rebirth
「ミーナ、今日は何の日か知ってるか?」
朝食の席上、不意にトゥルーデから声を掛けられたミーナ。
ネウロイ来襲に隊員の哨戒シフト、ブリタニア空軍との連絡など、朝から任務の事で頭が一杯の彼女には
トゥルーデが言っている事の意味が理解できなかった。
「おいおい、自分の誕生日も忘れたのか?」
きょとんとしているミーナを見て、トゥルーデは苦笑した。
「あら、そういえばそんな日も有ったわね」
「ウジャー 他人事すぎー」
「おめでとうございます」「おめでとう隊長」「おめでとうございます」
いつの間に用意したのか、そして隠していたのか、サーニャ、エイラ、ペリーヌからミーナに花束が贈られた。
「あら、ありがとう」
「これ、ミーナ中佐のために、芳佳ちゃんと一緒に作りました。宜しければ」
リーネと芳佳が持ってきたのは、やや小ぶりな……と言っても普通の家族で食べるには大き過ぎる……デコレーションケーキ。
ミーナの目の前にどんと置かれる。ケーキの上に並ぶ十九本の細いろうそく。
「さあ吹いて吹いて」
「え? 朝から? ……まあ、しょうがないわね」
息を吸い、ふうーっとろうそくの火を吹き消す。微かに煙が流れ、隊員全員から拍手される。
「おめでとうミーナ。私達三人よりも、やっぱりたくさん居た方が楽しいよね」
エーリカがミーナの横に来て言った。エーリカは不思議とにやけている。
「まあね。でも、本当に忘れてたわ。このところ忙しかったから」
「そこでだ、ミーナ。私達からもう少し、プレゼントがある」
「そうなんですよ中佐」
腰に手を当て、何故か自信たっぷりのトゥルーデとシャーリー。
「あら、何かしら?」
「今日一日、お前に休暇を与える」
命令口調で言うトゥルーデ。
「はい?」
笑顔で聞き返すミーナ。
「つまりは、隊に関するミーナの仕事は我々先任尉官が代行するから、ミーナは自由に過ごしてくれ、と言う事だ」
「そうそう。今日はあたし達にぜぇ~んぶ任せて」
トゥルーデの肩をがっちり掴んで、シャーリーも頷き、笑った。
「流石に基地の外に出るのは無理だが、ミーナ、最近休みらしい休みも無かっただろう? だから少し休め」
「良いの?」
「たまには良いだろ。指揮官こそ、しっかりと息抜きが必要だぞ」
「そうね。そうかもね」
目を伏せて、思いをめぐらせるミーナ。そこで、ふと思い出した事があった。
「あら、そう言えば……」
「ともかくケーキだ! さあ分けるぞ!」
「え? ちょっと……」
有無を言わせず隊員からケーキを押し付けられ、微妙に困惑気味のミーナ。
そしてケーキを食べ終わるや否や、両脇をがっしりと大尉二人に掴まれ、食堂から連れ出された。
「な、なんか私懲罰を受ててる感じするんだけど」
「そんな事ないですよ中佐」
「なんか独房に連行されるみたいで」
「向かう先はお前の自室だぞ?」
「あらそうなの?」
後ろから隊員達がぞろぞろと付いて来る。妙な光景だ。
「ねえトゥルーデ、シャーリーさん? さっきから気になってたんだけど……」
「気にするな」
「そうそう。気にしちゃダメですよ」
「え? どう言う事?」
部屋に着くなり、ドアを開け、明かりもつけずにミーナをよいせ~っと放り込む。
ぞんざいな扱いに、流石のミーナも困惑を隠せない。
「ちょっと二人とも、待ちなさい! どう言う事、これ?」
「じゃあ、あたし達はこれで」
有無を言わさずばたん、とドアを閉めた。中でミーナが何か言っているが気にしない。
「なあ、リベリアン」
「どうした堅物?」
帰り際、大尉同士での会話。
「本当にこれで良いのか? ミーナが喜ぶかどうか」
「大丈夫だって。あたしの勘なら間違いない。何せ他の皆もそう言ってるんだしさ」
「ウニャー 問題なし!」
「ミーナはあれでいいと思うよ」
ルッキーニとエーリカがシャーリーに同意し、頷く。
「なら良いんだが……何か、二人には悪い事をした様な気がする」
「気にしたら負けだって」
「何が何に負けるんだ」
「さて、大尉殿、隊の仕事が待ってるぞ。執務室へGO!」
「お前だって大尉だろ」
へへ、と暢気に笑うシャーリー。半分呆れながらも、トゥルーデは執務室へと向かった。
「全く。あの子達、ものの限度を知らないんだから」
ミーナはぱちりと部屋の電気を点けて仰天した。部屋のど真ん中に、何かが転がっている。しかももぞもぞと動いている。
「!?」
恐る恐る近付く。色鮮やかなリボンで結ばれ、毛布にぐるぐるに巻かれた何か。
札が付いている。読むと「プレゼント」と書かれていた。
「何、これ?」
恐る恐るリボンを解き、毛布をはがすと、中から出て来たのは美緒だった。目隠しをされ、両腕もリボンで縛られていた。
「美緒! これ……貴方一体何の冗談よ?」
慌てて目隠しを取り払うミーナ。
「……それはこっちのセリフだ」
美緒は両手を突き出した。手錠を掛けられたみたいに、見事なロープワークで……と言ってもリボンだが……
きゅっと縛られている。ここにも「プレゼント」の札が。
