ウィッチーズの分裂
「このナチ野郎がっ」
何気なく吐いたシャーリーの一言が切っ掛けだった。
司令室の空気が張り詰め──やがて、何かが音を立てて弾けた。
それは目には見えないもの、彼女たちウィッチーズがこれまで築き上げてきた友情と信頼が崩れ落ちる音であった。
禁じられた言葉を吐いたシャーリーも罵られたトゥルーデも、双方が真っ青になり体を小刻みに震わせている。
空戦中の諍いからバルクホルンと口論になったシャーリーは、激昂の余りに禁じられた言葉を吐いてしまったのだった。
帝政カールスラントを標榜しているものの、同国はナチスと呼ばれる政党に牛耳られた侵略国家である。
ナチスはアーリア人種の優秀さを強調し、人種、社会、文化的清浄を求めて社会のすべての面の政治的支配を行っている。
それは自由、平等をモットーとする欧州やリベリオンにとって相容れない主張であった。
日頃の鬱憤がつい口から出てしまったシャーリーだったが、今は素直に謝れる気がしなかった。
また、謝ったくらいでは決して許してもらえないことくらいは充分承知していた。
「何よ、本当のことじゃない。こいつらのせいで、何人の罪もないユダヤ人が虐殺されたっていうの」
シャーリーのトゥルーデを睨む目に憎しみが籠もる。
一方のシャーリーの目にも怒りの炎が青白く渦巻いていた。
「やっぱりか……お前らが我々をそう言う目で見ていたことくらい、とっくに気づいていたさ」
だからこそ、肩身の狭い思いをしながらも仲間の理解を得ようと頑張ってきたのだ。
その結果が300に達しようかという彼女やエーリカのスコアではなかったか。
隊長たるミーナがブリタニア空軍から冷遇されている理由も、おそらく根源を同じにするものなのであろう。
「もうウンザリだ。とにかくこれ以上お前ら独裁主義者共とは一緒に戦うことはできない」
シャーリーは吐き捨てるように言うとミーナを睨み付けた。
ミーナは取り返しの付かない事態になったことを把握し、一言も発せないでいる。
掛け替えのないものが壊れ去ろうとしているのに何もできない。
自分の無力さを感じ、ミーナの目にうっすらと涙が滲んできた。
「やめろ、シャーリー。隊長に向かって、その目は何だ」
たまらず坂本美緒が怒鳴ったが、シャーリーは意に介さない。
「ふん、同じ侵略国家だけあって仲の良いことだな。ところで、なんの権限があって私に命令してるのだ」
美緒が指揮権を持っているのは戦闘時における現場の行動に限られている。
たかが3流国家のモンキーウィッチが何を言っているのかと、シャーリーは鼻で笑った。
「よく言うよ。自分たちだってネイティブアメリカンを虐殺したくせに」
エーリカの反撃がシャーリーの胸を抉る。
リベリオンの黒歴史とも言うべきタブーを突かれ、今度はシャーリーの顔が強張った。
それを見たエーリカは満足したように冷笑する。
世界の警察を気取るリベリオンを、エーリカは大嫌いだったのだ。
「ともかくみんな落ち着いて。バルクホルン、イェーガーの両大尉には謹慎を命じます。しばらく頭を冷やしなさい」
ミーナは震える声で命じたが、シャーリーはケッとせせら笑う。
「謹慎は解いて貰わなくて結構だよ。もうお前らとはこれっきりだ」
この日、栄光の501統合戦闘航空団は解散となり、ウィッチーズは二つに分裂した。