Sign,Shine,Kind
ほら、そうしてまたあなたに一歩近づくのに、半年経てばまた遠ざかって
近づいてまた離れて、そんな堂々巡りを続けてる。
今日はこの人の特別な日で、だからこそ私はこの日のためにずっとずっと前から入念な計画を立てて、
ひっそりと準備をしてきたのだった。勘の良い彼女は私が何かをひた隠しにしていることにすぐに気が
ついたようで、「どうしたんダ?」「なにかあったのカ?」といった質問を何度も重ねてきたのだっけ。それ
は彼女に知られてはいけない計画で、だからこそ私は彼女が訓練や待機している時間──つまり、私に
とっては休息をとっている時間にそれを進めていたのだった。
(よく眠れてないんじゃないカ?…大丈夫?)
あなたの誕生日のお祝いの計画を立てているの。
秘密なんだからあなたには言っちゃいけないのよ。
もちろんそんなこと言えるはずも無く。だからといってまっすぐに私を見つめてくるその瞳から目を逸らす
ことも出来なくて私は唇をかんで押し黙るだけなのだった。いつもは私と目が合えばすぐに逸らしてしまう
のに、こんなときに限ってその落ち着いた色をした瞳の中に私がはっきり見えるくらいに私を映してくるの
だから、ずるい。嘘をつくことなんて出来なくなってしまう。
えいら、あのね。
思わずすべてを打ち明けて、自分ばかりが楽になろうとしてしまうそのときに。
(おー、エイラ、こんなところにいたのかー!訓練付き合ってくれるって約束したろー)
(サーニャ、暇なら私の話に付き合ってよ~)
そうやって、示し合わせたように隊のみんなが通りかかって私に助け舟を出してくれるのだった。その
タイミングは私のしそうなことなんてエイラじゃなくたってお見通しなんだよ、と言わんばかりにぴったり
で、私はそれで、この場所で過ごした日々の確かさを思い知る。皆と過ごして、流れた月日は決して
短いものでも、無意味なものでもないのだということを。
私が生まれたその日から、半年と、三日。
みんなにお祝いしてもらった誕生日から、それだけの月日が流れたのだって。
日も暮れたというのに食堂はひどく明るくて、色とりどりの笑い声が満ちている。テーブルの上に乗せ
られたたくさんの料理がおいしそうな匂いを立ててハルトマン中尉と芳佳ちゃんがそれに目を輝かせて
いた。
宴もたけなわ、と言った頃に現れたスペシャルゲストの二人は今、ミーナ少佐と談笑をしたりルッキーニ
ちゃんたちにつつかれたりしていた。お土産の缶詰をその場で開けようとして慌ててエイラが止める一幕
もあって宴はますます盛り上がっていくばかりで。
「こういうバカ騒ぎは性に合わないんだ」としかめ面をしていたバルクホルン大尉だって、シャッターを
切るまなざしは楽しげだ。リーネさんが次々と運んでくる食事は出した傍から平らげられて、その度に
みんなで大笑いして。「食べすぎですわ!」と叫ぶペリーヌさんの声にだって、普段よりもずっと柔らかさ
が混じっている。と言いつつも坂本少佐が「そういわずにこれでも食え!!」と差し出した不恰好な形の
おにぎりを口に詰め込んで喉に詰まらせて、シャーリーさんたちにからかわれるのだ。
そして主役のエイラはというと、そんなみんなに引っ張りだこにされて、朗らかに笑っているのだった。
故郷にいた頃よくそうしていたと本人が言っていた通り先輩だというエルマさんに頭を撫でられたり、
ニッカさんにシャーリーさんたちといたずらを仕掛けたり。坂本少佐のおにぎりをペリーヌさんの手から
奪い取ってペリーヌさんを怒らせたり、ハルトマン中尉たちと早食い対決にいそしんだり。そんな様子を
バルクホルン大尉に注意されてぶうぶうと文句を言って、ミーナ中佐に言いつけたりして。
姿を消したと思ったら厨房でリネットさんの料理をルッキーニちゃんとつまみ食いして、本当に忙しなく
動き回っていた。白い肌を高揚に赤くして、まるでサーカスを見に来た小さな子供のようにはしゃいで。
