witch doctor


それは、季節外れの強風が吹く日のこと。
芳佳の部屋。脇には「宮藤診療所 501出張所」と書かれた張り紙が書かれている。
ふらりとやって来たのは、サーニャ。眠い目をこすりながら、部屋をノックする。
「どうぞ~」
芳佳の声に誘われ、サーニャは部屋に入った。芳佳はサーニャを出迎えると、いつ作ったのか、ドアノブに
「診療中。入室厳禁」
と言う木の札を掛けて、鍵をがちゃりと閉めた。

芳佳の部屋は元々他の隊員のそれと比べていささか殺風景な感じだったが、今日は何やら違う。
椅子やら簡易ベッドやら、医務室から借りてきた聴診器など幾つかの医療行為用途の器具が揃い、
母国の実家(診療所)に居た頃の雰囲気を作ろうと、わざわざ衝立まで用意してある。
当の芳佳は白衣……これまた借り物……を着込んで、いかにも、と言った感じだ。
「いらっしゃい、サーニャちゃん。記念すべき最初の患者さんだよ」
「芳佳ちゃん、話は聞いてるの。お願い」
「うん、分かった。サーニャちゃんの為にも、私頑張るよ。……じゃあ、まずは服脱いでくれる? 上だけで良いから」
言われるまま、もぞもぞと服を脱ぐサーニャ。用意された脱衣かご……風呂場からひとつ拝借してきたもの……に
綺麗に折り畳んで入れる。
透き通る様に白い、サーニャの素肌を見て、芳佳はごくりと唾を飲み込んだ。
「サーニャちゃんって、やっぱり肌、白いよね。すごい綺麗」
「芳佳ちゃん?」
「ああ、うん、大丈夫。では、まず身体をチェックするね。ちょっと失礼して……」
芳佳はそう言うと、腕や肩、背筋、脇腹などを触診し、筋肉の付き具合を確かめる。ふむふむと頷く芳佳。
「何か、おかしいとこでも?」
「ううん、大丈夫。健康的には全然問題ないよ。……じゃあ、ここのベッドに寝て」
おずおずと横になるサーニャ。
「痛く、ないよね?」
少し不安そうな顔で聞くサーニャに、芳佳は笑顔で答えた。
「勿論。大丈夫、私を信じて」
こくりと頷くサーニャ。
「じゃあ、始めるよ」
芳佳はサーニャの横に腰掛け、毛布を掛ける。そして毛布にごそごそと潜り込んだ。
サーニャが甘い吐息を漏らす。

「リーネ、いいとこに居タ! ちょっト!」
「はい?」
食事当番の後片付けが終わってほっと一息ついたその瞬間、リーネはエイラに声を掛けられた。
今日のエイラは妙に落ち着きが無く、そわそわ……というか切迫した表情を浮かべている。
普段のどこかかのんびりして、それでいてしっかりと達観している風な余裕は無い。
「エイラさん、どうしたんですか? 顔色悪いですけど」
「サーニャが、サーニャが大変なんダ!」
「サーニャちゃんがどうしたんです?」
「部屋で、バストのサイズ計ってくれって言うから、一緒にサイズ計ったんだけド……その後……」
「その後?」
リーネの質問を聞き、エイラは両手をおろおろと宙に彷徨わせながら言葉を続けた。
「何を思ったのカ、宮藤のところニ……」
「えっ」
少し驚いた表情をするリーネ。まだ少し濡れていた手をタオルで拭くと、エイラと一緒に芳佳の部屋までぱたぱたと走る。
間もなく部屋の前に辿り着く。脇の張り紙に目が行く。
「『宮藤診療所』……ナンダコリャ?」
「診療所……そう言えば、芳佳ちゃんの実家は治癒魔法を使った診療をしてるって話ですよ?」
「それがサーニャとどんな関係が有るンダ? サーニャ、どっか悪いとこでも有るノカ? でも、だったら医務室ニ……」
「も、もしかして……」
リーネはふと思い当たる事が有ったらしく、顔色が変わった。
「リーネどうしタ? 何か知ってる事でもあるノカ? 中にサーニャ居るノカ?」
ドアノブに手を掛けたが、鍵が掛かっている上、「診療中。入室厳禁」の札がぶら下がっている。
「何だコレ? 診療中? 何の事ダ?」
ドアに耳を付けて様子を窺う。中から微かにサーニャの甘い声が聞こえて来た。エイラはとてつもない衝撃を受けた。
「さ、サーニャ! 中で何ヲ!?」
「芳佳ちゃん! 開けて!?」
リーネもエイラの様子を見て気が気でなく、横で右往左往するばかり。

