human system
芳佳の謹慎が解けて数日経った、とある晩の事。
外でしとしとと降り続く小雨をちょっとしたBGMにしながら……、ミーナはしきりと時計を気にする。
「二十二時に宮藤の部屋まで来て欲しい」
夕食後、美緒にそう言われてから、こなす筈のデスクワークも捗らず、何の事かと考えを巡らせてしまう。
「また宮藤さんが問題でも起こしたのかしら」
誰も居ない執務室で、ぽつりと呟くミーナ。
二十一時四十四分、ミーナは書類を適当に纏めると席を立ち、芳佳の部屋へ向かった。
二十一時四十五分。芳佳の部屋の前に来た。中には美緒と芳佳が居る筈。
ふと、ドアノブに掛けられた木札に目がいく。
「診療中 入室厳禁♪」
まさか。
ミーナの顔が強張った。
中で一体何をしているのか。何が行われているのか。
自分でも気付かぬうちに、ミーナはドアにぴたりと張り付き耳を付け魔力を解放し、中の様子を窺っていた。
「おお……いいぞ宮藤。その調子だ……もう少し抑え気味に……う~ん、いい……」
「はい。こんな感じでしょうか」
「う~ん……そんな感じだ。もうちょい下を、そう、続けて……おおお……」
美緒の呻きとも喘ぎとも取れる妙な声を聞いてミーナは仰天し、蹴破る勢いでドアを開けた。
先日トゥルーデに力ずくで壊された鍵はまだそのままで、何の障害もなしにドアはするりとミーナを受け入れた。
「美緒! 宮藤さん! 貴方達一体何を!?」
「おお、ミーナ。入って良いぞ。早かったな」
「とっくに部屋の中よっ!」
ミーナは衝立を退けて二人に近付く。そこで美緒と芳佳の姿を目にし、絶句した。
美緒が上半身裸でベッドに腰掛け芳佳と向き合い、いかにもゆったりとした格好で胡座をかいている。
芳佳は掌からほんわかと魔力を放ち、美緒の胸の辺りを盛んに……
ミーナは頭を二度振ると、二人につかつかと近付いた。
「宮藤さん。私の言った禁止事項を破りましたね?」
「まあ待てミーナ。落ち着いて話を聞け」
「美緒まで、何を呑気に!」
ミーナが思わず振り上げた手を扶桑の柔術の要領ですっと受け止め、そのまま自分の胸に押し当てる美緒。
「ちょちょっと、何するの美緒?」
「ほら。どうだ?」
「どうだって言われても……まさか、胸のサイズ?」
戸惑うミーナを前に、美緒は苦笑した。
「違う。肌の質感とか、肌触りだ。……どうだ?」
「……」
温かく、ほんのりと湿った美緒の胸。その感触は二人で過ごす晩に、夜明けに、十分知っている。
美緒に言われ、改めて気付く。確かに、いつもより肌触りが良く……まるで赤ちゃんの肌の様に優しく、柔らかで……
「確かに、違うわね。いつもと」
思わず呟いて、横に芳佳が居る事を思い出し、はっと口元を押さえるミーナ。
そう言えばさっきから一言も「坂本少佐」と呼んでいなかった事にも気付くが、既に遅かった。芳佳も心得てると見えて何も言わない。
「やっぱりそうか。良かったな宮藤。効果は確実と言う訳だ」
「ですね、坂本さん」
満足そうに頷く扶桑の魔女二人。
「あの……、話の意味がよく分からないのだけど」
美緒は服を着ると、ミーナを自分が座っていたベッドに連れて行き、腰掛けさせる。
そのまま、慣れた手つきでミーナの服を脱がせる。
「美緒、何するのいきなり?」
「まあ良いから聞け。宮藤、準備は良いか?」
「はい、いつでも」
上半身裸になり、ブラまで脱がされてしまうミーナ。
「うわあ……ミーナ中佐、流石ですね。惚れ惚れしちゃいます」
「み、宮藤さん?」
「こら宮藤。凝視するな」
上官二人にたしなめられる芳佳。
