Blue Birthday
501統合戦闘航空団の前線基地を朝の陽光が包んでゆく。
窓から入りこんだその光はエイラの頬をなでて、朝が訪れたことを知らせた。
目を覚ましたエイラは、今日も隣に彼女がいないことに気づき、ため息をもらす。
(夜間哨戒は・・・終わってる時間だよな・・・)
起き上がりながら、エイラの心はわずかに曇ってゆく。
(別に最初から私の部屋で寝てたわけじゃないんだし、ただ自分の部屋で寝ている
ってだけなんだよな・・・)
身支度を整えたエイラは、誰もいないベッドを寂しげに見つめると部屋を出た。
サーニャの部屋の扉の前を通り去ろうとすると、ふと足を止め、ノブに手をかけようと
したが、すぐにそれを引っ込めた。
(何してんだよ・・・用なんてないだろ・・・)
エイラは体の向きを変えると、トボトボと廊下を歩いて行った。
サーニャがエイラの部屋に来なくなってから二週間が経とうとしていた。
最初の日は、
(たまには、こんな日もあるんだな・・・)
と感じただけだったが、二日目、三日目と過ぎていくにつれて、
どうしようもない喪失感が胸に広がっていった。
(まさか嫌われたんじゃ・・・)
そう思うときもあったが、サーニャはいつもエイラの隣にいたし、
エイラはサーニャの隣にいようとした。現に今もサーニャはエイラの隣で
愛用の枕を抱えながら小さな寝息を立てていた。
(ったく、人の気も知らないで・・・)
そう心の中でつぶやきながら、寝ているサーニャの頭を優しくなでる。
「どうして私の部屋にこないんだよ」
と口に出してしまいそうな時もあったが、
サーニャの口から
「何で?」
と答えが返ってくるのが怖くて、思わず口をつくんだ。
「サーニャと少しでも一緒にいたいから、だから毎日来てほしい」
そんな言葉を口に出せるわけがなかった。
それに、サーニャが自分の部屋で寝ようとするのをやめさせるなんてのも変な話だった。
(初めにそっちから来たくせに、なんで私が心配しなきゃなんないんだよ~)
エイラは後ろに組んだ手に頭を乗せながら、後方に身を反らせる。
(・・・勝手に人の部屋を寝床にして、いつの間にかいなくなって・・・
これじゃ本当に 猫みたいだな・・・)
エイラはサーニャの寝顔を見ながら複雑な表情を浮かべた。
「はぁ~」
夕食を終えたエイラは1人ため息をついた。
(どうしたらいいのかなぁ~、別に普段のサーニャはいつも通りなんだし・・・)
暗中模索の状態に頭をかいていると、
パーン!!
突然炸裂音が耳元で響いた。
「うわっ!なになに」
エイラは慌てて後ろを振り向いた。
「エイラさん、お誕生日おめでとうございます!」
ケーキを持った芳佳と隣でクラッカーを持ったリーネが声をそろえて言った。
その後ろにはウィッチーズの面々が控えている。
「え・・・あっ!そうか」
エイラはようやく自分の置かれた状況を呑み込めた。
「エイラさん、まさか誕生日忘れてたんですか?」
芳佳の問いに
「えっ!いや、そんなことないけど・・・」
心配事のせいですっかり忘れていたなんて言えなかった。
「エイラ・・・」
芳佳とリーネの間からサーニャが現れる。
「おめでとう・・・これ、プレゼント」
そう言うと、綺麗に折りたたまれたスカイブルーのマフラーを差し出した。
「あっ・・・ありがとな、サーニャ」
エイラはそれを大事そうに受け取った。
「上手にできたかわからないけど・・・」
「えっ!これサーニャが?」
エイラが驚いて問い返すと
「うん、自分で編んだの」
サーニャは優しく微笑みを返した。
「でも、いつの間に作ったんだよこんなの・・・もしかして」
エイラの言いたいことを読み取ったサーニャはコクリとうなずき
「夜間哨戒が終わってから、毎日ちょっとずつ編んだの」
(やっぱり・・・じゃあ部屋に来なかったのは・・・)
「大変じゃなかったか・・・、その・・・眠くてさ・・・」
エイラが目元を伏せながら尋ねると、サーニャは少し頬を染めながら
「ちょっと・・・、でもエイラのためだったから・・・」
(なんだよ・・・一人で勝手に心配して、不安になって・・・
バカみたいじゃんか・・・)
「ありがとなサーニャ・・・その・・・大事にするよ」
そう呟いてマフラーを胸に強く抱いた。
「うん・・・」
サーニャも小さくうなずいた。
「なになに、まさかエイラ感動しちゃって泣きそうなの?」
エーリカは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、うつむいたエイラの顔をのぞきこむ。
「な・・・んなわけないだろ~」
「どうかな~」
エーリカがニヤニヤとしていると、
「あらあら、エイラさんでも感傷的になられることがありますのね」
ここぞとばかりにペリーヌも参戦してくる。
「だから違・・・」
「だめよエイラ・・・せっかくの誕生日にケンカなんかしちゃ」
「・・・・・」
サーニャに諭されて、エイラは頬を赤くしたまま黙り込んだ。
「はいはい」
と言いながらミーナは手を叩き
「フラウもペリーヌさんもそのへんにして、誕生日のお祝いを続けましょ」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
おやすみ、エイラ、これから夜間哨戒だから・・・」
賑やかだった誕生日会は解散となり、一同はそれぞれの部屋に戻っていった。
「あっ、あのさ、今夜は私が夜間哨戒に行くよ」
「えっ、でも・・・」
「いいから、プレゼントのお礼だよ、ここんとこあんまり寝れなかったんだろ?
まかせとけって」
そう言うとエイラは満面の笑みを浮かべ、サーニャもそれを見て小さくうなずいた。
ストライカーを履いたエイラは空へと飛び立ちぐんぐんと高度を上げていった。
首元には星のマークをあしらえたスカイブルーのマフラーがはためいている。
高度を上げながら
(さんざん心配させられたんだから、今日はこっちがサーニャのベッドで寝てやろうかな)
そんなことを一瞬考えたが
「・・・できるわけないくせに」
自分でその考えを打ち消した。
速度を上げていったエイラは厚ぼったい雲を通り抜け、
美しい月と星の世界に身を躍らせながら、ほんのちょっとだけ涙を流した。