見失わないから
サーニャはよく夜空を見上げている。
月明かりの下にいるサーニャはどこか儚げで、でもすげぇ綺麗で、神秘的だった。
私は、その姿を遠目で見ているだけの時もあれば、隣に腰を下ろして星々の伝説を
話してやる時もあった。でも、大抵は二人、ただ黙って輝く月を、煌めく星々を見
ているだけで時が過ぎた。静寂と光に満ち溢れた世界に余分な言葉は不似合いだっ
たし、それに、サーニャの隣にいるだけで、なんかこう幸せで、今、この世界が二
人だけのものみたいで、他には何もいらないような気がした。
ただ、その日は何か違っていた。
空には暗雲が立ち込めて、サーニャはそれを物哀しげな瞳で見つめていた。私は、
サーニャの隣の腰を下ろしたものの、何かしゃべりかけた方がいいのか、それとも
何もしゃべらない方がいいのかわからなくて、ただ黙って膝を抱えていることしか
できなかった。
「・・・エイラ」
「ん?」
「私・・・時々怖くなるの・・・見失うんじゃないかって・・・」
サーニャの声は悲痛なものだった。
「見つけられないんじゃないかって・・・向こうがこっちに何か伝えようとしても、
こっちが探し続けても、何かに邪魔されて、何かに隠されて、もう会えないんじゃ
ないかって・・・」
そう言いながらうつむき、自分の腕を見ているこっちが痛々しくなる程強く握った。
「それで・・・」
言うなって・・・。もう言うなって・・・。
私は、まだ何かを語ろうとするサーニャの体を思わず抱きしめた。
「私はそばにいるから!サーニャが見失いたくても見失えないぐらい近くにいるから、
手ぇ握ろうとすればいつでも握れて、抱きしめようと思えば抱きしめられるぐらい近
くに、それに二人でならきっとなんとかなるだろ?だからさ・・・もう、そんなこと
言わないでくれよ・・・」
抱きしめた私の位置からじゃサーニャの顔を見ることはできなかった。けど、サーニャ
の手が私の体を強く掴む感触は伝わってきていた。
二人のぬくもりが、触れあった体を通して伝わる鼓動が、二人が“ここ”にいることを
教えてくれる。私はどこにも行かないから、でもサーニャのためならどこへでも行ける
から、私はサーニャを見失わないよ、絶対に。 fin