wolf fang
ここ数日、芳佳はたびたびミーナの部屋に呼ばれる事が増えた。
増えたと言っても元々ミーナからプライベートな部屋に呼ばれる事など、芳佳には殆ど無かったのだが
何故かしら、こそこそと入室し、数十分程度経って、そろりそろりと出てくる。それが一度でなく何度も続いた。
ストライクウィッチーズの朝は早い。そして噂の広がりも。
「宮藤が中佐と二人で?」「一体何が始まるんです?」「大惨事……」「でたらめを言うな、あてずっぽうで答えるな」
「じゃあ、芳佳がミーナ中佐のお気に入りに?」「では少佐はこのわたくしが!」「ペリーヌ必死ダナ」
二人の居ない所で、隊員達の会話が交わされる。
そんな事も知らず、芳佳は今日も人目を気にしながらミーナの部屋へと入った。
我慢ならないのはリーネである。
芳佳が今度はミーナの所へ……しかも何度も……まるで逢い引きの如く……
「わたしの芳佳ちゃんが」
食事の当番でひとりぽつんとジャガイモの皮を剥きながら、リーネは呟いた。
ピーラーで皮をしゃかしゃか剥いていくが、わきあがる感情のせいか、動きは鈍く、また剥ける皮が分厚い。
「芳佳ちゃん……」
ぴっ。ぴっ。剥くと言うより毟られた皮が、シンクに散る。
「宮藤がどうかしたか?」
「きゃっ! 少佐」
「ちょっと喉が渇いた。すまんがコップに水を一杯貰えんか?」
「お茶、お煎れしましょうか? ジュースも有りますけど」
「いや、水でいい。……おお、有り難う」
腰に手を当てごきゅごきゅと飲み干す美緒。
「う~ん。やはり訓練の後の水はうまい!」
「はあ……」
相変わらずマイペースな美緒を見て脱力するリーネ。
「ところでリーネ、どうした? 宮藤が気になるのか? 何か有ったのか?」
「いえ……あの、少佐はご存じないですか?」
「何をだ?」
「その……芳佳ちゃんが、しょっちゅうミーナ中佐の所へ出入りしてるのを。隊で噂になってるんですよ?」
「私は噂には疎いからな。しかし、ミーナの所に? はて?」
顎に手をやり首を捻る美緒。思い当たるフシはない。
「もしかして……芳佳ちゃん、ミーナ中佐と……」
「なに? それは……」
リーネの言葉を聞いて初めてぎくりとする美緒。
おかしい、と美緒は思った。昨晩もその前も更にその前の晩も、美緒はミーナと夜な夜な愛し合っていたのだから。
こめかみに指を当て、何かミーナに変わった事は無かったか、思い出す。
「少佐、何か心当たりでも?」
「いや……まさか。まさかな」
「少佐、何かご存じでしたら教えて下さい! 私、芳佳ちゃんが心配で」
「うむ。私も宮藤の上官として、何よりミーナの補佐として気になるな」
よし、と美緒はぽんと手を叩いた。リーネに向かって、言った。
「二人で、あの二人を調べようじゃないか」
午後の休憩前、芳佳はきょろきょろと辺りを見回すと、ミーナの部屋へ向かい、小さくこつこつとドアを叩く。
小さく開けられた扉をすっと抜け、中に入り、そっとドアが閉まり、静まりかえる。
「芳佳ちゃん」
「全く……。我々が見ているのにあいつはスキだらけじゃないか。周囲への警戒がまるでなっとらん」
「でも、私達隠れてるし」
「心眼で気配をだな……」
「少佐の魔眼じゃないから無理です」
「そうか。まあ宮藤も入ったし、我々も踏み込むとするか」
「どうやって? まさかバルクホルンさんみたいにドアを壊したり鍵を壊したりとか」
「何故そこまでする? なぁに、簡単な事だ」
