ペロペロしますの


「ペリーヌさん、一日遅れだけどお誕生日おめでとう」
 とみんなを代表してミーナが言うと、主役のペリーヌは16本のろうそくを吹き消した。
 まわりからはおめでとうの声とともに、ぱちぱちと拍手がおこる。
「みなさん…………一日遅れだけど、ありがとう」
 部屋に電気がつくと、ペリーヌは珍しく素直な感謝の気持ちを言った。
 こういう場面にあまり慣れていないのか、目頭をうるうるさせている。
「もしかして忘れられてるんじゃないかと心配で……」
 そして、ぽつりつぶやく。
「そ、そんなわけないよ。ねぇ、リーネちゃん?」
「う、うん。そんなわけないよね」
 顔を見合わせる芳佳とリーネ。その顔に、だらり、と脂汗がつたう。
「でも、それじゃあどうして一日遅れなのかしら?」
 ペリーヌはきょとんと不思議がる。
「そ、それは……えっと、その、いろいろと準備に手間取ったからで……」
 芳佳はしどろもどろになって説明した。
 ちなみにまわりの飾りつけは、8日前、エイラの誕生日会に使ったものの再利用である。

「――とにかく、ケーキを食べましょう」

 芳佳の言葉をなかば遮るように、ミーナは言った。
「でも私、こういうの切るの苦手なのよね」
「あ、私やります。そういうの得意なんです」
 と芳佳が手をあげて言う。
「いえ、ここはわたくしが。宮藤さんには任せておけません」
 するとペリーヌもぴしっと手をあげる。
 はいはいはいはい!
 口にこそしないが、手はそう言っている。まるで授業参観の日の子供のようなしぐさだ。
「そう? 誕生日の次の日なのに悪いわね。じゃあお願いできるかしら」
 しばしミーナは熟考したのち、ペリーヌに任せることにした。
 そうしてペリーヌは包丁を受け取ると、ろうそくを抜いたケーキにそれをいれていった。
 たどたどしい手つきながらもなんとか、おおよそ11等分にケーキを切り分ける。
 そうして切られたケーキが皿にのせられ、それぞれの前に配られていく――のだが。

「宮藤さん、どうぞ」
 ペリーヌはケーキののった皿を、ややつっけんどんに芳佳に差し出す。
 受け取ろうと芳佳は手を伸ばすが、差し出されるそれに呼吸がうまく合わずに、
 逆にそれをはじくかっこうになってしまった。

「「あっ!!」」

 支点・力点・作用点。
 あろうことか皿から解き放たれたケーキは、しばし宙を浮遊する。
 あんぐり口を開ける芳佳とペリーヌ。
 そうして飛んでいったケーキは吸い込まれるように、その場所に落ち着いた。
 ――シャーリーの胸の谷間に。

「あー、別に気にしないで」
 服をべっとりケーキで汚しながらも、あっけらかんとそう言うシャーリー。
「そういうわけには! ここは私が――」
 と芳佳はシャーリーに駆けよろうとする。まさに迅速。
「ううん、あたしが!」
 が、そんな芳佳を押しのけ、先にシャーリーに抱きついたのはルッキーニであった。
 ルッキーニは首の動きだけで芳佳に告げた。
 うせろ。
 そのあまりの迫力に芳佳は気おされ、おずおずと元いた席に戻っていった。
 そうしてルッキーニはシャーリーの胸に口をやった。
 満足そうにケーキをほお張り、服についたクリームを舌全体で丹念になめとっていくルッキーニ。
 そのやりとりに場が一瞬静まり返る。
 が、それはのちにくる嵐の予兆だった。

