人に。当の“お堅いカールスラント軍人”は、隅っこの方で、久々に“真面目(まとも)な”カールスラント軍人と会ったといわんばかりに、うんうんと頷いている。
「幾ら戦果を上げても、その有様では……待ちなさいそこの二人、何処へ行くのですか?」
ハンガーからこっそり遁走を図る北欧コンビを見つけ容赦なく怒鳴りつけるヘルマ。
「たった今用事を思い付いたんダナ」
「何ですかそのなってない言い訳っ……うひゃあ!」
いつの間に背後を取ったのか、ヘルマの胸を掴んでむにゅむにゅと揉むルッキーニ。シャーリーが問う。
「どうだ?」
「う~ん、微妙。この子も残念賞」
「なっなっ、何をするんですかいきなり! 初対面なのに失礼にも程があります!」
胸を押さえて顔を真っ赤に染め、辺り構わず怒鳴り散らすヘルマ。ニヤニヤ顔のルッキーニとシャーリー。結局遁走を諦めたのか、エイラとサーニャもヘルマを囲んで胸のサイズ話に加わる。しかしその騒動に紛れて、トゥルーデとエーリカはいつの間にか姿を消していた。
「ルッキーニ、彼女どれくらいだッタ?」
「うんとね。ぺたんこよりは少し有ったかな」
「ホホウ」
ニヤニヤ顔のエイラ、ノリノリのルッキーニ。
「ぺたんこぺたんことうるさいですわね! わたくしはまだこれからと何度言ったら!」
「そっか。まあ、一応将来に期待ってとこか?」
あははと笑うシャーリー。
「……芳佳ちゃん、なんで残念そうな顔してるの?」
「そ、そんな顔してないよリーネちゃん」
「エイラ、胸の話ばっかり……私には……」
「え? イヤ、サーニャはあのそのほラ、ええっト」
「何ですか貴方達は! それでも航空歩兵のエリートですか!?」
ヘルマが全員まとめて叱り飛ばす。
「エリート?」
「あたし達が?」
「ウジャ?」
「む、無自覚でこの体たらく……失礼ながら、階級に関係なく申し上げますが、その様な人を愚弄する態度で……」
「なあ、レンナルツ曹長さんよ」
「私に何か御用ですか? その制服、リベリオン合衆国の……」
「あたし? リベリオン合衆国第八航空軍の……ああ、面倒だからシャーリーで良いよ。あんたのジェットストライカー、Me262だっけか。詳しく話を聞かせてくれないか?」
「は、はい?」
いきなり話の腰を折られるヘルマ。
「やっぱり、簡単にすすーっと音速超えられるのかい?」
目を輝かせ、指でジェスチャーを交えつつ、ヘルマに食らい付くシャーリー。
「お、音速ですか? 超音速については、速度実証試験機以外はそこまで速度上昇には重点を置いていないので……但し私のMe262について申し上げるなら、高度約二万フィート付近で時速八百七十キロ程度は普通に出せます」
「は、はやっ!」
具体的な数値を聞いて驚愕の表情を浮かべるシャーリー。
「あ! 貴方様は扶桑海軍の坂本美緒少佐ですね? お目にかかれて光栄です」
シャーリーの傍らでヘルマの履いてきたMe262を興味深そうに見つめる美緒に気が付き、声を掛け、敬礼する。
「おお。私の事をよく知っているな」
「現在のストライカー開発の礎を築いた方ですから。我が隊でもよく話題に上がりますし、私も尊敬しております」
「そりゃまた光栄だな。ところで、このジェットストライカーとやらだが、エーテル噴流による飛行と聞いた」
「はい。仰る通りです」
「先程の着陸を見るに、飛行の際には魔力を相当使うのではないか? 着陸滑走中のエーテル流を見て思ったのだが」
美緒は「ストライカー開発者」としての意見を口にする。ヘルマは姿勢を正すと、はきはきと応える。
「はい。坂本少佐のご指摘通り、ジェットストライカーの魔力消費については、構造上、まだまだ改善の余地が有るかと思われます。が、しかし!」
びしいっと自分のMe262を指さすヘルマ。
「ジェットストライカーは魔力の増幅力に優れているのも事実です。最大推力に優れ、魔力バランスのセッティングによってはより大型武器の携行も可能です。これまでMe262を使用し何度かネウロイと交戦しましたが、特に大型のネウロイに対しては相当の効果が期待出来るかと……」
「なるほど。増幅力か」
「ねえ、みんな」
ハンガーになお残る一同に、ミーナが声を掛けた。
「ハンガーで話も何だから、部屋を移動しましょうよ」
ミーティングルームに移動した一行。
ヘルマはその部屋の美しさと見事な調度品の数々、「軍人」の基地らしからぬ穏やかさ、華やかさなどにただただ驚いたが、すぐに興味津々の美緒とシャーリーに囲まれ、ストライカー談義に花が咲く。ソファーに腰掛け、ストライカーの技術的な話やらテストの結果など目新しい情報だらけで、美緒は成る程、と頷いた。シャーリーは速度に関心が有ると見えしきりと話を持ちかける。その横にはルッキーニがつまらなそうに寝転んでいた。
「あと思ったんだが、低速時の加速と機動は若干鈍い気がするな。あくまで個人的な予想だが」
「す、鋭いですね、坂本少佐。私の着陸機動を一度見ただけでそこまで看破なさるとは、流石です」
「私達の現用ストライカーとの違いを述べたまでだ。勿論、ジェットストライカーは他の面では大変優れていると聞くが?」
リーネと芳佳がコーヒーとお菓子を持ってやって来た。それぞれにカップを配る。
「すまんな、二人とも」
「お、サンキュ」
「ウニャ ありがと」
「どうも、有り難うございます」
ヘルマはカップを手に取り、口を付けた。芳醇な香りが鼻を抜け、舌には爽やかな苦みが残る。
「……このコーヒー、代用品じゃないんですね」
カップに注がれたコーヒーをしみじみと眺め、呟いた。
「他よりも優遇されているのかもな。しかしレンナルツ、お前の部隊も実験部隊だから相当待遇は良いと思うが」
「501(ここ)程ではありません」
「そうか」
頷く美緒の横で、ヘルマはコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてから、改めて口にした。はじめて年相応の、笑顔が見えた。
「甘いの好きか?」
シャーリーが気付いて問い掛ける。
「はい」
「ならリーネと宮藤にお菓子を持って来させよう。おーい二人ともー」
シャーリーに呼ばれた二人は急ぎお茶請けの菓子類を用意した。出されたお菓子をぱくぱくと頬張り、笑顔のヘルマ。
「うわ、このケーキ美味しい~。さすがブリタニア、お菓子美味しいです」
「良かった。お口に合いました?」
リーネの問いに、頬張りすぎて声が出ず、うん、と大きく頷くヘルマ。先程とはまるで違う印象を受け、一同は苦笑した。
ヘルマがお茶請けのお菓子を全て食べ尽くし、コーヒーのおかわりを貰った所で、美緒は改めて切り出した。
「……で、ジェットストライカーの優れている点とは何かな?」
「はい。一旦高速度を維持すれば、その速度を持続・利用して戦闘を優位に進められます。速度を維持する為には必然的に一撃離脱に近い戦法を取らざるを得ませんが、それでも速度はこれまでのストライカーに比べて十ないし二十パーセント以上の数値を……」