美緒の頭は……いつもの髪の結びではなく、ここにもリボンやブーケがふんだんにあしらわれ、花嫁に近い華やかさだ。
「全く。私は生贄か何かか」
リボンを解いていたミーナは美緒の呟きを聞いて不意に笑った。
「な、何だミーナ。何がおかしい」
「確かに、美緒にとってはそんな心境だったかもね」
「『話がある』『頼みがある』と言われて皆に色々飾りを付けられてだな……気付いたら縛られるわ放置されるわで散々だ」
何となく想像出来てしまうミーナ。多分、あれよあれよと色々されたに違いない。
「ホント、いけない子達ね。でも、美緒も話に乗った時点でダメよ」
「まさか、こんな事になるとは思わなかったんだ」
「これホントに固いわね、縛り方が……ああそうそう。今日、私お休み貰ったわ」
「あいつらにか?」
「ええ。トゥルーデとシャーリーさん達が一日、代行してくれるって」
「気楽に言うがな、掃除当番じゃないんだぞ」
「でも、あの子達なりに気を利かせてくれたんだと思うわ。だからたまには良いかなって」
「気の利かせ方が間違ってる気がする。……ミーナ、まだ解けないか? 縛られたままだと何かこう、落ち着かん」
「でも。こうして見ると美緒、貴方やっぱり扶桑の撫子って感じよね。この髪、とても綺麗」
「おいおいミーナ、冗談はこれを外してからにしてくれ」
「美緒も今日は『一日休み』とか言われたんでしょう?」
「ま、まあな。しかしだな、私は上官として……」
ミーナに顎をすくわれ、そのまま唇を奪われる。
いつになく情熱的なミーナにゆっくりと身体を倒される。
「み、ミーナ?」
「プレゼント、よね?」
「私が? お前の? ……私はモノかっ」
「モノじゃないわよ。大切なひと。で、今はプレゼントなのよね」
「何か違う気がする」
ミーナは美緒のリボンを解く事を止め、“プレゼント”を頂く事にした。縛られているので抗えない美緒。
そのままベッドに「お持ち帰り」されてしまい、後はなすがまま。
何度目の極みに達したか既に忘れた二人は、頬を寄せ合い、ベッドの上で微睡んだ。
「美緒、愛してる」
「有り難うミーナ。私もお前を……ところでこのリボン、いつになったら解いてくれるんだ? あとこの髪飾りとか」
「美緒が言ってくれたらね」
「何を?」
「じゃあ、このまま」
お人形宜しくベッドに転がる美緒を抱きしめ、肌に唇を這わすミーナ。美緒は、服は半脱ぎ、髪はデコレート、
おまけによくよく肌を触ってみると美緒らしくなく化粧までしていた。
道理で普段と唇の滑りが違う筈、とミーナは思った。美しい扶桑の人形の様な姿に見とれ、うっとりと、美緒の頬を撫でる。
美緒も慣れたものと言うか、まんざらでもないらしく、そっとミーナに身体を預けた。
ミーナはふと時計を見た。まだ十一時過ぎだ。
「たまには、時間を考えずにゆっくり二人で過ごすのも、良いわね」
「ああ。そう言えば、こんな事本当に久しぶりだな」
「そうね。忙しいから」
「あいつらには、少し感謝しないとな」
「貴方、そんな目に遭ったのに?」
くすっと笑うミーナ。
「このカッコとはまた別だ」
少し口を尖らす美緒を見て、ミーナは笑顔。
ゆっくりと流れる二人だけの時間。穏やかな刻は、静かにミーナと美緒を包み込む。
「そうだ、言いそびれてた事がある」
「何かしら」
「誕生日、おめでとう。ミーナ」
「有り難う。覚えていてくれたのね」
「当たり前だ。大事な人の誕生日は覚えていて当然……じゃないのか?」
「有り難う、美緒」
「私からもプレゼントをと思って用意してたんだが、持って来る前に皆にこうされてしまったからな……」
「じゃあ、取りに行きましょうか?」
「ああ……ってミーナ。このリボンまだ解いてくれないのか? あと髪飾り」
「似合うからこのままで良いじゃない」
「良くないと思う」
「そうね、約束だから。リボンは」
もう一度リボンの結び目に挑戦するミーナ。しばし奮闘した結果、右半分だけ解け、辛うじて腕の自由が戻った。
「やっと腕が自由になった。拘束されるのは意外としんどいな。残りの左半分も頼む」
「じゃあ、こうしましょう」
解けた方のリボンを、自分の右の腕にきゅっと巻きつけ、縛った。
「ミーナ、何やってるんだ」
「これでどう?」
「どうって、離れられないじゃないか」
「良いじゃない、今日一日。今日だけ」
「今日だけ、か」
「今日、私の誕生日よ?」
顔を覗き込まれ、うーむと美緒は唸ったが、ミーナの魅惑的な瞳の色に負け、何も言わない事で返事の代わりとした。
少し頬を赤らめた美緒を見、ミーナは喜び、唇を重ねる。
「じゃあ美緒、貴方からのプレゼント、頂きたいわ」
「なら、部屋から出ないと」
「行きましょう」
「この姿で?」
「おかしい?」
「いや。行こうか」
絡まったリボンのまま、二人は手をぎゅっと握り、ベッドから降りた。乱れた服を一応直すだけ直し、姿勢を正す。
ドアノブに手を掛ける。
「何だか……、生贄というか、何と言うか」
「花嫁になった気分?」
「近いかも知れない」
「さ、行きましょう」
二人は手を重ね、扉を開いた。
end