名探偵ニーナ 第1話 ニーナって呼んで


ミーナ【目を覚ましたと思ったら、見た目が子供になっていた】

 私は目を覚ましたと思ったら、見た目が子供になっていた。
 な……何を言っているのかわからないと思うけれど、私も何が起こったのかわからない……。
 頭がどうにかなってしまいそう……。
 私はまだ夢を見ているだけだとか、実は過去話だとか、そういうチャチなものでは断じてないの。
 もっと恐ろしい超展開を味わったわ……。

 と、とにかく。まずは状況を整理してみないと。
 目を覚ましたのはお風呂場の更衣室だった。私は床にうつ伏せにねそべっていた。
 どうしてそんな場所に私がいたのかはわからない。
 更衣室ということはお風呂に入ろうとしたか、入ったあとだったのかもしれない。
 服は着ている。
 着なれたカールスラント空軍の制服だ――そう、18歳の私には着なれた制服。
 けれど、今の私はすっかり体が縮んでしまっていて、裾はだぼだぼになってしまっている。
 私は大きな鏡の前に立つと、そこに映されるちっちゃい自分とじぃとにらめっこをした。
 戸惑いの表情を私は浮かべていた。
 一向にこの状況が受け入れられないんだから、そうなるのは仕方ない。
 背は130センチ程度といったところだろうか。
 顔立ちも幼くなっている。年齢でいえば8歳くらいといったところ。
 髪がぼさぼさに乱れていることと、なんだか頭がズキズキ痛むということ以外は、
 別に体に異常はないようだった。
 私は後頭部をさすってみた。どうやら頭のてっぺんにコブができているらしい。
 だけど、そんなことって……。
 やっぱりこれは夢なんじゃないかしら……?
 私はもう一度だけ、自分のほっぺたをぐぃっとつねってみた。
 …………やっぱり、痛ひ。
 鏡に映る表情がそのせいでゆがんだものに変わった。
 わかっている。見た目が子供――これが私に、ありのまま今起こっていること。
 ずっと拒んでいたけれど、もういい加減に観念して、すっかり認めてしまうしかない。
 この状況は、どう考えてもアレしかない、と。
 見た目は子供、頭脳は大人、ってヤツだ、と。

 私は鏡から視線をはずし、ぐるりと更衣室を見まわしてみた。
 よく見慣れた光景。けれど、今の私の低い視線から見てみれば、それはなんだか違ったものに見えた。
 世界が広い。それに高い――
 それは奇異ではあったけれど、同時に懐かしい感じもした。
 8歳のころの私はどんなだったろうか。ふと、そんなことを思った。
 ストライクウィッチーズの隊長をするどころか、まだウィッチの訓練を受けるよりも前のことだ。
 カールスラントのポズナニアで過ごした幼少時代。
 かつて私が置いてきた時間。
 そのことを自覚すると、その懐かしさを素直に愛おしむ自分がいる。
 それに――あの頃に戻りたいな、なんてことを思っている自分もいることに気づく。
 すると急に、はてしない虚しさが私のなかに広がっていった。
 どうして私はこんなことを思ってしまったのだろう? 今の自分だってけっして嫌いではないはずなのに。
 きっと私は疲れているのね。日々の激務に、それに――
 私の頭にある人の顔が浮かんだ。
 トゥルーデ。
 彼女のことを考えると、なんだか頭痛がする。それは、できたコブとはまた違う痛みだった。

 私はトゥルーデのことで悩んでいた。
 トゥルーデがあんな人だったなんて、私は知らなかった。
 多少シスコンの気があることは承知していたけれど、でも……
 まさかあんなにも妹煩悩の姉バカだったなんて。
 もちろん私は、そんな彼女のことも包みこむように愛している。
 でもだからって、近頃のトゥルーデは酷すぎる。
 普段は非常に優秀なウィッチであり軍人ではあるけれど、いざ妹に絡んだこととなれば、
 その奇行、その存在そのものが、曲者揃いの部隊のなかでも随一といえるほどに様変わりしてしまう。
 実妹のクリスだけならまだわかる。そこまではまあ妥協できる。
 だけどそのクリスに似ているという理由で、彼女は宮藤さんにまで手を出し、
 近頃は年下というだけで、他の隊員にまで興味を示す始末……。
 私というものがありながら、これはどうなの? あまりにもあんまりじゃないの?
 浮気なんじゃないの? そうよね? そうでしょう?
 もちろんそうした彼女の行為の果てには、私のきっつういお仕置きが待っていたりだったけれど。
 でも、トゥルーデは決して懲りたりなんてしなかった……。