「やっぱ速いなぁー! いいなあ。レンナルツ曹長さんよ、あんたのストライカー一回履かせてくれないか?」
「ダメです! 仮にも実験機ですよ?」
「そこを何とか! あたしの夢なんだ、音速超えるの」
「ダメなものはダメです」
「じゃあ501の大尉として命令するぞー」
「何ですかそのメチャクチャな命令は! 原隊に報告しますよ?」
「うへあ……それは勘弁」
「でも、飛行訓練の名目で、明日にでも一緒に周辺を飛行しますか? 横からご覧になる分には何も問題有りませんから」
「いいねえ。レンナルツ曹長、気が利くねえ。気に入ったよ」
嬉しさ一杯のシャーリーはぎゅうぎゅうとヘルマを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、抱きつかないで下さい」
「おおっと。リベリオンでは親愛の印にハグする習慣が有ってね」
「ここはリベリオンではありません!」
「まあまあ」
「ともかく……私の事は、単純にヘルマで結構ですので」
こほんと顔を赤らめ、咳をするヘルマ。その様子を横で眺めていたルッキーニはえらくふてくされている。
「了解。で、あたしのP-51Dだとどうしても速度に限界があってさ。どんなにうまく仕上げても時速八百キロちょっとで……前に一回だけ音速を超えたんだけど……」
「現行のストライカーでそこまで! しかも音速超えですか!? 一体どうやって?」
今度はヘルマが驚いて身を乗り出してきた。試験部隊所属のウィッチとして気になるらしい。
「音速超えは、たまたま偶然だったんだよ。いまだに理由分からないんだけどさ」
力無く笑うシャーリー。
「そうですか。魔導エンジンの出力比を著しく変化させたとか……でもバランス的に問題が……」
「だと思うんだけどね~」
「理論的にストライカーで音速超えは難しいと聞いていましたから、驚きました。今度、そのストライカー拝見しても宜しいですか? 私が知っている範囲で宜しければ、何かアドバイス出来るかも知れません」
「ホントかい? じゃあヘルマ、今すぐ行こうハンガーへ。見て貰って、また音速超え出来るなら……」
「今、ですか?」
ヘルマの腕を取るシャーリー。
「シャーリー節操無い! それに、あたしのシャーリー取らないで!」
横でつまらそうに聞いていたルッキーニがヘルマにぶーたれる。
「取る取らないの問題じゃないでしょう。そもそも先程から思っていたのですが、貴方はだらしないしはしたないです!」
「ウニャッ!?」
「それでも貴方軍人ですか!?」
「シャーリー、この子怖いよぉ」
「ヘルマ、まあそうカリカリしなさんな。ここにはここのルールが……」
「そうです! ルールと言えば一に規律、二に規律、三、四も規律で……」
「何度も聞いた事あるぞ、そのセリフ」
シャーリーのぼやきを聞いて、美緒は豪快に笑った。
「何だか、バルクホルンが一人増えたみたいだな」
美緒の言葉を聞いたヘルマは、びくっと反応した。一瞬使い魔の耳と尻尾が出る程の驚きようだ。
「?」
「どうかしたか?」
「そ、そうだ……すっかりストライカーの話に……バルクホルン大尉、バルクホルン大尉はどちらにいらっしゃいますか?」
急におろおろし出すヘルマ。
「バルクホルンか?」
「あー、堅物か? あいつ今どこだっけなあ」
「かっ『堅物』とは何です!? バルクホルン大尉の事を、いま貴方は『堅物』と侮辱しましたね?」
「え? え? いや、いつもあいつとは『リベリアン』『堅物』と呼んでる程度の仲で」
「むきー! どんな仲なんですか!? うらやまけしからんです!」
「な、何なんだあんた一体? 落ち着けって」
その頃、トゥルーデはエーリカと一緒に部屋のベッドでごろごろしていた。
エーリカの訓練が終わり少々疲れていたので、噂のジェットストライカーを履いたウィッチの来訪で皆が盛り上がっているのを後目にそそくさと退席したのだ。正確には、エーリカがぐいぐいとトゥルーデの袖を引っ張って部屋に連れ込んだ、とも言う。
エーリカはトゥルーデに寄り添ったまま、ヘルマの事を聞いてみた。
「ヘルマ・レンナルツ曹長か? 先行実験隊の……」
トゥルーデは言いかけて、ふと天井を見た。501に配属される前、何処かで何度か話をした事はある……筈だ。規律正しく、誰にでも世話を焼き、どこをどうしたらあんな真面目の塊になってしまうのかと己の事を棚に上げてもそう思わざるを得ない。まだ幼いのに、とも感じたものだ。ただ、それ以上の印象は……思い出せないと言うか、頭には無かった。
正直にその事を話すと、エーリカはふうん、と呟いた。少しつまらなそうだが、半面、ちょっと安心した感じの表情。
「エーリカ、どうした?」
「いや。確かあの娘、前に理想のウィッチ誰って聞かれてトゥルーデって即答してたから。気になってさ」
「私? ははは、まさか」
「だよね~。姉バカでおまけに同僚と婚約してるウィッチだもんね~」
エーリカは悪戯っぽい笑顔で、ぐりぐりとトゥルーデをつつく。
ふっと笑みをこぼすと、トゥルーデはエーリカを抱きしめた。
「そうだな。姉バカで……エーリカ、お前と」
「分かれば良いの」
にやけるエーリカは、トゥルーデと軽くキスを交わした。間もなくトゥルーデは哨戒任務へと向かう。
少し離れる事すら惜しい二人は、僅かな時間も逃さず、共に過ごした。
トゥルーデが哨戒に飛び立った後、シャーリーはヘルマと一緒にP-51Dを見にハンガーにやって来た。美緒とルッキーニも気になるのか、横に居る。
外装を取り外し各部品をむきだしにした状態のストライカーをひとしきり観察したヘルマは、顎に手をやり言った。
「……なるほど。見た感じ、最高速度重視のセッティングをしておられますね」
「よく分かるね。リベリオンのストライカーにも詳しいんだ」
驚くシャーリー。
「ある程度なら、の話ですけど」
「いやー、何か嬉しいなあ。501(ここ)にはストライカーの調整に詳しいヤツが居なくてさ。セッティングは勿論、チューンのやり方とか、何でも自分の手探りでさ」
「それは大変ですね。でも、余り速度重視し過ぎてもかえってピーキー過ぎて扱いが難しくなりませんか?」
「そう、それなんだよな。戦闘も考えるとなると、旋回性能も考えないといけないし、バランス取るのが難しくて。ヘルマならどうする?」
「目的に特化します。戦闘であれば戦闘用に。あくまで速度実証であれば、その様に」
ヘルマの即答に、頭をぽりぽり掻いて苦笑いするシャーリー。
「まあ、それが一番なんだけどね……」
「あたしの方が、ストライカーうまく調整出来るよ」
ルッキーニがシャーリーとヘルマの間に割って入る。
「貴方がですか?」
「シャーリーが前に音速超えた時、ストライカーをセットアップしたのあたしだよ?」