そんなエイラの姿を見て、エルマさんは微笑んでいたっけ。直属の上官の人が忙しくて出てこられない
ということで急遽その人の代わりにここに訪れたのだそうだけれど、エイラは十二分にうれしそうにして
いた。
ニッカさんはどうしてかほうきを手に持っていたけれど、それを指摘された彼女が大声で叫んでいたのを
聞くに「ハンガー掃除してたら無理やり先輩に連れてこられたんだ!べ、べつにイッルのために来たわけ
じゃないんだからな!」ということらしい。それでも故郷から余り音沙汰が無いことを「忘れられてんの
かなあ」と気にしていたエイラは、そんな言葉も歯牙にかけないくらいに喜んでいた。
私はそんな光景を、隅っこでぼんやりと眺めているのだった。ペリーヌさんがこっそり基地の庭で育てて
いる色とりどりの花々を選んで積んで、エイラに花束を作っていけてくれた花が机の上の花瓶に飾られ
ている。私の視界はそれを中心にして広がっていて、多分それだから、たぶんやけに視界が明るく見え
るのだと思う。たぶん、きっと、そう。
私と芳佳ちゃんの誕生日の時には時間の都合で部隊の全員が勢ぞろいして記念写真をとることは出来
なかったけれど、今回は偶然にも前日にネウロイの襲撃が重なって、全員が休暇と相成った。いつもの
11人にスオムスから駆けつけてくれたエルマさんとニッカさんを加えた13人での記念写真はまだ現像を
終えていないけれど、きっとエイラにとってとても大切な思い出の一枚になるのだと思う。そしてそれは
きっと、その傍らで笑顔を浮かべて映っているのであろう私にとっても。
…けれど、どうしてだろう?
胸の奥がこんなにも軋むのは、何でだろう。
明るくまぶしい光を放つ食堂の中心から離れた暗がりで、私はどうしてか泣きたい気持ちになっている。
さっきまではあんなに楽しかったのに。"誕生日、おめでとう!!"その一言を言うために何日も何日も
前から入念な準備をしてきた。その間も、エイラの反応を予想してとてもとても幸せな気持ちになって
いたのに。
ああそうだ、確か去年もこんな気持ちになっていた。同じようにみんなでエイラの誕生日をお祝いして、
私もその輪の中にいた。エイラも今と同じように楽しそうにしていて、私も嬉しかったはずなのに。
なんとも言いがたい寂しさが胸を包んで苦しくなる。半年前に感じていた高揚感とは全く逆の、ひどく落胆
したその気持ち。年が一つ巡って彼女の生まれた日がやってきた。そしてエイラは一歳年を取った。それ
だけなのに、何だかとてもとても遠くなってしまったように感じるのだ。
私の誕生日が来るたびに、私は一つ、エイラに近づいた気持ちになる。一回り大人になって、エイラに
届くまであと一歩、肩を並べて歩けるようになるまであと少しだと、そんな幸福な気持ちになるのだ。
けれども今度はエイラの誕生日が来て、1つしかなかった年の差がまた2つにリセットされて。
彼女に近づきたくて、隣を歩きたくて、私は懸命に背を伸ばしているのにどうしても届かない。もたもたと
エイラの後ろを付いて行って、仕方ないなあ、と手を伸ばすエイラの手をそっと握って導いてもらっている。
まるで小さな子供のように。君は私よりも子供なんだから、とあやしつけられているように。
「…サーニャ?」
「え?」
不意に声をかけられて肩を震わせた。いつの間にか目を伏せていたらしい。気付かないうちに視界は
くらがっていて、食堂の中心から放たれる眩しい光を阻んでいるのだった。
それでも私は眩しくて、思わず目を細めてしまう。柔らかな色合いをもったプラチナブロンド、白い肌と、
水色の服。私の光が、私の心を明るく明るく照らしていくから。
「エイラ」
思わず彼女の名前を呼ぶ。笑顔を浮かべようとしたのだけれど上手く出来たろうか。エイラの表情が
歪んだからきっと、上手く笑うことが出来なかったんだろうな。だめだな、私。
またひとつ大人になった、私のよく知っているエイラが、どうしてから全然別の人になったかのように