「宮藤、ケーキなら私の分を――」
 とゲルトは芳佳の方にケーキを差しだそうとする。
 ――が、予期せぬ方向からすっと伸びたフォークが、それを持っていってしまう。
 ゲルトが首をひねると、そこにいたのはエーリカだった。
 エーリカはごっくんぺろりと、ケーキを一口で平らげた。
「なっ、なんてことするんだ、ハルトマン!」
「いらないのかと思って」
「わっ、私のケーキを……」
「じゃあ私のをあげる」
 とエーリカは立ち上がってゲルトへと皿を差しだした。
 ――が、あろうことか、ケーキをゲルトの股の間へと落っことしてしまった。
「なッ!」
「ごめん、トゥルーデ。今すぐふき取るから」
 エーリカはしゃがみこむと、ゲルトの膝をつかんで股をこじ開けた。
 そうしてあんな部分をズボンごしに、丁寧な唇と舌の動きで舐めとっていった。

「あらあら、バルクホルン。どうしたの」
 とミーナは一部始終を見ていながらも、わざとらしくも訊ねかけた。
 が、ゲルトは無言。声の一つも漏らさぬように、口をキッと固く結んでいる。
「ケーキがなくなってスネてるのね」
 ミーナはゲルトの隣までやってくると、ケーキの載ったフォークをゲルトの口元まで差しだした。
「……なんだ?」
「あーんして」
「な、なにを……」
「ほら、あーん」
 しぶしぶながら、ゲルトはあーんと口を大きく開く。
 その顔面に向かって、ミーナはパイ投げのごとく、ケーキののった皿を思いきりぶつけた。
 一面真っ白に変じるゲルトの顔。
「ミーナ! お前もかッ!」
「ごめんなさいね、トゥルーデ。うっかり手がすべって」
「そんなわけがあるかッ!」
「ごめんなさいって言ってるでしょう。ほら、今すぐふいてあげるから」
 そうしてミーナはゲルトに寄り添うように体をくっつけると、
 ほおやまぶたや鼻の頭のクリームを、まめまめしい舌の動きで舐めとっていった。
 もちろん最後は口のなかのクリームまでも。
 そうして現れたのは、真っ赤に変わったゲルトの顔。
(なめられてる……。私いま、完全になめられてる……)

 そのころ。
 エイラは横目でちらちらとサーニャを見ていた。
 ケーキを食べるどころか、まだフォークも手に取っていない。

 そのころ。
 リーネは憮然とした表情でケーキをほお張っている。
 なにやら怒っているようにも見えるが、その理由は定かではない。
 その隣には、すでに自分の席へと戻ってきている芳佳。
 彼女のその前には、なにもない。
 自分のものであったはずのケーキは、ルッキーニによってもうすっかりなめ尽くされてしまったあとだ。
(私のケーキ……おっぱい……ケーキ、おっぱい、おっぱい……)
 手持ちぶさたをまぎらわすように、呪詛のように何事かをつぶやく。
「どうかしたのか、宮藤」
 そんな芳佳をいぶかしんで、美緒は訊ねかけた。
「……ケーキが、ないんです」
「じゃあ私のを食べるか? 食べさしで悪いが」
 美緒はそう言うと、芳佳の前にフォークを添えてケーキを差しだした。
「いいんですかっ!?」
「ああ。私は甘いものはあまり好きではないし」
「ありがとうございます!」
 そうして芳佳はそれを受けとると、右から左に、リーネの胸へと向かって投げつけた。
「きゃっ!」
「ごめん、リーネちゃん! でも大丈夫。すぐふいてあげるから!」
 芳佳はリーネに向き合い、抱き合うと、れろれろとした舌の動きで、
 胸のところについたケーキの残骸を懸命に舐めとりだした。
 両手をしっかりとリーネの胸にそえて。
 すると今まで憮然としていたリーネの表情が、みるみる変じていく。
 まるで厚い雲のすき間から光が射しこみでもしたように。
 リーネは食べかけのケーキに手づかみで触れると、その手で芳佳の顔を撫でた。
「芳佳ちゃんごめんね。手が滑っちゃって」
 そうしてリーネは芳佳の口元についたクリームをぺろぺろと舐めはじめた。
 それは、とっても甘い味がした。

