ブリタニア―ドーバー―北海1944 CHASERS03 かなりついてないカタヤイネン


「おーい君、重いんでそろそろ自力で飛んでくれないかな?」

 頭をぽんぽんと叩かれつつ声をかけられ、重い目蓋を上げる。
 目の前には風に揺れ、かすかな夕日を受けてその色を主張するライトブラウン。
 自分の胸の下にはレザーのフライトジャケット。
 どうやらウィッチに負ぶさっている姿勢のようだ。
 でも一体なんでだろ?
 まだ思考がはっきりしない。

「ねぇ、私だって余裕あるわけじゃないんだから起きてってば」
「ん……」

 身体が重い。泥の中にいるみたいだ。
 そう、あたしは今最高に疲れてる。
 状況なんてどうでもいいや。
 空襲のサイレン以外じゃ絶対に起きるつもりなんて無いからな。

「あーもうっ! いい加減に起きなっ……さい!!」

 ゴツンと、鼻に重い一撃。

「んぶぉっ!!! んんなっ! なにしやがるっ!!」

 一瞬で目が覚めた。っていうか鼻がいてぇ。
 ああもうっ! この女思い切り頭突き食らわしやがって!
 きぃんと言う感覚と共に鼻の奥がつんとしてくる。

「効果抜群~」
「くっ……おまえ……」
「ほら、自分で飛んで」
「う……」

 言い返そうとしたらそう言われ、改めて状況を思い出す。
 そうだ、あたしは船に突っ込みそうななったところを突然上に突き上げられて……。
 こいつ、やり方は乱暴だけど助けてくれたんだな。
 腹立たしさは消えてはいなかったけど助けられて背負われてる状態で文句言ってもかっこ悪いだけだ。
 そう考えたあたしはストライカーに魔力を注ぐ。
 相変わらず身体は重かったけど、少し寝たせいか何とか飛行状態を維持できる程度には回復していた。
 その背を離れる。
 相手はブリタニアのウィッチのようだった。
 独特の三色迷彩で塗り分けられたスピットファイアが少し頼りなさげな音を立てていた。

「ふぅ、軽くなったわ」

 ブリタニアのウィッチはわざとらしく首と肩を回して苦労をアピール。
 恩着せがましい態度の割にはさっぱりしてて、なんか物を言いにくい雰囲気にはなったけど言っておかないと何だか主導権をとられそうだったんであたしは口を開いた。

「思い出したぞ。あんたさっきも思い切り腹に体当たりくれてたろ」
「そうよ、命の恩人と思ってくれても構わないわ。で、エクスウィッチに重いもの背負わせた御礼も聞きたいし妹との久しぶりの再開を邪魔されたお詫びも聞けたら尚良いわ」
「くっ」

 悔しいが言い返せないところに何だかあたしの良くわかんない話まで重ねてきやがった。
 確かに実際あのフォローがなければ船に当たってたろうし、その時にはあの銀髪の少女を傷つけていたかもしれない。
 それを思えばこの無礼なウィッチの所業も許せる気がしてきた。

「あーあーわかったよ、ありがとうございましたっ! でも妹の話とかは知らないぞ」
「悲しいわ~お礼に心が篭ってないなんて」
「だったらあんまり恩着せがましくするなよな! こっちだって感謝はしてるんだけど、そんな態度じゃ素直に言えないさ」
「うん、わかってるわよ、それでねっ……」

 と、スピットファイアのウィッチは唐突に愚痴と身の上話を始めた。
 何でも妹の所属してる特務部隊が解散して、実家にその妹が帰ってくる予定だったらしい。
 その帰宅時にカナダにいる自分がサプライズで家で出迎えてやろうと何とか船便を間に合わせ、ストライカーの使用許可を無理矢理もぎ取って飛行を始めところまでは良かったが、北海洋上にネウロイらしき反応が現われたせいで偵察を命じられて今に至るそうだ。

「ネウロイは見つけられなかったんだけどふらふら飛んでるあなたを見つけてね、いやぁ、我ながら良く間に合ったと思ったわよ」
「あ~、ほんとうにありがとうな……で、何処に向かって飛んでるんだよ」
「え? 言ってなかったっけ? ホラ、もう見えてるわよ。ドーバーの基地」
「エッ!?」

