スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 繁忙期のひととき


 夏、相変わらず暑い日が続く。
 陽も落ちきらないから意識しないと睡眠時間もつい短くなる。
 だれて仕事が手につかなくなってもおかしくない環境ではあるんだけど、今のわたしは一味チガウ!
 何せもうすぐサーニャの誕生日ナンダゾ。
 戦争が終わって、二人で暮らし始めてからの初めての誕生日だしナ。
 労働に力が入るのもアタリマエダロ。
 それに、サーニャの誕生日以外にもイイコトがちょっとづつ増えてる。
 一旦放棄された町や村の再生や街道や鉄道の再整備があちこちで本格的に始まったんだ。
 自分たちの故郷へ還る人や、工事に従事する為に移動する人。
 その他にもカレリアの短い夏にできるだけのことをやっちゃおうって人たちが動き回ってて、まだまだ波はあるんだけれど街道上にあるうちの喫茶店も結構忙しくなってきた。
 これってスゴク幸せな忙しさだと思うんだよナ。
 喫茶ハカリスティ、ただ今繁忙期ダ。

 で、忙しいのはイイコトなんだけれど、忙しすぎて休めない……。
 かっちりと休憩時間作ってしまえばいいんだろうけど、周りに何も無い所でうちに寄ってくれる人を失望させちゃ嫌ダヨナ~、って所でサーニャと意見が一致したんで、閉店時間を早めにする代わりに昼間は動き続ける事にしたんだ。
 でも、これだけ不定期にお客さんが来続けると人手がもう一人分くらい欲しいよなぁ。
 だいたい、折角のピアノをサーニャが弾く機会が少ないなんて悲しすぎるじゃないかー。
 と、考え事をする間にも身体は動かし続ける。
 注文をとりながら厨房のサーニャとアイコンタクトで状況を確認。
 お客さんがコーヒーか紅茶って部分だけでも先行で伝えられると結構無駄を省けたりする。
 サーニャはほぼ厨房に篭りっきりで料理を作って紅茶を入れて、わたしはサンドウィッチの一部とコーヒーを担当しつつ注文をとって配膳。
 3時間くらい、休む暇なし。
 そんな忙しい午後が過ぎ、ちょっとお客さんの途切れたまだまだ明るい夏の夕方。

「最近ね、毎日が凄くうれしいの」
「急にどうしたんダヨ、サーニャ」

 勿論わたしはサーニャと過ごせるってだけで凄くうれしいし、どんな理由だってサーニャが喜んでくれてるんならわたしはもっと幸せになれる。

「みんな、故郷へと帰る事ができてるんだよね。だから、街道がにぎわっててこんなに忙しいんだよね」
「ウン、ソウダナ」
「それって、凄く幸せな事だよね、エイラ」

 うすうす感じてたけど、やっぱりそうだった。
 やっぱり考えてる事が一緒で、それが嬉しい事だから頑張っちゃうんだよな。 

「わたしもそう思う。本当はカレリアのこんな場所に店を開いて、いきなりこんなに忙しくなるなんて思ってなかったんだ」
「嬉しい誤算ってこういうことを言うんだよね、エイラ」
「ウン……あ、でもさぁサーニャ、最近サーニャ忙しくてピアノ触ってないダロ。大丈夫なのカ?」

 そう、忙しいことも嬉しくて楽しんでてくれるのはいいんだけど、サーニャは皆に音楽を届けたいとも思ってるはずなんだ。
 ちゃんと調律師も呼んで調整してるピアノなのに、奏でられないなんてもったいないし、何よりもわたしがききたい。

「部隊にいるときも毎日触れてるわけじゃなかったから……」
「でもさ、戦争をしてるわけじゃ無いんだから、サーニャの大好きな音楽の事ももっといっぱいやるべきだと思うんだ」
「エイラがそう言ってくれるの、凄く嬉しいな……嬉しいけど、でも、今は復興の為に頑張ってる人たちに安らげる場所を作れるって言う事の方がわたしには大事」
「サーニャ……」
「だから、カレリアの短い夏の間、私はハカリスティの看板娘の一人として頑張りたいの」

