小エイラ(ちっちゃい+エイラ ちっちぇイラ)
小エイラ(ちっちゃい+エイラ ちっちぇイラ)
『……オムスじゃ………どこだヨ?』
声が聞こえる。
エイラの声だ。サーニャにすれば聞き間違えることのないエイラの声。
だけれど、いつになく切迫した口調で紡がれるその言葉は、スオムス語。
―――5年後のブリタニア。1日で戻る。
『お、おい、待てって!!』
半分眠りに落ちているサーニャの脳裏に言葉がはじけた。
何かが通り抜けていく気配とともに、とさっ、と何かが覆い被さってくる気配を感じる。
(……エイラだ)
根拠の無い確信と共にそばにある温もりをそっと掴まえて抱き枕にする。
そっと、胸のあたりに抱き寄せる。ふんわりとした髪の感触をほっぺで楽しんで、控えめなエイラの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「……ん。……エイラ。」
『う、うわ。ちょ、ちょっと…。』
すっぽりと自分の腕の中に収まるエイラが愛しくて、もっともっとエイラを感じたくて、ぴたっ、と体をくっつける。
細くてしなやかなエイラの体はどこもすべすべで、触っているだけで幸せな気分になれる。
小柄な自分よりも更に小さな体を包み込むようにして、うとうとしているところで気付いた。
(……小さい?)
重いまぶたを押し上げると、澄んだ湖みたいな瞳に困ったような恥ずかしがっているような表情を乗せたエイラの姿。
サーニャの腕にすっぽりと収まる体に対して、シーツいっぱいに広がったプラチナブロンドの髪が、天使の羽みたいですごく綺麗。
居心地悪そうにもぞもぞと体を動かす姿は小動物そのものだった。
「……エイラ。ちっちゃい。」
……つまるところ、エイラはちっちゃくなっていた。
10歳になってしまったエイラに今の状況を説明してあげた。
「まぁ、明日には元に戻るらしいから、いっカ。」
しかし、小さくなってもエイラはエイラだった。エイラはいつだって、明るくて前向きでまっすぐだ。
5年も先の未来、しかも全く知らない人の中に入り込むなんてサーニャには考えられなかった。
「大体分かったけど、その……なんで、一緒に寝てるんダ?」
エイラが疑問に思うのは無理もない。いきなり見知らぬ他人に抱きしめられていたら誰だってびっくりする。
でもでも、これは仕方がないのだ。今のエイラを見たら、我慢なんか出来ない。
小さなエイラの髪はとても長くて、端正な顔とあわさってよく似合っていて、お姫様みたいだ。
けれど、そんな綺麗な顔に浮かぶふてぶてしい表情が不思議な愛嬌をにじませていて、自然と頬がゆるんでしまう。
「……エイラと一緒に寝たかったから。」
「んなっ。 は・恥ずかしい事言うナ!」
こぼした言葉に過剰に反応し、両手をぱたぱたと振り回して暴れるエイラ。
子供、そのままの仕草があんまりにも可愛かったので、髪をさわさわと撫でてあげる。
むー、と不満そうな顔をしながらも、逃げようとはしないエイラ。
なんだか、すごく楽しくなってきた。もうちょっと大丈夫だろうか?
エイラの前髪をそっと持ち上げてみた。
エイラは、不思議そうな顔で首をかしげている。
「かわいい。」
そっと呟いておでこに唇を落としてみた。
「ナ・ナニスンダーー!!!」
怒られてしまった。
むすっ、とした顔のエイラは私の腕をほどいて離れてしまう。離れてしまった温もりが恋しくて、むーっ、とした顔でエイラを見やる。
「ちょっト、そこに座れ。ネーちゃん。」
「サーニャ。」
「んア?」
「サーニャって呼んで。」
「ああ、もういいから、そこに正座!!」
正座させられてしまった。
「いいカ、サーニャ。」
あぐらをかいて腕を組み、眉をつり上げて、エイラは言う。
けれど、いくら声を低くしてみても、平坦なエイラの口調は迫力よりも可愛らしさを強調し、
真ん丸な目はいくらつり上げたって奥に潜んだ無邪気さを隠せていないし、
それに、今のエイラは15歳の時の寝間着のままだから、綺麗な桜色が見え隠れしていてちょっとエッチだったりする。
「こら、何笑ってんダ! 真面目な話なんだから、ちゃんと聞ケ!」
真面目な話らしい。怒られてしまった。
しかし、なんだか、エイラに叱られるのは凄く久しぶりな気がする。妙な感慨を抱きながら、サーニャは素直にうなずいた。
「いいカ、サーニャ。 キスっていうのはな、神聖なものなんダ。むやみやたらにするものじゃないシ、誰にでもするもんじゃなイ。」
「・・・。」
「分かるカ? キスは大事なんだゾ? 本っ当ぅに大事な大事なものなんダ。 サーニャがホントに好きな人以外にしちゃダメだ。特にサーニャは綺麗なんだから、変な勘違いでもされたら大変だゾ?」
とくん、と鼓動が高鳴る。
――サーニャは綺麗。
エイラが褒めてくれた。 エイラが私の容姿を褒めてくれるなんて滅多にない。嬉しい。すごく嬉しい。 油断をすれば頬がゆるんでしまう。
しかし、今は叱られている最中だ。怒られているのにへらへらしてはいけない。緩んだ口元を誤魔化すようにサーニャは言葉を返した。
「でも、父様や母様とはするよ?」
「そりゃ、家族だからだロ。 家族は何年経ったって一緒に居られる特別な存在だからナ」
「じゃあ、エイラにキスしても大丈夫だね。」
「な・ナンデだよ!」
「だって……エイラ、言ってくれた。」
ほどかれたエイラの手をそっと握って、胸の辺りに抱き寄せる。
思い出すのは、エイラと出会った頃。父様や母様と離ればなれになって無為に日々を過ごしていた私に言ってくれた言葉。
あの時のエイラの笑顔は、今だって私の瞳に焼き付いている。
そのとき私がどれだけ嬉しかったかをエイラにも分かって欲しくて、綺麗な空色の瞳を見つめてあのときのエイラの笑顔を浮かべて言う。
「一緒にいてくれるって。 私が寂しくないようにずっとずっと一緒にいてくれるって。」
「……へ。」
エイラは、頭の中が真っ白になっていた。
さっきまで、銀髪の少女を叱っている最中だったはずだ。
一見、優しそうに見えるこの女の子が軽率な真似をしないようにと、使命感を感じ、「きす」について熱く語っていたはずなのだ。
だというのに、いつの間にか説教タイムのかたいムードがさっぱり消えてしまい、目の前の少女が作り出す柔らかな空気に取って代わっていた。
今や、エイラは抱き寄せられた手をほどけなかったし、続いて、伸びてきた腕によってそっと横に倒され、再び抱き枕にされても反応できなかった。
サーニャの浮かべる柔らかな笑顔に見惚れてしまったのもある。
嬉しそうに幸せそうに話すサーニャの声が心地よかったのも事実だ。
問題は、そこではない。
――ずっと一緒にいる。
エイラがそう言ったらしい。
どう考えてもプロポーズの言葉だった。
加えて、目の前の少女。慣れた仕草で体を寄せる仕草は、一緒に寝るのが当たり前であるということを如実に表している。同衾という頭が言葉をよぎる。
エイラの直感が告げる。
すなわち、自分と自分を抱き寄せる少女「サーニャ」が恋人同士である、と。