エイラとリーネの二人は決心してドアをこじ開けようと、二人顔を合わせて頷くと、ドアノブに手を掛けた。
その時、唐突にドアが開き、ずっこける。
ドアを開けたのはサーニャだった。頬がほんのり赤く、満足そうな顔をしている。
「じゃあ、暫く様子みてみてね。またいつでもどうぞ~」
部屋の中から呑気な芳佳の声が聞こえた。サーニャは微笑んでドアをぱたんと閉めると、ふう、と上を向いて息を整えた。
「さ、サーニャ! 一体中で何ヲ? どっか悪いとこでも有ったのカ? 宮藤と一体何ヲ?」
「エイラ。来て」
「え? サーニャ?」
サーニャにぐいと手を引かれ、連行されてしまうエイラ。
「……?」
おかしな光景を見て、理解不能に陥ったリーネは芳佳の部屋の前で呆然と、立ち尽くした。

サーニャの部屋に引きずり込まれたエイラは、目盛りを見て驚きの声を上げた。
「ほ、ホントだ! サイズが大きくなってル! ……1cmダケド」
胸囲を測る細いメジャーを手に、エイラは衝撃を隠しきれない様子だ。手が微かに震える。
「ね、エイラ」
微笑むサーニャ。
「じゃあ、サーニャは宮藤のとこ行って、胸を大きくしてもらったって事ナノカ?」
「そう。芳佳ちゃんにお願いしたの」
「宮藤の治癒魔法って、そんな事も出来る……ノカァ?」
疑念にかられるエイラ。
「もしかして……宮藤、サーニャにヘンな事してないだろうナ? サーニャにおかしな事したら、私許さないゾ」
「エイラ」
サーニャは改めてエイラに向き直った。
「私ね。もう少し、胸を大きくしたいと思ったの」
「どうしテ?」
「エイラ、胸の話ばっかりしてるし……それに、その、エイラが喜んでくれるかと思ったから」
「サーニャ……私の為ニ……」
自分の為に、わざわざ芳佳のところへ。それを聞いたエイラは複雑な心境になった。
芳佳は胸の事になるとおかしくなる。しかし、サーニャは芳佳が治癒魔法を使って大きくしてくれたと言う。
実際、サイズは大きくなった。僅かだけど。
「でも、サーニャ」
困惑するエイラを前に、サーニャはエイラの手を取り、自分の胸に触れさせた。
「ほら。ね、エイラ」
温かい。均整の取れた膨らみが、エイラを一層複雑な気分にさせる。
そして、目の前に居るいとしのひとが、何故だかとっても……。
「エイラ。一緒に」
耳元でそっと囁くサーニャ。ぺろりと耳を舐められる。
「サーニャぁあああ」
全身から沸き上がる衝動をこらえ切れず、エイラはサーニャに抱きついた。

その頃、リーネは意を決して芳佳の部屋に入った。
「芳佳ちゃん」
「あ、いらっしゃいリーネちゃん。どうしたの? 患者さん?」
「私は違うよ。……何これ。診療所って」
ドアノブに掛けてあった札を芳佳に突きつける。芳佳は受け取ると、脇の机にそっと置いた。
「リーネちゃん、前に、私に言ってくれたよね? 『みんなの救世主になれるかも』って」
「え? ……あ、うん。言ったかも」
「それで私に出来る事、何かなって考えて。頑張ってやってみたんだ。きっと効果有るよ」
「じゃあ芳佳ちゃん。その、もしかして」
「治癒魔法を主に使ってるから、効果はバッチリ。お金とか報酬も貰わないし、ボランティアみたいなものかな?」
「そうじゃなくて!」
「大丈夫、心配しないでリーネちゃん。ヘンな事はしてないから。シャーリーさんのおまじないとは違うよ?」
「えうっ」
数日前の事を思い出し、どきりとするリーネ。思わず胸を隠してしまう。
「まあ、見ててよリーネちゃん」
自信満々な芳佳。しかし、表情の何処かに影を感じる。それは魔力を使った疲労なのか、それとも……。
そしてリーネは納得いかぬまま部屋から出されてしまった。
「芳佳ちゃん……」