「本当ですか? 一体どうやって?」
「……」
何故か黙ってしまう一同。気まずさにも似た空気を振り払うべく、シャーリーはルッキーニの肩を抱くとヘルマに言った。
「まあ、偶然つうか事故みたいなもんでさ。あれ以来、一度も出来てないんだ」
「そうですか」
「ネウロイに体当たりして破壊する程速かった事だけは事実だ」
ぼそりと「結果」を口にする美緒。苦笑いするシャーリーとルッキーニ。
「体当たり!? 何て自殺的な行為を」
「いや、急には止まれないじゃん? ヘルマ、あんたのストライカーだってそうだろ?」
「はあ……」
昼食後。
リーネの作った“野暮った~い”ブリタニア料理と、芳佳の用意した“腐敗した豆”、そして美緒の肝油に激しく幻滅したヘルマは、ミーティングルームで食後のお茶とお菓子を楽しんだ。
「ここの紅茶、こんなに色が綺麗で香りも良い……お菓子もめちゃ美味しいし……はあ」
「なに溜め息ついてるの」
「いえ。501は恵まれてるんですね」
「一応最前線だから、待遇は悪くない、とだけ言っておくわ。隊の士気にも関わるからね」
ミーナが優しく説く。
そこに、エーリカを連れてトゥルーデがやって来た。哨戒シフトを終えシャワーを浴びた後で、髪がまだ少し濡れている。
ヘルマはトゥルーデの姿をみとめるなり、がばと立ち上がると、トゥルーデの元に駆け寄った。物凄い勢いで目の前に現れたので、思わず手にしたカップを落としそうになる。
「うわ? 何だ、どうした?」
「お、お、お……」
言葉に詰まるヘルマ。顔が真っ赤だ。
「『お』? 一体どうした?」
ヘルマの顔を覗き込むトゥルーデ。
「お、お久しぶりです、バルクホルン大尉!」
ようやく言葉が出た。
「あ、ああ。久し振り……かな、レンナルツ曹長」
「基地に着いてから、ずっとバルクホルン大尉を探していたんですよ? 今まで一体何処へ?」
「哨戒任務だ」
「そうでしたか。これでやっと話が出来ますね」
ぱあっと華やかな笑顔をみせるヘルマ。
「あ、ああ、そうだな。レンナルツ曹長」
「ヘルマで結構です、ヘルマって呼んで下さい。……って、これ前に言いましたよね?」
「そ、そうだっけ?」
後方から何やら痛い視線を感じるトゥルーデ。ヘルマには見えないだろうが、エーリカがどんな目をしているかは手に取る様に分かる。
「どうかしたんですか? バルクホルン大尉」
「いや。何でもない。元気、だったか?」
とりあえず当たり障りの無い言葉を並べてみるトゥルーデだが、微妙な目の泳ぎ方を見てすぐにヘルマは勘付いた。
「バルクホルン大尉……まさか、私の事を忘れてしまったのですか?」
ショックを隠しきれないヘルマ。
「わ、忘れた訳ではないぞ、レンナルツ、いや、ヘルマ。何しろここは最前線だからな。色々とやる事が多くて……」
あたふたと大袈裟なジェスチャー混じりで言い訳するトゥルーデ。
「あ! これわっ!?」
ヘルマはめざとくトゥルーデの左手を掴んだ。
「な、何するんだ、離せ!」
「こっこれは婚約指輪ではないですか!? いいいいつの間に?」
「え? いや、これはその……」
話を聞いている周りの隊員がくすくす笑ってる。
「何処の誰ですか!? どんな人ですか? バルクホルン大尉、もうウィッチを引退してご結婚なさるおつもりですか?」
「いや、引退とかは……。結婚かぁ……」
「何故悩むんです!? ええい面倒です、四の五の言わずにその相手を教えなさい!」
「ぐわっ、ぐるじい……おぢ、落ち着けヘルマ!」
掴まれた首をさすり、はあと息を整えるトゥルーデ。
「相手ねえ」
二人のやり取りを聞いて、にやにや笑っているエーリカ。
「ハルトマン中尉、何がおかしいのですか?」
「やっぱりレンナルツは変わってなかったね。むしろちょっとカゲキになった?」
「そんな事よりもハルトマン中尉、服のボタン掛け違えてます! 失礼ですが中尉も、その辺のずぼらなところは昔から全然変わってないですね」
エーリカのボタンを直そうと手を伸ばすヘルマ。だがエーリカの一言で腕が止まる。
「いや、これトゥルーデに掛けて貰ったから」
「はい?」
ぽかんとするヘルマ。
「ああすまん、掛け違えてたか」
ヘルマの目の前で、いつもの通りにエーリカのボタンをかけ直すトゥルーデ。
わなわなと震えるヘルマ。
「バルクホルン大尉、何をしておられるのです! 中尉に対して注意のひとつもせずに言われるがまま……」
「いや、事実だし」
ヘルマの耳に突き刺さるトゥルーデの意外な一言。
そして彼女の目は、もう一つ驚愕の事実を視界に捉えていた。
トゥルーデと全く同じ指輪をしている人物が、目の前に立っている。
ボタンを直して貰ったそのひと、エーリカ・ハルトマン中尉。「黒い悪魔」の渾名を持つ、カールスラントのウルトラエース。その「悪魔」が、まさに“悪魔的”な目で、ヘルマを見、にやっと口の端を歪めた。
情報の氾濫が混乱を来たし、三半規管をいたく刺激する。波及効果はたちどころに現れ、足元がふらつく。
「おいヘルマ! しっかりしろ!」
「レンナルツさん!」
「ストレッチャーだ! ストレッチャーを持ってこい!」
突然失神したヘルマを目の当たりにし、隊員達は慌てふためいた。
医務室のベッドに寝かしつけられるヘルマを、傍らで見つめるミーナ。間もなく目覚めたヘルマに、ミーナは優しく言葉を掛けた。
「一時的なショックによる意識の混乱、だそうよ。体力も魔力も問題ないって」
「本当に申し訳有りません。私がふがいないばっかりに、皆さんにご迷惑を」
ミーナに詫びるヘルマ。
「気にしないの。ちょっと長旅で疲れたかしら? ……まあ、聞くだけ野暮よね」
小さく苦笑いするミーナ。
「あ、あの」
「どうかしたの?」
「その……」
もじもじするヘルマ。
「ああ、トゥルーデ……バルクホルン大尉の事ね。本人から聞いた方が良いんじゃない?」
「ですが……」
突然鳴り響く警報音。それがネウロイの襲来だとヘルマは真っ先に気付くと、ベッドから飛び降りた。
「レンナルツさん、何処へ行くつもり?」
「私もウィッチです。そして今回の目的がもうひとつ有る事を忘れかけるところでした」
「まさか。ネウロイとの交戦がそれだって言うの?」
「はい」
「幾ら何でも病み上がりに近い状態で……」
「私は問題有りません。皆さんにお見せしたい事も有りますし、原隊からの命令でもあります。許可をお願いします」
「……分かったわ。ついてらっしゃい」
ミーナはヘルマを連れてブリーフィングへと向かった。
「敵、グリッド東113地区に侵入。高度一万五千。侵攻位置及び方位から、推定目標はロンドン及びその周辺よ」
ミーナは受け取った情報を元に、周辺地図を指し示しながら説明を加える。
「監視所の報告によると、小型ネウロイを複数引き連れた大型ネウロイが二機。かなりの大所帯ね」
「なんでまた、急に」
