photographic album
「トゥルーデってさ~、あんましこれと言ったモノくれないよね~」
それはトゥルーデの誕生日前日のこと。夕食後のひととき、エーリカが突拍子もなくそんな事を言い出したのだ。
周りでくつろいで居た他の隊員達はやれやれと苦笑いを浮かべ、指摘を受けた“お姉ちゃん”は慌てた。
「そ、そんな事は無いぞ」
ソファーに座りなおすトゥルーデ。
「ホント? じゃあ例えば?」
「ううっ……それは……」
「ここじゃ言えない事?」
にやにやしながらソファーに座るトゥルーデにまたがり、身体を預けるエーリカ。
「も~、トゥルーデったら~」
「エーリカ、そう言う事は何もここで言う事じゃないしするもんじゃないだろ」
「えーだってー」
こほん、と咳をするミーナ。こめかみに微妙に筋が走っている。二人はいちゃつくのを止めると、かしこまってソファーに座り直した。
「じゃあ、明日はトゥルーデの誕生日だし、何か頂戴よ」
「普通は誕生日を祝って貰う筈の私が、何か貰うんじゃないのか?」
「それじゃありきたり過ぎだよ。たまには逆もいいじゃん」
「逆……」
絶句し、考え込んでしまうトゥルーデ。
「何悩んでるんだよ堅物。ヨメにプレゼントのひとつでもあげなよ」
半分眠っているルッキーニを膝の上に置いてのんびりソファに座るシャーリーが、トゥルーデに声を掛ける。
「そうは言うがな、突然プレゼントと言っても……しかも私の誕生日に」
「逆転の発想だよ。柔軟に行かないと」
「お前はぐにゃぐにゃ過ぎるんだ、リベリアン。それに用意も何も無いし……」
「なら料理とかどうよ? 確かあんた、少しは出来るって前に言ってたよな?」
「まあ、アイスバインとかその辺りなら。でも今は材料が無い」
「あちゃー。準備不足だね。一に準備二に準備じゃなかったのかい、カールスラントの軍人は」
「それは規律の話だ」
「まあ、好きにやんなよ。じゃ、あたしはルッキーニを寝かしてくる」
シャーリーはそう言うと、ルッキーニをよいせと抱き上げて、ミーティングルームを後にした。
「好き勝手言って逃げるとは……」
「まあ、トゥルーデ。期待してるよん」
横で笑うエーリカ。
「……ふむ」
「それで、私達に?」
執務室にて。ミーナと美緒を前に、相談をしたトゥルーデは困り顔。
「いや、その。何と言うか、どうすれば良いのかって。まさか急に外出の許可も出る訳無いし」
「まあ、確かに緊急じゃない場合や用事が無い場合はな……」
美緒もどうして良いか、ううむと考えてしまう。
「さっきシャーリーさんが言ってたわよね。料理はどうかって」
「生憎材料が無いんだ」
「そう……」
ミーナも提案を“却下”されて残念そう。確かに、食料をはじめとする物資は……他より遙かに優遇されているとは言え……
最近は余り良くなかった。
「そう言えばバルクホルン、お前は隊の記録係だったよな」
何かを思い付いたとばかりに、美緒は手を叩いた。
「はい」
「なら、今までに撮影した写真を使って何か作ったらどうだ?」
「写真? 記録アルバム、みたいな?」
「数枚程度の簡単なものなら、お前ならすぐに出来るだろう。写真なら基地の現像室で焼き増しすれば良いしな」
「あら、それ良いわね。面白そう。試しに少しやってみなさいよトゥルーデ」
「なるほど、では早速」
トゥルーデは写真が収められている収蔵庫へと向かった。
「あの子ったら。でも良いの? 一応隊の公式な記録や写真を使うのは……」
「流石に極秘資料は使わないだろうし……心配だったら我々が検閲するか?」
「いえ、そこまでは」
真面目な美緒を見、ミーナは苦笑した。
トゥルーデはその夜現像室にこもり、これまでに自身が撮影した様々な写真やネガと格闘し、
これと言うものを数枚……のつもりが二十枚程焼き増しした。