501で早いのは朝の始まりだけでなく、噂の巡りも然りである。
「サーニャのバストが、大きくなった」
当事者達は特に何も話していない筈なのに、実に具体的、そして少々誇張気味な表現が、隊の中を駆け巡った。
「ほ、方法は? 一体何処でどうやったら? ……え、宮藤さん? あの豆狸が」と必死に食いつく隊員も居れば、
「別にどうでもいいじゃん、自然体で」と受け流す隊員も。
「なんだよ。あたしのおまじないは禁止で、宮藤の魔法は良いってのか」
そんな愚痴を呟きながら、出された朝食をがつがつと食べるシャーリー。
「宮藤は今回の件について『治癒魔法を使った』と説明している。サーニャもそれについて間違いは無い、と言っている」
美緒は食後のお茶を飲みながら説明した。ミーナは苦笑いしている。二人は既に芳佳とサーニャから事情を聞いたらしい。
「サーニャの言う事に間違いは無い。特にこう言うデリケートな話題なら尚更な」
「そうね。『治癒魔法』と言う明確な根拠が有る方法なら……少し、様子を見ましょうか?」
ミーナも美緒に同意して、リーネの煎れた紅茶に口を付ける。
「……あら? リーネさん、紅茶の種類変えたかしら?」
「いえ、昨日と同じ茶葉ですけど」
「そう。何でもないわ。ごめんなさいね」
ミーナは紅茶を飲み終えると席を立った。これからデスクワークだ。美緒も席を立ち、ミーナと一緒に執務室へ向かう。
「どうしたミーナ。紅茶がどうかしたか?」
執務室への道すがら、美緒はミーナに問い掛ける。
「いえ。ちょっといつもと味が違ったから。濃いと言うか、少し渋いと言うか……リーネさんらしくないと思って」
「まあ、たまにはそう言う時も有るだろ」
「……何も無ければ良いのだけれど」

「ねえねえ芳佳あ! おっぱい大きくして!」
『宮藤診療所』二番目の患者はルッキーニだ。直球過ぎる要求を口にすると、勢い良くドアを閉める。
「ああ、待ってルッキーニちゃん」
芳佳はドアの表に札を掛けると、鍵をしっかり掛けた。
「芳佳すごいね。そんな魔法も使えるんだ」
「魔法って言うか、まあ」
「シャーリーひどいんだよ。シャーリーはあんなにおっきいのに、あたしに全然わけてくれないんだもん」
「流石に、分けられるもんじゃないからね」
「で、どうすんの? 魔法の力でピカーとかガカーッとかやるの?」
「そんな派手な事しないよ。……じゃあ、まず服の上を脱いでくれる?」
「脱ぐの? ほい。これでいい?」
「うん。じゃあちょっと身体の様子見るね。……ルッキーニちゃん、身体スレンダーなんだね」
「あたし、まだまだこれからだもん。よく『幼児体型』だとか言われるよ。みんなひどいんだから」
「そう、まだまだこれからだよね……ええっと、筋肉の付き方とかは問題ないよ。異常なし。しっかりしてるね」
「ありがとー。なんか芳佳、ホントのお医者さんみたい」
「実家は本当に診療所やってるんだけどね」
苦笑いする芳佳。
「じゃあ、早速……ルッキーニちゃん、そこのベッドに横になってくれる?」
「ウジャ? こう?」
「そうそう。じゃあ、始めるよ?」