 ドーバーの基地って事は501じゃないかっ!
 イッルのいる場所だ!
 疲れも吹き飛んで一気に加速して管制を呼びかけつつ滑走路へとアプローチ。

「あ、ちょっとっ、きみっ!」

 ウィルマとか名乗ってたエクスウィッチの呼びかけも無視し、すぐに管制からの返事が返らない事を疑問に思いつつも周辺状況を目視。
 着陸態勢に入っている者、無し。
 滑走路上も離陸体制に入ってる物、無し。
 滑走路脇には鮮やかなオレンジに塗られたブリタニアのシルフィーソードフィッシュが駐機してて人がいるようだったけど、まだ離陸体勢に入っているようには見え無かった。
 着陸できる、とそう思った瞬間にいつものが来やがった!
 まずは前触れもなしに右エンジンがブローして盛大に煙を吹きはじめた。
 直後に左も見る見る出力ダウン。
 管制からの返事を待ってる余裕なんて無い。
 あたしはそのまま着陸を敢行すべく滑走路へと進入する……が、高度も速力もあっという間に落ちていく。
 一旦引き離してしまったせいで実は結構ギリギリの状態で飛んでいるらしいウィルマも多分フォローには間に合わないだろう。
 かといって、この程度で冷静さを失うあたしじゃない。
 前にだって似たような事はあったんだ……イッルを目の前にして落ちられるかよ!
 思い切って無事な左エンジンも含めて停止。
 直後に再起動。
 スカスカとした感触しか返って来なかった左エンジンに確かな手応えが戻ってくる。
 全力で魔力を注ぎ込んで回転数を確保。
 一見無茶に見えるかもしれないけど、実績ある方法だ。
 要は回転数の落ちたエンジンを補助する為に自動的に魔力をそちら側に供給する安全装置が暴走しただけなんで、一旦動力をカットして起動しなおせば問題の無いエンジンは普通にまわり始めるって寸法さ。
 大切なのは早い判断で左の回転数が落ちきらないうちにこの動作を行う事。
 回転数が一定数を下回れば再起動は難しいんで、高度が無ければただ落ちるだけになる。
 幸い滑走路が比較的高い場所にあったお陰で海面への墜落は免れたんだけど、既にその高度を割り込んでしまっていた。
 疲れた身体に鞭打って懸命に高度を稼ぐ……かなり、ギリギリか……?

「高度をあげてっ!!」

 ウィルマの悲痛な叫びが響く。
 そんな事いわれなくたって解ってるさっ!!
 岸壁が目の前いっぱいまで迫った所で胴体を反らす。
 上半身が何とか滑走路面上に出、中央に引かれた白線を視界に納める。
 直後にストライカーが突端に激突し、ひしゃげながら接続が外れる。
 反動で上半身が強烈に打ち付けられる。
 頭部をかばいながら転がる。
 痛い、本気で痛い!
 アスファルトと頭の間に咄嗟に差し込んだ右の前腕は多分折れてるだろうと思うし、前転してから打ち付けてバウンドして腰から背中も派手な打撲とひびか骨折がありそうだし、その後何十フィートか転がって全身擦り傷と打撲だらけ。
 遠くで何人もの呼びかけとか叫びとかが聞こえるけど、痛すぎて何言ってるんだかわかんないぞ畜生!
 こんな時に大事なのは意識を失わずに魔力を維持する事。
 朦朧としながら使い魔を呼び出して一番重症そうな腰から背中の治癒を開始する。
 次は右腕だ。左腕は腰のポーチから包帯を取り出そうと無意識に動くけどそういえばポーチはなくなってるんだくそったれ!

「オイッ! 大丈夫か!?」
「うじゅっ、すぐお医者さん呼ぶよっ」
「きみっ、しっかりしてっ!」

 痛みが和らぐと共に周りの声が認識できるようになってきた。
 さっきのウィルマ以外にも人がいるようだ。
 初めよりは和らいできたとはいえ未だ激しい全身の激痛をこらえて声を絞り出す。

「大丈夫だ……医者はいらねーよ。それよりもイッルに会いたい……ここに、いるんだろ?」
「え、イッルぅ?」
「え……っと、それってエイラのことか? っていうか医者が要らないはず無いだろ!」

 やった、こいつらなんとなく見覚えあると思ったら501隊の連中だな。こんな時にいうのもなんだけどあたしはついてる。

「いるんだろここに、エイラ・イルマタル・ユーティライネン……通称イッル。スオムスのエース……」
「エイラだったら今日の昼にここを発って船でスオムスに向かったよ……だから良いから喋るな……医者を待て!」
「ちょっ!!! イッルいないのかよっ!!!!」

 大分治癒の進んでたあたしは思わず目の前の奴に掴みかかっていた。
 痛みを堪えて目に涙が溜まっていたせいか目測を誤り、掴んだモノはなんというか……おおきくて柔らかかった。
 中々幸せな感触ではあったんだけど残念ながらイッルに会いたい思いでここまでやってきたあたしの意思を繋ぐまでにはいたらなかったらしく、そのままの姿勢で意識を失った。
 

