gravity


エーリカは珍しく芳佳に呼ばれ、昼食後ミーティングルームの片隅で待っていた。
窓際のソファーに座り、ふと外の風景を眺める。
滑走路から飛び立つのはトゥルーデとペリーヌ。司令塔ではミーナと美緒が二人の様子を見ている。
芳佳がお茶とお茶請けのお菓子を持ってやって来た。窓から見える空をちらりと見て、エーリカに言った。
「バルクホルンさんとペリーヌさんですね。今日はこれから訓練飛行でしたっけ」
「確かそうだね」
「私ももっとうまく飛べる様になって、もっとうまく射撃が出来る様になりたいな」
最後、言葉の勢いが小さくなる芳佳。自信のなさだろうか。
エーリカはそんな芳佳を見て、くすっと笑いながら言った。
「いきなりうまくなろうったって無理無理。少しずつ上達してくもんだよ」
「そうなのは分かっているんですけど……」
「ミヤフジにはミヤフジのいいとこ、あるじゃん。シールドが一番強力に張れたり、あと治癒魔法とかさ。
特に、501には治癒魔法使えるウィッチ居ないから貴重だよ?」
「はあ」
「お陰でトゥルーデも助けて貰ってるし。何度も」
「それは、私に出来る事ですから」
お茶とお菓子を並べる芳佳。
「ありがと。……で、話しって何?」
「ええっと、ですね」
芳佳は言葉に詰まり、おろおろとした。指先を所在なさげにふわつかせ、結局お茶を注いだカップに触れる。
「なんだか随分深刻そうな悩みに見えたけど? 私で良いの? 相談相手」
「ハルトマンさんだからこそ、お願いしたいんです」
ぐいと身を乗り出され、ちょっと引き気味になるエーリカ。
「そ、そう。で、何?」
「ええっと……その、それです」
芳佳が指さしたのは、カップを握るエーリカの指。そこにきらりと輝く指輪。
「これ? 指輪がどうかした? 値段聞きたいとか?」
ふふっと笑うエーリカ。
「ち、違うんです。あの……ですね」
「もったいぶらずに話しなよ。大丈夫、私はこう見えても口がカタイんだよ?」
「ホントですか?」
「何、その疑いの目は」
「いえ、何でもないです」
二人揃ってお茶を一口含む。同じお茶でも、リーネが煎れる紅茶の方がふんわりと柔らかくて良い香りがする。
芳佳のお茶は、いわゆる扶桑茶の入れ方に近くて、微妙に違う印象を受ける。
「聞いて下さい、ハルトマンさん」
改めて、芳佳が切り出した。
「さっきから聞いてるよ」
「指輪、なんです。この前の夜中、みんなでお鍋食べましたよね?」
「食べたね~。あれ美味しかったよ。また作って」
「ええ、勿論」
「でもお腹減ったからって鍋って結構重い感じしたけどね。結局、量はそんな無かったけど。
……ミヤフジ達、だいぶお腹減る事してたんだね」
にやりと笑うエーリカ。
「え、いえ、その」
「良いって良いって。私達もミヤフジ達と同じだからさ~」
首筋の脇に残る痣を見せるエーリカ。それを見るなり、真っ赤な顔をして反射的に首の周りを隠してしまう芳佳。
「気にする事無いよ。皆公然の秘密みたいなもんだし、ミヤフジもリーネももっと堂々としてればいいじゃん」
「えええ、私、お二人みたいな度胸有りません!」
「それ、ホメてる?」
「そのつもりなんですけど」
「ならいいや」
「……それで、夜食の時、ハルトマンさんとバルクホルンさん、指輪してましたよね」
「してたよ?」
「ハルトマンさん、私達にも指輪どうかって言いましたよね?」
「言ったね」
「私達、後で、少し話したんです。指輪どうしようって」
「へえ~。いいね。最近は物資が高騰してるから良い店選ばないとね。私が知ってるロンドンのお店……」
「ち、違うんです、ハルトマンさん」
「?」
クッキーをさくっとかじるエーリカはきょとんとして、芳佳の言葉を待った。
「『指輪良いね』って事までは話したんですけど……その、具体的にどうしようかとか、そう言うのは」
「奥手だね、二人とも」
「だって。大切な人に指輪を贈るって、相当な事じゃないですか?」
「う~ん」
「私には、何というか……、『重い』って言い方は良くないと思うけど、リーネちゃんにそんな風に取られたらどうしようって」
「指輪を贈る事が?」
「はい」
芳佳はうつむいた。エーリカはクッキーをもう一枚口に放り込むと、自分の指で光る指輪を眺めた。
「重い、か」
「なんか、ずしりと、する気がして」
「別に、首輪と鎖でお互い縛り付けるんじゃないんだしさ」
エーリカは笑って言った。
「あ、でもそう言うプレイも面白そうだね。今度トゥルーデで試してみよう」
「ええっ? ハルトマンさん、一体お二人で何を!?」
ぎょっとして身を引く芳佳を見て、苦笑するエーリカ。
「冗談だって」