(…待て。待て待て。落ち着け、私。女の子同士なのに恋人同士とかありえないッテ)
言い聞かせるように直感を否定するが、サーニャの幸せそうな寝顔が自分の直感を後押しして仕方がない。
(ウー……)
かなり長い間、頭を悩ませた末、直接、聞いてみることにした。
「……なぁ、サーニャ。」
「…………ん。」
「私たちって、こ、こい………その、えーと……こ、恋人同士だったノカ?」
――恋人同士。
何て甘い言葉なのだろうか。
サーニャは発作的に頷こうとしていた首を理性で押しとどめた。
だが、だがしかし、これはある意味チャンスなのだ。奥手などというレベルを遙かに超越したエイラとの関係を詰めるチャンスである。
小悪魔サーニャ「へっへっへ、何を迷ってんだ。素直にうなずけばいいじゃないか。」
天使なサーニャ「なりません。何を馬鹿なことを言っているのですか。」
悪魔のささやきがサーニャの脳裏をよぎり、天使の訴えがサーニャの心に響いてくる。
小悪魔サーニャ「ほら、知ってるだろ、エイラは優しいんだぜ。嘘をついても許してくれるって。」
(……でも、エイラはこんなに純真無垢なのに、嘘をつくなんて)
小悪魔サーニャ「思い出してみろよ、エイラは楽しいことを優先していいって、言ってたじゃないか。想像してみろよ。エイラと恋人同士。楽しいぜー」
天使なサーニャ「悪魔のささやきに耳を貸してはなりませんよ。サーニャ。エイラはこんなにも純粋じゃないですか。」
(……エイラと恋人同士。でも嘘つくなんて……私、やっぱり……)
サーニャの心の中の天秤は、揺れに揺れていたが自らの良心に傾こうとしていた。
天使なサーニャ「ですから、今から恋人同士になればいいのです。」
『えっ!?』
天使なサーニャ「手始めに恋人同士でするあんなことやこんなことを全て実践し、恋人になりましょう。しかし、まだ、エイラは小さいですから、サーニャがちゃんとリードして理想の恋人としてちょうky……教育するのです。」
小悪魔サーニャ「お、おい。いくらなんでもでも、そこまで……」
天使なサーニャ「黙りなさい、悪魔。サーニャ。聞いては行けませんよ。悪魔は人の良心につけこみ、そそのかすのです。」
小悪魔サーニャ「……いや、良心につけ込んでそそのかしてるのは、そっち・・うわ、なにをすr」
天使なサーニャ「下等な悪魔などこうです。この、このっ。」
(……そっか、今から恋人同士になれば良いんだ。)
サーニャは自らのよこしまな気持ちがすっと溶けて消えていくのを感じた。
天使を使わしてくれた神様に感謝を捧げながら、そっとエイラに頷いた。
「うん。」
「そ、そそそそそそうなのカ!?」
「エイラはね………おはようとおやすみのキスをしてくれて、
眠くてうとうとしてたら膝まくらでちゅーしてくれて、
帰ってきたら優しく抱きしめてお帰りのキスしてくれて、
髪の毛、洗いっこしてたら、不意打ちでちゅーしてきたり、、
お姫様だっこごしにキスしてくれたりとか、
もちらん、夜だっていっぱいいっぱいキスしてくれて・・・。」
「わ・私は、そんなに、ちゅー魔神だったのカ!!?」
こくこくと無邪気に頷いたサーニャは、自分の腕の中で器用に頭を抱えているエイラにそっと囁いた。
「……エイラ。おやすみのキス。」
「き・キスぅ!!?」
「してくれないの?」
「いや、そ・その、わ・私、キス始めただし、ま、まだサーニャの事よく知らないし」
「教えてあげるから。」
「え?」
「……私のこと、いっぱい。」
だからね、と言わんばかりに顔を寄せて目を閉じるサーニャ。
エイラの直感は大当たりしていた。
やはり、エイラとサーニャは恋人同士だったのだ。
エイラは自分のしでかした事態におののいていた。
そう、自分たちは恋人同士だったのだ。
それなのに、エイラは恋人であるサーニャにきつくあたってしまった。
しかし、サーニャは嫌な顔一つせずに聞いてくれていた。
恋人としての自分のふがいなさに打ちひしがれるエイラは、せめて今からでもサーニャの恋人らしく振る舞おうと、顔を上げるが、
「………う」
目の前にあるサーニャの顔が近い。近づいてみると、端正な顔付きをしているのがよく分かる。
サーニャの吐息が顔をくすぐり、思わず息を吸ったら甘い香りを感じ、それがサーニャの匂いだと分かると、ますます顔に血が上った。
これから触れることになる唇が目に入った。白い肌と対照的な桃色で、たぶん触ったらぷにぷにの感触がするであろうそれがやけに艶めかしい。
恥ずかしさで頭の中がいっぱいになる。とはいえ、サーニャの恋人としてキスをしなくちゃ、優しいサーニャに申し訳がない。
サーニャの肩に手をかける。
そっと顔を近づける。
家族以外で交わす初めてのキス。サーニャの唇に自分のそれを近づけて・・・ほっぺにキスをした。
無理だった。予想を遙かに超えた恥ずかしさだった。自分のあまりのヘタレさに泣きそうだった。
気恥ずかしさとちゃんとキスできなかった気まずさでそっとサーニャを見上げる。
そこには、花開くような満面の笑顔があった、と同時にぎゅーっと強く抱きしめられてしまう。
「おやすみ、エイラ。」
どくんどくん、と自分の鼓動がやけに大きく感じる。
サーニャが本当に喜んでくれている、それが分かると、胸の奥がやけに熱くなった。
自分はこんなに格好悪い恋人だというのに、心の底から喜んでくれている。
嬉しかった。と、同時に15歳の自分に腹が立つ。こんなに素晴らしい恋人が居るということは、きっと未来の自分は甘い蜜月を送っていたのに違いないのだ。
さっきのサーニャの話では未来の自分は相当なちゅー魔神だったようだ。ということは、あんなほっぺにちゅーどころじゃないキスを交わしているはずなのだ。
なんてずるいやつだ。しかも、敵は強大だ。控えめに言ってサーニャは未来の自分にぞっこんのようだ。そして、ぞっこんにしたのは15歳の自分に違いないのだ。
しかし、今のサーニャの恋人は私なのだ。負けてなるものか。
そんな決意を胸に秘め、エイラも眠りにつくことにした。
「おやすみ、サーニャ。」
「それで、10歳になってしまった、と。」
あらまぁ、と言った感じで首をかしげるミーナ中佐。
朝、ミーティングルームに行く前にエイラを連れて隊長室にやってきていた。
流石に報告しないわけには行かなかったからだ。
「1日で戻るとエイラの使い魔は言っていました。」
「まぁ、1日くらいなら様子を見ましょうか。 今日1日エイラさんはローテから外します。明日になってもこのままなら対処を考えましょう。」
相変わらず、ミーナ中佐は大らかだ。こんな異常事態にも落ち着いて指示を下している。
「しかし、わざわざ、軍服を着ることはなかったんじゃないか? ぶかぶかじゃないか。」
「別にいいだロ。これ、私のナンダし」
不思議そうに首をかしげる坂本少佐。
そうなのだ。隣で直立しているエイラは実に満足げな顔をしてスオムスの軍服を着ている。
朝、起きてエイラがきちんと畳まれた自分の服を見て大はしゃぎしていた姿を思い出す。
――こ、これ、スオムスの軍服! 私のナンダよな!!