「ネウロイの考える事はわからん」
隊員の愚痴っぽい質問に、なげやりに答える美緒。
「今回は大型ネウロイに攻撃を集中させます。まず我々ウィッチーズが先駆けてネウロイの一団を攻撃してこれを撃破。万一小型ネウロイを撃ち漏らしたとしても、背後のブリタニア空軍基地所属のウィッチが手ぐすね引いて待っているそうよ」
「そりゃ心強いな」
「とにかく、最優先目標は大型ネウロイ二機よ。その為にも、今回は私達全機で出撃します。……坂本少佐」
「ああ。編成を言うぞ。全員注目」
今回はヘルマも参戦するとの事で変則的な編成が組まれた。トゥルーデとエーリカ、ヘルマがケッテ(三機編隊)を組んで前衛とし、ペリーヌ、エイラ、サーニャの三人が同じくケッテの中衛。ルッキーニ、シャーリー、リーネはケッテの後衛。ミーナと美緒は全体の指揮、芳佳はミーナと美緒の直掩となった。
ブリーフィングが終わり、全員がハンガーに駆け出す。
「全機、出撃!」
めいめいが武器を持つ。ヘルマは梱包を解かれた細身の改良型四連装フリーガーファウストと30mm機関砲を背負った。トゥルーデがMG42を二挺持つ事はよく有るが、トゥルーデよりも小柄な娘(ウィッチ)がフリーガーファウストと30mm砲を二挺同時に背負い込むのは、妙ないびつさと言うか、違和感が有った。しかしヘルマはそんな周囲の目も気にせず、黙々と準備を進める。
軽快に各機のストライカーが起動する中、ヘルマのジェットストライカーは起動にやや時間が掛かった。そしてワンテンポ遅れて、耳をつんざく轟音が全員の耳を塞がせるに至る。
「相変わらず音でかいなあ」
「シャーリーのストライカーよりも音うるさぁい」
「ヘルマ・レンナルツ曹長出撃します!」
慎重に滑走を開始し、基地滑走路の端まで目一杯使って、何とか離陸する。
「やはり離陸時は脆弱みたいだな」
美緒が顎に手をやり頷く。
「さあ、行きましょう」
ミーナに促され、美緒も芳佳を引き連れ雲上へと舞い上がる。一同は「そらのひと」となった。
トゥルーデとエーリカ、ヘルマはケッテを組んで先行した。予想された戦闘区域に到達する。
「敵発見! 一時の方角だ」
トゥルーデがネウロイの方角を指し示す。ネウロイの方はまだウィッチーズに気付いていないらしかった。どう初撃を決めるかトゥルーデが考えているうちに、ヘルマはじわじわと速度と高度を上げ、トゥルーデ達を引き離した。
「おい、勝手に隊列を乱すな!」
「見せて差し上げます、ジェットストライカー、Me262の力を」
ヘルマが前を見据え、ぐいと顎を引いた。
ごおっとエーテル流の勢いが増した。瞬間的に回避したトゥルーデとエーリカの脇を、エーテル流に攪拌された空気の塊が押し流れていく。後ろを飛んでいる数機が巻き込まれ、格好悪く失速している。
最高速を維持しつつ、緩やかに孤を描き、大型ネウロイに向かい大胆に接近する。若干上側から突っ込み、近付く小型ネウロイをあっと言う間に引き離し、飛び交うビームも強固なシールドでお構いなし。
そのままほぼ水平を維持しながら30mm機関砲を連射し、“当たり”をつけたところで肩に担いだフリーガーファウストに持ち替え一発、二発と放った。
どう、と大きな炸裂音がしてネウロイの挙動が乱れ、突如として爆発し、塵と消えた。
その破片の中、シールドを展開しつつも高速度を維持したまま敵を振り切るヘルマ。また緩やかに旋回・上昇し、もう一機の大型ネウロイに向かう様だ。
余りの速度と攻撃力を目の当たりにしたウィッチーズは驚きの声を上げた。
「す、凄いな」
「一撃カヨ」
「速い……。殆ど音速超えに近いじゃないか」
「ジェットストライカーの速度と魔力だ。低速時はともかく、あの威力、あのスピードでは我々のストライカーなど早晩陳腐化してしまうな」
冷静に分析する美緒。感心しつつも、少し寂しそうだ。
「やるねえ。新世代のエースってとこかな」
「我々も負けてはいられないな、ハルトマン」
「だね」
トゥルーデとエーリカが大型ネウロイに迫る。そこにミーナから無線が入った。
「二人とも、レンナルツが先行し過ぎてるわ。彼女のフォローをお願い」
「了解」
高速度を維持したまま、大きく旋回しつつ、またも大型ネウロイに接敵するヘルマ。描く孤の先を先読みし、急旋回し近付くとトゥルーデはヘルマに近付き声を掛ける。
「レンナルツ、独断専行は頂けないぞ」
「この速度、この魔力増幅力こそ、ジェットストライカー最大の武器です」
またもや速度を上げる。
「レンナルツ、何を焦っているのか知らないが……」
「そんな事有りません。これがジェットストライカーの戦い方なんです! 見ていて下さい、バルクホルン大尉」
そこに突如現れた小型ネウロイ。自爆型なのか、ヘルマを射程に捉えると急旋回を始めたがMe262の速度にはついていけない。あっと言う間に振り切ると、振り返りざまに30mm機関砲を探射し、見事に屠る。
しかし油断か心の隙を突かれたのか、別の小型ネウロイが飛行軸線を横切り、一瞬ヘルマの挙動が乱れた。
ジェットストライカー最大の弱点。それは無理な格闘戦の機動に入ってしまった時等に起こる、失速。一度速度を失うと再加速に時間が掛かり、その間に格好の餌食となってしまう。だからと言って無理に魔力を注ぎ込もうものなら、ストライカー内部の部品が魔力に耐えきれず融解・破損してしまう。その辺の問題点は、ヘルマの原隊から送られて来た戦術資料や、美緒の指摘及び推定でトゥルーデも知っていた。
それが今、現実の危機となってヘルマに降りかかっている。目ざとくヘルマを見つけた小型ネウロイが続け様に三機襲い来る。
「くっ!」
へろへろと飛行するヘルマ目掛けてビームが放たれる。ネウロイ自身も距離を狭める。あと僅か。
だが目前で張られたシールドがビームを全て逸らした。
トゥルーデだった。無理矢理にバレルロールをかましネウロイとの間に割り込むと、両脇に抱えたMG42で小型ネウロイを一機、粉々に粉砕した。
「相手はこの私だ!」
「バルクホルン大尉!」
「トゥルーデ!」
「ハルトマン、私は大丈夫だ!」
戦況を注視していたミーナは美緒と手をぎゅっと繋ぎ、共に魔力を解放する。ぐっとこめかみに力を入れて戦況を三次元的に把握すると、全員に新たな指示を出した。
「バルクホルンは引き続きレンナルツの掩護をしつつ、二機でロッテを組んで基地に帰還。ハルトマンは後衛の三機とシュバルムを再編成して残りの大型ネウロイを仕留めて! 中衛は周辺の小型ネウロイの撃破に専念して頂戴」
「了解!」
ウィッチーズ全員から元気な返答が聞こえる。
新たな指示を聞くなり一気に加速し、大型ネウロイに貼り付くエーリカ。
「少佐、大型ネウロイのコアは何処に?」
美緒はミーナと手を繋いだまま魔眼に魔力を集中させる。
「レンナルツが撃破したものとは場所が違う。中央部分先端寄りの奥だ。表面からかなり深いが、攻撃を集中させれば問題ない。一点集中で狙い撃て!」