 そんな日々が続いたある時のことだった。私にある考えが浮かんだ。
 私だってトゥルーデの妹になればいいんじゃ――
 青天の霹靂が私を走った。コペルニクス的発想の転換だ。
 そうして私は綿密に計画を立てた。
 あらゆる情報網を駆使し“妹萌え”について調べ上げた。
 ゲームもいろいろプレイしてみた。ちょっとエッチなのも。鏡の前で受けそうなしぐさとかの研究もした。
 万全だった。私は“妹萌え”のすべてを体得した。
 そして私は、ついにその計画を実行に移したのだった。決行は夜。私はその成功を確信しきっていた。
 ――だけど、失敗した。
 見事なまでに失敗してしまった。それがなぜかは私にはわからない。
 トゥルーデは見てはならないものを見るような目で私を見てきて、そして言った。

『ミーナは――――けど、妹じゃない』

 あまりに辛辣な言葉で、断続的にしか思い出せないけれど。
 たしかに私とトゥルーデは同い年。誕生日は私の方がちょっとだけ早い。
 妹というのは、多少の無理があったのかもしれない。
 だけど、これは酷すぎる。
 つまるところ要するにこれは、私という存在の否定ってことじゃないの。
 そのあとにも何か言われたけれど、あまりのショックによく覚えていない。
 私はは逃げるようにトゥルーデの前から立ち去って(もちろんその前にビンタをした。往復で)、
 そしてあてもなく行き着いた先が…………あれ、ええと、どこだったかしら?
 記憶が混乱していて、これ以上は思い出せそうにない。なにかがあったはずなんだけど……。
 とにかく、そうして気づいた時には、お風呂場の更衣室に私はいた。
 見た目が子供になった姿で――

シャーリー【お得意の電撃戦はどうしたのさ?】

 食堂にて。あたしはカールスラントの堅物こと、ゲルトルート・バルクホルンとふたりきり。
 ネウロイ予報もずっと先だし、他のみんなはまだ寝ているのかもしれない。
 呑気なもんだ。いいことだ。
 まあ、向かいに座る堅物に言わせれば、たるんでいるとかそういうこと言っちゃうんだろうけど。
 ――だけど、今日はそんなこと口にしない。
 それどころか皿に山盛りに盛られた茹でじゃがに、ぜんぜん手をつけようとはしてはこない。

「どうしたのさ、堅物? 食欲ないのか?」
 あたしは手にしたフォークを持て余すように、顔の前で行ったり来たりさせて言った。
 まるで飛行機のおもちゃで遊ぶ子供のようなしぐさ。
 効果音をつけるなら、ぶーんぶーん、といった感じ。
「そ、そんなことはない」
 堅物のヤツはそう言い返してくるけど、どうにも歯切れが悪い。
「じゃあ、お得意の電撃戦はどうしたのさ?」
 フォークで今度は空をつつきながら、あたし。フェンシングみたいな動き。
「なんでもないと言っているだろう。気にせず食べろ」
 気にせず食べろとか言われたって、そんなむすっとした表情をされてたんじゃ、
 あたしの食欲だってなくなってしまう。
 まあ、なにが起こったかはだいたいわかる。
「なんでもない、ねぇ……」
 あたしは堅物の顔を見た。
 口にこそしなかったけど、堅物の両の頬には手形のあとが紅葉のはっぱみたいにくっきりとなってて、
 それがコイツになにがあったのか語りかけてくる。
「ふーん。ミーナ中佐とケンカでもしたのか」
 と、あたしが言うと、堅物は口元に運ぼうとしたフォークからぽろりとじゃがいもをこぼした。
 じゃがいもはころがって、床に落っこちた。あーあ、もったいない。
「わかった。お前が悪いっ!」
「なぜ私が悪いんだ!? というか、なにも知りもしないで断言だと!?」
「謝れ! ミーナ中佐に謝れ!」
「お願いだ、話だけでも聞いてくれ、リベリアン。きっとわかってくれるはず――」
「なんであたしなんだよ。話ならミーナ中佐とするんだな」
 あたしは堅物の後ろに立つと、脇の下に手を入れて持ちあげた。
 立ちあがった堅物の、頼りなげな背中。 
 そうしてその背中をぱあんと叩いて押してやった。
「ほら、行ってこい」