 サイレンで目が覚めた。
 反射的に飛び起きてベッドから飛び降り、何故だかひどくぼろぼろの上着を引っ掴んだ所で寝室に誰かいることに気付いた。

「ウニャー……凄いね、お医者さんの言ったとおり本当に治ってるよ」
「ああ、そうみたいだな……」

 ベッドサイドで唖然としてあたしを見守っていたのは501隊のメンバーらしい二人だった。

「な、なんだよ……何か文句あるのかよ。っていうかそれより空襲じゃないのか!?」
「ああ、そうみたいなんだけど……」
「ウン」
「歯切れが悪いな」
「まだ防空監視システムが働いててこっちにも情報が届くようになったんだけど、現時点ではここに出撃できるストライクウィッチがいないんだ」
「ちょっと待ってくれよ。イッルもいないって言うし……ここはドーバーの連合軍第501統合戦闘航空団じゃないのかよ?」
「それならガリア解放を以て解散したよ。他のメンバーは原隊復帰のためにもうここを発った後さ」

 その言葉に目の前が真っ暗になる。

「え……それじゃ……」
「まぁ、どういう経緯だかわからないけど行き違いってやつだと思うぞ」

 な、なんてこった……つまりあたしは旅に出た時点でツいて無かったって事かよ!

「ねぇ、それよりもシャーリー……」
「ああ、そうだなルッキーニ。認識票は確認させてもらった。お前、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンで間違いないな?」

 シャーリーと呼ばれたおっぱいのでかいリベリアンが急に真面目な口調になる。

「何だよ急に……あたしならカタヤイネンで間違いない。ニパって呼んでくれ」
「それじゃあニパ、事前の情報と医者の話によるとお前って高速治癒の固有魔法を持っていて、さっきの怪我はもう完治しているって認識で良いな」
「ああ、声かけてくれたお陰で意識を保てたからな」

 病院に担ぎ込まれて長期入院したときは完全に意識を失っていたからだ。
 今日みたいに使い魔と連携して初期治療だけでも出来れば後は寝てても勝手に身体が治る。

「もう一つ。ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは第501統合戦闘航空団に転属願いを提出しているって事で間違いないな」
「おう、まだ受理されてなかったけどな」

 思えば無茶な旅立ちをしたわけだもんな。でも今更そんな事確認して一体どうするつもりなんだ?

「にゅはっヤッタネ、シャーリー」
「ヨシっ! 決まりだ」

 イェーガー大尉と隣のちっこいのが笑顔で視線を合わせた後、あたしのほうに向き直ってまた真面目な口調で言った。

「北海上空でのネウロイの出現によって501隊の解散は一時的に保留されたと判断する。現場の最上級指揮官である私、シャーロット・イェーガー大尉の権限で命令する。第501統合戦闘航空団のカタヤイネン曹長、出撃だ」
「ええっ!?」

 意外な言葉と命令に驚く。っていうか無茶な解釈じゃないのか?
 独断専行もいいとこだぞ……下手すりゃ後で軍法会議者だっていうのに何でこいつらこんなに笑ってられるんだ?

「なんだ、不満か? 実はさ……ネウロイの反応が出現した辺りの海域にエイラたちの乗った船がいるはずなんだ」
「な……おいっ! イッルたちは無事なんだろうな!?」
「まだわからない。ブリタニアの防空隊が出張ってるらしいけどガリア解放の直後で部隊再編中らしくて正直練度に不安がある。だから信用できる奴を送りたい」
「ウィルマも支援に飛んでったけど、あの人エクスウィッチだし正直あんまり役に立たないって自分でも言ってたし」

 不安そうに応えるイェーガー大尉とルッキーニとか言うちっこいの。

「ニパだったらスオムスでエースだったでしょ。聞いたよ~。シャーリーより撃墜数多いんだって?」
「正直とりこし苦労であって欲しいんだけどさ……あいつらの事心配なんだ。だから護ってやって欲しい、責任はあたしが持つからさ、頼むよ」
「そんな顔しなくたって行くに決まってるだろ。ストライカーを用意してくれ……ってあんたらはどうなんだよ?」

 すると二人はばつがわるそうに顔を見合わせてから応えた。

「あたしたちのストライカーはもう船便でアフリカに送っちゃったんだ」
「だから飛べるストライカーがエイラの残してったBf-109しかないんだよ~」
「イッルのだって!?」
「ああ、MT-223号機だったかな」

