無題
「私、戻るわね」
「ああ。具合は大丈夫か?」
「平気よ、ありがとう。おやすみなさい」
私は暗く静かな廊下へと出た。
トゥルーデには迷惑をかけてしまったわ…まぁ、私も少しだけ楽しんでいたけれど。
まだちょっと頭がぼーっとする。もう寝てしまおう。
「ミーナ」
自分の部屋の前まで来たら、突然名前を呼ばれた。
その声、暗い廊下でもわかる白い軍服。
「美緒…」
「部屋にいると思ったらいなかったのでな。どこに行ってたんだ?」
「…ちょっとトゥルーデのところにね」
どうしよう。一番会いたかった人の筈なのに顔が合わせられない。
さっきトゥルーデに弱音を吐いてしまったせいもあるかしら。
「入っても良いか?」
「…ええ、どうぞ」
私はドアを開けて美緒を部屋に入れた。
「飲んでたのか?……って、また凄い量だな」
立ち込めたアルコールの匂いに、美緒は少し眉を上げた。テーブルには何本も空き瓶が転がっているし、驚くのも無理はないかもしれない。
「お前がこんなに飲むなんて、何かあったのか?」
「少し疲れてて。一つ仕事が片付いたから」
私は軍服を脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。
駄目だわ、今は美緒とまともに話が出来そうにない。
これで帰ってくれるかと思っていたら、背後で衣擦れの音がした。
続いてベッドが軋み、両肩の横に手が付かれる。
「美緒…?」
体を上へ向けると、軍服を脱いだ美緒が私に覆い被さっていた。
「妬いたのか?」
「!」
黒く澄んだ左の瞳がいきなり核心をつく。
「さっき、私と宮藤のところに来ただろう。何も言わずに帰ってしまったから、もしかしてと思ってな」
何よ、わかってるんじゃない。
私の沈黙を肯定と取ったらしい美緒は、少し悪戯っぽく笑った。
「意外とヤキモチ妬きだな、中佐殿」
「誰かさんの口説き癖のせいです、坂本少佐」
「なんだ、その口説き癖というのは」
美緒はきょとんとする。自覚がない所がまた厄介だ。
「もう…いいわ。いいから、今夜はここにいて」
「元よりそのつもりだ」
腕を伸ばして首に回すと、美緒も合わせて体を低くした。
そして、ゆっくりと唇を重ねる。
「ん…まだ酒の味がするな」
「ちょっと飲み過ぎたわ」
「そうか、では私もミーナに酔わせてもらうとしよう」
「…!だから、そういう台詞が…んんっ…」
言葉を遮るように少し強引に口付けられる。
「ん、ちゅ…ふ、ぁ…」
本当に味わうかのように口内を舌が掻き回す。
酔っているせいもあるのか、すぐに頭がぼうっとし始めた。
「色っぽいぞ、ミーナ」
キスの合間に囁かれて、胸の奥がぎゅっとした。
本当に口が巧いんだから。こっちはその度にドキドキさせられているというのに。
「ふぅっ…美緒…」
小さく呼ぶと、意思を汲んでくれたのか美緒が顔を離した。
そして、今正に大きく鼓動を打っている胸に触れた。
「…っ…」
「ん…随分熱いな」
「…あなたのせい、よ…」
そう言うと、それは悪かったと笑いながら美緒の手に力が入った。
片手でぐいぐいと揉みながら、空いた手でシャツを脱がしていく。
「いつ見ても、ミーナの体は綺麗だな」
ズボンだけになった私をまじまじと見て、美緒はそんな事を呟いた。
「もう、バカ…」
「ん、お気に召さなかったか?」
「まさか。あなたに“綺麗だ”なんて言われて、落ちない女なんていないわ」
さっき、トゥルーデにもらしくない自分を見せてしまった。なら今夜は、らしくないままでいよう。
「だから…私以外の人に言っちゃ嫌よ。綺麗だなんて。私だけに、言って。美緒…」
駄々をこねる子供のように、ぎゅっと抱きついた。
「ミーナ…」
美緒は少し驚いたようだったけど、すぐに抱き締め返してくれた。
「今夜のミーナは一段と可愛いな。こんなに甘えてくれるなんて初めてじゃないか」
「…そういう日もあるの」
「はっはっは、可愛い奴め」
そのまま抱き起こされ、美緒の膝の上に馬乗りになる形になった。
より近くなった端正な顔が、私に微笑む。
「お前にしか言わないさ。ミーナ、…綺麗だ」
「…!」
顔が赤くなったのが自分でもわかる。
その殺し文句に陶酔していると、急に美緒の手が私の下腹部に伸びた。
「きゃっ、み、美緒…」
「あんな可愛い事を言ったお前が悪い」
「やんっ…あっ…あぁ…」
ズボンの中に侵入した美緒の手が、ぐちぐちといやらしい音を立てる。その度、そこから甘い快楽が背筋をかけのぼっていった。
「いい声だ…さすがミーナだな」
美緒はそう言いながら、ゆっくりと眼帯を外した。
紫に輝く魔眼が、私をじっと見つめる。
「や、だめ、美緒…」
「嘘はいけないな」
楽しげに目を細める美緒。
次の瞬間、私の中の指がくいっと曲げられた。
「ぁんっ!や、そこはだめっ…!」
「ふむ、ここか」
「や、ああぁっ、みおッ…!」
美緒の魔眼はさすがだ。私の弱い箇所を的確に探し当てて、刺激してくる。
…こんな事に魔法を使ってもいいのかしら、と思う事はあるけれど。
「み、おっ…はぁっ、ふあぁんっ…」
「気持ちいいか?ミーナ」
こくこくと頷くしかできない。それでも美緒は満足そうに、更に指の動きを激しくしてきた。
「やあぁん!だめ、もぅ…ぁ、みお…」
「いいぞ、ミーナ…」
「はぁっ、ああぁん…!」
目の前で星が弾け、全身の力が抜けた。
くたりと美緒の体に凭れ、息を整える。
「ふふ、久しぶりだからか。早かったな」
「はぁ、はぁ…もう…美緒が、激しくするから…」
「だから言っただろう。ミーナが可愛いのが悪い」
…もう。またそうやって、巧い事言うんだから。
「じゃあ、もっと」
「いいのか、酔っているのに眠らなくて」
「誰かさんのせいで眠るどころじゃないの」
「はは、仕方ないな。朝まで可愛がってやろう」
佐官らしくない会話を交わし、私達はまたベッドへ沈んだ。
「大好きよ、美緒」
「私もだ。愛してる、ミーナ」
あなたにそう言われたら、誰だって夢中になる。
そんなあなたを、私は一人占め。
浮気したら許さないわよ、美緒。