 そう言ってはにかんだサーニャ。
 あ~ヤバイナ。
 笑顔に、感動で胸の奥が熱くなってきてる……。
 話題を変えないと、感涙に咽びそうなんで……そんな姿を見せたら恥ずかしい上にサーニャが心配するダロッ! だから、えーっと、どうしよう、あ……ソウダッ。

「ウン……でもサーニャ、一人としてって、うちの喫茶店の看板娘はサーニャ一人ジャナイカー」

 なんてことはないどうでもいいツッコミ。で話題を変える。
 サーニャはわたしの振る話題に何でも興味持ってくれるから結構この手で空気を変えられるんだ。
 勿論わたしもサーニャとだったらどんな話をしてても楽しいからイイコトずくめ。

「え……!?」

 でも何故かわたしの予想と裏腹に心底不思議そうな表情をするサーニャ。
 何か変な事いったのか?わたし?普通の話題転換というか、なんでもない話だと思うんだけど……。

「エイラ……そっか、ごめんね、エイラ」

 すると突然申し訳なさそうな表情で謝罪するサーニャ。
 最後にエイラってつけてるという事は、もしかするともしかしなくてもわたしに向かって謝っているように見える……って、えええっ!?

「え?え?え? なななな何でいきなりサーニャが謝るんダ? わたしはサーニャから謝られる事なんてされた事無いゾッ」
「自覚が無いから、余計にいけないと思うの。わたしがその方がカッコイイって思って、押し付けちゃってたんだよね。本当にゴメン、エイラ」
「あ、謝らないでよサーニャ。全然意味がわかんないんだ。それにきっとサーニャがわたしに悪い事なんてしてるはず無いじゃないか」

 思いっきりオロオロしてしまうわたし。
 するとサーニャが強い視線で私をまっすぐ見つめてくる。
 その翠の瞳にはいつになく固い意志が煌いていて、わたしは動けなくなる。

「エイラ、大丈夫。ちゃんと用意してあるからちょっと待ってて」
「え?」

 言うが早いかサーニャは踵を返して二階へ。
 勢いに押されて動けなくなったわたしは棒立ちのまま。
 うーん……何がどうなってるんダロ?
 ほんとにサッパリわけわかんないぞ……でも、わたしがサーニャを困らせてるんならイヤだな……。
 目の前からサーニャがいなくなってまだ5秒も経っていないのに陰鬱な気分が全身を支配して体中から力が抜けていく。
 そんな気分を吹き飛ばしたのは、外からのどんがらがっしゃーんっていう騒音だった。
 っていうか何々っ!? 何が起こったの?
 気になったわたしがワンテンポ遅れて出入り口側に向き直ると、大きな音を立ててドアが開かれた。
 入ってきたのは砂埃にまみれたショートカットの同い年の女の子。
 わたしがもってるのと揃いの水色のパーカーを汚し、痛みを堪えて目に涙を溜め、肩で大きく息をしている。

「やっとたどり着いたぞイッル!」

 入ってくるなり大声で叫ぶニパ。

「おー」
「お前あたしの嫁なんだから嫁らしくこういう店開いたんならちゃんと教え……」

 わたしが平板な声で突然の来客に驚いた事を申し訳程度に表現していると、ニパは嫁だなんだとわけのわからないことをまくし立てて、不意に動きを止めた。
 彼女こそはスオムスの誇る傷だらけのエース、ついてないカタヤイネンことニッカ・エドワーディン・カタヤイネンだ。
 お互いに命を救ったり救われたりしてるわたしの親友ともいうべきウィッチで、非常に愛すべき悪戯相手でもある。
 そう、コイツはとにかく色々と観察していて楽しいやつなんだヨナ。
 ちなみにニパに関してはこの喫茶店を始めたのを黙っておいて、いつ気付くかを同じく元同僚のリリィのやつと賭けをしていた。
 わたしは2ヶ月、リリィは1ヵ月って予想。
 今は開店から一ヵ月半を過ぎてるんで賭けは私の勝ちダナ、フフン。1000マルッカはわたしのモノだぞ、リリィ。
 それはそれとして……わたしは様子のおかしいニパに意識を戻してみた。