 イーヤッホゥ! 小躍りしたい気分だ!
 本人はいなかったけどイッルのストライカー履いて飛べるなんて最高じゃないか。

「エイラ用にセッティングしてあるんで扱いにくいかもだけど……」
「セッティング? なんだよ、イッルも軟弱になったな。スオムスじゃ人のストライカーで飛ぶなんて当たり前だぜ」

 むしろ下手に弄るなよな、イッルの専用なんてプレミアムメルスが台無しになるだろ。

「解った。もうセットアップはしてあるからすぐに飛び立って欲しい」
「ああ、まかせとけよ……ええと、イェーガー大尉だっけ?」
「シャーリーでいいさ」
「アタシはフランチェスカ・ルッキーニ。ルッキーニで良いよ」
「あたしたちはソードフィッシュで近くまで飛んで指揮と通信の支援を行う」
「了解だ! 宜しく頼むぜ、シャーリー! ルッキーニ!」

 ほんというとまだ体に疲労は残ってたし、時間的に夜戦になるのは目に見えてたんで不安はあったけど、こんだけ持ち上げられてしかもイッルの命がかかってるかもしれない状態でじっとしてなんかいられない。
 それに何の根拠も無い漠然とした予感だったけど、このネウロイはきっとアイツだって思った。
 二日間に渡ってあたしを追い回してくれた北海のネウロイ。
 メルスとMG42があるなんて理想的な環境が回ってきたんだ。
 3度目の正直。
 次こそは確実に北海に叩き落してやるぜっ!

 格納庫、セットアップされたMT-223号機。
 予備機だけあって報道で有名なダイヤのエースは描かれていないけど、あたしが履く分には余計な塗装が無くて丁度良いともいえる。
 接続を開始。
 大して使ってはいなかったんだろうけど、あたしにはわかるイッルの感触というか温もりというか、何だかそんなものを感じられた。
 もしかすると、今にも船が沈められてその温もりが失われてしまっているかもしれない。
 そんな事は無いと心に言い聞かせながらも今は不安の全てを拭い去る事なんてできない。
 だったらどうするのか?
 決まってる!
 自分で飛んで、見て、確かめ、そして護ればいい。
 決意と共に発進、離陸。
 件の海域まではメルスの脚で30分程度の距離で、シャーリーたちが中継してくれるブリタニア防空指揮所からの無線によるとまだ戦闘は継続しているらしい。
 ソードフィッシュとメルスじゃぁこっちの巡航が向こうの最高速ってくらいに差があるんであたしが先行する。
 じりじりする30分だった。その間も入電は続く。
 ブリタニアのウィッチは善戦しているが決定力に欠け、ネウロイのコアに届くような攻撃を加えられていないようだ。
 悪い事にネウロイは、その海域から避退しつつある、イッルの乗っていると思われる船の方角へと移動していた。
 でも悪いニュースだけじゃなかった。
 ブリタニアの首都ロンドン周辺にかけられた動員令が拡大され、増援が決定された。
 増援の中には501のメンバーだったブリタニア人――ウィルマの妹らしい――も含まれているとの事でどうやらそいつが来れば決定力不足も解消されるとシャーリーたちが喜んでいた。
 ホントかよ。とそいつを知らないあたしは疑問視するしかないんだけどエースぞろいの501隊でそれだけの信頼を得てる奴だし、ルッキーニによるとイッルもそいつの事は認めてるらしいからまあヨシとしてやるか。
 とはいえ続報でそのリーネとか言うスピット乗りの戦域への到着が1時間以上後になるとの情報が入電すると、後はもう落胆するだけだった。
 そうこうしてるうち、雲の霞の向こうの暗闇に赤いビームと曳光弾の交錯を視認した。
 戦域に到着したらしい。
 するとシャーリーたちの無線に混ざって別の声も聞こえてくる。

『……リーリャよりブラボー2、3、Pan、Pan、Pan。スモール1が背面側に回り込んできます』

 なんとなく聞き覚えのある声……思い出そうとしているとシャーリーの声が響いてきた。

『流石サーニャだ。これならあたしたちがソードフィッシュで来ることなかったかもな』 
「あの通信は?」
『エイラと一緒にスオムスへ移動する予定のナイトウィッチさ。レーダー魔道針能力があるからこんな視界の効かない状況でも相手の動きを掴んで指示を出せる』

 こんな隠し玉があるとは思ってなかった。
 口笛一つ吹いてから更に加速をかけて戦域へと切り込む。

「そいつは心強いな。誤認されないようにあたしの事も伝えておいてくれ」
『了解した。こちらグラマラスシャーリーのイェーガー大尉。リーリャは指示を続けたまま聞け。今からゲストのBf-109がネウロイへの攻撃に参加する。コードネームは……そうだなフェレットだ。上手い事誘導してやってくれ』