「ほ、ホントだ……」
メジャーを手に、愕然とするシャーリー。
数時間前に「胸のサイズ計って~」とルッキーニに乞われて適当にメジャーで測定したが、
帰って来た彼女の胸は、確かに大きくなっていた。1cmだけど。
「芳佳は『暫く様子見て』~って。続ければ、もっと大きくなるかな? シャーリーみたいに!」
「1cmかあ。確かにサイズは大きくなったけど。……1cmかあ」
「なによシャーリー! この1cmは小さな1cmだけど、あたしにとっては凄い1cmなんだから!」
偉大な功績みたいに言われて、シャーリーも困り顔。
「ま、まあな。続けて良いかどうかは……まあ、宮藤の言う通り少し様子見た方が良いかもな」
「そうする~。でも楽しみだな~シャーリーと同じ胸~」
「そこまで行くのにえらい時間掛かりそうだぞ?」
「なによ!? シャーリー喜ぶかと思って、芳佳に頼んだのに……」
「あたしの為?」
「うん」
「ルッキーニ、勘違いするなよ? あたしはありのままのルッキーニが好きなんだ。胸を大きくしろとか言ってないぞ?」
「じゃあシャーリー、幼児体型が好きなの?」
「うっ……それは違う。と思う」

こつこつと控えめにドアがノックされる。
「どうぞ~」
芳佳は返事をしたが、反応が無い。誰かの悪戯かなと思ってドアに近付くと、唐突に部屋に忍び込む人がひとり。
余りの素早さに芳佳とその人は衝突し、部屋で尻餅をついた。
「いたた……って、ペリーヌさん。どうしたんですか?」
「貴方、何の恨みがあって、わたくしに体当たりなんて!?」
「ペリーヌさんが急に部屋に入って来たからですよ。びっくりしちゃいました」
芳佳は立ち上がってペリーヌに手を差し伸べるが、ペリーヌは無視して自分ですっと立ち上がった。
そのまま、腰に手をやり部屋を見渡す。
「お医者さんゴッコにしては、手が込んでますこと」
「実績は有りますよ。何せ私の実家は本物の診療所なんですから」
「貴方のご実家の事など何も聞いていませんわ!」
「はあ、そうですか」
それっきり言葉もなく、ペリーヌは部屋の中をうろうろ、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
「ペリーヌさん、私に何か御用ですか?」
「……」
「あの」
「何ですの!?」
「ここ、私の部屋なんですけど……そんなにうろうろされても困ります」
苦笑する芳佳。ぷいと横を向くペリーヌ。
「ペリーヌさん、何か御用ですか? 何も無いのなら、出てって貰えます? ここ、一応診療所なので」
「只の部屋でしょうに! 貴方の!」
「そうですよ? 私の部屋です。何でペリーヌさんがうろうろしてるのかなーって」
「あ、貴方と言う人は、何とデリカシーの無い……これだから豆狸は……」
怒り心頭のペリーヌ。
「ふええ、何で怒られないといけないんですか?」
困惑する芳佳を前に、ペリーヌは顔を真っ赤にしながら、どっかと椅子に座った。
「あの、そこ……」
「ですから! わたくしが真偽の程を確かめようとわざわざ来てあげたのですよ?」
「は、はい?」
「早くなさい!」
ここでようやく、ペリーヌが三番目の患者、と言う事に気付く芳佳。
「ああ、分かりました。じゃあちょっと……」
「何処へ行きますの?」
「診察中の札を外に……」
「そんなもの良いから早く!」
「えええ?」
ぐいと腕を引っ張られて引き戻される。
「いや、これ掛けておかないと誰か入ってくるかも知れないし」
「……早くなさい」
札を掛け、鍵を閉め、とぼとぼと戻る芳佳。何だかやる気が出ないが、仕方ない。
「じゃあ、始めますね。まず服の上を全部脱いでください」
「なっ! 脱ぐって何故?」
「身体の様子見るんですよ」
「治癒魔法でバリバリっと一発でやるとか、そう言うのじゃなくて?」
「ペリーヌさんのトネールじゃあるまいし、無理ですよ。どんなの想像してたんですか」
「まったく……見ないでくださいまし!」
恥ずかしげに服を脱ぎ、かごに服を入れるペリーヌ。
「では、失礼して……」
「ちょっと、何処触るのです!? 馴れ馴れしい!」
「触診ってご存じ無いですか? 直接指とか手で触って、身体の様子や具合を見るんですけど……」
「それが魔法とどんな関係が!? 宮藤さん、貴方そうやって他の皆をたぶらかしてるんじゃなくて?」
疑いの眼差しを向けるペリーヌ。
「……疑ってるなら、別に良いんですけど」
「……早く済ませなさい」
「はあ」
面倒な人だなあと内心苦り切った様子で、芳佳はペリーヌの腕、肩、背筋、脇腹などを一通り触診し、筋肉の付き具合を確かめる。

