さっきの約束は…


「ハルトマン中尉、お掃除しに来ましたよ」

そう言いながらエーリカの部屋の扉を開けて、芳佳は絶句した。なんとなれば昨日芳佳によって完璧に掃除されたその部屋が
原状回復と言うべきか、何事もなかったかのように散らかっていたからだ。
掃除されたことを示すのは、ただ埃が溜っていない床板や照明の傘だけだ。今日も作業着を着てごみ袋とバケツを持っていく
など、重装備をするべきというゲルトルートの意見は正しいようだ。付き合いが長いだけのことはある。

「ハルトマン中尉、お掃除しに来ましたよ、じゃなくて掃除しに来たよ、おねえちゃん、って言ってよね」

エーリカは芳佳の受けた衝撃など始めから無い様な調子でのんびりと答えた。

「掃除しに来たよ、おねえちゃん、はい復唱。いや、おはよう、もあった方が好いね」
「そ、そんなこと言って全く姉らしいことしてないじゃないですか」

芳佳は辛うじて応答しながら、昨日の、エーリカの様子を思い出さずにはいられなかった。



芳佳がゲルトルートに今日は予定が入ったから代わりにエーリカの部屋を掃除してくれないかと申し訳なさそうに頼まれたの
は昨日のことだった。早朝の訓練を終えたばかりで疲れていたが、大好きなおねえちゃんの頼みだったので芳佳は快諾し、指
定された装備でエーリカの部屋へ向かった。
ゲルトルートが週に一回以上は掃除しているということが信じがたい部屋をしかも、エーリカの二度寝を阻止しながら掃除す
るという重労働を毎日するという約束をしてしまったのも昨日のこと。
そのような契約をしてしまったのはエーリカの魔力ゆえとしか説明の仕方がなかった。
芳佳が掃除し終えて部屋から出て行こうとした時、エーリカの態度は急変した。エーリカはまず片手にバケツ、もう片方の手
にはゴミ袋をつかんでいる芳佳に近づくと彼女をそっと抱きよせた。そしてエーリカは、びっくりする芳佳をそのまましばら
く赤ん坊をあやすようにゆっくりと揺らしながら、そっと彼女を撫でつつ話しかけた。

「ありがとう、とても楽しかったわ。また明日、ここへ来て私の代わりに掃除していってくださらないかしら」

よく聞くと話し方に対し、私の代わりに掃除していってくださらないかしら、の部分に途轍もない違和感があるのだが、芳佳
はそこまで考えを巡らすことが出来なかった。そもそも、部屋に入った時からなんとなく様子が変だったとはいえエーリカが
静かで育ちの良い話し方をすること自体が予想外だった。
エーリカの顔を見ると、彼女はその両方の眼に普段とは違う光を宿らせ、優しく穏やかに微笑んでいた。あまりにも自然な様子だったので芳佳は混乱した。

(もしかして演技しているのかな。いや、この人は得するために人を欺いたりしないし、本当にこういう一面がある、のかな・・・)

そんなことを思っている芳佳を見てエーリカは上品にくすくすと笑い―

「約束してね。絶対よ」

そう囁くと無断で、しかし鷹揚な仕草で芳佳の唇にキスした。
濡れた音、甘美な匂いと感触が伝わり、芳佳は、はいと答えるのがやっとで、とんでもない約束をしたことに数時間気付かな
かったのだった。

それに比べて今日のエーリカはどうかと言うと、芳佳はおっぱい大きくていいねと返答しにくいことを言ったり下半身をいや
らしい手つきで撫でたり、かと思うと抱きついて大好き、などと言ってくる。芳佳は苦笑した。まったくエーリカの正体が判
らない。
それでもいやな気はしなかった。エーリカは可愛くて、ゲルトルートが夢中になるのも当然だ。芳佳もそうなり始めていた。

「今日はここまで。一応綺麗になったでしょう」

片付け終えた芳佳は、今日もエーリカは私だけが知っている表情を見せてくれるだろうかと期待し、不安でもあった。
それらは芳佳の表情にも表れていたらしくエーリカはそれを感じ取ることが出来た。

「あの、もしかして期待しているかな」

エーリカは言い難そうに謝った。

「昨日のあれ、って言えばいいのかな。あれ、演技だったんだ。だから二度は恥ずかしくてできないよ。ごめんね」
「演技だったんですか」
「うん。子供扱いされてついやっちゃった。芳佳、怒ってるよね」

別にエーリカが悪意を持っている訳ではないので怒る理由はなかった。

「怒っていないよ。それに私、姉らしくないおねえちゃんも好きだよ」
「おねえちゃんって呼んでくれるの」
「はい」
「嬉しいな、でも私どうして姉らしくないなんて言われなきゃならないの」
「それは、自分の胸に手を当ててよく考えてください」
「酷いよ。貧乳で悪かったね」
「おっぱい絡みのことじゃありませんって」

芳佳は困ってしまった。

「おっぱい以外のことも考えられますよ」
「しゃべり方がだんだん妹っぽくなくなってるよ」
「いろんなお姉ちゃんといろんな接し方があるんです」

若干不満げなエーリカに芳佳は、少し照れくさかったがキスをした。

「約束のキスですよ。また明日来ますから、今日はもう二度寝しないでくださいね」

素直なエーリカの返事を聞きながら、こういうおねえちゃんも、本当にありかもしれないと思った。
数十分後、食堂へ向かう芳佳はエーリカの部屋の前を通り過ぎる時あはあはあは、と力なく笑った。なんとなれば二度寝と寝
坊をしたエーリカがゲルトルートに怒鳴られていたからである。
二度寝しないのも約束、でも明日も行くというのも約束ですよねーと芳佳は呟いて、それから笑いを隠すように頬を可愛らしくふくらませ、明日だけですからね、と独り言を言った。


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