「あ、すいません。つい」
「さて、では始めよう」
「はい」
ミーナはまさか自分が芳佳から「治療」を受ける事になるとは思いもよらず、立ち上がり拒絶しかけた。
ぐいと美緒が肩を掴んで押さえる。
「待てミーナ。私の話を聞いてくれ」
「でも……」
「じゃあ、始めますね」
ぼんやりと、ほのかな輝きが芳佳の手から放たれる。水色の柔らかな光りが、ミーナの胸の辺りに触れ、包み込む。
柔らかなのは光り方だけではなかった。肌に受ける感触もとても心地よく、まるで扶桑の風呂に入った時みたいな、
リラックス感を覚える。
「ミーナ。どうだ?」
「ええ……悪くはないけど」
「さて。話なんだが、宮藤の謹慎が解けた時、奴から相談を受けてな」
「相談? はあ……。何か、思わず溜め息出ちゃうわね、宮藤さんのそれ」
「そうですか? 良かった」
「リラックスして良いんだぞ?」
美緒は笑って、話を続けた。
「『この前のアレは確かにまずかったけど、何か出来る事は無いか』、『少しでも役に立てないか』ってな」
「宮藤さんは、戦闘の場で、いざと言う時の……」
「勿論その事は大前提だ。しかし宮藤には有り余る魔力が有る。ほんの少し位なら、と思ったのが始まりだ」
「はじまり?」
「ええ。早速坂本さんと試したんですけど……」
「美緒? 貴方何やってるのよ?」
「まあ、話の続きを聞いてくれ」
苦笑いする美緒と芳佳。
「ミーナ、さっき私を触って分かったと思うが……宮藤の治癒魔法、少し方向性を変えて、魔力をセーブしキープする。
それを微弱ながら当てる事で、肌を活性化出来る、と言う事だ」
「それで、美緒の胸、あんなに肌触りが良かったのね。でも」
「ミーナ中佐、大丈夫です。魔力放出は最小限に絞ってますから、消耗は殆ど無いです。次はお顔、失礼しますね」
ほわわとミーナの顔に光が当たる。
「と言う訳さ、ミーナ。どうだ?」
「どうだって言われても……確かに気持ちはいいけど……何だか宮藤さんが『人間治療器』みたいな扱いで、どうも」
「私、実家で治癒魔法使ったよろづ疾患の治療をやってるんです。診療所なんです」
「それは知っているわ。実家で家業の手伝いをしていたとか」
「ええ。ですから、その延長と言うか。普段でも、何か少しでも皆さんのお役に立てたらと思って」
「宮藤さん……」
「ミーナ、最近疲れ気味だろ? お前の顔を見ればすぐに分かるさ。何年一緒に501(ここ)に居ると思ってるんだ」
「美緒、もしかして」
「そう。お前の為だ、ミーナ。隊長も疲れを癒す事。それも時には必要だぞ?」
「気持ちは有り難いけど……」
「確かに、毎日常にやってたら宮藤も疲れるだろう。だから、今回だけ、特別だ。なら良いだろう? これは私が個人的に、
宮藤に頼んだ事なんだ」
「そうね……」
真剣にミーナに向き合い、淡い光を放つ芳佳を見て、ミーナはふう、とひとつ息をついた。
「ありがとう、二人とも」
夜更け。
ミーナの部屋でいつもの様に肌を重ねる二人。
「美緒の肌、滑らかで……扶桑の撫子って感じなのかしら」
「ミーナも、肌の艶が戻ったな。まさにカールスラントの無垢な乙女だ」
「そんなに私、疲れて見えた?」
「まあな。具体的にあれこれとは言わないが」
「そ、そうね……。ともかく有り難う、美緒」
「たまには休め、ミーナ」
優しく抱き寄せる。解けた髪が緩く絡み、黒と茶のグラデーションをベッドの上に浮かび上がらせる。
「でも、嬉しいけど、少し複雑な気分」
「どうして」
「……これだから、扶桑の魔女は」
ミーナは溜め息混じりに呟くと、そっと美緒にキスをした。
end