「どうしたんだよニパ。嫁って一体なんだよ。っていうかわけわかんないぞーオマエ」
「おおおおおお……」

 良く分からないけど、どうやら私を見てなにやら感銘を受けているらしい。一体何なんだよー今日は。

「すまないイッル。あたしが間違っていたみたいだ。お前がこの店の事をあたしに教えなかったのは許す。後お前があたしの嫁って言うのも訂正する。多分……いやきっと、あたしがお前の嫁のほうがピッタリくる」
「イヤ、だから嫁だなんだって何の話をしてるんだ?」

 話しを聞いてないのか、ニパは私の周りをぐるぐる回りながら執拗に観察しながら頷いたりうなったりしている。
 なんかあんまりいい気分じゃないぞ。

「何か凄い音がしたみたいだけど、どうしたの?」

 そうこうしてるうちにサーニャが戻ってきて、私から半歩の間合いの場所に立った。
 手には何か……替えの服らしきものを持っている。

「あ、ニパさん、久しぶり」
「おっ! サーニャちゃん久しぶりっ! オラーシャ戻ったんじゃなったの?」
「え?」

 ふふ~ん、どうやらニパはわたしがこの店を始めたことを知っていてもサーニャと一緒にすんでるって事まではわからなかった様ダナ。

「サーニャは今わたしと一緒に住んでるんだぞー」
「な、なにっ!? 一体それはどういうことだよっ!」

 おー、動転してる動転してる。
 ニパはわたしとサーニャ絡みになるとリアクションがいつもの倍くらい激しくなるんでホント楽しい。

「どうもこうも言葉通りの……」
「あのね、エイラがわたしのわがままを聞いてくれて、スオムスとオラーシャの中間に近いここで一緒に喫茶店をしているの」

 サーニャはそう言いながら私まで半歩だった間合いを更に縮めてきて……って、密着したら……あああああ暑く無いのかサーニャ!?
 考えてみるとサーニャもニパとわたしの会話にはいつもよりも積極的に混ざってきたし、ちょっと強気な態度になるんだった。
 体温以上にヒートアップしつつニパとサーニャの会話は進む。

「も、もしかしてイッルのその服は?」
「うん、私が選んだんだけど……」
「ぐっっっじょぶ!サーニャちゃん!! いやぁ、昔から言動が男っぽい奴だとは思ってたけどさ、本当に男物の服がこんなにピッタリ決まると思わなかった! さすがサーニャちゃん! イッルのそういうところ解ってる!」
「ダメ!」

 突然、強い口調でサーニャが叫んだ。
 叫ぶと同時にさらに密着度が上昇する。
 もうさっきからわたしはオロオロしっぱなしで何の役にも立たない傍観者状態だ。

「え……って、やっぱり、あたしがイッルの嫁じゃダメなのか?」
「そういう事じゃなくて……ん……、それはそれでそうなんだけど……あのね、やっぱりエイラにもこれを着て看板……」

 と、サーニャが言いかけたその時だった。
 窓の外に軍用のオープントップのハーフトラックが停車した。荷台にはいっぱいの人、人、人。
 どうやら大規模な工事の為に招集された連中で、こんな中途半端な時間に腹を空かせて押し寄せたようだ。
 わたしたちが反射的にいらっしゃいませを言うが早いか席が埋まっていく。

「エイラ!」

 サーニャが焦った声を上げる。
 今までいっぺんに全部の席が埋まったことなんて無かったというのに、それだけでなく外には行列まで出来てしまった。
 更に声援まで飛び始める。
 っていうかコイツ等元軍人ダロ! みんなあたしたちの事を知ってるみたいダゾ!
 もうニパに構ってる暇は無い!
 全力で接客するしかないぞっ!
 ふとサーニャを見ると、アイコンタクトで会話が出来て、力強く頷いてくれる。
 そうさ、こうやって復興の為にがんばってくれる人たちに、少しでも安らげる場所を提供できるのがわたしたちの幸せじゃないか!
 あ、でも全力で接客を……って、