 ペリーヌはその一部始終を目撃し、あっけにとられていた。
 なんてことをするんだという目だ。
(まったく、なんてことを……ん?)
 ――と、あることに気がつく。
(いや、そんなことより……)
 ペリーヌは美緒の前にケーキを差しだした。
「さっ、坂本少佐っ! わたくしのケーキでよろしければ……幸い、まだ手はつけておりませぬゆえ」
「だがペリーヌ、今日はお前の誕生日の次の日だろう?」
「いえそんな! めっそうもない。それは坂本少佐が召し上がってください」
「そうか? じゃあいただくとしよう」
 恐縮そうに断るペリーヌにそれだけ言うと、美緒はさっさとケーキを食べ始めた。
 ペリーヌはじっと座ってそれを見ていた。

 そのころ。
 已然としてエイラは横目でちらちらとサーニャを見ていた。
(ヨ、ヨシ……!)
 エイラは視線をしっかりとサーニャにすえ置くと、 意を決したようにフォーク――ではなく、ケーキののった皿へと右手を伸ばした。
 すると――ぐにゃ、というやわらかな感触。
「ナッ!?」
 あわてて手元を確認すると、エイラのその指先はケーキのなかにすっぽりと埋まっていた。
「どうかしたの、エイラ」 その声にケーキを食べる手を止め、サーニャは訊ねた。
 ナンデモナイ、と両の手のひらを振って、それに答えるエイラ。
 するとそんな右の手首をサーニャはそっと掴んで、自分の顔の前へと持ってきた。
 そしてサーニャは舌をのぞかせると、それがエイラの指先についたクリームをぺろりと舐めた。
「ナッ、ナニをするんダ、サーニャ!?」
「だってクリームついてる」
 それだけ言うとサーニャは再び作業を再開する。
 指の1本1本を、指の腹を下から上に撫であげるように、じっくりと、じっくりと。
 エイラはみるみるほおを赤らめ、そのくすぐったさに身悶えする。
「じっとしてて」
 そうしてサーニャはエイラの指先を根元まですっかり口のなかに含んだ。
 ちゅぱ、ちゅぱ、と唾液がからむ音がかすかに聞こえる。

 そのころ。
 美緒の手が一口食べたところで止まっていることに、ペリーヌは気づく。
 どうかしたのかしら?
 ペリーヌは首をかしげてそれを見つめていた。
 すると――
「食べさしですまないが。やはりお前が食べろ」
 と、坂本はペリーヌの前に再びケーキをつき返した。
「で、でも、それは坂本少佐の……」
「かまわん。だって今日は、お前の誕生日の次の日だろう」
 美緒は言うと、白い歯をのぞかせる。
「しょ、少佐のお心づかい、恐悦至極の所存です!」
 ペリーヌは自分の前に差しだされる皿へと、ピシッと両手をそろえて伸ばした。
 勲章の授与でさえ、こうもまごまごしい動作にはならないだろう。
 そうしたわけで、ケーキは再びペリーヌの前へと戻ってきた。
 が――ふいにペリーヌの手が止まる。
(これをわたくしも少佐に……)
(いや、せっかくの少佐のご厚意をそんな……)
(いやでも、もともとはわたくしの分のケーキ……)
(でも譲渡したわけだから、やはりこれは坂本少佐のケーキ……)
 ようやくなにかを心に決めるペリーヌ。
 皿をしっかり手にとると――それをテーブルの上に置いた。
(だって今日は、わたくしの誕生日の次の日ですもの)
 ペリーヌはフォークを口元に運んできて――その直前でその手が止まる。
(これはもしや間接……)
 ペリーヌはすっぽりと、口の奥までフォークを押しこんだ。
 縦横無尽な舌の動きに口のなかのケーキはしっかりと咀嚼され、
 あとは無機質な金属製のフォークを残すばかりだ。
 それでも、ペリーヌはその味を心ゆくまで堪能した。

 ――こうして、一部波乱の誕生会は幕を閉じた。


元話:0019

コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