思えてしまう。歳なんて勝手にとっていくもので、止めることなんか出来ないのに恨めしい。だってそう
して彼女はいつも私の前をいって、追いつかせてはくれないのだから。
「ねむたくないカ?もう寝ル?…その、準備、とか、いろいろ疲れたろ?」
照れくさそうに頬をかきながら、エイラがそう切り出してくれる。首に巻かれているのは手編みのマフラー
で、私がプレゼントしたものだ。会う人すべてが「それはちょっと」といわんばかりに吹き出していたから
多分私のセンスは全然よくないのだと思うけど、でもエイラは大喜びで受け取ってくれた。だから、いいのだ。
誕生日会を企画して、プレゼントを考えて、エルマさんたちに招待の手紙を送って。普段私が決して
見せることの無い積極さにみんなは驚いていたけれどけれども文句の一つも言わずに手伝ってくれた。
全部全部、私とエイラのために。
私の出来ることは全部出来た。それにエイラが喜んでくれた。
だから、私のしたかったことは、欲しかったものは、これで、もう。
「だいじょうぶ」
それだから、私はこう答えるのだ。今はさえぎられて見えないけれど、きっと部屋の中心ではみんなが
エイラを待ちわびている。だって今日の主役は彼女だもの。
「わたしのことはいいから…」
みんなのところに行ってあげて。そう続けようと思った瞬間、「きゃああああだめですうううううう」という
悲鳴とともに盛大な爆発音が食堂に響いた。直後に「ギャアアア!!!」という叫び声と、異様で強烈な
匂い。当然のことながら、食堂中が騒然……と思いきや、大爆笑。エイラが体をひねったおかげで見えた
机の上にはたくさんのビン。私が故郷でよく見たビンもある。…私は飲んだこと無いけれど、確かあれは
とてもとてもアルコール度数が高かったような気がする。
「イッルのバカヤローーーーーーー!!!」
どうやらエルマさんのお土産の缶詰に、どうしてかニッカさんが躓いたらしい。大きなたんこぶを頭に
作ったニッカさんが、強烈な匂いをまとってこちらに近づいてきた。
「ちょっと待て、私はかんけーないダローーーーー!!!」
サーニャは隅に逃げてろ、缶詰の中身が飛び散るぞ!そう言い残してエイラは逃げ回り始める。すっかり
出来上がったほかのみんなはそんな姿を見て笑い転げているばかり。エルマさんだけが私と同じく部屋
の隅にいて床になにやら字を書いていじけていた。
ほっとしたような、寂しいような。なんとも言いがたい気持ちがまた胸を包み込んでいく。
でもこれでいいのだと、私は自分に言い聞かせた。だって今日は彼女の誕生日なのだ。私ばっかりに
構っている必要なんて無い。
だって私だけじゃない。みんなみんな、エイラが大好きなんだもの。
テラスに出て一人、夜風に吹かれていると何故だか涙がこみ上げてきた。
背後から漏れてくる光は無い。目の前に広がるのは星の瞬きとか細い下弦の月の頼りない明かりばかり
だけれど、私はそれについてはちっとも心細い気持ちにはならないのだった。だってそれは私の生業と
いっても過言ではない、夜間哨戒の時の景色そのものだからだ。暗闇に慣れた瞳は三等星の星の、心
ばかりの輝きさえも容易く見分けることができて、私は空を眺めながらその星と星とをつないで私オリジナル
の星座を作るのがささやかな楽しみでもあった。暗い趣味だ、と誰かには笑われるのかも知れない。だけど
暗い暗い夜の空で独りぼっちで過ごす方法なんてそれぐらいしか私には思いつかなかったから。
ほら、あれがネコペンギン座よ。そうエイラに語って聞かせたときは、流石にエイラも苦笑をしていたっけ。
それでも直後には「じゃああれはサーニャ座ナ!」なんて言ってすぐに乗っかってくれたから、とてもとても
嬉しかった。…ラジオのことを芳佳ちゃんに話したときエイラはどうしてか少し拗ねていたけれど、でも、
本当は二人だけの秘密なんてもっともっとたくさんあって、ラジオのことはそのうちの一つにしか過ぎない
ことにエイラは気がついていないのだろうか?