全然サイズが合ってないからぶかぶかで手も足も見えない有様なのに誇らしげに胸をはるエイラ。
――へへ、どうだ似合うか、サーニャ。
服を肩のところで折り返して安全ピンで留めてあげると嬉しそうにくるくると回って、はしゃぎ回っていた。
――お、おはようのキス。
それからそれから、真剣な表情で近づいてきて、おでこにキスしてくれたりした。私、こんなに幸せでいいのだろうか?
「サーニャ、どうした?」
「……あ、いえ。なんでもないです。エイラが着たがっていましたから。1日だけですし。」
「まぁ、構わんか。それより、エイラ。おまえはまだ訓練生か?」
「ン、そうだけド?」
「ならば、昼からの訓練にお前も参加だ。」
「ゲー。なんでダヨー。」
「そりゃ、訓練生なんだからな。新米なら訓練有るのみだ。」
「1日で15歳になるって言ってるジャンかー」
「戻らなかったら、どうするつもりだ」
うっ、と言葉に詰まるエイラ。
「……そのときは、私が育てます。 ちゃんと、ちゃんと良い子に育てますから!」
「………」「………」
なんだか、不自然な沈黙が降りてしまった。それに、ミーナ中佐の頬が赤い気がする。
次いで、ぶーたれていたエイラの頭を撫でながらそっと語りかける。
「……エイラ。私も訓練に参加するから」 「サーニャモ?」
「おい、サーニャ、お前は夜間哨戒の後で疲れているだろうが。」
「はい。でも、今のエイラには付いていてあげたくて。」
「……そ、そうね。今のエイラさんを一人にするのはよくないわね。美緒、今日の夜間哨戒、サーニャさんと変わってもらえるかしら?」
「……ふむ。そうだな。今日は私が飛ぶか。」
「それで、サーニャさんとエイラさんは昼からの訓練に参加すること。いいわね?」
『はい』
「うっわ、エイラ。ちっちぇ。」
「エイラさん、かわいー」
「わー、髪、随分長いんですねー」
「にゃははは、私よりちっちゃーい。」
「うっせー、お前だってチビじゃないカー」
「こ、これは、なんという妹属性・・・」
「・・トゥルーデ。」
ちっちゃいエイラは大人気だった。
朝の食堂でみんなに囲まれて楽しそうに笑っている。
なんとなく、自慢の我が子を褒められているような気分になってくる。もしかして、私、親バカなのだろうか?
「あ、エイラ。口元、汚れてる。」
ハンカチを取り出し、エイラの口元をぬぐう。
「へへ。ありがト。サーニャ。」
嬉しそうに微笑んで胸に飛び込んでくるエイラを受け止めて髪を撫でてあげる。
「サーニャ。」
「ん?」
「サーニャ。ごちそうさまのキス。」
ちゅっ、と。鼻に柔らかい感触を感じる。お父様、サーニャは今日、死んでしまってもイイです。
「・・・そんな。あのエイラさんが・・!?」
「エ、エイラさん、す・すごい!?」
「らぶらぶだなー」
「シャーリー、シャーリー、私も、私もするー」
「そ・そんな、へたれオフへたれの名を欲しいままにするエイラが!?」
「エイラがへたれじゃなくなったら、その称号、トゥルーデのになっちゃうねー。ほらほら、私にもー」
『なにを朝から、浮かれておりますの!!』
一人、輪から離れて黙々と食事を取っていたペリーヌがキレた。
「あなた達は、ここが最前線であることを認識していますの!? それを黙って聞いていればきゃいきゃいと浮かれ騒いで・・・」
「サーニャぁ。金髪メガネがいじめるぅー。」
「え、エイラ。」
「人の話を聞きなさい!!!」
かくして、サーニャの恋人として甘えたり世話を焼いたりいちゃいちゃする気満々のエイラは至る所でそのバカっぷるぶりを発揮した。
ことある毎に抱きついて胸にすりついたり、どこに行くにもサーニャの服や手をぎゅっと握ってはなそうとしないし、
よく見ると手をつないでいるときは恋人つなぎだし、時々、わざと指だけ動かして絡ませあっている。
サーニャはサーニャでエイラの一挙一動に、とろけるような顔を浮かべて頬ずりしたり髪を撫でたり、可愛いからといってリボンとヘアピンで
長いエイラの髪型をポニーテールや三つ編み、ツインテール、編み上げてボーイッシュにしてみたりしていた。
そんなことをしていたら、リーネとミーナもやってきて、どこから持ってきたのかドレスやら和服やらふわふわレースのワンピースだの男装用の軍服だのを着せたりする。
どの衣装でもサーニャはエイラに綺麗だの可愛いだの格好いいだのと実に嬉しそうに語りかけ、それを聞いて調子に乗ったエイラが自称「格好いいポーズ」を取り、
そのほほえましさにやられてしまったサーニャがエイラを抱きしめたり、と実に甘ったるい空気を所構わず振りまいている。
そのあまりの甘さにやられたリーネとミーナはお互いのパートナーである芳香と美緒を連れ込み、面白そうなことをやっていることを嗅ぎつけたシャーリーとエーリカが顔を出し、
次いで、その着せ替え対象であるバルクホルンとルッキーニを確保。ルッキーニは危険を察知し、逃げようとするがそばにいたペリーヌを捕獲され、
ペリーヌ所持のドレス群に着せ替えられてうんざりした顔を見せているが、逃げようにも同じく巻き添えを食らったバルクホルンやら坂本少佐やらの「逃がしてなるものか」なる恨めしい視線により逃亡出来ずにいた。
「……も、もういいだろう。ミーナ。」
「えー、……もうちょっと、ね♪」
ツインテールのルッキーニヘアスタイルとなって、ピンクのふりふりレースに身を包んだ美緒がうんざりしたような口調で訴えるが、ノリノリのミーナは止まらない。
「もう、昼時だぞ!?」
「そ、そうだ、ミーナ。もう食事の準備もあるだろうから、そろそろ、お開きと・・うわ。」
「トゥルーデ。口紅塗ってるんだから、しゃべっちゃだめー」
「リーネちゃん、そろそろ、食事が」
「もうちょっと、もうちょっとね。」
「ウジュー、勘弁してー」
「まだ、いっぱい残ってましてよ。ふふ。たーぷっりと綺麗にしてあげますわ」
「おおお! いいな、このルッキーニも良いな。おい、ペリーヌ、次、これだこれ。」
着せ替え大会はしばらく終わりそうになかった。
**************
昼過ぎ、滑走路にて。
「はぁ、はぁ、な、なんで・・・」
「ぜぇぜぇ、エイラさん、10歳なんですよね!?」
「サ、サーニャちゃんもあんなに走れたんだ・・。」
「無駄口を叩くな! 走れ走れ!!」
『はいぃ。』
へろへろになりながら走る新人2人とは対照的に北欧コンビは黙々と肩を並べて走っている。
訓練中なので無言である。
無言ではあるのだが、時折、目が合うとそっと微笑んだり、走る足音でモールス信号を打ったり、ワルツでも踊るかのように踵を鳴らせたりして、相も変わらぬバカっぷるぶりを発揮していた。