「サーニャ。その服ってウェイトレス用のダヨナ?」
「え? あ、うん。そうよ、エイラ」

 ふふーん。猫の手も借りたいような忙しさに、雪イタチの手を借りることになろうとはなぁ。

「よし、ニパ! お前これ着て配膳手伝え!」
「え!」「え!?」
「ナンダヨー、ニパお前わたしの服見て嫁になってやるとか言ったくせに手伝えないのカ? もうそんな人とはヤッテラレマセン……それとも何か? オマエ、こんな簡単な作業もこなせないのかー?」
「む、言ったなイッル! いっとくがな、あたしは懲罰で一通り基地の雑用全部こなしたんだぜ! そのあたしに配膳程度の事が勤まらないとでも言うのかよ!」
「じゃ、ヤッテモセロヨー」

 のせてるわたしが言うのもなんだけど、ホントこいつは乗せられやすいヨナ。
 ニパ、オマエもうちょっと考えてから行動した方がイイゾ……と、心の中で聞こえないように忠告。

「おうともやってやるさ! サーニャちゃん、服借りるぜ」
「奥で着替えてすぐに出て来いよ」

 ニパはサーニャの手からウェイトレスの服をひったくる。
 っていうかサーニャにあんまり乱暴な真似するなよナ。

「あとな、サーニャの予備の服なんだからな! 汚したり破いたりとかするなよナ! 絶対だぞ!」
「あのなぁ、汚すなってのは無理だっての」
「それでもヨーゴースーナー! ……ったく、サーニャの服着れるってだけで羨ましいっていうのに……ブツブツ」

 横を見ると何か言いたげなサーニャの顔。
 う……心配させちゃったカナ? っていうか何であの服持ってたんダロ?
 あ、サーニャの事だから上で気付いてこういう状況予想して持ってきたのカナー。
 ソウダヨナ、サーニャはいつでも良く出来た娘ダモンナ。

「ふふ、用意がよくて助かるよ、アリガトナ、サーニャ」
「え、エイラ……その、そうじゃなくて……でも、よかったの?……折角来たお友達なのに」
「大丈夫さ、何か困った時にアイツ程信用できる奴ってのは少ないんダゾ。っていうかこんな所で話してる暇無いな……オーダーとるから厨房を頼む」
「うん」

 サーニャが申し訳なさそうな、なんか複雑な表情で言うのを私が笑い飛ばす。
 大体さ、アイツってあれだけついてなくて不遇だったっていうのに凄い結果を残してるんだ。
 周りが見えなくなる短所って言うのはそれだけ一つの事に集中してるって事だしナ。

「わたしたちの出す食事やコーヒーが、みんなの幸せの一端になるんだ、ガンバロー、サーニャ」
「うんっ、頑張ろうね、エイラ」

 笑顔で頷くサーニャ。
 うん、そうダヨナ。
 わたしはこの笑顔の為に生きてるんだ。
 サーニャの幸せのためだったら、どんなドタバタだって超えていけるぞ!
 そして程なくしてウェイトレス姿のニパが合流した。
 サーニャとお揃いの服装が意外と似合ってて余りにも羨ましかったんでちょっとからかってから簡単に仕事を説明。
 何百人という人間が出入りする基地の食堂で鍛えたニパは大口を叩くだけの事はあって動きにそつが無く、途中で発生した理不尽な不幸もわたしのサポートで事なきを得た。
 ハーフトラックのおっちゃんたちが去った後も数人の集団が続いて、閉店する頃には設定した閉店時間を大きく回っていた。

「今日は、本当に忙しかったね。ニパさんがいてくれてよかった」
「ああ、ホント助かったぞ、ニパ」
「ふふん、もっと褒めてくれてもいいぞ」

 なんかえらそうに胸を張るニパ。
 でも、こいつはボーイッシュな服装しか見てなかったから結構新鮮だよな、ウェイトレス姿。
 ふと成長を確かめてやりたい衝動に駆られたけど左側に寄り添うようにして立っているサーニャの存在を強く感じて自重した。
 ニパのおっぱい程度のことでサーニャを怒らせたくないモンナ。

「ああ、ありがとうなニパ、後ついでにサウナの準備も頼む。裏手にあるからヨロシク」
「おうっ、任せとけっ……って、お前客に仕事手伝わせておいてそりゃ無いだろ! 自分でやれ自分で!」