501のみんなにスオムスから来た客人を含めた13人での大騒ぎ…もとい、エイラの誕生日会はすっかり
お開きになっていて、きっとみんな部屋で寝静まっている。アルコール度数の強いお酒のせいか、それと
も出撃の憂い無く騒ぐ機会を得た開放感からか、みんな相当興奮していたから疲れ果てていることだろう。
食堂が屍累々になる前にそれぞれの部屋に引き上げることが出来たこと自体奇跡なのかもしれない。
主役のはずのエイラがつぶれ始めたみんなをたたき起こして「早く寝ろ、バカ!」と発破をかける様子は
どこか滑稽で笑いがこみ上げてしまったけれどそれはまさか、言うことなんて出来ない。
はあ、と。
こぼれると息はすっかり溜まってしまっていたもの。鼻の頭がつんとするのは、流してしまいたい気持ちが
あるから。
手すりにもたれかかってうつむく。さっきからため息が止まらない。今日はとてもとてもおめでたい日で、ため
息なんかとはおおよそ関わりないと分かっていながらもどうにもすることができないのがひどく悲しくて、情け
ない。本当はもっとずっと、笑っていたいのに。エイラが私に与えてくれるものを、私もエイラに上げたいから。
どんなときだって笑顔でいて欲しいから。私なんかの心配で、彼女の顔を曇らせたくないから。
さっきだってそうだ。エイラはとてもとても優しいから、部屋の隅っこでつまらなさそうにしている私を心配して
くれたのだろう。いつもひょうひょうとしているから、一見彼女の何を考えていることはわからなさそうに思え
る。けれど私は知っている。エイラはちゃんと"観ている"のだ。自分の視界に映るすべての人を、物陰に
隠れている人にいたるまで、しっかりと。こと私のことに関してはそれが顕著であるのではないかと思うのは
もしかしたら自惚れなのかもしれないけれど、真実であれば良いなと思う。
意識を集中して魔力を放出したら、満天の星空から星々のささやきさえも聞こえるような気がした。もしか
したら未だ見ぬ、異星の人からのメッセージなのかもしれない。そんなことを考えながら空を見やる。すう、
と無意識に息を吸って吐き出したら、はあ、と白い吐息が口からこぼれて霧散していった。それが簡単の
息だったのか、単なるため息だったのか、私には分からなくて。もしかしたらどちらでもあるのかもしれな
かった。宇宙の広大さに圧倒される。漆黒の空にちりばめられた星々の数多さに、私は己の矮小さを思い
知るのだ。
だけれども。
そんな、遠くにあって届かないほどのものの声を聞けることが、何の意味を持つだろう?私と来たらすぐ
目の前にいる人の気持ちも満足に受け取れずにうつむいてしまうのだというのに。それもこれもこの特殊
能力のせいだ、と責任転嫁をするのは簡単だった。…けれどもきっと、あの人なら、エイラなら、私と全く
同じ能力を備えていたとしても他人をないがしろにすることなどしないのだろうと思うのだ。だってそんな
エイラ、想像さえ出来ないから。だからきっとたぶん、これは私自身の問題で。
はあ。
ため息をもう一度。あんなに楽しかったはずのパーティのその最中に、ずっとずっと溜め込んでいたもの。
エイラがそれを知ったらどんな顔をするんだろうな。きっととてもとても残念そうに顔を歪めるんだろう。
それでもたぶん、私を責めることは決してしない。どうしてなのか、なんてかんがえるまでもない。それが
エイラだからだ。少なくとも私にとっては。
そう、たぶんこの場に居合わせたとしても、エイラなら自分にとって今日の日がどんな意味を持つかなんて
そっちのけで私のことを心配してくれるのだろう。それはとても申し訳のないことだと分かっているのに、
そうして甘えてしまいたい自分が情けない。
「サーニャ、」
ほら、こうして私の名前を呼んで、
「そんなところにいたら、風邪ひくヨ?」
私の肩に、上着を掛けてくれたりして。
ありがとう。肩に掛けられた心地よい重みに反射的に例を言って、私はそれを引き寄せる。魔力を放出
している間は平気だけれども、その逆にそれを止めたあとは寒さが容赦なく襲ってくるのだ。だいじょうぶ?