「次、腕たて100!」
「サ、サーニャちゃん、か、片手?」
「……す、すごい」
「……私の武器、フリーガーハマーだから。……エイラ?」
「ン。私も片手でやる。」
「無理しなくてもいいのに」
「……サーニャより弱くちゃ、サーニャを守れないじゃないカ」
「……エイラ。」
「うわぁ、素敵だね。リーネちゃん。」
「いいなぁ。」
「無駄口を叩くな! もう100追加だ!!」
『えー』
「よーし、10分休憩!」
「はぁ、はぁ。」
「ぜぇぜぇ」
「サーニャ。大丈夫カ? 疲れてないカ?」
「ん。大丈夫。エイラは?」
「ふふん、スオムスの軍人をなめるナ。この程度、訳無いって」
「……エイラ。まだ、訓練生。」
「い、イイジャナイか。15歳の私は軍人だロ」
訓練によって火照っていた頬をさらに染めてエイラは言い訳になっていない言い訳をしている。
そこへ、大らかな少佐の声がかかった。
「はっはっは。いや、だが大したものだな。エイラ。さすがはスオムス人。基本は出来ているといったところか。」
「へへへへ。少佐。もっと褒めてくれてもいいゾ?」
「はっはっは。その年で大した奴だ。よし、腕立て100、3セット追加するか?」
「ウエー、いらねーヨ……それより、少佐ぁ、それ、扶桑刀だロ。ちょっと見せてくれヨー」
「ん? 刀に興味があるのか、ほれ。」
すっ、と刀身が太陽の光をはじき、その輝きを青空の元に晒す。
「うわー、すっげぇ!!! なぁなぁ、少佐、ちょっと、私にも貸してくれヨ~」
刀を眼にした途端、きらきらと目を輝かせ少佐におねだりをするエイラ。
そういえば、スオムスでは扶桑のウィッチが活躍していて、英雄扱いされていることをサーニャは思い出す。
「バカを言うな。刀は扶桑軍人の誇りだぞ。おいそれと貸せるものか。」
「そうですわ! 何を馬鹿なことを言っているのですか!!!」
「うオ、なんだヨ、金髪メガネ」
「金髪メガネじゃありません、私にはペリーヌという名があるのですわ!!」
「モー、うるさいぞー、つるぺたメガネ」
「つるぺた・・・メガネ」
プッ。と吹き出す音。振り返ると必死に笑いをこらえる芳香ちゃんとリーネさん。そんなに面白かったのだろうか、と自分の胸を触りながら首をかしげるサーニャ。
「だれが、つるぺたでっすってぇえ!!!?」
「おまエ」
ぴしっ、という音が鳴り響きそうな仕草でまっすぐにペリーヌさんを指差すエイラ。
「エ、エイラさん。つ、つるぺたはひどいですよ。」
「リーネさん!? 笑いながら、しかも持てるものがそんな台詞を言わないでくださる!?」
「ご、ごめんなさい」
「お前ら。喧嘩をするな!」
喝、と言った形で仲裁に入る少佐。叱られた子犬のようにしゅんと縮こまるペリーヌさん。
「す、すみません。少佐」
「ちぇっ、悪かったよ。ごめんナ。つるぺた」
にかっ、と悪戯っ子そのものの顔で微笑むエイラ。
ぷちっ、と何かが切れる音がした。
「くぉのぉ、悪ガキがぁ!!! け、決闘ですわ!!! エイラ・イルマタル・ユーティライネン! 貴方に決闘を申し込みますわ!」
「やだ」
ぷいっ、と、首を曲げて言下に切ってのけるエイラ。
あまりに見事な切り返しに笑うのを必死にこらえる新人2人。
「こら、お前達。」
静かな声が聞こえた。ただし、静かなのは口調だけであり、声はどう聞いたって怒っている。
「喧嘩をするな、と言ったのが聞こえなかったか?」
「す、す、すみません。少佐。私としたことが。」
「ご、ごめんなさイ」
「大体、ペリーヌ。決闘とは、何をしようとしていたんだ。」
「え、ええ。1対1の空戦で指導をしようと考えておりまして」
「空!! 飛んでいいノ!!?」
がばっ、と身を乗り出して尋ねるエイラ。
「ヤル。ヤルヤルヤル。私、ヤルゾ!!」
空を飛ぶのがよほど好きなのだろうか。目の輝きが全然違う。耳としっぽがついていたら、さぞかし暴れ回っているに違いないくらいやる気になっていた。
「……ふむ。まぁ、飛行訓練もやろうと思っていたしな。 ペリーヌ、やってみるか」
「え、ええ。少佐がおっしゃるなら、私はそれで。」
「いやっほぅーい!!!」
両手を振り回して喜びを表すエイラ。ここにいるみんなは大なり小なり、空を飛ぶのが好きな人たちばかりだ。
エイラの喜びなんとなく分かる。どことなく、微笑ましい空気が流れた。
「なぁ、なぁなぁなぁ。サーニャ。 私、このチームの一員って事は、私のストライカー有るんだよナ?」
「う、うん。」
目をキラキラさせたエイラがささっと、私の前に詰め寄って勢い込んで尋ねる。というか、エイラ近い。
「私のストライカーって、機種はなんだ? バッファローかカーチスか?」
「ううん、メッサーシュミット」
「メルス!!」
わーい、という擬音が聞こえてきそうな顔で笑うエイラは、ひょい、と私の手を取って踊り出す。
メロディーもステップも何もあったものじゃないのに、楽しそうに、実に楽しそうに踊るエイラを見ているとサーニャまで嬉しくなってきて、
くるくる、くるくると回って、手をつないだりはなしたりする。やがて、満足したのか、エイラは背中からサーニャにもたれかかり、サーニャの腕を自分の前に持ってくる。
意図を察したサーニャが抱きすくめるとくすぐったそうに見上げるエイラ。
それから、おっと、と言った感じでペリーヌさんに声をかける。
「ありがとナ、つるぺた。」
「あ、な、た、という人はー!!!」
**************
「いいですこと!? 私が勝ったらあなた達、いちゃいちゃ禁止ですからね!?」
「ナンダヨー。私が人前でいちゃいちゃなんかするわけないじゃないカー」
「あれだけ、いちゃついて置きながら何を言っていますの!!?」
「あ、サーニャ。どうだどうだ? ストライカー似合ってるカー?」
「そこ! 早速いちゃつかない!!」
似合っていると、ほほえみで返すサーニャ。しかし、なんだか、エイラとペリーヌさんが仲良く見えるのが気になる。
「いいか、ペイント弾の球数は50。予備弾倉はなしだ。相手のストライカー、もしくは体に5発以上当てた方が勝ちだ。
しかし、勝敗にこだわらず、空中機動の何たるかをペリーヌから、教わるといい。出来るな、ペリーヌ。」
「は、はい。おまかせください。少佐。華麗に撃墜して見せますわ!」
「簡単に落とされるわけ無いだロー」
「はっはっは。2人ともやる気は十分だな。ようし、行ってこい。」
「ペリーヌ・クロステルマン、出ます。」
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン、飛ぶゾ。」