「筋肉に問題は有りませんね。大丈夫です」
「異常が無くて当然ですわ。日々鍛錬に節制を欠かしませんから」
「しかし……無いですねえ」
「こっこの豆狸っ!!」
「わあ、ごめんなさい! 今のは失言でした。ええっと……じゃあ、次行きます」
「次?」
「ベッドに横になって下さい」
「こう、ですの?」
「はい」
生死に関わる手術直前の患者宜しく、ベッドに横たわるなり硬直してしまうペリーヌ。
「そんなに固くならなくても。大丈夫ですよ。リラックスして貰えれば。あ、眼鏡は外して下さいね」
芳佳はそう言って笑った。
「貴方、気楽な事を……」
ふぁさっと毛布を掛ける。
「では失礼して……」
もぞもぞと毛布に潜り込む芳佳。
「え? ちょ、ちょっと宮藤さ……ああっ……」

芳佳の部屋の前で右往左往する隊員がひとり。
リーネである。
どうにも芳佳の「診察」と「治療」が気に掛かる。
確かに芳佳に「治療」して貰った隊員は一様に「胸が大きくなった。1cmだけど」と効果を言う。
リーネは、その事について異論はない。実測データが有るし本人達も満足しているのだから。
その意味でも、芳佳は正しいのだとリーネは考える。
だが……、気に入らない。
ドアを見つめる。その向こう側では、恐らく、ペリーヌと芳佳が……。
「おい、何をしてるんだリーネ」
「リーネもミヤフジに? って隊で二番目のリーネがねえ」
たまたま近くを通り掛かったトゥルーデとエーリカが、リーネを見つけて声を掛けた。
「わ、私は違います! その、芳佳ちゃんの事が心配で」
「宮藤がどうかしたのか?」
首を傾げるトゥルーデ。
「ええっと、その」
「ははーん。何となく分かったよ」
説明出来ない……強い想いは有っても言葉に出来ないリーネを見て、エーリカはにやけた。
「エーリカ、何がだ?」
「ん~。何でミヤフジが鍵を掛けてるか、分かるトゥルーデ?」
「それは、診察する以上プライバシーを守る意味でも……」
「おかしくない? やましいこと無ければ、鍵なんて掛けないっしょ」
「や、やっぱりハルトマン中尉もそう思います!?」
「落ち着けリーネ。本人に直接聞いてみれば良いじゃないか」
「それが、芳佳ちゃん全然話してくれないんです。もし、何か有ったら……」
「ね、トゥルーデ。リーネも心配してるよ? 実はシャーリーみたいな事だったりして」
「何!?」
トゥルーデが声を上げた。それはまずい。シャーリーの“呪術的行為”はミーナの通達で禁止されている。
「仕方ない。中の二人には悪いが、最先任の私が確認しよう。様子を見せて貰うとするか」
魔力をゆっくりと解放すると、ドアに近付く。
「ふむ……鍵はドアノブ近くのひとつだけか。ならば容易いこと」
「バルクホルンさん」
息を呑むリーネ。いきなり強硬手段に出るなど想像出来なかったからだ。
ドアノブを片手で掴むと、ぐっと力を入れ……鍵はめきめきっと響き、やがてばきんと乾いた音を出した。
トゥルーデは躊躇わずにドアを開ける。破壊されたのは鍵だけなので、ドアは普通に開いた。
「宮藤、居るか? 少し話を……宮藤!?」
「芳佳ちゃん!」
中に入った一同は驚きの声を上げた。