 うぁ、そのままニパってよんでくれればいいのにフェレットかよ。
 ま、この戦闘の間は我慢するか。

『リーリャ、了解。宜しくお願いします。フェレット』
「フェレット了解。頼りにしてるぜ」

 挨拶すると、早速返事の代わりに誘導の指示が入ってきて、あたしはそれに従って機動を開始した。
 同時に海上を行く輸送船の航跡も視認することが出来た。かなり近い。戦闘空域の真下を蛇行運動してる。
 ネウロイは案の定見覚えのある奴だ。確認できたら今まで以上に闘志がみなぎってくる。
 間合いをグッと詰めて航過際にトリガーを引き絞ろうとした時、ロールを打ったブリタニアウィッチが射線の向こうを横切った。
 同士討ちを恐れ、寸でのところでトリガーから指を離す。
 何なんだよアイツ。回り見てないのかぁ!
 どうやらリーリャの空中指揮が始まったのはネウロイが直情に到達したつい先ほどからだった様で、プリタニア隊の連中はいまだ指示をどう生かせばいいかを掴めていない様だった。
 いや……むしろこれってそれ以前の問題だろ。
 良く見ればこいつらは当たるはずの無い距離や効果の望めない間合いで無駄弾をばら撒いてはチャンスを逃す稚拙な動きばかりだ。
 その後もあたしのチャンスを潰し続けるコイツ等にあたしがイライラを募らせ爆発させるまで、そうは時間がかからなかった。

「おいおまえらっ!! 曲芸飛行やってるんじゃないんだ! 無駄弾ばら撒くな! 真面目にやりやがれっ!」

 叫びながら小型ネウロイのすぐ前に回りこんで射線に身を晒し、直後にバレルロールで減速、コイツをオーバーシュート。
 すれ違い様、目を瞑っても当たる距離で鋭く短く連射。
 寸分たがわず全弾が小型ネウロイの中心線に吸い込まれ、一瞬の後に霧散する。
 ったく、ブリタニアの連中がまともに働いてくれていりゃあこんな危ない真似はしなくてすむってぇのに……よっ!
 失った速度を稼ぐためにダイブ。同時に後方を確認。
 リーリャの指示を待つまでも無く、砕け散ったネウロイの光に照らされた雲底の乱れが別の小型ネウロイの存在を教えてくれた。
 ある程度の速度を得た所でメルスお得意のズーム上昇をかける。

『リーリャよりフェレットへ、直上、雲の中にスモール1、ほぼ同航、同速です』
「kiitos!!」

 予測とリーリャの指示はドンピシャ!
 感謝を叫びつつ相手が回避に入るよりも早くに予想位置へとMG42の連射を叩き込む。
 手応えあり。
 翼を砕かれたネウロイは錐揉みに入りながら落ちる。
 高度があるせいで立て直しに成功する可能性はあるけど、少なくとも当面の脅威ではなくなったはずだ。
 そしてさっきのあたしの叫びが効いたのかブリタニアの連中は編隊を組みなおし、改めて大型ネウロイに当たろうとしている。
 だったらこっちは小型機だ。
 あいつらの攻撃を邪魔させないよう全て抑えてやる。

「グラマラスシャーリーへ、聞こえるか? こっちは小型機をやるってブリタニアの連中に伝えてくれ」
「グラマラスシャーリー了解。あいつらには大物に専念してもらう」

 あたしは無防備な等加速でくるくる落ち行くスモール1を追う。
 戦場でやっちゃいけないことを敢えてやる事で自分を囮にして敵の興味を惹きつける。
 案の定、雲の中からもう一機の小型ネウロイがビームを打ちながらダイブしてくる。
 かかった!
 無理矢理空中で前転。
 更に上半身を右に捻る。
 メルスの翼が構造強度限界ギリギリのGで軋みを上げながらさっきまでの進行方向を向き、慣性の打消しが始まる。
 正直な所病み上がりの病み上がりで魔力も体力も自信がない。
 一番消耗の大きいシールドはギリギリまで使いたくないんで、相手の照準があやふやなうちにイニシアティブをとらせてもらう!
 Gに揺さぶられて射線が安定しないけど相手をびびらせるには十分なだけの体勢を確保。
 適当に照準してトリガーを長めに引き絞る。
 弾は掠りもしないが狙い通りアイツの機動をふらつかせる事に成功。
 あたしは十分に残っていた慣性に任せてもう一度姿勢を反転。
 失った速度を高度で補完しながら目でネウロイを追い続ける。
 意図に気づいたのか小型ネウロイは回避機動を中断して加速。
 緩やかに大型ネウロイ方向へと進路を変更する動きを見せつつ高度を上げ始める。
 もちろん大型ネウロイの支援には行かせないし、雲の中に逃げ込ませるつもりも無い。
 あたしは無茶な機動にもびくともしないMT-223に満足しながら、ズーム上昇で相手の鼻先を押さえるように機動。
 下側面から食いつかれるのを嫌がったネウロイは方向を変え無理やりあたしの方へとその機首を向け、砲撃。
 さっきのあたしと同じで、そんな無茶な姿勢から撃ったって当たりっこない。
 掠りもしない攻撃を無視して肉薄、相対速度を読んで薙ぎ払う様にMG42を発射……命中、霧散。
 視界の隅に光の欠片を納めると、追い込んだスモール1に止めを刺すために周囲を索敵。