少佐の声を背に滑走路に滑り出すペリーヌさん。続いてエイラ。
真っ青な空に白い軌跡を描いて2人は空の人となった。
「いいですこと!? 高度2000ですれ違ってから始めますわ!! ……って、何処に行ってますの!?」
「ひゃっほー!! すっげぇ。コレ、スッゲェ。上昇力も旋回力も段違いダ! ははっ、太陽がこんなにチカイ!!」
エイラは、離陸直後からまっすぐに太陽を目指し、ぐんぐんと高度を上げて、豆粒よりも小さな姿になったところで、くるくると回転して嬉しそうに声を上げる。
「はっはっは。メルスは優秀な機体だからな。舵に癖があるから気を付けろよ。」
「ははっ、どうって事無いッテ。 イーヤッホゥ!!!」
今度は高度を生かして急降下。小刻みに角度を変え、稲妻のような軌跡を描きながら海面に近づく。
海面に近づいたところで機首を上げ、水面を蹴り上げるように反転、十分に速度の乗った突っ込みにより生じた揚力とメルスの上昇力により、鮮やかなVの字が描かれる。
「うわー、エイラさん、楽しそうですねー」
「なんか、私たちも飛びたくなってきますね。」
「ほぅ。わずか10歳でメルスであれだけ操れるとはな。 うーむ、スオムスで一体どんな訓練を……。」
エイラの声は弾んでいた。空を飛ぶのが楽しい、と全身で表している。空に上がれば良かった、そうすれば、今頃サーニャはエイラの隣に居て、一緒にはしゃぐことが出来たのに。
空中のペリーヌさんを羨ましく思いながら、空を見上げる。
「いつまで、遊んでいますの!? 始めますわよ!!」
「モー、堅いゾ。つんつんメガネ。 せっかくの空なんだから、もうちょっと楽しくしろよナー」
「私たちは、戦争していますのよ!? 楽しくしてどうするんですか!!」
「アー、ハイハイ。始めるカー」
「なんですの!? そのやる気のない返事は!!? 即座に落としてさしあげますわ!!」
高度を取り直したエイラがペリーヌさんの元に向かい、速度を上げる。同じように速度を上げ、今、すれ違う。
空戦が開始された。
「リーネちゃん、リーネちゃん。どっちが勝つと思う?」
「うーん、エイラさんってまだ訓練生なんですよね。 そうでしたら、ペリーヌさんの勝ちだと思います。」
「え、でもエイラさん、凄いよ。さっきだって、上手に急降下してたよ?」
「うん。でも、ペリーヌさんって、凄く近接戦が得意なの。私なんか、避けたと思った瞬間にいつも回り込まれて落とされちゃうんです」
「へー。あっ、見てみて。 あれ。」
すれ違った2機は即座に機首を上げ高度を取る。先行したのはエイラだ。
機体性能で見たときMF109GとVG.39では傑作機と呼ばれるMF109Gに軍配が上がる。
ペリーヌが諦めて水平飛行に戻した瞬間を見計らい、急降下攻撃を開始するエイラ。
急降下の軌跡から逃れるように進路を取ったペリーヌを追うように上手に舵を取り、迫るエイラ。
そこで、ペリーヌがくるりと体を反転させた。流れるような仕草でペイント銃を構え、気負うそぶりも見せずに1掃射。
「甘すぎますわ。」
狙い違わず急降下するエイラの目の前に射線が描かれる。慌てて、機首を下に向け射線をかいくぐる。
その結果、ペリーヌに攻撃できぬまま通り過ぎることとなり、尚かつ、高度と後ろを取られることとなる。
ペリーヌの猛攻が始まった。
ペリーヌは即座に背面飛行から下方向への宙返り、俗に言うスプリットSをかまし、エイラに接近。1掃射。
横滑りで何とかかわすエイラを牽制射撃で更に下に追いやり、下方ですれ違ったところで再びスプリットSをしかける。
下に下に追いやられるエイラとは対照的に、S字を描くような軌跡を描きながら迫るペリーヌ。
完璧な背後への急降下攻撃となった。機体の差がいくらあろうが、高度はそのまま速度に換算され、みるみるうちにエイラが大きくなる。
ぴたりとエイラの後ろに貼り付いたペリーヌはゆっくりとペイント銃を構え、先ほどまでの威嚇射撃ではない本物の狙撃を加える。
が、それを予期していたかのように、すっと横滑りでかわされた。
「……予知能力。 ずるいですわね。 ……ならば、避けられない攻撃というものを見せてあげますわ!」
背後を取られた場合、速度を落とし相手に追い抜きをさせるのが一般的だが、エイラは旋回体勢に入った。
確かに射撃可能範囲から離脱されたが、後ろを取られていることには変わりない。
その小生意気な態度に鉄槌を下すべく、瞬く間にエイラに接近、横合いから、進行方向を遮る形で射線を生成。
完璧なタイミング。しかし、これもかわされた。
急降下で逃れたエイラを同じく急降下で追う。
エイラが機首を上げる瞬間、すなわち失速するタイミングを捕らえ、掃射。
「な・なんなんですの!!?」
これもかわされた。ペリーヌがねらった瞬間、微妙に高度を下げて機速を取り、絶妙のタイミングの横滑りでかわされた。
いいだろう、回避機動が得意なのはとうの昔に知っている。だが、戦闘機動で勝てると思ってもらっては困る。
弾を使いすぎた。後1、2掃射くらいしか出来ないが、それで十分だ。ぎりぎりまで接近し、被撃墜1を刻んでやるとしよう。
「うわっー。私、あれでやられたのに。」
「エイラさん、あれで良く墜ちませんね。」
最初の猛攻で危ういどころではなく、落とされかけていたエイラだったが、いつの間にか降着状態に陥っていた。
随所でペリーヌがエイラに接近しようとするのだが、有る程度の距離までがどうしても詰められない。
ループ、バレルロールによるフェイントからのロール、スプリットS、どんな機動を使って追いつめても、
一定距離(おそらくエイラがかわせる距離)になるまでにするりと逃げられてしまう。
「はっはっは。何故、ここまでエイラがかわせているか分かるか? 宮藤、リーネ?」
「え? えっと、エイラさんが未来予知できるから?」
「まぁ、それもあるかも知れんが、違う」
「えっと、MF109Gの性能がVG.39よりも良いからじゃないでしょうか?」
「機体の差は確かにある、だがそれだけでは不正解だ」
「……機速と高度を高く維持し続けているから。」
「正解だ。サーニャ。 いいか、宮藤、リーネ。機速と高度の維持は空戦の基本だ。降下すれば速度が得られる。失速すれば落とされる。
高速状態で有ればあるほど、弾は当たりにくいし、背後を取られにくい。
簡単な理屈だが、頭では分かっていてもなかなか実現できるものではない。 特に宮藤。狙われたからといってすぐに急降下で逃げる癖は直せ。」
「す、すみません。」
しかし、逃げているだけでは勝てない。エイラはどうするつもりなのだろうか?