ベッドの上で、目を瞑って身体に走るあらゆる感覚を必死にこらえるペリーヌ。
ペリーヌの横で両の掌から治癒魔法を発しながら、胸を揉みしだく芳佳。
芳佳の表情は、誰がみても疲労困憊と言った感じだ。
ただごとではないと察したトゥルーデは芳佳の肩を揺すった。
「おい宮藤、その治療とやらを止めろ!」
「あ、バルクホルンさん……」
「芳佳ちゃん! しっかりして!」
「きゃっ! な、何故ここに大尉とハルトマン中尉が!? リーネさんまで」
ペリーヌもほぼ同時に異変に気付き、毛布をひったくって身体を隠した。
「ああ……まだ終わってないです、ペリーヌさん」
「ミヤフジ、顔色悪いよ」
「宮藤さん貴方、本当に顔色悪くてよ? 大丈夫なの?」
芳佳の手が空を揉む。しかし治癒を行うべき魔力は次第に弱まり……耳と尻尾がひょこっと消える。
トゥルーデに身体を預ける様に、芳佳はぐったりと倒れ込み、意識を失った。
「宮藤しっかりしろ! ……魔力の使い過ぎか? ともかく、医務室へ!」

芳佳は目を覚ました。そうだ、ペリーヌさんの“治療”がまだ……がばと身を起こす。
「何処行くの、芳佳ちゃん」
リーネの声。腕が伸び、身体を押しとどめられる。
「リーネちゃん。ここ何処?」
「医務室」
「あれ? 私何で……」
「宮藤さん?」
傍らには、リーネの他にミーナ、美緒、トゥルーデ、エーリカが揃っていた。
「あ、ミーナ中佐。私……」
「魔力の浪費はいけません」
ぴしゃりと言われ、困惑する芳佳。
「え。そ、そんなつもりは……」
「宮藤。お前の気持ち……他の隊員の悩みを解決してやりたいと言う純粋な願い。それは確かに分かるし立派な事だ。しかし」
美緒はミーナの言葉を受けて芳佳に語りかける。
「忘れるな、ここは戦場の最前線だ。お前一人が馬鹿な自滅で出撃出来ぬとなると、他の隊員の負担となる。それは許されん事だ」
「そうだぞ宮藤。有り余っている魔力をほんの少し使うならともかく、立ち上がれなくなる程浪費するとは何事だ。限度を知れ」
トゥルーデも呆れ半分、怒り半分と言った顔をしている。
芳佳は、自分の手を見た。確かに、自分の魔力が酷く消耗している事を感じる。
「宮藤さん。隊長として命じます。今後この様な、魔力消耗の激しい行為は一切禁止します。いいですね」
「すいませんでした」
「あと、問題を起こしたとして、貴方を今日から自室謹慎三日の処分とします。良いですね? 異議は?」
「……ありません」
「以後、気を付けなさい」
ミーナはそれだけ言うと、医務室から出ていった。美緒も続いて出ていく。
「ミヤフジ、ラッキーだね」
エーリカが肩をぽんぽんと叩いて笑う。
「処分を受けて何がラッキーなんだ」
呆れ顔のトゥルーデがエーリカに言う。
「だって実質三日休暇みたいなもんじゃん? ミーナはてっきりそう言う意味で言ったんだと思うけどな」
「考えがポジティブ過ぎだエーリカ」
「まあまあ。トゥルーデだってミヤフジの事、すごい心配してたくせに~」
「なっ何を言う。一応部下としてだな……」
「ま、そう言う事にしとくよ。じゃ、私達はこれで」
「おい、話はまだ……」
エーリカに引っ張られ、医務室を後にするトゥルーデ。
医務室には、芳佳とリーネだけが残された。