『スモール1、復帰しています』

 リーリャの声。どうやら翼部分を回復して錐揉みから復帰した様だ。続いて位置と高度を示す情報を聞きながらこちらも追撃を開始。
 速度は十分に確保してたんであっという間に後方から肉薄、ぎりぎりまで近接して気合とともにトリガーを引き絞る。

「落ちやがれっ!」

 中央部にまとめて着弾。高度を確保し切れていなかったネウロイはあっという間に墜落し水没。意外なほど静かに波に飲まれ、消えた。
 大型ネウロイの方を見るとかなり距離が離れていたけど、シャーリーの通信から察するにスピットファイア隊の連携によって決着がつきつつあるみたいだ。
 コアへの一撃を与えることはできていないようだったけど火力の集中がネウロイの再生能力を上回っているらしい。
 これで、何とかなるか?

『なっ……ネウロイが……』 
「どうした!? シャーリー?」
『ぶんれつしちゃったよっ!!』

 唐突だった。

『分裂して加速した。残された部分が破裂してスピットファイア隊に被害が出てる。あ……まずいぞっ……あいつ、船に体当たりするつもりだ!!』
「何だって!?」

 船を捜す。すぐに見つかる。
 輸送船はあたしとネウロイの中間、ややあちらよりの辺りにいた。
 あたしは加速、上昇。
 ネウロイも加速。
 向こうは高高度からのダイブ、こちらは低高度から上昇をかけるんじゃ分が悪すぎる。
 コアの場所だってわからない。
 小さくなったとはいえまだ100ft以上の大きさがある奴相手にMG42じゃ、コアを潰す以外の方法でなんて落とせるはずがない。
 つまり、撃墜は間に合わない。
 だったらどうする?
 他に手は……全力で突っ込んで、ネウロイの軌道をそらして海に突っ込ませるか……。
 今のあたしにできるのか?そんな事……。
 魔力の消耗した状態であんなのに正面衝突なんてやらかしたらさすがのあたしだって、死ぬかもしれない。
 死……想像してゴクリと唾を飲み込み、冷や汗が背中を伝う。
 その時、船上の光が目に入った。
 大きく蛇行し傾斜した輸送船の操舵室の屋根の上に、手すりにつかまって空を見上げる少女の後姿があった。
 あの時あたしを救ってくれた、銀髪の少女。
 銀髪の両側にはレーダー魔道針の光。
 そうか、あのとき意識が朦朧としてたからわかんなかったけど、彼女ウィッチだったんだな。
 誘導をしてくれたリーリャの声に聞き覚えがあるのも当たり前じゃないか。
 何せ彼女の声なんだもの。
 更に視界に飛び込んできたのは、ラッタルを駆け上がってくる懐かしい姿。
 イッル……。
 胸の奥から湧き上がる、いろんな気持ち。
 言葉にできない、たくさんの事。
 そう、そうだよな……イッルと一緒にいる為に来た。
 アイツを守りたい。
 あたしを助けてくれたあの娘だって喪いたくない。
 覚悟を決めろよニッカ。

「今のあたしにできること……やってやるっ!!!!」
『お、おいっ! お前何するつもりだっ! ……くっ、ルッキーニッ用意しとけっ!』
『ウンっ!』

 シャーリーの通信を無視して加速!加速!加速!
 限界ギリギリまで水平に加速!
 輸送船の真上あたりで上昇を急上昇。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」

 逆落としに突っ込んでくるネウロイに対し、トリガーを引きっぱなしにして咆哮。
 背中にニパ!と叫んだ声が届いた気がした。
 もっと呼んでくれよ、あたしの事。
 あたしはそれで、力を貰えるんだ!
 乱射で大きく抉られたネウロイの機首部分が眼前に迫る。
 途中でMG42を突き刺すようにしながら激突。
 とんでもない衝撃。
 直後にMG42が崩壊し、吹き飛ぶ。
 小さく絞ったシールドを展開。
 慣性の支援を受けた青い魔方陣が、暴発したMG42の破片を防ぐと共にネウロイの表面を崩壊させていく。
 でも、長く持たないのは目に見えていた。
 だからあたしは、自分の魔法に賭けた。