ペリーヌはいらついていた。
明らかに空中機動では自分の方が上である。
しかし、追いつけない。
しかも、最初の時以来、急降下での回避を行っていない。
すなわち、余裕で逃げられていると言うことだ。
これまで一度もエイラに後ろを取られてはいない。当たり前だ。ペリーヌが戦闘の主導権を握っているのだから。
にもかかわらず、追いつけない。機体の差をはっきりと感じていた。
同じ旋回を行った場合、明らかにエイラの方が抜け出す速度が速い。
しかし、これ以上、時間をかけるわけにはいかなかった。ガリアのトップエースが訓練生ごときに手こずるなどあってはならない。
エイラの隙は、もう見付けてある。フェンシングと狙撃で鍛え上げたペリーヌの目は、エイラが旋回に入る際の予備動作をはっきりと捕らえていた。
まだ、MF109Gの操作になれていないからだろうが、それでは、どちらに曲がるか教えているようなものだ。
残り2掃射。完璧に追いつめるための威嚇射撃を入れるなら1掃射。
ペリーヌは勝負を仕掛けた。
一気に距離を詰め、旋回体勢に入ろうとしたエイラの前を完全に予測し、威嚇射撃。
慌てて、急降下によって逃れるエイラ。
(……かかった。)
同じように急降下で追うペリーヌ。先ほど、エイラが使ったフェイントはもう通用しない。
今度は、ぎりぎりまで追いつめてから打ち落とす。
機首を上げれば失速する。降下している以上、どこかで絶対に機首を上げなければ海に激突する。
いくら失速するとはいえ、急降下中の不規則機動のなかでの狙撃は難しいが、ペリーヌには確実に当てる自信があった。
(……さぁ、チェックメイトですわ!)
海面がぐんぐんと迫る。
急降下によって発生する揚力がGを生み、体を押しつぶす。
エイラはまだ降下している。
海面ぎりぎりでのV字ターンでかわすつもりだろうが、甘い。
と、エイラがくるりと体を反転させた。
(……急降下中に反転ですって!?)
エイラはそのまま、ペイント銃を構えもせずに連射。
ペリーヌの目の前にペイント弾が広がる。狙いが適当なので当たりはしない。
だが、このまま突っ込んでいけばいずれ当たる。
「……くっ。」
機首を無理矢理上げ、離脱を試みる。
タタタッ。ペイント弾が進行方向に広がり、ペリーヌに無理な機動を要求する。
その結果、がくん、と。大きく失速することとなった。
生じていた揚力により、体が持ち上がり体勢が崩れる。
敵だけは見失わないようにとエイラを睨むと、同じように失速し、浮き上がってくる。
当たり前だ。あんな無茶な機動で失速しないわけがない。
この速度ならエイラは避けられない。ペイント銃で狙おうとする。
が、エイラの浮き上がってくる機動はペリーヌに対して真横だった。
横方向では狙えない。いくら魔法によって腕力を強化されているとはいえ、片手で銃撃の反動を押さえることなど出来ないからだ。
そんな化け物じみたことができるのは、腕力強化の固有魔法を持ったバルクホルン大尉だけだ。
するするとエイラは上に浮き上がってきてペリーヌの横から後ろへと流れていく。
ぞくり、と。肌が総毛立つ。このままでは後ろを取られる。失速下のこの状況ではろくな機動が行えない。
しかも低空。急降下により逃げることもかなわない。
慌てて、高度を上げようとする。……が、失速下での高度を取ろうとする行為はそのまま失速へとつながる。
特に逆Gがかかったこの状況ではエンジンが咳き込み、失速することは目に見えている。
そう、通常の戦闘機ならそうだ。しかし、MF109Gは違う。
『燃料直接噴射式ポンプ』
エンジンに直接、燃料をたたき込むことにより、どんな状況下でもエンジンパワーを引き出せるまさに魔法じみた機構。
カースランドの技術力の結晶とも言えるこの機構により、失速下でも柔軟な操作を可能としていた。
(……なんてこと。)
感心していた。そう、ペリーヌはここにきて、この小生意気なスオムスのガキんちょを見直していた。
確かに、機体の能力差によって勝敗が決しようしている。
だが、この状況下に持っていったのはエイラだ。
双方の機体の特性を理解し、一撃必殺の機会を待つ。
しかも、常に後ろを取られ射撃の危険を察知しながら、だ。
エース。まさに、その言葉がふさわしい。
やけに晴れ晴れとした気分で自分に勝ったエイラの顔を見やる。
真剣な顔だ。額に汗の球を大量に浮かべながら、じっと歯を食いしばり真っ直ぐに前を見るまなざし。
と、エイラがペリーヌの視線に気付く。
勝者に対する祝福として、そっとペリーヌは微笑んだ。それに対して、エイラはにまーっ、とした悪い笑みを浮かべた。
ぷち。
「トネール!!!!」
前言撤回。この性悪キツネのことをちょっとでも認めるなどありえない。
**************
つんつんメガネは、とんでもない技量の持ち主だった。
信じられないような角度からの急降下、行く手を遮るかのようなショートカット、目もくらむような宙返り。
どれも、今のちっちゃいエイラには真似できない機動ばかりだ。
スオムスの貧乏空軍では、ストライカーは貴重だ。
そのため、新兵はまず落とされないことを学ぶため、複数の教官から避け続けるだけの訓練をやらされる。
通常は3人。エイラは未来予知があるからといった理不尽な理由で5人。
その時よりもきつい。
連続した編隊飛行による切れ目のない攻撃も辛いが、一瞬の隙をついて襲いかかるペリーヌの攻撃も予測しにくい分、きつかった。
だが、これで終わる。
メルスの事は随分前から知っていた。極寒の地のため整備性の良い機体こそが求められるスオムスに置いてさえ、採用が決定されたメルス。
まさしくエースが乗るための機体だ。いつか乗る日が来る時のために、その特性はずっと前から、この目で確かめている。
射線に入ったペリーヌがこちらを振向き、笑った。
どうやら、敗北を認めたようだ。
にまーっ、と笑ってペイント銃を構え……ようとして、脳裏に使い魔からの未来予知が一瞬のうちに閃く。
「トネール!!!!」
閃光が弾けた。
白昼の空においてさえ、圧倒的な輝きを示し、全ての敵を焼き付くさんと広がる。
稲妻の速さとは、光の速さ。標的は視認することも叶わずただ討ち滅ぼされるのみ。