「了解。行くよみんな!」
エーリカはストライカーに魔力を注ぎ込み、急な回避機動を行う大型ネウロイに食い付くと、MG42を連射して穴を開けていく。シャーリーが続けて撃射し、ルッキーニとリーネが交互に狙撃し“穴”をどんどん広げていく。
ペリーヌとエイラ、サーニャの中衛ケッテは小型ネウロイとの“鬼ごっこ”に入った。小型ネウロイの機動はばらばらだがその分すばしこく、狙いにくい。
「五月蠅い……、まるでハエですわね」
ふうとひとつ息を付くと、ペリーヌはさっと裏を取りブレン軽機関銃Mk.Iを撃ち放し、粉微塵にする。
「とりあえず一匹、と言ったところかしら?」
一方のエイラはサーニャの身体をそっと抱き、回避行動に専念する。二人の身体スレスレをビームが飛んで行く。お構いなしにスロウワルツ宜しくサイドスリップさせてネウロイの進行方向を逸らせると、サーニャはフリーガーハマーのトリガーを引いた。ひゅるひゅると弾頭が飛び炸裂し、ネウロイが爆発し墜落する。
「ありがとう、エイラ」
「いつもの事だからナ。サーニャには指一本触れさせナイ」
「エイラは、私には?」
「うっ……そ、それハ」
顔を赤らめるエイラ、くすっと笑うサーニャ。
一方のトゥルーデとヘルマは、大型ネウロイの執拗なビーム攻撃を避け、シールドで弾きながら、何とか飛行を続けていた。
「大丈夫かレンナルツ」
「私は……それよりもバルクホルン大尉が」
「私は大丈夫だっ……!」
ビームがトゥルーデを直撃する。シールドを展開していたにも関わらず、背中に灼ける熱さを感じる。奥歯を噛みしめて持ち堪え、よたよたと飛ぶヘルマの身体を抱きかかえる。
「ばっバルクホルン大尉! 何をなさるんですか!?」
「今のお前は遅過ぎる。これじゃ絶好の的だ。私でも落とせる位だぞ」
「けど、バルクホルン大尉が盾になったら、大尉が……」
「お前はそのMe262を護り、戦闘データを持ち帰る事だけに専念しろ。それがお前本来の任務の筈だ」
「で、ですが! 私も、ネウロイから人を護りたい気持ちに変わりはありません、だからもう一度再加速して……」
「これ以上の無茶は許さん! 今、貴様は私の二番機だ。隊の命令に従え、レンナルツ」
「ううっ、こんな時だけずるいです、バルクホルン大尉」
「お前がお前のMe262を護るなら、私はお前を守る。……お前のMe262とあの戦い方、悪くない。あと、笑顔も」
「えっ」
自分を肯定された嬉しさか……ぽっと顔が赤くなるのを感じるヘルマ。
「とにかく離脱だ。何としてでも生きて帰る!」
歯を食いしばり、最大速度を出すと、トゥルーデとヘルマは戦闘区域から離脱した。
背後に迫っていた大型ネウロイの爆発を、微かに感じる。
どうやらエーリカ達がうまく仕留めた様だ。絶え間なく飛び交う無線の交信から、とどめはエーリカかリーネのどちらか、と言う事らしい。相変わらず見事だな、と内心頷くトゥルーデ。
「凄いんですね、501って」
ぽつりと呟くヘルマ。
「凄い? 何処が?」
「全てです。特に、集団に於ける空戦技術が見事かと」
素直な感想を聞いたトゥルーデはふっと笑うと、抱きかかえたヘルマの頬に自分の頬を当てて、囁いた。
「そうか。なら、隊の規律とかそう言うのも、少しだけ大目に見ろ、レンナルツ」
「そ……それとこれとは、話が違います」
「ふ。それだからレンナルツは。いや、それでこそお前だな」
「なんだか、大尉も、何だか随分丸くなられましたね」
「そうか?」
そんな会話を交わしているうちに基地が見え、滑走路が迫る。着陸時は緊張が解けない危険な瞬間だ。抱く腕に力が入る。
「着陸は私に全て任せろ。お前はストライカーの出力を最小限に絞り込め。推力が違い過ぎるからな。ゆっくり行くぞ」
「はい」
基地の滑走路上には既に救護班が待機していた。誰が気付いたのか、トゥルーデが背中に被弾・負傷しているとの連絡を受けたので万全の体勢で待ち構えている。
「よし、落ち着いて。失速に気を付けろよ。一、二、三……今だっ」
接地し、滑走する。徐々に速度が落ちるのと一緒に、トゥルーデの意識も薄れつつあった。
無事任務を遂行したと言う達成感か、傷を我慢していた限度かは分からない。
並んだベッドにはトゥルーデとヘルマが揃って寝かしつけられた。
トゥルーデは背中に傷を負ったものの、間もなく帰還した芳佳が数時間治癒魔法を使い回復促進に努めた。その結果傷跡は綺麗に消え去り、また驚異的な体力の回復を見せた。
ヘルマは単純に魔力の使い過ぎと言う事で、安静な処置を取る事となった。
どれ位寝ただろうか。トゥルーデはふと目覚めると、辺りを見回した。外の陽射しが昼過ぎと言った感じだ。そばには、501のメンバーは誰も居なかった。だが横にヘルマが居て、じっとトゥルーデの事を見ていた。
「お目覚めになられましたね、バルクホルン大尉」
「ん、ああ。よく寝た気がする」
「申し訳有りません。私のせいで」
横にエーリカが居ない事が、何故かトゥルーデの心に不安を抱かせたが、しゅんとしているヘルマの手前、そんな事を言える筈もない。よいしょと上半身を起こすと、ヘルマの肩をぽんと叩いた。
「つい先走る事は誰にだって有る。気にするな。私もよくやった」
「そうなんですか? 大尉が?」
「ああ。……何もかも、無事で良かったじゃないか。これから気を付ければ良い」
「はい」
ヘルマはうつむいたまま、じっとしている。これ以上何と声を掛けるべきか、悩む。
「魔力はどうだ? 戻ったか?」
「お陰様で、だいぶ」
「良かった。じっくり休んでいくといい。ここは待遇は何処にも負けないからな。何せ連合軍の……」
「バルクホルン大尉」
ヘルマが不意に言葉を遮る。
「何だ?」
「以前、私に言ってくれましたよね。『強くなれ』と」
「ん? ああ、言ったかも、な」
「忘れてしまわれたんですね、やっぱり」
「いや、お前の事を全て忘れた、と言う訳ではないぞ。世話焼きなところとか、規範に忠実で真面目なウィッチであるとか……」
「違います!」
「うわ? な、なんだいきなり?」
突然頭から蒸気が上がるばかりの勢いのヘルマに、トゥルーデは思わず身を引いた。
「酷いです、お姉さま」
ヘルマに突然思いもよらぬ呼び方をされ、顔から火が吹き出てベッドから飛び上がるトゥルーデ。
「お、お姉さまぁ? ヘルマ、何のつもりだ」
「前に『姉代わりに思え』って言ってくれたのも、忘れたんですね?」
うう、と自分の記憶力の無さを呪うトゥルーデ。クリスも居るのに何て事をしてるんだ私は、と覚えがない過去の自分にツッコミを入れる。
(そんな事言ったか? ……言ったのか? ……もしかしたら。いや、ちょっとは言ったかも知れない……)
「私の憧れのウィッチなのに……、どうして、こんな」
ヘルマはトゥルーデの左手を握ると、指輪に手を掛けた。