ついでに空のアルバムを一冊頂戴して、トゥルーデお手製の「記念アルバム」作りにいそしんだ。
写真を一枚一枚アルバムに貼り付け、撮影した日時、撮影時など、簡単なコメントをすらすらと書いていく。
簡単に書くつもりが少々力んで文字を書き過ぎる事も有ったが、夜更けまでには一通り出来上がった。
「これで、よし」
トゥルーデは出来上がったアルバムを傍らに持つと、部屋のドアを閉めた。
そろそろ空が明るくなってきた。あくびを噛み殺しながら、トゥルーデは僅かな時間、休息を求め部屋に戻った。
誕生日の朝。
「お誕生日おめでとうございます!」
朝食もそこそこに、花束贈呈に始まりバースデーケーキと、寝不足のトゥルーデに襲い掛かる隊員達からのプレゼント。
「どうしたバルクホルン、目の下にクマなど作って。元気出せ!」
美緒に豪快に笑われ、いやアルバム作れ言ったの貴方じゃないですかと突っ込みたくなるのを苦笑いで留めるトゥルーデ。
「トゥルーデ、はい、これ。病院のクリスから貴方に」
ミーナが差し出したのは一通の手紙。切手が貼ってない事を疑問に思っていると、ミーナが答えを言った。
「本当は大きめの封筒に入って、ここに来たのよ。で、誕生日になったら渡して欲しいって。クリスから命令されちゃった」
「じゃあ、中身は……」
「クリスからのを、わざわざ検閲する必要があって?」
微笑むミーナ。
「ありがとう、ミーナ」
胸に当て、ふと目を閉じる。そして服にしまった。
「あれ、堅物その手紙、今読まないのか?」
「あとでじっくり読む。ここだと何だか落ち着いて読めないし」
「みんなにからかわれるからね~」
「ちっ違うぞ! そんな事はこれっぽっちも……」
どっと笑う一同。
「よし祝い酒だ! リーネ宮藤、カールスラントのビールを持ってこい!」
「はい!」
美緒に号令を掛けられて酒蔵に走るふたり。
結果、朝からへべれけに酔った一同は任務や訓練もグダグダに、部屋に戻った。
「トゥルーデ、朝から飲み過ぎだよ」
「リベリアンに負ける訳にはいかん」
「祝い酒で意地張ってもしょうがないじゃん」
「でも……」
エーリカにベッドに押し倒されるトゥルーデ。
「エーリカ」
「足ふらついちゃった」
「物凄い力をお前の腕から感じたが」
「気にしちゃダメダメ~」
エーリカはトゥルーデの懐から手紙を取り出した。クリスからの、姉宛の手紙。
「ほら、読みなよ」
「ああ」
「私もお邪魔様な人?」
「とんでもない。お前も家族だし、大切なひとだから。一緒に読もう」
ベッドに横になり、手紙の封を開ける。中から出て来たのは数枚の便箋。クリスの肉筆だ。
クリスからの内容を、声を出さずにじっと見るトゥルーデ。
エーリカには、トゥルーデが手紙と睨めっこしている風に見えた。とても「読んでいる」とは思えない表情だ。
「トゥルーデ、読むの早い。まだ最後まで読んでないよ」
「ああ、すまん」
「トゥルーデは先読みたいだろうから、私に一枚目貸して」
「ほら」
二人で手紙を交換し合い、全てを読み終える。
ふう、と息をつくトゥルーデ。涙が一粒、つうと頬を流れるのをエーリカは見逃さなかった。
「トゥルーデ」
手紙を全て返し、頬の雫を拭くエーリカ。トゥルーデはそっと手紙をしまい、もう一度、息を吸い、吐いた。
「クリス、元気そうで何よりだ」
ぽつりと呟く。悲観的な感想ではなく、何故か安堵し、心安らぐ。涙の理由はそれかも知れない。
「そうだね。ホント姉思いでいい子だよ、クリスちゃん」
「しかし、クリス……自分の事をもっと心配しろと言うのに」
「ほっとけないんだよ、妹としてさ。大切な姉だよ?」
「そういうものか?」
「じゃない?」
トゥルーデに頬をくっつけて微笑むエーリカ。
「エーリカがそう言うなら……私ももっと、頑張らないとな」
「トゥルーデ、ちゃんと内容読んだ? 『あんまり無理しないで』って書いてあったじゃん」