生み出された雷はペリーヌを中心に広がり、黄金の蛇としてエイラに迫り、そして、内に秘めた破壊力をそのまま解放した。
『ばちぃ!』
雷独特の甲高いような音を立てて弾けるペイント銃。エイラが放り投げたものだ。
そのまま、ペイント銃は何度か空中をはねて、海へと落下していった。
シールドを解除したエイラが感心したように言う。
「……スゲーナ。かみなりメガネ」
「だれが、かみなりメガネですか!!?」
『ペリーヌ!!!!』
とんでもない大声がインカムから流れた。
「は、はい」
『すぐに帰投しろ。 自分が何をしたか、分かっているのか!!』
**************
滑走路には少佐の怒声を聞きつけた隊の面々も集まっていた。
「ペリーヌ・クロステルマン中尉。お前は何をした。」
「……トネールを使いました。」
「味方に、攻撃魔法を使うなどと一体何を考えている!!」
ペリーヌさんは、あこがれの少佐の凄い剣幕にすでに泣きそうになっている。
サーニャの隣にたたずむエイラも決まり悪そうに頬をかいている。
「まぁ、落ち着きなさい、美緒。ペリーヌさんも手加減して魔法を使ったのでしょうし」
「手加減できなかったらどうなっていた! もし、エイラでなかったら? 仲間を殺していたのかも知れないんだぞ!!」
ミーナ中佐のフォローにも、凄い剣幕でかみつく坂本少佐。
ますます縮こまって、消えて無くなりたくなりそうな雰囲気を出すペリーヌさん。
「……エイラ?」
横にいたはずのエイラがいつの間にか居なくなっていた。
どこに行ったのかと辺りを見回すとハンガーから、てててて、と駆けてくるエイラ。その手にはペイント銃。
嫌な予感を感じたサーニャが声をかける前に、すちゃっ、と銃を構え、掃射。
タタタタッ、と。軽快な音を立てて、ペイント弾は発射され、ペリーヌさんは真っ赤に染め上げられた。
「ニヒヒッ。これで、私の勝ちだナ」
にまっと笑って、誇らしげに笑うエイラ。
「エイラ!!!! お前も何をしているかっ!!」
「イヤ、ホラ。さっき決着付かなかったジャン。気持ち悪くってサー」
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン!! そこに直れ!!!」
「ヤダ」
「この、待て、待たんか。この、ええい、正国の錆にしてくれるわ!!」
少佐の腕を器用にかわし、ちょこまかと逃げ回るエイラに業を煮やし、腰の刀を抜き払い、追いかけ回す少佐。
「にゃははは。」
「このええい、おとなしく切られんか!!」
「ちょっと、美緒。落ち着きなさい。部下を切ってどうするのよ。」
「ええい。離せ。ミーナ。あのバカたれの根性を据えなおしてくれる!」
「いいから、落ち着きなさい。美緒。」
ミーナ中佐達に取り押さえられ、じたばたと暴れる少佐。
エイラはといえば、何処吹く風といった感じでべーっ、と舌を出している。
「……エイラ。」
びくん、と。エイラの体が硬直した。ぎぎぎ、と擬音が付きそうな仕草でサーニャの方を振り返る。
「……謝って。」
「ゴ、ゴメンナサイ。」
ぎこちなくペリーヌさんと少佐に謝るエイラ。
「ほら、美緒。エイラも一応謝っていることだし、あなたも頭を冷やしなさい。」
「……ああ、すまない。頭に血が上りすぎてしまった。」
「では、処分を言い渡します。クロステルマン中尉。ユーティライネン少尉。あなた達に第3倉庫の整理を命じます。」
「はい。」
「エー、私もカヨー」
「当たり前だ。それとも上官侮辱罪でしょっぴかれたいか?」
「ウゲー、分かったヨー」
「全く。なんて奴だ。……おい、ミーナ。何を笑っている。不謹慎だぞ。」
「ごめんなさい。仕方のない子だな、って思って」
「全くだ」
(……そう言う意味ではないのだけれど、ね。)
**************
「その、悪かったわ。」
「ンー?」
「トネールで打ったこと」
「アア。だよナー。もうちょっとで私の勝ち決定だったのに、あんな裏技で避けてナー」
「んなっ! 貴方の方こそ、未来予知でかわしまくっていたじゃないの!」
「ンー、知らないナー」
「嘘おっしゃい!! 普通、あんな風に背面の急降下攻撃をかわせるわけないじゃないの!!」
「ま、貸し1ダナ」
「……うぐっ」
言葉に詰まるペリーヌ。空戦でのやりとりなど、貸しには思えないが、確かに貸しはある。
滑走路でのやりとりは、言葉にも態度にもまるで出さないが助け船を出してくれた、ということくらいペリーヌにも分かっていた。
「な、何をさせるというんですの?」
「それがサー、サーニャ、怒ってるみたいなんだヨー。もー、ペリーヌのせいだゾー」
「それ、わたくしには関係ないと思うのですけれど。」
「細かい奴ダナー、いいから手伝えヨー」
「まぁ、構いませんわ。というか、今、ペリーヌってちゃんと名前、呼びました?」
「ン? 呼んだ呼んだ。ちゃんと呼んだゾ。つんつんメガネ。」
「……はぁ。なんでもありませんわ。もぅ。」
準備を整えたエイラは、サーニャの部屋の前に向かう前に自分の部屋に戻ってきた。
「おかえり。エイラ。」
「うわ、ごめん。間違えた!!」
間違えて、サーニャの部屋に入ってしまったようだ。
慌てて扉を閉める。
落ち着いて部屋の番号を確認する。
(……あれ? ここ、私の部屋。)
「エイラ? どうしたの?」
かちゃっと、ドアが開いてサーニャが出てくる。
「う、うん。え? いや、ナンデもないヨ?」
怒っているはずのサーニャは、不思議そうな顔で首をかしげている。
「ほら。入ろ。」
疑問符をたくさん浮かべたエイラは、促されるままベッドの上にうつり、今朝と同じように後ろから抱きしめられてしまった。
しかも、何故かしきりに頭を撫でてくる。
「な、何で撫でるんだヨー」
「……エイラが良い子だから。」
「そんなこと無いっテ」
「本当?」
「本当」
「じゃあ、今日、ペリーヌさんをペイント弾で打ったのは?」
「あれは、ぺり・・つんつんメガネが卑怯にも負けを認めようとしないから、懲らしめたやったんだゾ!」
「うそつき☆」
楽しそうなサーニャの声と共に強く抱きしめられる。嬉しいけど、今は恥ずかしくて仕方がない。
「う、嘘なんかじゃないッテ。ホントニ私は……」