「こんな、こんなもの」
「やめろ!」
振り解かれ一喝され、びくりと身体が震えるヘルマ。トゥルーデは指輪を元にはめ直すと、ヘルマを座らせた。
「いいか。これは、私にとって……」
「不純です! 不純異性交遊です!」
「違う。同性だ」
「もっと不純です!」
自分の事を棚に上げて詰め寄るヘルマ。
「どうして、どうしてあんなだらしない人を選ぶんですか!?」
「それは余り関係が無いと……」
「……はっ!? まさかバルクホルン大尉、ご自分がそうである様に、エースウィッチがお好きなんですか!?」
「な、なにぃ?」
「だって、ハルトマン中尉はカールスラント空軍で最高撃墜スコアをお持ちのウィッチ……」
ヘルマはうーむと唸り、言葉を続ける。
「と言う事は、あの伝説の鬼神と呼ばれたルーデル大尉も、ナイトウィッチ最強のシュナウファー大尉も、お好きなんですねっ!?」
「何故そうなる?」
「だから私に『もっと強くなれ』と仰ったのですね? わかりました。私、頑張ってエースになります! そしてバルクホルン大尉に相応しい『妹』になってみせます! そして、大尉と……」
うふふふふ、と気味の悪い笑みを浮かべる。
「ヘルマ? 大丈夫か?」
目の前で手を振って見せるトゥルーデ。
「……はっ! いけないいけない。思わずトンでしまいました」
「もう、疲れただろ。とにかく休め」
精神的に疲労しているのはトゥルーデの方なのだが、一応後輩を気遣ってみせる。
「休めません!」
「何故だ」
「だって、憧れのお姉さまの横で何ひとつ出来ないなんて……辛過ぎます」
「そうは言うがな……」
「せめて、十分、いえ一分でもいいです」
ヘルマはトゥルーデのベッドに潜り込んで来た。
「おい、ちょ、ちょっと待て!」
ひしとヘルマに抱きつかれる。
どうしようかと困惑するトゥルーデ。一応、ヘルマの肩を持ってみる。
こんな小さく華奢な身体で、よくもあんなジェットストライカーを操れるものだと感心してしまう。年齢も年齢だ。実験部隊は通常エースかベテランのウィッチが務めるのに、異例の引き抜き。色々と大変だろう。それにこの性格……気苦労も多いだろう。髪の臭いは……エーリカとはやっぱり相当違うな……この感じ……妹……いもうと……お姉さま……お姉ちゃんも良いけどお姉さまも……
はっ! とトゥルーデは目を見開き、我に返った。
「い、いかん。ヘルマ。誰かに見られているかも知れないからな、誤解されては困る」
「私は構いません。憧れのひとですもの」
「それはウィッチとしてだろう」
「それでけではありません!」
ずばり言い切られてほとほと困り果てるトゥルーデ。しがみつかれて、とうに数分経っている。
「仕方ないな……今だけ、今だけだからな。ヘルマ」
そっと抱き寄せると、頭を撫でた。いつも、トゥルーデがクリスにしている様に。
ヘルマは涙を流して歓喜した。
「嬉しい、お姉さま」
「その、『お姉さま』はやめてくれないか……。その呼び方、皆の前では絶対に言うなよ。言ったら、原隊に……」
「わっ分かりました、お姉さま」
「分かればいいんだ」
数分時が流れる。ゆっくりとした、ふたりの時間。
「でも、本当に成長したな」
「えっ」
「お前と初めて会った時は、確かまだ普通のストライカーを履いていた筈だ。それが、今では最新式のジェットストライカーを履いて大型ネウロイを仕留めるまでに成長した。先輩ウィッチとして嬉しく思うよ」
「ありがとうございます」
「これからも頑張るんだぞ。でも無茶だけはするなよ。私みたいに、身を挺して庇う奇特なウィッチは居ないだろうからな」
「……私、501に転属願いを出したいです」
「無茶言うな」
それだけは勘弁願いたいトゥルーデだった。
翌朝。
表面上すっかり元気を取り戻したヘルマは、501の朝食の輪に加わっていた。
リーネのやたらと油っこいブリタニア式朝食と、芳佳特製の“腐敗した豆”付き扶桑式の朝食が折半で出てくる。ヘルマは慣れないながらも何とか胃に押し込めると、食後のお茶でふうと一息ついた。
「なあヘルマ、魔力はどうよ? だいぶ戻った?」
シャーリーがコーヒーを片手に声を掛けてきた。
「ええ。まだ飛行出来るかは微妙ですが……今日一日休養出来れば、何とか」
ヘルマはお茶のカップを片手に、シャーリーに応じる。
「そっか。さっきハンガー見てきたけど、ジェットストライカーって整備も大変なんだな」
「ええ」
「部品を随分取り替えてたじゃないか。あれ、運用効率良いのかい?」
「戦果が上げられれば問題有りません」
「まあそうだけどさ。ヘルマも結構ヘトヘトになってるし、ジェットストライカーも難しいんだなってさ」
「精密なストライカーですから」
「……なんか、あたしのストライカーが単純だって言いたげだな」
「構造が単純なら、それだけ運用も楽と言う事ですよ」
「まあね」
「それより済みません。お約束通り、訓練飛行が出来なくて」
「ああ、気にしない。ヘルマの活躍とスピードは昨日一目見れただけで十分だよ。速かったなー」
あははと笑うシャーリー。その周りをつまらなそうにうろちょろするルッキーニ。
「まあ、ゆっくり休んでいくといいさ。……そうだ、暇潰しついでに、何か面白い話しでもないか?」
「面白い? ストライカーに関する話とか」
「カタイかたい。もっとこう、ゆる~い話無いのかい? 冗談でも良いからさ」
ゆるい話を、と促されてうーんと唸るヘルマ。
「そうですね……。以前居た部隊に、オストマルク出身のウィッチが居たんですけど」
「オストマルクかぁ。また珍しいね」
「なんでも、オストマルクのある地方では『女性は夜にビールをジョッキ三杯飲むと胸が大きくなると言われている』とか」
「胸……」
ぴくりと反応する数人の隊員。
芳佳は自分の胸を見、ヘルマの胸を見た。
「わっ私はまだ、これからです。まだ十三ですよ?」
ヘルマがムキになって言う。
「若いですねぇ」
「オストマルクにはそんな言い伝えが有るんだ」
「へえ~」
「よし、その噂、ホントかどうか確かめようじゃないか。宮藤、リーネ!」
シャーリーはリーネと芳佳に言いつけて、基地に貯蔵・保存されているビールを有りたっけ持って来させた。多国籍軍だけあり、ブリタニアのエールやスタウト、カールスラントのラガーなど様々な種類のビールがずらりと並ぶ。
「とりあえずこんなもんか」
食堂のテーブル一杯に並べられたビールの瓶やら樽やらを見てにんまりと笑うシャーリー。
「ちょっと多過ぎませんか。しかも朝食後ですよ?」
「だってジョッキ三杯だろ? これくらいいかないとな」
どんとジョッキを手渡され、どぼどぼと注がれ、困惑するヘルマ。
「わ、私も飲むんですか?」
「ヘルマは成長期だからガンガン飲まないとな。あたしみたいに大きくなれないぞぉ?」
がははと笑うシャーリー。飲めれば何でも良いらしい。
「あたしも飲む!」