 そうして、残されたあたしはひとりぼっち。
 堅物の席に腰をおろすと、じゃがいもにフォークを伸ばして朝ごはんを再開する。
 ひとりで食べるごはんはあんまりおいしくない。
 けど、まあいいさ。
 だって、あの堅物にいつまでもあんなふうでいられたんじゃ、あたしがつまらないから。
 それ以上の理由が必要か? 必要ないね。
 ――と。
「おはよう。お前だけか?」
 そう言って現れたのは坂本少佐だ。
「そうっすけど。おはようございます」
 ハルトマンやサーニャ、それにエイラなんかはともかく、他のは一体なにしてんだか。 
「少佐も今日は遅かったっすね」
 まあ、朝は誰よりも早く起きて自主的に訓練してたんだろうけど。
「ペリーヌに説教をしてたら遅くなった」
 少佐は椅子に腰かけると、むずかしい表情になって言った。
「説教?」
「ああ。実はペリーヌがな……」
 眉根を寄せて、坂本少佐は話しはじめた。
 まったく。あたしは相談員じゃないってえの。

トゥルーデ【私はなにも、悪くなんてないのに……】

 背中が痛い。リベリアンに思いっきり張り手をされたせいだ。
 あいつ、人の話も聞きもしないで……
 そもそも、なにも知らないくせに……
 私はなにも、悪くなんてないのに……
 ぐるぐると私のなかにいろんな気持ちがうずまいてきて、どうにも心の居心地が悪かった。
 それでも私は、ミーナを探して基地の廊下をとぼとぼと歩いていた。
 昨日の今日ということもあって、ミーナと顔を向け合わせるというだけで気が重かった。
 かといって、ずっとこのままというわけにもいかない。
 話だけでもちゃんとしておかないと――
 ミーナのヤツ、私の話なんて上の空だったんだからな。
 ああ、でも――だったらもう一度言わなきゃならないのか。
 それを思うと、気はさらに重くなった。

 ――と、私がそうして歩いていると、廊下の向こうにハルトマンがいた。
 今日は起こしにいってやらなかったが、なんだ自分で起きてたのか。
 床に這いつくばって、なにやらはいはいのようなことをしている。
「どうかしたのか?」
 私はハルトマンの元へと行って、訊ねかけた。
 ハルトマンは顔をあげると、目を細めて私の方を見てきた。
「探し物」
 と、再び視線を床へと落としてハルトマン。
 探し物……? こんなところでなにを探してるんだ?
「いっしょに探そうか?」
 と、私はしゃがみこんでそう言った。
 一向にミーナと会う踏ん切りがつかなかっただけに、口実になると思ったのが半分。
 それに、なんだかハルトマンがとても困っている様子だったから。これがもう半分。
 ――が、ハルトマンは押し黙ったまま首を横に振った。
「そ、そうか……」
 いつもなら私にありとあらゆる迷惑をかけてくるのに、こんな時に限って……。
 まあ本人がそう言っているのだし、あまり私から言うようなことでもない。そんなことすると後が恐い。
「探し物、見つかるといいな」
 そう言うと私は立ちあがって、ハルトマンの元を後にした。
 持てあました手をポケットにつっこむと、硬い感触にぶつかった。

ルッキーニ【黒の組織に!】

 あたしは逃げるように走って、そうしてやってきたのはお風呂場の更衣室だった。
 ぜえぜえと息を切らして、そのせいで喉が渇いた。
 トマトジュースが飲みたくなったけど、それはかなわない。困ったもんだ。
 でもここなら、誰もいないはず……。そう思ったのに、先客がいた。

 誰だろう、この子?
 椅子の上に乗っかって、脱衣棚をなにやらごそごそしている。
 あたしよりちっちゃい女の子だ。7、8歳くらいかな?
 どうしてこんな子が、こんなところにいるんだろう?
 それは不思議なことだった。だって、あたしはこの部隊で最年少だからだ。
 あたしがその子の背中から目をそらせないでいると、その子はあたしの気配に気づいたのか振り返った。
 ――あっ!
 この子、ちっちゃいちゅ……
 いや、なんでもない。あたしは叫びそうになった言葉を呑みこんだ。

「ルッキーニさん?」
 その子は嬉しそうにあたしの名前を呼んだ。
 どうしてあたしの名前を知ってるんだろう? あたしは疑いの視線を向けた。
 本当ならあたしよりずっとチビなはずなのに、椅子の上に立ってるせいで見あげる格好だ。
「――あんた誰?」
 あたしはその子に歩みよる。
「ミーナよ! ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ!」
「は?」
「だから私はミーナ中佐なのよ。ほら、ルッキーニさん、あなたもよく知ってる――」
「そんなわけないじゃん。だってミーナ中佐はさんじゅ……」
 あたしの言葉は降りそそぐゲンコツによってさえぎられた。
 うじゅー。うめき声を出すあたし。

 ――その瞬間、あたしはなにが起きたのか悟った。

「このゲンコツの痛み、それにふんぞり返った偉そうな態度……。ホントにミーナ中佐なの?」
 頭をさすりながら、あたしは訊いた。
「ええ、そうよ――ていうより、そんなことを思われてたのね……」
 なんだか悲しげな顔をしてミーナ中佐は言った。