 シールド消去……自己再生固有魔法能力、全力展開。 

 ネウロイのその圧倒的な質量と共に、砕けた破片が容赦なく降り注ぐ。
 頭が、顔が、腕が、脚が、胴体が、全身が……思いつく限りの損傷を連続で負い続ける。
 痛い、痛い、痛い、痛い、痛いいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイ……。
 マジで痛すぎる!
 でも……でもさ……ここであたしが耐えなきゃ、船に乗ってるイッルやあの娘……それだけじゃなく、他の何人もの連中がこんな痛みだって感じられなくなっちゃうかもしれないんだ。
 そんな事になって、あたしが生き残ってたらよっぽど心が痛いだろっ!!!
 だから、耐えてくれよあたしの身体……もってくれよあたしの魔法!!
 痛みと体力魔力消耗で失いそうになる意識を気力で繋ぎとめ、ネウロイに身体を食い込ませてストライカーを回す。
 それでも限界は訪れて、あたしは意識を失った。


 そして、永遠とも思える数秒間が過ぎても、衝撃はやってこなかった。

『……パッ! おいっニパっ! 聞こえるカっ!?』
『ニパさんっ!』
『ニパッ! カタヤイネン曹長! 返事をしろっ!!』
『ウジュッ! 返事してよぉ、ねえってば!』

 なんか色々聞こえてくる。

「う、るさい……な……眠らせて、くれよ……」

 でも正直疲労が限界だ。
 空襲警報のサイレン以外じゃ……って、こんな状況最近あった気がするなぁ。

『ニパっ! お前なんて無茶してんダヨッ!』
「イッル?」
『無事なのカッ? なんとも無いのカッ!?』
「え……一体何が起こってんだ?」

 目を開けると眩しい位に視界が赤い……。
 ついでに全身の怪我を意識してしまったせいか体中が痛くなってきた。
 畜生、泣きそうだぞ……。

『こちらシャーリーだ。いいかニパ、よく聞け! お前は今ネウロイに取り込まれてる。そいつは大きく旋回して、もう一度船に突っ込もうとしてる』
「なん……だって?」

 く……まだ、この赤い光に目が慣れない。
 しかし、ネウロイに取り込まれてるって……一体何がどうなってるんだ!?

『たぶん傷ついた身体を船の構造材で補強するつもりなんだ。今スピットファイア隊の動ける連中がそいつへの攻撃位置についている』

 船……そうかっ! あたしはネウロイに体当たりをしてそのまま体内に突入したんだな。

『船にネウロイが突っ込む前に攻撃を仕掛けるから、何とかそいつから抜け出してくれ』
「無理だ……ぜんぜん身体が……いや……」

 目の前の光の正体が、わかった。
 正十二面体の結晶のようなもの……間違いない、ネウロイのコアだ!

「奥、深い……脱出は無理っぽいから……いいから攻撃してくれ」
『なに言ってン……』
「ただし……このネウロイ、あたしが先に落とすかもしれないぜ」
『ニパァっ!お前何言ってんだよっ! 本当に大丈夫なのカッ!』

 ここまで来て死んでたまるかよ。
 通信機越しじゃなくて、ちゃんとお前の声が聞きたいんだイッル。
 だから……やってやる!
 目の前のことに集中して、もう一度全身に力を込める。
 何とか体をずらし、赤い闇の中でもがく。
 もう全身痛すぎてなんだかわかんなくなってきたぞ……。
 半ば麻痺した感覚で他人の物のように自分の体を観察する。
 中途半端に再生の進んだネウロイの体組織が体中に食い込んでる。
 ネウロイの組織はある一定以上食い込んであたしを傷つけたところでその魔力に侵されて崩壊を繰り返していた。
 それでも深く噛みこまれている左腕は抜けそうに無かったし、右腕は拳が砕かれていて使い物になりそうに無かった。
 となれば残された武器はひとつ。
 あたしはその狭い空間で振り上げられるだけ頭を振り上げてから一気に振り下ろす。
 コアから鈍い衝撃が返ってくる。
 正直かなり痛い。
 それでも、壊れないなら何度でも打ってやる!
 頭突きを食らわす……何度も。
 自分が馬鹿になったんじゃないかと思うほど、何度も、何度も、何度も。
 割れた額から流れた血が目に入って視界が奪われてようが何だろうが、何度も、何度も……。