「無理はしない。でも私なりに頑張るって事だ」
「なるほどね。トゥルーデにとって“戦う理由”だからね、クリスちゃんは。……良くも悪くも」
「確かに、少し無茶をした事も有った。でもそれは昔の話だ」
「なら良いけど。せっかくの愛しのひとに何か有ったら、私困るよ」
「大丈夫だエーリカ。私はやられはしないし……万が一に何か有っても、お前が守ってくれると信じている」
「勿論。トゥルーデの背中は私が守るよ」
「ありがとう」
そっとふたり、軽く唇を重ねる。
「トゥルーデ、また今度面会行こうよ。喜ぶよ」
「ああ。……そうだ、今度こそ宮藤を連れて行こう。クリスと約束しているんだった。『友達に』ってな」
「それ良いね。ついでにみんなでロンドンでちょっくら遊ぼうよ」
「遊ぶ……ハメを外し過ぎるのもな」
トゥルーデの答えを聞いて、エーリカは悪戯っぽく笑った。
二人してベッドの上で酔いを醒ますうち、時計の短針がふたつ進む。
「そうだ。忘れていた」
トゥルーデはベッドからゆるりと起き上がり、机上に置いてあったアルバムをエーリカに渡す。
「エーリカ、これは私からの……プレゼントだ。どうして私が誕生日なのにお前にプレゼントしないといけないのか、
未だに釈然としないが」
「有り難う。アルバムなんだ」
にやっと笑うエーリカ。
「あんまり時間が無かったからな。外出も出来ないし。せめてもの気持ちだ」
トゥルーデから受け取ると、早速ページをめくった。
「じゃあ早速。……これ、ちょうど私達がここに来た時の写真だよね」
「ああ。まだあんまり大所帯じゃなかった頃のな」
「懐かしいね。これは……」
思い出話に花が咲く二人。
「あれ、トゥルーデこの写真は?」
「地下に潜った時の」
「トゥルーデ、結構イヤイヤだったんじゃないの?」
「き、記念だ」
「ふ~ん」
ニヤニヤ笑いが止まらないエーリカ。
「このケーキ……私達が記憶してるのとちょっと違うね」
「クリスマスとルッキーニの誕生日祝いを兼ねての筈だが……何故か違うんだ。こっちには改めて別のケーキを写した写真もある」
「なんでだろうね」
「……」
トゥルーデはあえて何も言わなかった。
最後には、二人で写る写真が。肩を寄せ合い、指輪を手にして、はにかんだ笑顔を見せている。
以前ロンドンで“披露宴”をした時にシャーリーが撮ったものだ。ほんの少しブレてはいるが、二人の笑顔を曇らせる事はない。
ページの最後には、「最愛のひとへ。トゥルーデ」とサインがしてあった。
「これで、私からのプレゼント、と言う事にしてくれないだろうか」
「良いよ。楽しかった。有り難う」
トゥルーデに優しくキスをするエーリカ。感謝のしるし。
そっと唇を離すと、エーリカはベッドの下に手を伸ばした。
「トゥルーデ、実は私からも有るんだ」
エーリカが手にしたのは、小ぶりなアルバム。はいと渡すと、トゥルーデは怪訝そうな顔をした。
「このアルバムは?」
「私も少し写真有るからね。トゥルーデだけが記録係じゃないよ」
エーリカからアルバムを受け取ると、ページをめくった。見た事もない写真が幾つも有る。
「この写真はいつの間に?」
「トゥルーデは基本的にフラッシュ付きの本格的なの使ってるけど、私はライカIIIで手軽にパシャっとね」
「ブレてるの有るぞ」
「気にしない」
「これ、前に基地の地下に潜った時の……」
「楽しかったよね」
「ま、まあな。最後のミーナの説教さえ無ければな」
「あれは年中行事みたいなもんじゃん」
「まあな」
「でもトゥルーデのチョイスとかぶっちゃったね」
「……いいんじゃないか」
「否定しないんだ、トゥルーデ」
顔を赤らめながらページをめくる。
トゥルーデは隊の記録係と言う立場からか、しっかりと被写体にピントを合わせているが、