尋ねる声がしたから、うん、とうなずいた。心がホワンと温かくなるのを感じた。ああ、エイラがいるんだ、
私のすぐ傍に。それだけで私はたぶん寒さなんて感じずに済むだなんて、気恥ずかしくて決して言えない
けれど。
「エイラ」
彼女の名前を呼んだら、なんだ?と返事がすぐに帰ってきた。そこで私はあることに気がつく。
「……エイラ!?」
「な、なんだヨ、急に大きな声出して」
「…エイラなの?」
「……じゃなかったらなんだってんだヨー」
文字通りの夢見心地で、空想の中のエイラとやり取りをしているつもりでいた私は目をぱちくりさせるばかり。
どうしたんだよ、とエイラが笑う。変なサーニャ。今日ひとつ大人になったはずなのに、私の知っているどの
表情よりも子供っぽい笑顔でそんなことを言って、私の頭に手を伸ばすのだ。もうすっかり感じ慣れたエイラ
の手が、慣れた手つきで私の頭をやさしく撫でていく。子ども扱いされている。分かっていてもついほだされ
てしまう私はやっぱり子供だ。だってこんなにも、甘やかしてもらえることが嬉しいのだもの。
「な、なんでここに…」
「いや…シュールストレミングまみれになったニパを風呂落として、適当な空き部屋に突っ込んできたんだ
ケド…ええと、その…」
困ったように頬をかく。言い難そうに口をつぐむのは、何かを遠慮しているからのだろうか。何しろ暗がりの
ものだから、いくら夜目に慣れた私の目であろうともその機微を表情から読み取ることは容易いとは言い
がたい。
「さ、さーにゃがどこ探しても見当たらなかったカラ、心配になってサ!!…い、言いたいことあったシ!」
「…わたしを探して…?」
「う、うん」
「べ、べつに寂しかったからとかじゃないんだからな、ただ外にいたら風邪引くかもって探してただけで!」
なぜか焦って手をパタパタと動かしている。首をかしげると、ウウ、と不思議な唸り声を漏らすのだった。
「その、あの、今日はアリガトナ!!シャーリーに聞いたんだ、サーニャがみんなに呼びかけてくれたんダロ?
誕生日会しようって。あとスオムスのみんなにも声かけてくれたッテ…」
「…私はただ呼びかけただけだよ。私よりもずっと、みんなのほうが…」
「で、でも、私は嬉しかったんダ!!!………だだからその、お礼を言いたくテ…」
今日はすごく楽しかった。本当にありがとう。
暗がりでもはっきりと浮かんで見える、朗らかな笑顔でエイラは再び感謝の言葉を繰り返す。すごくすごく、
楽しかったよ。そんなの誰だって、パーティの最中でのエイラの態度を見ればわかることだったろうに。いち
いち言葉にしなくても私にだって、分かっていたのに。
みしりと胸が軋むのは、彼女の笑顔がひどくまっさらで、まっすぐなものだったから。だって私がエイラが
楽しんでいたそのときに考えていたことといったら。溜めていたものといったら。それを思い起こした瞬間
浮かべようとした笑顔は打ち消されてうやむやになってしまった。どうしたしまして。答えようとした言葉さえも
上手く音にならずにやみの中に消えていくばかり。ごまかすように空を見れば、あざ笑うように瞬く満天の
星。毎晩のように見ることが出来るのにはるか遠くにあって届かないそれは、エイラに少し似ている。一つ
大人になって、一歩近づけたと思うのに、またすぐに遠ざかってしまう。手を伸ばしても、背伸びをしても、
届かない。
なあ、サーニャ。
自然と辺りを包んだ沈黙を打ち消すように、ポツリと風に乗せられた言の葉。私は何も答えることが出来
なかったけれど、エイラはさして気にしなかったようだった。
「私たちは、いつまで戦い続けるんだろうナア」
それは沈黙に解けていくような静かな言葉だった。妙に感慨深げなその台詞に、私はやっぱり言葉を見つけ
ることが出来ずに押し黙るばかり。
「私が大人になる前に、戦いが終わるとイイナ」
オトナ。エイラの口からこぼれ出たその一つの単語はひどく物珍しくて、私はつい、「どうして?」と尋ね
返してしまった。大人。それは私にとってはまだずっとずっと先の話で、それはエイラも同じだと、ずっと
ずっと思っていたのに。
そんなことをいうものだから急に、エイラが私なんかじゃどうしたって追いつけないようなオトナそのものに
なってしまったかのような間隔を覚える。私にはまだ全然見えない『将来』が、エイラにはきっと見えている
のだ。
だって、ほら。エイラはそう言って、小さく息を吸った。一拍置いて、続ける。
「早く平和な世界にして、一緒にサーニャのお父さんとお母さん、捜しに行きたいダロ?」
戦いが終わるのを指くわえて待ってるなんてヤだからな、私。
ああ、もう、どうして!