美緒は懐からおもむろに合鍵を取り出すと、部屋に向かい、慣れた手つきで鍵を開け中に入った。
「少佐、その合鍵って」
リーネのツッコミにはあえて答えず、美緒はずかずかと部屋へと踏み込んだ。
「み、美緒! 一体どうしたのよ?」
「坂本さん……リーネちゃんも」
突然の乱入に驚きを隠せないミーナ。芳佳も完全に不意打ちを食らった顔をしている。
ミーナは上半身をさらけ出し、肌を露わにしていた。芳佳は限りなく胸を揉むに近い位置に、手をやっている。
そして芳佳の手から出ているほのかな光り。それは以前、美緒が芳佳と編み出しミーナに施した「お肌つやつや」美顔・美肌術。
「やはりそう言う事か……」
美緒は頭を抱えた。
「芳佳ちゃん……ミーナ中佐に何してるの? また揉んでるの!?」
美緒の後ろから声を掛けるリーネ。
慌てふためくミーナと芳佳。服も着ず、魔法も垂れ流したまま、何とかしようと試みる。
「坂本さん、実は……」
「ち、ちっ違うのよ美緒、これは宮藤さんが」
「ええっ? ミーナ中佐、話が違うじゃないですか」
珍しく取り乱すミーナと、おろおろする芳佳。
「お前ら……」
呆れ半分、少し怒り混じりの美緒が一歩近付く。
「い、良いじゃない! 少し位!」
ミーナがらしくなく声を荒げた。えっと驚く周囲をよそに、一人テンションが上がる。
「私だって、隊の為に一生懸命頑張ってるのに、『肌が荒れた』だの『見た目は○※』だの『眉間にしわが』とか
『ミーナさんじゅうはっさい』とか言われてみなさい! 分かる? この気持ち? この身体の疼き! 分かるわよね、美緒!?」
呆気に取られる芳佳とリーネ。美緒は珍しく取り乱し、何とかミーナを宥めに入る。
「ミ、ミーナ落ち着け。何も悪いとか責めたりはしてない。二人が納得するなら私は……」
「美緒、貴方のせいよ! 全て貴方のせい!」
「何故そうなる?」
「ああ止められないこのこの胸の高まり……とりあえずっ」
「んきゃっ……んむっ……」
傍らで光を出していた芳佳の首根っこを掴むなり、ぎゅーっと抱きしめ、唐突に濃厚なキスをかますミーナ。
芳佳の手の光は一瞬極大まで輝き、すぐに消え、使い魔の耳と尻尾も消えた。すっとミーナの胸に手が行き、動く。
「こらミーナ、宮藤で遊ぶな!」
「芳佳ちゃん! 手! 手!」
「ぷはあっ……やっぱり物足りないわね」
唇を離し、舌なめずりするミーナ。
「ああ……ミーナ中佐の胸……かなりいいです」
一人理性が抜けた芳佳をリーネが奪還し、ミーナとの間に入る。
「ミーナ中佐、私の芳佳ちゃんで遊ばないで!」
「二人ともやめんか。と言うかリーネもさりげなく個人の所有物扱いするな」
「次は美緒、貴方よ! 扶桑の魔女は私が貰い受ける!」
「乱心したかミーナ!?」
「芳佳ちゃん、しっかりして!」
「……はっ! リーネちゃん、私何を?」
「さあ美緒、私の胸に飛び込んで!」
「お前が突っ込んで来てるんじゃないか!」
タックルされて押し倒される美緒。馬乗りになったミーナは澱んだ目で美緒を見ている。
「ミーナ、やめろ」
「ああ、爛れてるわ、美緒」
「お前の言動が膿んでるぞ……こ、こら、服を掴むな! 脱がすな! 破るな! 部下の前で何て事を!」
ミーナは美緒を全裸にすると、ずぅりずぅりと物凄い力で美緒をベッドに引きずって行く。想定外の行動に半ばパニックに陥る一同。
「ま、待てミーナ! おい!」
「あわわ……」