「でもどうしてこんなことになったのかは、私にもわからないの……」
 と、已然として椅子の上のミーナ中佐。服のサイズがあわないので、代わりになるものを探してたらしい。
「それはアレだよ! 薬を飲まされたからだよっ!」
「そんなっ……薬を飲まされたって、一体誰に?」
「ほら、アレだよ! 黒の組織に!」
「く、黒の組織っ……!?」
 どうやらミーナ中佐は混乱しているらしい。あたしの方がずっと冷静だった。
 でもそんなミーナ中佐も、ようやく事態が呑みこめてきたようで、あたしはほっとした。
「とにかく、他のみんなにも事情を説明しないと――」
「ううん、それはダメだよ!」
 まだ事態が呑みこめてない……。あたしは両手でバツをつくって止めた。
 それに、どうやって信じてもらうつもりなんだろ?
 まさかひとりひとりにゲンコツやビンタをしていくとか……?
「ど、どうして?」
「他のみんなに知られたら、その人まで黒の組織に狙われちゃうじゃん」
「そっ、そうだったわね……私としたことが」
 とにかくこのことは秘密にしなきゃいけない。あたしたちは約束を交わした。
 ――がっ。

「おーい、ミーナ」

 と、入口の方から声。
 バルクホルンだ。こんな時にタイミングが悪っ……!
 ミーナ中佐は顔をしかめると、ぷいっと背を向けてしまった。
 なんだろう? なにかあったのかな?
 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。バルクホルンは刻々と近づいてきている。
 なんとかしないと……そうだっ!

「ミーナ中佐、これっ!」

 あたしはポケットからそれを取り出して、ミーナ中佐に押しつけるように渡した。

ミーナ【トゥルーデと、ちっちゃい私】

 ルッキーニさんから手渡されたのはメガネだった。
 メガネ? なぜ……?
 ああ、そうだわ。これは、少しでも怪しまれることがないよう、変装をしろということなのね。
 私はその意図をくみ取ると、さっそくかけてみた。
 メガネにはしっかりと度が入っていた。くらっとする。私には視界が歪むほどにきつい。

 ルッキーニさんはトゥルーデを止めにいった。
「どうしたんだ。またなにか悪さでもしてたんじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないじゃん!」
 私も早く隠れないと……!
 それは私が現在こうなっていることは秘密だということの他にも、
 昨日の今日で彼女と顔を合わせるのがイヤだったという気持ちもあった。
 ――けれど、私が身を隠すより前に、トゥルーデは更衣室に入ってきてしまった。
 ルッキーニさんはといえば、トゥルーデの背中にくっついている。
 背中にまわりこんで抑えようとするも、そのままずるずると引きずられてきたのだろう。
「君は、誰だ……?」
 私を見て、トゥルーデはそう訊ねかけてきた。
 トゥルーデと、ちっちゃい私。
 悪夢の決別から一晩、私たちは再会した。

「こっ、この子はミーナ中佐の親戚の子で……」
 と、已然背中にぴったりひっついたルッキーニさん。
「親戚? たしかに似ているが……」
 疑わしげに言ってくるものの、トゥルーデの表情はゆるんでいる。
 顔を合わせたくないなんて思ってたけど、やっぱり顔を見ると嬉しくなっていることに気づく。
「可愛い子じゃないか」
 私の頭に手をのせて、トゥルーデは言った。
 昨日から180度、その態度を変えている。
 そうか。トゥルーデったら私にすっかり胸キュンでラヴめきしているのね。
 ムカついたけど、嬉しく思う気持ちの方がずっと強かった。
 ――ふと、私は思った。
 もしかしてこれは、神が与えたもうたチャンスなのではないか、と。

「ところでお名前はなんていうの?」
 トゥルーデは中腰になると、そう訊いてきた。
 同じ視線の高さ。乱れた私の髪をトゥルーデはかきあげて、そのせいで頭の働きが一気に鈍くなる。
「どうかしたの?」
 いけないっ。早く答えないと、怪しまれてしまう!
 もし私の正体に悟られようものなら、黒の組織の手がトゥルーデにまで及んでしまう!
「えっと、ミ……」
「ミ?」
 あっ! いけないっ! うっかり本名を名乗ってしまうところだった。
 落ち着いて。落ち着くのよ、ミーナ。
 なにか別の名前を考えなければ――そうして思考に要した時間は約3秒。

「じゃなくって、ニーナ! ニーナって呼んで、おねえちゃん!」 第1話 ニーナって呼んで おわり



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