二人の間に無理矢理割り込んで来るルッキーニ。
「ルッキーニ、お前はまだ……」
「あたしだって大丈夫だもん!」
ジョッキをひったくると、手近に有ったラガーをなみなみと注ぎ、ぐいと煽った。
「ヴェー、にがーい」
「ほら、慣れないから」
端で様子を見聞きしていたトゥルーデ。後ろに居るエーリカの視線がさりげなく痛い。その“痛覚”を紛らわす為、話の輪に加わる。
「なんだリベリアン。朝っぱらから飲んだくれとは大層なご身分じゃないか」
「今日は休みの日だから、たまにはハメ外してもいいだろう? それにまだ、飲んでないし」
「ほう。で、飲んで更にその余計な胸をでかくするつもりか?」
「あたしはまあとりあえず十分なんだけど、噂の検証ってヤツさ。堅物ももう少し大きい方が、喜ぶヤツいるんじゃないのか?」
にやりと笑い返すシャーリー。。
だん、と手をテーブルに置き、ジョッキをひったくるトゥルーデ。
「面白い、リベリアン。その挑発、乗ってやる」
「そう来なくっちゃ。それでこそ堅物だ」
シャーリーもいつ用意したのか、ジョッキを手にしている。
取っ組み合うかの如く、どぼどぼと手近にあったビールをお互いのジョッキに注いでいく。
「いざ!」
「勝負!」
つまみも何も無しに、ぐいぐいと飲み始める二人。
「あの……」
「どうかしました、レンナルツさん?」
おどおどしているヘルマに、芳佳とリーネが近付いた。
「ここって……いつもこんな感じなんですか?」
「ええ、まあ」
芳佳とリーネは苦笑いした。
小一時間もしないうちに、食堂ではウィッチーズが“出来上がって”いた。
「よぉし、ヘルマ、もっと飲め! まだまだだ!」
シャーリーがどぼどぼと手近にあったエールを注ぐ。
「はわわ……もう二杯目です!」
「じゃあ、あと一杯だな」
「えええ」
ヘルマは、はあと息をつくと、一気にぐいと煽った。
「よおし、それでこそウィッチだ!」
横でジョッキを手にする北欧コンビ。
「エイラ、もう飲めないの?」
「サーニャ、案外……て言うかメッチャ強いナ。流石ウォッカの国の人なんだナ」
「私、もっと大きくなって……その、エイラに」
ぶーっと飲みかけのビールを盛大に吹くエイラ。
「な、な、ナニイテンダ!? サーニャ酔ッタノカ?」
しどろもどろで微妙にろれつが回ってないエイラ。とりあえず慌てている事だけは分かる。
「あれ、ペリーヌさん三杯目ですかぁ? やっぱり気になってるんですねぇ」
へろへろに酔った芳佳が黙々と飲むペリーヌに大胆に絡む。
「お黙りなさい豆狸! わたくしだって、まだこれからですのよ!」
「あれぇ、四杯目ですかぁ? 必死ですねぇ~」
「豆狸に何が分かるんですの! いっつもいつも少佐と一緒に……」
「坂本さんとは、同じ国ですからぁ~」
「そう言う問題じゃありません!」
エーリカは無言で数種類のビールを適当に混ぜ合わせ、自ら煽ったりどさくさ紛れに他の隊員のジョッキに混ぜてみたりして遊んでいる。
その横ではいつしか“英独ウィッチ大戦”が始まっていた。酷く真面目な顔をしてお互い堅苦しい階級で呼び合っている。
「リネット軍曹、ブリタニアのエールとスタウトはイマイチだな。我がカールスラントのラガーには敵うまい」
「お言葉ですがバルクホルン大尉、カールスラントのビールは私のブリタニアのエールやスタウトに比べればただの炭酸水みたいなものです」
「言ってくれるな」
「大尉こそ」
二人ともジョッキを片手に、ふふふふふと不気味な笑みを漏らす。つまり、酔っている。
そして全員が忘れていた。
朝からの酒は、激しく酔いが回ると言う事に。
ミーナと美緒が食堂にやって来た。
「うっ。……何、この酒臭さは」
へべれけに酔い潰れながらジョッキを空ける一同を見て、顔をしかめるミーナ。
「幾ら休みとは言え、ちょっとたるみ過ぎだな。他からの来客も居ると言うのに……ってその来客まで酔い潰れてるぞ」
「あらまあ」
「隊長ぉ、少佐ぁ! 聞ぃて下さいよ」
「……何かしら、シャーリーさん」
「このヘルマがね、言うんですよ。『オストマルクでは、女性は夜にビールをジョッキ三杯飲むと胸が大きくなる』~って」
「オストマルクねえ……」
「私はそんな話聞いた事無いが」
「だから隊長も少佐も、ジョッキ三杯飲んでくださいよ。なあ、ヘルマ!」
完全に酔い潰れシャーリーを膝枕にしてぐでーっと寝ているヘルマを揺するシャーリー。ルッキーニは完全に居場所を奪われた苛立ちか、ヤケ酒に近い勢いでビールを煽っている。
「シャーリーなんて、もうサイッテー!」
「お前ら、少しは自重せんか。どうするミーナ」
「……」
「ミーナ?」
「え? いえ、何でもないわよ美緒。今度私達も試してみましょうか」
「?」
「まあともかく……そっとしておきましょう」
「??」
ミーナは微妙に合点が行かない顔をした美緒を連れ、食堂を後にした。
昼食の時間、美緒はひとり食堂にやって来た。ミーナは執務室で事務処理に追われている。管理職は大変だ。
案の定と言うか、予想通り、ウィッチ達はビール瓶をあらかた空けて、ジョッキをそこかしこに放置したまま、何処かに消えていた。ペリーヌがひとり、食堂の机に突っ伏して寝息を立てている。
「まったく」
美緒は溜め息を付くと、ペリーヌを“お姫様抱っこ”して抱え上げると、ペリーヌの部屋に向かい、ベッドに寝かしつけた。フレームが曲がるといけないと思い、そっと眼鏡を外し、脇のテーブルに置いた。
「しかし、一体何杯飲んだんだ」
美緒の呟きはペリーヌには届いていない。酔いが回り、すっかり寝こけている。そっと毛布をかけてやると、美緒は苦笑してペリーヌの頭を撫で、そっと部屋を後にした。
「さて、どうするか。食事を誰も作らないとは……私がおにぎりでも作るか?」
降って湧いた難問を前に、美緒はうーむと考え込んだ。
頭が痛い。
シャーリーは自室のベッドで目覚めた。横には安らかな寝息を立てるヘルマが居る。
「おろ? 何でヘルマが?」
思い出してみるも、ビールをジョッキで何杯も煽った事位しか記憶にない。
「まあ、いいか」
シャーリーはヘルマにそっと毛布を掛けてやると、ルッキーニを探した。何か妙にカリカリしてた……きっとヘルマとあたしを見ての事だとシャーリーは直感していた。
「何とかしないとなあ」
言葉に出ていた。シャーリーはそっとドアを閉めると、ルッキーニを探しに出た。
頭がジンジンする。
リーネは自室のベッドで意識を取り戻した。横には幸せそうな顔をした芳佳が寝ている。腕と手はリーネの胸に伸びていた。
「芳佳ちゃんたら……もう」
脳味噌が奥からガンガン響く。
エイラは自室のベッドに寝ていた事に気付く。
「おわ?」
目の前に居るのはサーニャ。しかもエイラの手を、自分の胸に押しつけ、寝息を立てている。振り解くべきか、このままサーニャの好きにさせておくか、それともあえて胸を揉んでみるか? ……どうすル?