芳佳にクッキーをひとつ渡した。さくっとかじる芳佳を見て、エーリカは言葉を続けた。
「ミヤフジ、本当にリーネの事が好きで、大切に思ってるんだね。分かるよ。だから腰が引けちゃうのも」
芳佳はクッキーを手に、エーリカの言葉に耳を傾けている。エーリカは言葉を続けた。
「まあ、これは私の考えだけどさ。恋愛には、重いも軽いも無いと思うよ」
「……」
「恋愛のかたちって、人それぞれじゃん? 例えば私とトゥルーデ。例えばミヤフジとリーネ。皆、それぞれの
“かたち”って言い方ヘンだけど、あるっしょ」
「はい」
「でも、お互いを大切だって思いやる気持ちは誰でも同じだと、私は思うな。そこに重い軽いは無いよ」
「はあ」
「その気持ちの表れの延長線の上に有るのが、婚約だったり、指輪だったり、と思う。私はね。そこら辺はみんな違って当然」
「なるほど」
「ここだけの話、私もトゥルーデに指輪贈ろうって決めた時、色々したよ。シャーリーから婚姻届貰ったりさ。
でも、ちょっと照れ隠しの意味も有ったり。あれ位する勢いが無いと、トゥルーデに渡せなかったのかもね」
「それで、ロンドンの高給レストラン貸し切りにして、バルクホルンさんの妹さんまで巻き込んで……」
「ちょっとやり過ぎだったかもね」
苦笑するエーリカ。
「ハルトマンさん、やっぱり凄いんですね。私生活ではずぼらだなって思ってたけど、謎な一面も有ったり、
凄いしっかりしてるんですね」
「……ミヤフジ、さっきから私の事本当にホメてる?」
「そのつもりなんですけど」
「ならいいか」
もう一枚、クッキーを食べ、お茶を飲むエーリカ。
「まあ、よく考えなよ。でも、指輪だけに固執しちゃダメだよ。ミヤフジも自分でこの前言ってたじゃん。
『指輪が無くても大事な事には変わりない』って。それで良いんだよ」
「え」
「あの時、うまいこと言われたなって、ちょっと思ったよ。あと、もう指輪してる私には、ちょっときたかな。
目の前で『指輪なんて要らない』って言われたら、なんかちょっと悲しくなるじゃん?」
「そんな事言ってませんよ! ヘンな意味で取らないで下さい! 誤解です」
ふふ、と意地悪な笑みを漏らすと、エーリカは芳佳の左手を取った。
いつの間に外したのか、自分の指輪を、芳佳の薬指にはめてみた。
勿論、サイズは違う。意外な事に、芳佳には少し緩い。
「はわわわ……」
「それがエンゲージリング。私とトゥルーデのね」
芳佳の手が微妙に震える。自分の指で緩めにはまる輝きを、おずおずと見つめる。
「どう?」
「どうって言われても……」
「エーリカ! 何をやってるんだお前は!」
突然の怒号にエーリカは首をすくめた。
いつの間に帰って来たのか、トゥルーデがラフなシャツ姿で横にいる。訓練を終え、シャワーを浴びて来たらしい。
「あ、トゥルーデ。お帰り」
「何で宮藤が指輪を……」
ふるふると怒りの表情のトゥルーデ。
トゥルーデを見た芳佳は大いに慌てふためいたが、エーリカが後ろに回ってひそひそと呟いて「GO!」と背を押した。
芳佳はよろけて、トゥルーデにふにゃりと寄り掛かる格好になる。反射的に受けとめたトゥルーデは、怪訝そうな顔をした。
「どうした、宮藤?」
芳佳はトゥルーデの手をそっと取り、おずおずと言った。
「お、お姉、ちゃん」
ぼっと顔から火が噴くトゥルーデ。表情が一変した事から、頭の回路がショートしたか、もしくは……。
「みっみっみっ宮藤!」
何故か身体が前のめりになり、芳佳を抱き寄せるトゥルーデ。
そこにやって来たのは、リーネ。トゥルーデと芳佳の抱擁を見るなり、血相を変えて駆け寄った。
「芳佳ちゃん! バルクホルンさんと何してるの!?」
「あー。ちょっと面倒な事になってきたかな~」
エーリカは残りのクッキーを頬張ると、芳佳の指にとまる指輪をするりと抜いて自分の指にはめ戻した。
「あ、り、リーネ。違うんだ。私はその、宮藤の、家族として、つまり姉としてだな……」
「そ、そうなのリーネちゃん。あの、お姉ちゃん……」
「えええええ!?」
衝撃の余り仰天するリーネ。
「みっ宮藤! 今、はっきりと『お姉ちゃん』と言ったな!? もう一度言ってくれ、ゆっくりと、耳元で」
「バルクホルンさん、離れて下さい! 何かいつもと雰囲気違います! 芳佳ちゃんから離れて!」
「ミヤフジ、とりあえず指輪返して貰ったよ、と」
「ああっ、ハルトマンさん、何処行くんですか!? 助けて!」
「ちょっと用事、思い付いちゃった~♪」
「そ、そんなあ!」
「宮藤!」
「芳佳ちゃん!」
「ひえええええ」

end



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