 そして気がつくと、降りしきる光の中で、浮遊感とともに夜風に揺られてた。
 何だかよくわかんなかったけど、不思議な満足感に全身が満ち溢れてた。
 あたしはやりきったんだ……って、そう思った。



「あ、坂本さんっ! 目を覚ました。やっとですよっ!」
「おおっ、ついにか!」

 ん……どこだ? ここは?
 ゆっくりと揺れて、揺り篭みたいだな。
 体を起こそうとして、全身の痛みに顔をしかめる。

「あっ! まだ体を起こしちゃダメですっ」

 ちょっと癖のある発音のブリタニア語の制止と共に優しい青い光があたしを包み、同時に痛みが和らいでいく。
 あたしの寝てるベッドの横には東洋人の女の子がいた。

「いや~、あたしらが飛び立つ前に目が覚めてくれて良かった良かった」
「うん、そだねっ」

 今度は聞き覚えのある声だ。
 二の轍を踏まず今度はゆっくりと首を回して声の方向を見る。
 予想通りそこには見覚えのある二人組み、501隊のシャーリーとルッキーニの凸凹コンビ。

「あ~その、なんだ……治癒魔法、ありがと」
「はいっ、どういたしまして」

 にっこりと笑顔で答える治癒魔法の使い手。

「で、え~と……何がどうなって、ココはどこなんだ?」
「フム、ではまず自己紹介からするとしようか。私は扶桑皇国海軍少佐の坂本美緒だ」

 眼帯が特徴的な東洋人が口を開いた。そうか、この人が有名なサムライか。
 少佐の階級を頂くからにはこの人くらいの威厳が欲しいよな。
 なのにうちの24戦隊の隊長ときたら……はぁ、ため息が出るな。

「私は宮藤芳佳です。階級は……軍曹です。よろしくお願いします。ニッカさん」

 次に治癒魔法のウィッチが自己紹介。
 名前を呼ばれてるってことは、あたし自身の紹介はいらない感じなのかな?

「ここは扶桑の空母、天城の医務室で、今この船は大西洋を南下している」
「扶桑の空母ぉ? で、大西洋を……しかも南下って! 何であたしはそんなところにいるんだ!?」

 あまりにも意外な言葉に素っ頓狂な声を上げる。

「お前が無茶してネウロイを片付けた後、海に落ちそうなところをあたしたちが拾ったんだ」
「ニヒー、危機一髪だったんだよぉ」
「ま、初めてじゃないしな。回収のタイミングはバッチリだったぞ」
「次はもっとカッコヨク受け取っちゃうよっ」
「でもお前全身ぼろぼろでさ、すぐにでも病院につれてきたいってのにあたしらは海のど真ん中だ」

 ピクニックにでも出かけてきたかのように軽い口調で語る凸凹コンビ。

「そこにネウロイ発見の報を受けて北上をしていた天城からの我々が到着したのだ」
「私の治癒魔法が間に合って、本当によかったです」

 なんか、あたしが気を失ったあとも色々あったんだな……。

「そっか、ホントありがとな……ところでイッルは?」
「いっる……って……」

 ミヤフジが頭の上にクエスチョンマーク。イッルがイッルじゃない呼ばれ方してる環境ってのもなんか新鮮で面白そうだよな~。
 はぁ……全く、解散前に一度合流したかったよ。

「エイラの事だよ。前に聞いたこと無かったか? アイツ故郷じゃイッルって呼ばれてたんだよ」

 シャーリーがフォローを入れる。
 こいつはさっぱりしてる上にきりっとしてて上官向きだよな。
 っていうか、動くたびに揺れるあれは凄いよな。
 くそっ、うらやましいぞイッル! お前のことだから絶対もんでるだろっ!

「エイラは今頃バルトランド辺りじゃないかなぁ?」
「ええっ!? それっていったいどういうことだよっ!」
「はっはっは。お前は丸二日眠り続けていたんだ。あれだけの重症からたった二日間でそこまで回復できたのは大したものだぞ。胸を張っていい」
「でもまだしばらく安静ですよ、ニッカさん」
「し、しばらくってどれくらいだよ……」
「ん~扶桑につくくらいまでかなぁ」

 小首をかしげ、考えながら語る扶桑のウィッチ。

「ふ、扶桑にはどれくらいで付くんだ?ミヤフジ」
「はいっ。一ヶ月くらいです」

 無邪気に答える笑顔のミヤフジ。
 目の前が真っ暗になった。
 あたしはイッルに一緒にいたくてブリタニアまで飛んだってのにっ!
 あんまりだ~!!!

 やっぱりあたしはっ!!! ついてな~~~~い!!!!!!



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