 チッ、流石にそこまで乗ってはくれないか。ニパのクセに生意気ダゾ。

「じゃ、私サウナ用意してくるね」

 ああ、シマッタ。今回こそはサーニャに背負い込ませたりなんかしない。
 わたしが一番上手にサウナを用意できるんだしナ。

「アーアーアー待った待った! サーニャが一番疲れてるんだから、わたしがやるぞ!」
「でも、エイラたちのほうが動き回ってたし……」
「ダーメ。こういう疲れてるときこそサウナトントゥにしっかりお願いしなきゃいけないからナ。トントゥの事わかるのわたしだけだし、わたしがやるのが準備するのが一番ダ」
「おー、じゃ、ヨロシクな、イッル」
「エイラ……ありがとう」
「おう、じゃ、すぐに用意してくる」

 ウン、そうだよな。頑張ったサーニャには最高のサウナを用意したいモンナー。
 掃除して、ストーブを焚いて、お気に入りの石を用意して、白樺の枝を用意して、トントゥにお願いをして……ヨシッ!

「サーニャ~サウナの準備できたゾー……って、えええっ!?」

 ガチャっとドアを開け、意気揚々と戻った二人の待つ部屋では……何故かありえない修羅場が展開していた。
 と、とりあえずなるべく冷静に現状を解説してみようと頑張ろうと思ったり思わなかったりで何だか良くわかんない。
 いやいや、落ち着けわたし。
 ええと、まずは仰向けにたおれたニパ。
 服は半分はだけてて、意外と張りと形のいいおっぱいがこぼれそうになってる。
 随分ともみ合ったのか、ズボンもかなりずれてる状態。
 次にサーニャ。
 ニパのお腹の上にまたがってるマウントポジションで、ニパのウェイトレスの服をひっぱってる。
 抵抗を受けたせいかこっちもかなり服が乱れてて、かなり艶かしい事に……。
 っていうかさ、二人とも興奮したのか白い肌を上気させて、涙目で肩で息してて……なんかこう、ドキドキしてくる感じなんだが……まぁ、現実的に言ってありえないシチュなんでとりあえず一旦ドアを閉めてみる。
 ガチャ。
 深呼吸深呼吸。
 すーはーすーはー。
 ふぅ、こんなもんカナ。
 やっぱり疲れてる時はへんなものを見ちゃうんだよな、キット。

「サーニャ~サウナの準備できたゾー」

 ガチャ。
 …………。
 以下繰り返す事3回の後に、どうやら幻覚から脱出できたみたいだ。

「いやー疲れてるときって変なものを見るもんなんダナ」
「そ、そそそそうね、エイラ」

 でも幻覚とはいえ結構良いものを見た気がする。
 レアなサーニャコレクションとして心に留め置く価値はあるレベルだと思う。

「でも結構リアルな幻覚を見たんだゾ。サーニャがニパの上に馬乗りに……」
「あ、あの、あれは……」

 何故か幻覚の続きみたいに服装が乱れてて妙にしどろもどろなサーニャ。
 そこにニパの声が響いた。

「イッルが悪い!」
「へっ!?」
「イヤ、どう考えてもイッルがヘタレで鈍感なのが悪いぞ!」
「なっ!? 突然ナンダヨ」
「知るかっ! 自分の胸に聞けっ! サウナ入ってくる!」
「お、おいニパっ!」

 今日はどっから何処までワケわかんない状況を続けなきゃいけないんだよっ!
 労働に汗するサーニャのステキな笑顔が台無しじゃないか。

「なぁ、サーニャ、一体ニパの奴どうしたんだ?」
「私、ニパさんに謝ってくるね」
「え?」
「でもね、ニパさんのいうことにも一理あるから、エイラも良く考えて」

 え?え?え?一理って……んー困ったぞ。
 この間のサーニャが酔った時より困った。
 何せ全然心当たりが無いのに胸に聞けなんて言われてもナー。
 んーんー……まぁ、折角サウナ準備したのに一人じゃ寂しいな。
 とりあえず私もサウナ行こう。
 それにもし……もしもさっきの幻覚が幻覚ではなく現実だったと仮定した場合、また修羅場になってるかもしれないじゃないか!
 サウナであんなことになってたら、ホラ! ニパが羨ましくて許せない……じゃなくて喧嘩はよくないから止めないとナ!