何かを彼女に伝えたくて、けれどもどういえば良いのかわからなくて、私はその感情の赴くままにエイラの
胸に飛び込むことにした。ワアアアア!とあのエルマさんやニッカさんに負けないくらいの大声を上げる。
アアそう言えば、昼間にシャーリーさんやルッキーニちゃんに無理やり大きな箱に詰め込まれて、やっと
出してもらえたと思ったらそこにエイラがいた。そのときの気持ちに似ている。願ってやまなかったものが
目の前にあって、ようやっと手に入れられたときの喜び。たぶんきっと、そういった感じのもの。真っ暗闇の
箱の中から、私はまた、あなたという光を見つけたのだ。
ああもうどうして、私ばかりが与えられているだろう。今日はこの人の誕生日だというのに。それを少しでも
返したくて、今日という日のために入念な準備をしてきたのだというのに。
抱きしめる手に力を込めたら、どくどくと大きな音を打ち鳴らしているエイラの鼓動が耳に飛び込んできた。
そして同時にまた、頭の上にふわり、と優しい感触。エイラ。衣服に顔を押し付けて呟く。まるでエイラの胸に
直接語りかけるように。
歳の割に大人びている、とか私はよく言われるけれど、本当は全然違う。少なくともこの人の前では私は
まだまだ甘ったれの、小さな小さな子供だ。
もういい歳なんだからもう少し落ち着け、とエイラはバルクホルン大尉にたしなめられていることがある
けれど、本当は全然違う。少なくとも私にとってはこの人はずっとずっと大人で、私なんかよりもずっと物事
をわきまえている。
たかが年齢が一つ縮まった、とか二つに離れた、とか。そんな小さなことを気にしてくよくよして、一人で
拗ねていた私はきっとひどく子供だ。だってエイラはそんなことお構い無しで、それより先の未来のことを
口にするのだ。『一緒』という言葉を使って、それを語って教えてくれる。私にとっては細切れでしかない
その月日を、彼女はいとも簡単に一つの線上に捉えることが出来る。そんな彼女は私はとても、とても
とても愛しく思うのだ。
「エイラ、」
「なんだ?サーニャ」
「誕生日、おめでとう」
「…ウン」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「……うん」
永遠を語れるほど私は大人ではないから、だからせめてこういおうと思った。
「ずっと一緒にいてね」
だってほら、そうしたら、たかが1年と半分の年の差なんてきっとちっぽけなものに思えるでしょう?
こんな小さなくよくよなんて吹き飛ばすくらいに傍にいて。不幸せになんてならないから。
それぐらいの誓いの言葉がこの胸には溢れているけれど、それを伝えるのはまだ少し気恥ずかしい。
うん、と答えてエイラがぎゅうと私を抱きしめてくれる。温かいなあ、なんてのどかに言うから私も気が抜けて
しまう。
ぼーん、と遠くから、時刻を知らせる音が鳴り響いたのを聞いた。ああ、きっともうすぐ明日が来る。
日付が変わるまではこうしていよう。こうしていてもいいよね?
なんて、いつもどおりだと言われたらそれまでだけれど、でも。
「しあわせ?」
尋ねたら、無言の頷きと早まる鼓動が答えてくれたから、それでいいのだと思った。