「あのままじゃ、ペリーヌさんが可愛そうだから、助けてあげたんでしょ」
「違ウッテ! 別にあんなメガネ、どうだっていいんだゾ。私は。」
「うん。分かってる。エイラは優しいものね。」
「……分かって無いじゃないカー」
弱ったような口調で誤魔化してみたものの、エイラは顔がにやけてくるのを押さえるのに必死だった。
別に褒めて欲しくてやったわけではないし、自分が嫌だったから勝手にやっただけの事だ。
それでも誰かに褒めてもらえるのは、とりわけ、サーニャが褒めてくれるのは嬉しかった。
顔の火照りが収まる頃になって、エイラはようやく、有ることを思い出した。
「あ、サーニャ。 窓の外見テ」
「外?」
カーテンを開けた先にはきらきらと光を受けて反射するいくつもの欠片。
「雪?」
雪ではない。この季節に雪は降らない。それに時折、上の方から光が発生して、ぱちぱちと光の欠片が反射する。
「へっへっへ。ダイアモンドダスト。」
「氷? ……綺麗。」
細かく細かく砕かれた氷の欠片が次々と上方から放たれる光に従って、弾けて瞬く。
幻想的な景色に見とれながら、サーニャは尋ねる。
「これ、私に?」
「……うん。その、サーニャ、怒ってたみたいだったかラ」
「怒ってなんか無いのに。 ……あ、でもちょっと怒ってるかな。」
「うぇ。やっぱり? ごめんナ、サーニャ。」
「エイラ。 ペリーヌさんとばっかり遊んでた。エイラ……ずるい」
「え。」
「エイラは私の恋人なんだから、ちゃんと私を見て」
ね?、と言った風に顔をのぞき込んでくるサーニャ。
「う、ウン。」
どうにか、返事を返すものの胸の鼓動が速くて速くて仕方がない。
こんな風に抱きしめられていたら、サーニャに自分の鼓動が伝わってしまう。
サーニャは優しげな顔で私を見ている。背景には季節はずれのダイヤモンドダスト。
知らず知らずのうちに言葉が出ていた。
「ねぇ。サーニャ。」
「なぁに?」
「15歳の私って、格好良かった?」
「うん、とっても、格好良かった」
「優しかった?」
「うん、すごく優しかった。」
「……そっか。」
「うん。エイラは、いつだって私のヒーローだったんだよ」
サーニャの声は、本当にエイラの事が好きなんだって事が伝わってくる。
でも、それは、私じゃなくて。
「サーニャ。……私も、サーニャのこと、好きになってもイイ?」
「……エイラ。 私のこと好きじゃなかったの?」
「そうじゃくて、今の私じゃダメかな? そりゃ15歳の私には勝てないかも知れないケド……」
「デモ!! 幸せにするヨ!! 絶対、絶対絶対、サーニャのこと幸せにするから!」
「だから、……その、す、好きになってもいいでスカ?」
「……エイラ。」
サーニャは答えない。しかし、エイラにとっては初めての告白だ。しかも、かなわない相手がいると知っていながらの。
時間が経つにつれ、どんどん恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。
「じゃあ、キスして。」
「へ?」
「エイラが私のこと、好きになってくれた記念に。」
「わ、分かっタ」
今日一日、隙あらばキスしてきたのだ。それくらい訳無いと思って顔を近づける。
突然だが、エイラの能力は未来予知だ。
未来予知とは、今から起こるもっとも可能性の高い現象を事前に知ることが出来るということだ。
しかも、集中力が高ければ高いほど、その精度は上がり、実感を伴って未来を知ることになる。
すなわち、エイラの頭の中でキスの感触が無限にリピートされ、しかも近づけば近づくほど、それは強くなっていった。
(……は、恥ずかしい)
「……エイラ。早く。」
「わ、ワカッタ」
脳裏に蘇るキスの感覚から必死に頭を振り払い、そっとサーニャにキスをする。
「……ほっぺ?」
「う、うん。」
「……こっちがいい。」
「エエ!!?」
やっとの思いでキスをしたのに、サーニャときたら、物欲しそうにじーっと私の唇を見つめる。
む、無理だ。ほっぺだけであんなに恥ずかしいのに、唇なんて、とても………。
「おっきいエイラはしてくれたのに……」 ※してません。
「わ、ワカッタ。スル!」
未来の自分に負けるわけにはいかない。今、サーニャは私のなのだ。サーニャのことで誰にも負ける訳にはいかなかった。
とはいえ、目を閉じたサーニャの顔はすごく綺麗で、さっきのキスのせいか、心なしか顔が紅潮しているし、
こんなに近いとサーニャの胸が私に当たってて、胸のどきどきが間違いなくサーニャに伝わっていて、とても恥ずかしい。
サーニャの肩を抱きしめて、首を曲げる。
指で触ったときの唇のぷにっとした触感を思い出した。脳裏で繰り広げられていたキスの未来予知に触感が付いてしまい、いっそう、エイラの頭の中を沸騰させる。
髪の毛が鼻をくすぐり、シャンプーの甘い香りと一緒にサーニャの匂いが伝わって来ては、体を硬直させる。
そんなことを数cm単位でしながら、徐々にキスをしようとしているものだから、すっかりサーニャの方にも緊張が伝染してしまい、
2人ともがちがちになりながら、ようやく触れるだけのキスを交わした。
「こ、コレデドウだ? サーニャ」
近づくときとは、反対に凄い勢いで離れたエイラが尋ねる。
サーニャは、指で唇、自分が今し方、唇で触った部分をなぞっている。
「……すごくドキドキした。……もっと。」
「エエ!!!?」
「ダメ?」
「は、恥ずかしいよ。サーニャ。」
「……エイラが欲しいの。」
「さ・サーニャ……」
エイラが目を覚ましたときには、元の大きさに戻っていた。
が、ちっちゃくなっていたときの記憶はそのままだ。
だから、昨夜、サーニャに請われるまま、数え切れなくなるくらいキスをすることになったことも覚えているし、
昨日、みんなの目の前でキスしてしまったこととか、サーニャに恥じらいもなく甘えてしまったこともみんな覚えていた。
「うう。サーニャ。」
うらめしそうにサーニャをみやるが、サーニャは幸せそうに眠ったまま。
何しろ小さい自分は告白までしているのに私と来たら、まだ、思いの丈をサーニャに伝えていない。
一体、どうやって伝えようかと、煩悶としながらエイラはサーニャが起きるまでを過ごすと事となった。
Fin