 果たしてたどり着いたサウナでは、なんか二人が笑顔で会話をしていた。
 もう今日何度目かわからない『?』」を頭の上で躍らせながらトントゥの護る暑い霞の中へと踏み込む。

「おう、来たなイッル。やっぱりお前が悪いって事になったぞ~、さぁ謝れ」

 ニパの言うことをスルーして口を開こうとしてるサーニャに集中する。

「悪いとまでは言わないけど……エイラ、あのね、今日ニパさんが着てたウェイトレスの服なんだけど……」
「ウ、ウン」
「エイラのだったんだよ」
「へ?」

 何であの服がわたしのなんだ? あの服は私は持ってなかったはずだけど。

「エイラ、はじめは私とおそろいの服で、って思ってたでしょ。私もペアルックだったら素敵だとは思ったんだけど、あの時は別々の服で役割を現せるほうがもっと素敵な気がしてて男物の服を薦めたの」

 ウンウン、それに関しては100%同意するぞ。はじめはちょっとドウカナーとか思ってたけどサーニャの目に狂いは無くて、鏡に二人で立った瞬間これ以外に無いって思ったからナ。

「でもエイラってそこで満足しちゃって、自分のことに気付いてなかったの」
「ん、それは自覚したほうがいいぞ、イッル」
「な、何だよソレー。自分の事って言われてもさぁ、今の服気に入ってるんダゾ」

 なんといってもサーニャが薦めてくれた服ダカラナー。

「エイラは私の事を看板娘って言ったけど、違うんだよ」
「え? サーニャが看板娘じゃなかったら誰が看板娘なんだよー、サーニャ意外にいないだろー。大体ホラ、今日臨時で入ったヘルプは看板娘ってキャラじゃないダロ」
「オイ、言うに事欠いて……余計なお世話だっての!」

 相変わらずニパは無視でサーニャのことが気になる。
 看板娘としてがんばるって言ったのに自信なくしちゃったのかなぁ?
 うーん、どうやって励ましてあげたらいいんダロ? あ、こういうときこそせっかくサウナにいるんだからトントゥにお願いをして……。 

「はぁ~」「はぁ~」

 と、思考をめぐらせるが早いか二人が深く溜息をつく。
 何だか心底あきれてるような雰囲気だけど、ナンデダ?

「ナ、ナンダヨその溜息!?」
「なぁサーニャちゃん、もうちょっとこいつにはガツンと言った方がいいぞ」
「うん、なんか本当にそうしなければいけない気がしてきた……」
「おーい、話が見えないぞー、何で二人でヒソヒソ話してるんだよ」
「だからねエイラ!」
「は、はいっ!」

 唐突に強い口調で名前を叫ばれたものだから思わず背筋を伸ばしてしまう。

「エイラと私で喫茶ハカリスティの看板娘なのっ!」
「さ、サーニャと、わたしで? そ、そんなの比べちゃダメダロー、そりゃあわたしだって……でもさ、サーニャのが断然可愛いんだから……だから……」
「エイラにちゃんと同じ服着てもらって、そういうところ自覚してもらおうと思ったらニパさん来て、いつもの服を褒めて……私の用意した服をニパさん着ちゃって、エイラほどじゃないけどニパさんも鈍感だから……それで私ちょっとムキになっちゃって……無理矢理服を返して貰いそうになっちゃったの」

 さ、さっきのはやっぱり幻なんかじゃなかったのか。

「え、ええとええと……つまり……ニパが空気読めないのが悪いって事になるんじゃ、ナイノカ?」
「うあ、この期に及んであたしのせいかよっ! もうサーニャちゃんとはその件仲直りしたから後はお前の鈍感ヘタレっぷりを断罪する番なんだよっ!」
「むっ、言ったなニパ!」
「エイラっ!!」

 改めて強い調子のサーニャ。
 反射的に素直な返事のわたし。

「はひっ!」
「明日から、服を替えましょ」
「ウン」

 って、返事しちゃったけど、えと……これってサーニャとペアルックで仕事って事になるんだよな。
 …………。
 …………。
 …………。
 あわわわわ……イイノカナーそんなことしちゃって……想像するだけで幸せすぎてこれじゃ明日から仕事にならないかも知れないジャナイカー。
 あ、そうだ!