「み、宮藤、こういう時に何か良い治癒魔法は無いか? 頭冷やすのとか」
「そんなの無いです」
「行こ、芳佳ちゃん」
「リーネちゃん、何処行くの?」
「ここに居てはいけない気がする」
ミーナの只ならぬ雰囲気を察して、リーネは芳佳を引っ張り退室する。
「おい、二人とも待て、ちょっと……うわあ!」
背後で美緒の悲鳴にも近い叫びが聞こえる。
二人は聞こえないふり、見えないふりをしてドアを閉めると、一目散に逃げ出した。
刹那、中からがちゃり、と鍵が掛けられた。そんな気がした。
501の朝は早い。台所では早速朝食の準備が始まっていた。
「おはようございます、バルクホルンさん」
「おはよう宮藤。朝も早くから食事当番か。……そう言えば少佐は? 珍しいな、早朝のトレーニングをしていないとは」
「ええ、まあ」
笑って誤魔化す芳佳。それ以上喋っちゃだめといわんばかりに、リーネに服の裾をぐいと引っ張られる。
「?」
いまいち事情が飲み込めないトゥルーデ。同じカールスラントの仲間を思い出す。
「そう言えばミーナも起きて来ないな。どうしたんだろう」
「ハルトマン中尉はもう起きました?」
リーネが話を振る。
「いや、奴は相変わらずまだ寝てる。起こしに行くか。まったくたるんでるからな」
トゥルーデは思い出したと言わんばかりに、エーリカの部屋へと向かった。
入れ替わりにやって来たのあペリーヌ。
「あら宮藤さんにリーネさん。今日も食事当番ですの。少佐はどちらに? 今朝は何処にもお姿をお見かけ……」
「何処かでトレーニングでもしてるんじゃないですか?」
芳佳が口を開く前にリーネが即答する。
「何処かって……。まあ、そりゃ何処かにはいらっしゃるでしょうけど」
呆れ気味で、美緒を探しにそれとなく台所から離れるペリーヌ。
「リーネちゃん、坂本さん達……」
「私達、何も知らないんだよ? そうだよね、芳佳ちゃん?」
とんとんとニンジンを切っていたリーネが、包丁を持ったまま振り返る。
「う、うん。リーネちゃんの言う通り……」
鍵が掛かったままの、ミーナの部屋。
開ける者は誰も居ない。
中で繰り広げられている光景を目の当たりにしたら、皆何と言うか。
二人全裸で、ベッドの上で激しく愛し合う行為に及んでいる。
いや、「行為」と言うよりは、ミーナが一方的に美緒を責めたてている様にしか見えないのが恐ろしい。
ベッドに突っ伏し、呼吸も途切れ掛け、肩で息をする美緒の顔をすくい上げると、ミーナは耳元で囁いた。
「美緒。私のもの……」
「はあっ……。もう、何度目だ? 勘弁してくれ……」
ミーナは許す筈もなく、濃厚なキスを美緒の身体全てに這わせる。
「私の可愛い可愛い子犬ちゃん。……おかわりは? さあ」
「ううっ……」
薄れゆく意識の中、美緒は考えを巡らせていた。
芳佳の魔法……あれは美肌効果だけでなく、精が付くものでもあったかも知れない……
でなければ、ミーナの“けだもの”にも似た情欲の激しさが説明出来ない。
まさに「美女で野獣」か……。
うまいこと言うな、などとどうでも良い事をぼんやりと考えていると、ミーナはぐいと美緒の顔を自分に向ける。
「私だけを見なさい。そう、それでいいの。他はダメ。私だけ……」
「ミーナ……」
「ああ……貴方に見られていると身体が火照る……美緒ッ!」
「嗚呼……」
美緒は諦めの境地に達していた。
いつ解放されるか。それは誰にも分からない。ミーナ自身さえも。
end