「芳佳ちゃん」
「ごめんね、リーネちゃん。心配掛けて。また私処分受けちゃった」
「処分なんてどうでも良いの。私は、芳佳ちゃんが心配」
「ごめんね」
リーネの手が温かい。そっと握る。リーネは弱々しく伸びる芳佳の手を取ると、頬に当てた。
「リーネちゃん、あったかい……気のせいかな。私なんか、寒気がする」
「芳佳ちゃん」
リーネは芳佳のベッドに入ると、芳佳をぎゅっと抱きしめた。
芳佳の手は無意識のうちにリーネの胸に伸びていた。眠気と幸福感が混じった、ぼんやりとした笑顔を浮かべる。
「リーネちゃん……あったかい。癒される。ありがとう」

「しかし。本当に困った子ね、宮藤さんは」
ミーナは書類を書き終えると、はあと溜め息を付いた。
「まさか魔力をあそこまで浪費するとはな。てっきり軽いかすり傷の治癒程度かと思っていたが……」
美緒も予想外の結末に、ただ呆れる他無かった。
「私もよ。それにしても、どう言う仕組みでみんなの胸が大きくなったのかしら」
「目撃証言だと、胸を揉みながら魔力を使っていたらしいから、血行を良くして代謝を活発化させて……と言った感じか?
よくわからんが」
「しかし、たかが1cm位でどうしてあそこまで……」
「宮藤や皆の気持ちは分からんではないぞ。年頃の乙女たるもの、やはり気になるところは気になるだろう。
その気持ちに己の魔力全てをもって応えようとした宮藤は、ある意味では、立派だと思うがな。
……今回は明らかにやり過ぎだったが」
美緒の言葉を聞いて、ぽかんとした顔で美緒を見るミーナ。
どうした? と言った表情を返す美緒。
ミーナは思わず笑った。
「美緒の口からそんな言葉が出るとは意外だわ」
「そうか?」
「確かに、宮藤さんはいい子なんだけどね」
ミーナは苦笑した。

ミーティングルームでは、皆が芳佳の事を惜しんだりしていた。
「宮藤は謹慎で、診療所はおしまいカー。残念と言うカ、呆気なかったナ」
「芳佳ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫だっテ。宮藤の事だから、そのうち元気になってまた戻ってくるヨ」
「うん」
「それに、大事なのは大きさや数字じゃないって事サ」
「よく言うよ。妙に詳しいくせに」
「くせに~」
横からニヤニヤ顔で茶々を入れるシャーリーとルッキーニ。
「な、ナンダヨ?」
「宮藤は、限度と言うものを知らな過ぎだ。何を考えているんだか」
「でも皆は喜んでたよ?」
「しかしだな……」
傍らでトゥルーデとエーリカが話をする。

ペリーヌは自室にこもり、鏡の前で恐る恐るメジャーを身体に巻いて、バストのサイズを計測した。
ぐっと鏡に寄り、目盛りを凝視する。
「は、8mm……」
確かにサイズは大きくなったが……。
微妙過ぎる効果に、ペリーヌはメジャーをしまい、服を着、はあと溜め息をついた。

翌日。ぽつんと自室のベッドで横になる芳佳。
そこに、食事の差し入れが来た。勿論、持ってきたのはリーネ。
「芳佳ちゃん、具合どう?」
「うん。魔力もだいぶ戻ってきた」
「良かった。リゾット作ってみたんだけど、食べて?」
「ありがとう」
リーネにあーんして貰い、もぐもぐと食べる芳佳。
「早く元気になってね」
「私、頑張るよ」
「あんまり頑張らなくて良いから」
「そう?」
「あ、少しこぼれてる」
ティッシュで口の周りをそっと拭く。顔が思わず近付く。
「リーネちゃん」
「芳佳ちゃん」
二人は思わず唇を重ねる。リゾットはそのまま、二人抱き合い、ベッドにゆっくりと転がる。
「芳佳ちゃん……もうあんな事しないでね?」
「うん。ミーナ中佐にも言われたし。もうしないよ」
「良かった」
ほっとするリーネ。ほっとする理由は色々有るが、芳佳に全て言うと混乱させてしまいそうで……
もう一度濃い口吻を交わし、お互いの肌を重ねる事で、言葉の代わりとした。
「やっぱり、リーネちゃんが一番だよ」
胸に顔を埋めてにやける芳佳。半分呆れながらも、リーネはそんな芳佳を受け容れた。

end



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