エーリカはかなり適当に撮影している。ピンボケやブレの有る写真が何枚も有る。
だが、写真の中に居るトゥルーデはどれも笑顔だったりはにかんでいたり……
「私は、こんな顔をしていたのか」
「そうだよ。トゥルーデは自分では分からないだろうけど、私は見てる」
「自分の表情なんて気にしないからな、普通は」
「大丈夫だよ、トゥルーデは。私の旦那様だから」
「旦那様、か」
「ヨメでも良いよ?」
「どっちでもいい」
最後のページは、トゥルーデがこしらえたお手製アルバムと同じ写真が貼られていた。
「こ、これは?」
「シャーリーが前に私にくれたんだ」
「そうか」
ページの最後には「一番大切な、いとしのひとへ。エーリカ」と書かれていた。
「ありがとう」
トゥルーデはそう言って、エーリカを見つめた。
「このアルバム、二つ合わせてこの部屋に置いておかない?」
エーリカの思わぬ提案。
「どうして?」
「一緒に見ると楽しいよ。私達みたいに」
「そう、かもな」
トゥルーデはそっとエーリカの肩に腕を回し、キスをする。エーリカも至極当然と言った感じで受け入れ、ゆるりと抱く。
エーリカは時計を見た。
「よし、そろそろお昼だね」
「もうそんな時間か。早いな」
「だね」
トゥルーデの肩にそっともたれるエーリカ。エーリカの肩を抱き寄せる。
突然扉が開いた。ぎくりとするトゥルーデ、サインを作ってにこっと笑うエーリカ。
ぱしゃり、とフラッシュが炊かれ、シャッターを切る音が聞こえる。
「うん。結構イイ感じだよ、お二人さん」
カメラを持って突然“激写”したのはシャーリーだった。後ろにルッキーニが居てくすくす笑ってる。
「ありがと、シャーリー」
「時間ちょうど。じゃあこれ、後で現像しなよ。カメラは元の現像室に置いとくから」
「おい待てリベリアン! 今のは何だ?」
「ハルトマンに頼まれたから、時間ぴったりにふたりの写真撮った。それだけ」
「だけ~」
ルッキーニが白い八重歯を見せる。
「な、なんだそれは……」
「せっかくの誕生日なんだし、二人でどうかな~って」
「サプライズサプライズ」
「さっぷらいず~」
エーリカに説明され、シャーリーとルッキーニからもからかい半分で言われる。
どこか納得出来ないまでも、エーリカにぎゅっと抱きしめられ頬にキスされ、
「まあ……いいか」
と呟いてしまうトゥルーデ。実は案外と流されやすい性格なのかも知れなかった。
「あっついね~二人とも。じゃ、あたし達はこれで」
「じゃ~ね~。そうそう、お昼ご飯だぞ~」
二人は部屋から去った。確かに、昼食の時間だ。
「やれやれ」
はあと溜め息をつくトゥルーデ。
「さ。行こうトゥルーデ。お昼ご飯」
「もうケーキは出ないだろうな」
「クリスマスじゃあるまいし出ないよ。多分ね」
「多分……」
「誕生日だからって、特別な事ばっかりでもどうかと思うんだ。トゥルーデ」
「まあ、確かに」
「でも、私の一番大切なひとの、特別な日って事には変わりないからね。トゥルーデ」
「有り難う、エーリカ」
二人は部屋を出る前に、もう一度、口吻を交わした。ゆるゆると抱き合う力がやがて強くなり、キスの濃さも増す。
絡まる吐息はどんな夏よりも熱く、灼ける。
「トゥルーデ、愛してる」
「エーリカ、私もだ。愛してる」
「そしておめでとう、誕生日」
「ありがとう」
もう一度、唇を重ねる。
「こうして、お前と二人で居るだけで、私は幸せだ」
「いつも幸せじゃないとね」
「そうか。そうかもな」
ぎゅっとお互い抱きしめ、想いを確認する。胸の鼓動、身体の温かみが服を通して伝わってくる。
「そろそろ、お昼、行く?」
「ああ。でももう一度、良いか?」
「何度でも。今日はトゥルーデの記念日だよ」
「有り難う」
トゥルーデはじっくりと、おもいびとを五感で味わい、確かめる。
二人の気持ち。二人の存在そのものを。
end