「コイツ! コイツどうするよ!」
「イッルさっきから失礼すぎ! 指差してコイツとか言うなぁ!」
「ホラ、最近忙しいダロ。だから夏の間だけコイツ雇うとかドウダロ?」
 
 今日の働き振りを考えるに、ニパがいればわたしがちょっと幸せに浸ってても何とかなりそうな気がするゾ。

「え?」「え、いいのかイッル」
「今日の働きは流石下働きのカタヤイネンだと思ったんだ」
「なんか気に食わない表現だけど、イッルがいうなら働いてやらなくも無い」

 コイツはホント素直じゃないな。結構嬉しいくせに。

「サーニャはドウダ?」
「……うん、いいよ。ニパさんいると今日みたいな時はとても助かると思うし……」
「ヨシ、じゃ決まりダナ」
「おう、それじゃ任せとけ……ところでお前、男物の服だとちょっとわかりにくかったけどさ……」

 立ち上がって近づいてくるニパ。おっと、先の展開くらいは読めてるぞ。
 ニパは私のおっぱいを触りにくる。そうなるとこちらもやり返していいという合図ではあるんだけど、ちょっと機嫌を損ねてしまったサーニャの前で他の娘の身体を触るなんてことできるはずないからナ。
 ニパとも久しぶりだしサウナでなんて非常においしい状況ではあるんだけどここはグッと我慢で、ハルトマン中尉の態度を見習ってみようと思う。

「……程よく大きくなってるだろ~……そりゃっ」

 むにゅっ。
 よし、ここで腰に手を当てて胸を張って『ふふ~ん』と言う表情で返せばっ!

「お、何だ今日は触り放題なのか? じゃあ遠慮なく……」

 え? あ、ちょっとっ!
 あっという間にバスタオルを剥ぎ取られてじか揉み状態。

「よし、次は……」

 っていうかニパ手つきがヤラシイってっ!
 指っ乳首こねるなゴラー!
 い、いやまて、ここで『ふふーん』で返せなくてどうするわたし!

「よし、じゃあ今度は舌で……」

 エスカレートしようとするニパの行動。
 って調子にノンナー! と私が叫んで突き飛ばそうとするよりも早く。

「ダメーーーー!!!!!!」

 どんっ、と今日の中でも一番強い口調でサーニャがニパを突き飛ばす。
 
「どわっ!!!」

 湯気の中でたたらを踏むニパを一瞥の後に私を睨み付けながら叫ぶサーニャ。

「どうして抵抗しないのっ! 揉むと大きくなるからっ!? それだったら私が毎日するのにっ!!!」
「ゑ?ゑ?ゑ?ゑ?ゑ?」

 えいっ! と、この前と同じ様な構図でおっぱいへと手を伸ばすサーニャ。
 むにゅり。
 その白い手がわたしのおっぱいに触れて既に硬くなっていた乳首が柔らかい掌で押し潰される。
 次は手全体が動き始めて、まだ加減のわからない感じのちょっと乱暴ともいえる手つきでの刺激が始まる。
 なんていうか、こう……そこから先のことはなんだかよく覚えてない。

 後でわかったことを挙げておこうと思う。
 一つ、鼻血は吹かなかったらしい。
 不測の事態のために毎日イメージトレーニングを重ねてきた甲斐がアッタナー。これは非常に喜ばしいことダゾ。
 何せサーニャに余計な心配をかけずにすんだんだからナ。
 二つ、ちゃんとお姫様抱っこの日課はこなしてたらしい。
 これも自分を褒めたいナ。全然記憶に無いのにあの足場の悪い中でちゃんとサーニャを抱いて歩けたんだからナ。
 三つ、ニパが倒れた先はストーブだったんで普通の人ならやばかったらしい。
 ま、ニパだから大丈夫って事でスルー。
 四つ、日課が追加されたらしい。
 …………。
 サーニャが言うには『サウナでサーニャとおっぱいを揉み合う』という内容の様だ。
 …………。
 ……これは、多分、わたしの願望が作り出した幻聴だと思うので、あとでサーニャに怒られない様に忘れておこうと思う。
 忘れる……忘れる……忘れる……ああああああああ……ムリダナ。

 今晩からっ! ドウシタライインダー!!!



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