ガリア……パ・ド・カレー19XX ご主人、執事、メイドの日々
と、いうわけでなし崩しにネウロイを殲滅し、平和になった世界であぶれてしまったウィッチ達を慈愛の心に溢れたこの私、パ・ド・カレー伯ことペリーヌ・クロステルマンが就職支援してあげましたの。
どういうことかと申しますと、復興なった領地の我がお城にてメイドとして雇ったという事ですわ~。
そして、今日もなんでもない日常が幕を開けるのです。
愛しいあの方の一声によって……。
「ご主人、朝です。起床なさってください。鍛錬のお時間です」
隙無く着こなされた男物の執事の制服、無造作にまとめただけにも関わらず美しく流れるみどりの黒髪、魔眼で他人を威圧しない様に気遣いで着けられている眼帯。
私の寝起きは完璧といっていいですわ。
この朝の一言を余すことなく聞き取り、その手を煩わせる事が無いように心がけているのですから。
「は、はい坂本少佐っ! すぐに支度をしますわっ!」
「おいおい、ペリーヌ……いや、ご主人。今はもう軍ではないのだぞ。私はただ個人的にお前に雇われる身。私にとってお前は目上の存在だ。だから美緒と呼び捨てにしてくれと何度も行っているではないか」
「はい、申し訳ございませんサ……いえ、執事美緒」
「はっはっは! それでいいぞご主人」
あああああ……毎朝繰り返されるこのやりとり……呆れられてるかもしれませんがやめられませんわぁ。
美緒、美緒、みお、Mio……なんて素晴らしい響きなんでしょう!
もう私、死んでも構いませんわぁ。
と、浸っているともう一人の気配。
「ではご主人様、こちらにお召し物でございます」
そこにはいつの間にか侵入していたメイド長にして女狐、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケがいた。
こちらもカールスラント製のメイド服をヘッドドレスの皺の一本まで計算して調整しているのではないかというほど隙無く着こなし、私の蒼い扶桑製鍛錬服を手にして控えている。
全員まとめて救済と思ってこの方も雇用リストに入れたのは失敗でしたわ。
私と美緒様――心の中では思わず様をつけてしまうなんて主人失格ですわね――の幸せなひとときに必ずといって良いほど割って入り、邪魔をするのです。
しかも、何か言っても口で勝てる気がしないなんて……流石は元上官、元中佐な上に年齢査証疑惑の年上女狐ですわっ!
立場を利用すれば幾らでも排除する方法はあるのでしょうが、隙も落ち度も無い方を貶めるなど、貴族には許されない行為ですのっ。
ああもうっ歯痒いですわっ!
「おはようございます。毎朝ありがとう、ミーナ」
そういう事ですので私は表面上笑顔を作りミーナに手伝わせて服を着る。
針が刺さっているとか、破けているとか、汚れが残っているとか、そういった落ち度があればと何度願った事か……そんな私の真情を見透かすように、ミーナの口元には微かな笑み。
腹立たしいですわ~!!!
「あら美緒、肩に糸くずがついているわ」
追い討ちをかけるが如く美緒様に密着し、肩口に顔を寄せ、手で払いながらフッと息を吹きかける。
勿論その時に流し目でこちらを視界に納めつつ勝ち誇った笑みを浮かべる事も忘れない。
「お、おいミーナ、くすぐったいぞ。それに、ご主人の前だ」
「あら、私とした事が……ごめんなさいね、美緒。失礼致しましたわ、ご主人様」
そこまでしておいて素直に謝罪し、半歩引いたポジションへと下がる事を忘れないミーナ。
ほんっとうに腹立たしいですわっ!!!
…………。
と、すっかり上がったテンションも日課である鍛錬に入ると平静を取り戻しますわ。
何せ美緒様から直々に教えを受ける扶桑の剣術の基本は平常心にあるのです。
下々のものが何かしたとして、いちいち腹を立ててなどいられませんわ。
そう、平常心平常心。雑念を追い払いつつ竹の練習刀で素振り。
心静かに明鏡止水。
「フム、動きが硬いぞご主人。フェンシングのクセが抜けきらんか? ……ここはもうすこし……こうだな」
執事姿のままの美緒様が私の背中側に回りこみ、素振りを行う腕や腰の位置を調整する。
ああああああ……密着しすぎですわ美緒様っ! それでは微かな吐息がドーギの脇からっ、くびすじにぃっ!
そ、それでは折角の平常心がっ明鏡止水がの心得がががっ!
するとそんな幸せをぶち壊す女狐ミーナの余計な一言。
「美緒、ご主人様は体調を崩しておられるわ」
なんという事をっ!
私と私の執事である美緒様との距離を引き裂きたいがためにその様な口からでまかせを言うとはっ! 私はっ、私は健康そのものですのよっ!
ですが私が大丈夫と口を開くよりも早く、赤面している私の目の前距離数センチの場所に美緒様のご尊顔。
「何っ!? 大丈夫かペリーヌ……いやご主人っ!」
そして、言うが早いか美緒様はそのキリッと揃えられた前髪を書き上げ、私の眼鏡取り上げつつ前髪を軽く払い、おでこに自分のその部分を密着させる。
近い……近すぎますわ美緒様っ!
余りにも近すぎるその距離によって、先ほどから平常心を失って上がりっぱなしだった体温に歯止めが利かなくなりますます顔は真っ赤に。
「むっ、確かに熱があるようだ」
美緒様の言葉と共にギリッと奥歯を噛む音。正しく邪悪な気配。
「み、美緒は宮藤さんを早く呼んで。私はご主人様を寝室まで運びます」
「いや、私が運んだ方が早いだろう」
今度はその言葉よりも行動を先行して美緒様は私をお姫様抱っこ。
お姫様抱っこ……。
お 姫 様 抱 っ こ !
ふふふ……たまにはミーナも良い事をしますのね。賞与を差し上げてもよろしくてよ。
バキン、と遠くで奥歯の砕ける音を聞きながら、上がりすぎた体温と幸せの余り意識が遠くなっていく。
ああ……何て、幸せ~……ガクッ。