無題


夢の世界から一段、意識が階段を登ると瞼の扉がある。ゆっくりとそれを開くと、仄暗い空気に沈んだ見慣れたベッドサイドと
傍らで少しだけ乱れたシーツの皺が彼女の視覚の第一歩を迎え入れる。

(寒い)

一切の思索をさておいてまずサーニャの頭に浮かんだのはそれだった。ブリタニアの気候が酷寒極まるオラーシャで生まれた
彼女にとって寒いなどという事はあり得ない話なのだが、普段体温を共有できそうなほどの距離にいる人物の不在は、
体温の一部を持って行かれてしまった錯覚を彼女に呼び起こすのだった。

(エイラ…どこ?)

きっちり肩までかけられたシーツの柔らかさに微睡んだまま、のそりと怠惰に寝返りを打つ。
視界の端にドアを捉えると、ようやく覚醒してきた思考回路が走り、しかし見当違いの結果を弾き出した。

(置いてっちゃったんだ、私を)

思慮慎み深く、謙虚で、ややもすると臆病になりがちな自分が、そんな恐ろしく傲慢な感想を抱く事への異常性にサーニャは
まるで気づいていない。どころか、その感想が傲慢だとは現は勿論夢にも思わず、逆に正当な不満だと主張したいぐらいなの
である。サーニャとしては。
きゅ、とシーツの端を握る。出来れば彼女の体温泥棒の袖の端をそうして抗議してやりたかったが、逃走中の身では仕方ない。
やれ捕まえに行かなければと身を起こしかけた所で、ゆっくりとドアが開く。

「エイラ?」

そう呼びかけた相手は目下捜索中の指名手配犯ではなく、その意外な人物を認めてサーニャはやっと生来の警戒心を取り戻して
軽く身じろいだ。


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