エイラは幾つかの選択肢を前に、固まった。
頭が割れる位に痛い。
トゥルーデは自室で我に返った。飲み過ぎた。横にはいつ来たのか、エーリカがひしと抱きついている。ついでに胸を揉まれている。
「トゥルーデ……色よし張りよしってね」
「エーリカ……」
「私は三杯は飲んでないよ」
「そうか……で、その手は何だ」
「何となく」
エーリカの言葉に、ふと気付くトゥルーデ。
「そう言う事か」
トゥルーデはヘルマが言った「オストマルクの言い伝え」の真意を悟った。つまり、飲む事自体に意味があるのではなく、飲んだ後のコト……それに意味があると言う事を。
「どうしたの、トゥルーデ」
「いや……色々な意味で頭が痛い」
翌日。
ヘルマは帰還する事となり、最後にハンガーで皆と別れの挨拶を交わした。
「数日間、お世話になりました。貴重なデータも無事収集出来ました。これも皆さんのお陰です。感謝致します」
改めて礼を述べるヘルマ。昨日の酔いもすっかり抜け、きっちりとした身だしなみは彼女の性格の現れか。
「またいつか、お世話になるかも知れません。その時は宜しくお願い致します」
ぴしっと背筋を伸ばして礼を述べるヘルマ。
「帰り、くれぐれも気を付けてね」
ミーナが微笑んだ。
「はい。ありがとうございます。では、失礼します」
敬礼すると、リュックと梱包された兵器を背負い、ストライカーを履いた。格納装置から解放され、ジェットストライカーが唸りを上げる。
「やっぱりこの音慣れないよ、リーネちゃん」
「何でこんなうるさいのかな、芳佳ちゃん」
「恐らく……次世代のストライカーは、こう言った噴流式が主流になるのだろうな」
しみじみと語る美緒。
「時代は変わるものよ、美緒」
「ああ。戦い方もがらりと変わるだろうな。でも、いずれ……」
言葉を濁す美緒の手をそっと触れるミーナ。
轟音の中、ヘルマが何か叫んでいる。カールスラント語なので余計に何を言っているのか分からない。ひとしきり叫んだ後、ヘルマは最敬礼すると、タキシングしてハンガーから出、滑走路を抜け、空へと舞い上がる。
ゆるゆると加速しながら、基地から離れて、やがて、彼方へと消えた。
ペリーヌはきょとんとして、横に居る二人に聞いた。
「去り際、何て言ってたのかしら? リーネさん、宮藤さん、聞こえて?」
「いえ、全然。あの轟音で何も」
「カールスラントの言葉らしい事くらいしか……」
カールスラント出身の三人には伝わった様だ。三者三様の顔をして……ハンガーから去っていった。
「あー、ナンカ面倒なヤツだったナ~。占い当たった気がするヨ」
「エイラったら」
「少し寝よウ。戻るか、サーニャ」
「うん」
「ルッキーニ、レンナルツってお前と歳が殆ど違わないらしいぞ? 十三だって」
「えええ? なんかヤだ~。シャーリーはずっと話してたけど、ああいう娘好きなの?」
「私が興味を持ったのはストライカーだよ。ヘルマじゃなくてさ。ほ、ホントだぞ?」
「ふ~ん。つまんないの」
「おい待てよルッキーニ、誤解するなって、おい!」
その夜。
ミーナの部屋で、美緒はブリタニア産ウイスキーの入ったグラスを手に、首を捻った。
「どうかした、美緒? まだジェットストライカーの事が気になる?」
穏やかなミーナの声。脇に置かれたグラスの中で琥珀色の液体が氷と混ざり、滲んで軽やかな層をなす。
「いや。最後、彼女は何と言ってたんだ? ストライカーの音で聞き取れなかったが」
ふふっと笑うと、ミーナはグラスを手に、美緒の肩を抱いた。
「今度、トゥルーデ達に聞いてみると良いわ。私から言えるのはそれだけ」
「そうか……まあ、深入りはしないさ。ところでミーナ」
「何かしら」
「オストマルクの言い伝えはどうしたんだ? 試すとか言ってたが」
「ああ。あれね」
ミーナはくすっと笑った。
「口説き文句みたいなものよ、多分ね」
いまいち理解しかねる美緒を見て、ミーナはふっと笑みをこぼした。
「今更美緒を口説いても意味無いでしょ?」
「まあ、そうかもな」
くいと薄い金色に溶けたウイスキーを煽ると、とんとグラスをテーブルに置いた。
「もう一杯如何?」
「酔わせてどうする気だ?」
「今夜はそう言う気分なの」
「分かった。付き合おう」
ミーナはウイスキーの瓶を片手に、美緒に近付いた。こぽこぽと注がれるウイスキー。氷と絡まる液体と同じく、ミーナと美緒も腕を絡め、距離が縮まる。
トゥルーデの部屋では、エーリカがベッドに横たわるトゥルーデの背をつんつんとつついていた。包帯の跡がまだ少し残っている。
「い、痛い……やめてくれエーリカ」
「今回は、もっとやってもバチは当たらないと思うよ」
「いてて」
「トゥルーデ、甘過ぎるんだってば、何もかも。私がもしミーナだったら、多分傷害沙汰だよ?」
「恐ろしい事を言うな、エーリカ」
トゥルーデの顔を覗き込むエーリカ。
彼女の瞳を見、トゥルーデは改めて呟いた。
「しかし、本当にすまない、エーリカ。私が不甲斐ないばっかりに、お前に辛い思いをさせて」
「ホントだよ。でも、自覚あるんだね。それだけマシか」
「あ、当たり前だ。でもエーリカ、私は……」
「分かってるよ」
エーリカはトゥルーデと同じくベッドに潜り込むと、まだ何か言いたげなトゥルーデの頭をそっと包み込む。ストレートの髪が頬に当たる。きゅっと抱きしめ、頬でトゥルーデの髪を玩ぶ。
「この指輪見た時の彼女、面白かったなあ。あの顔、トゥルーデに写真撮って貰いたかったよ」
「お、お前と言う奴は……」
「彼女、指輪、捨てようとしてたんだってね」
「何故それを」
「さあね」
にやりと笑うエーリカ。まさか見ていたのか? なら何故見てるんだ? トゥルーデは疑問に思ったが、恐ろしい答えが返って来そうなので口に出せない。
「私は断固としてヤツの行為を拒否したからな。これは、お前の次に大事なものだから。ホントだぞ?」
「分かってるって。トゥルーデだもんね」
指を絡ませ、指輪の所在をお互い明らかにし、輝きを見比べる。曇り無きふたつの輪は、緩やかな照明を受けて控えめな輝きを二人に返す。
「悪いけど、トゥルーデは誰にも渡さないよ。……誰にも」
エーリカはそう呟くと、トゥルーデを抱く力を強めた。
原隊に戻ったヘルマは宿舎のベッドに寝転がり、501のハンガーで叫んだ言葉を噛みしめていた。
「バルクホルン大尉……」
そして、彼女の横に居たウルトラエースの視線……やけに挑発的で、“絶対に渡さないよ”と目で語っていた……を思い出し、頭を振った。
「今度は、負けませんから。絶対に」
枕をぎゅっと抱きしめ、天井を見ているうちに、憧れ……いや、それ以上の感情を抱く……あのひとの顔、声、瞳を思い出し……浅い眠りに落ちた。
end