名探偵ニーナ 第2話 おねえちゃんの妹なの


ミーナ【降伏してしまうより他はない】

「おおおおおおおおおおおおねえちゃん!?」
狼狽するトゥルーデは、先ほどの私の言葉を声高に繰り返す。
「……い、いけなかったかな?」
 おそるおそる、私は訊ねた。
 本当なら、私とトゥルーデは同い年。
 けれど、現在の私はすっかり体が縮んでしまっていて(黒の組織とやらに薬を飲まされたせいだ)、
 見た目は8歳くらいの女の子になっている。
 だから、「おねえちゃん」と呼んだっておかしくはない、はず。
 ……そうよね?
 私はすがるようにじっと、トゥルーデを見つめた。
「そんなことはない。ミーナの親戚なら私の妹みたいなものだし」
 ぶんぶんと首を横に振るトゥルーデ。
 いったいどういう論理展開なのか。まあ、ただ節操がないだけなのだろう。
 ひとまず私は胸を撫でおろした。

「ニーナ、か。うん、いい名前じゃないか」
「そ、そうかな……」
 3秒ででっちあげたデタラメな名前なのだけれど――褒められるというのはただ素直に嬉しい。
 顔と顔とが、近い。メガネのフレームで区切られた視界に、トゥルーデの顔がいっぱいに満たされる。
「でも、ミーナの親戚の子がどうしてこんなところに?」
「えっと、そっそれは――」
「それよりバルクホルンはどうしたの?」
 と、未だにトゥルーデの背中にぴったりひっついているルッキーニさん。ナイスな話題転換よ。
「ああ。実はミーナを探しているところだったんだ」
「えっ!? 私を!?」
「ん?」
 なにを言ってるんだという顔で、トゥルーデは私を見てくる。思わず私は顔をそらした。
 うっかりしていた。わたしが小さくなったことは、ルッキーニさんを除いて、みんなには秘密だったのに。
 どうか気づかないで、トゥルーデ。これはあなたのためでもあるの。私は横目で念を送った。
「ミーナ中佐だったら用事があって出かけるって。今、基地にいないよ」
 と、またルッキーニさん。ナイスフォローよ。
「そうか……」
 ぽつり、トゥルーデはつぶやくと、表情をやわらげた。
 明らかに安堵している……。
 どういうことよ。私を探してたんじゃなかったの?
 私は自然とトゥルーデを睨みつけていた。すると、トゥルーデは穏和な視線を返してくる。
 なんなのよ、いったい。
 …………もういい。
 私の敗けだわ。降伏してしまうより他はない。
 つくづく気づかされた。憎らしく思う気持ちは治まらないけれど、それでも私は彼女に恋しているのだ。

「ところで――」
 と、上から下まで私をじろりと見つめて、トゥルーデは訊いてきた。
「どうしてそんな格好をしてるんだ?」
「えっ!?」
 身の丈にあう服が見つけられなかったため、私は未だに制服を着たままだった。
 腕まくりはしているけれど、それでもちっちゃい今の私に大きすぎることに変わりない。
「ええっと、それは……」
 ルッキーニさんっ! 私は心のなかで懸命に乞うた。
 相も変わらずトゥルーデの背中にひっついているので、私からはルッキーニさんは見えない。
 でも、だからこそ頑張ってテレパシーを送った。ルッキーニさん、ルッキーニさんっ!
「――この子テレパシー服汚しちゃって今洗濯してるとこなの」
 と、またまたルッキーニさん。ありがとう、ありがとう!
 次から次と、よくもうこデタラメが言えるものね。私は素直に感心した。
 だけど、ルッキーニさんがいてくれて助かった。そのことにはちゃんと感謝しないと。
「うんっ、そうなの」
 私は満面の笑みでうなずいた。
 ――すると、トゥルーデは訊いてきた。
「だからってなんでこんな格好を。だってこれ、ミーナの制服だろう」
「ううっ……!」
 ルッキーニさんっ! ルッキーニさんっ! ルッキーニさんっ!
 私は何度だって心のなかで名前を呼び続けた。ルッキーニさんっ……!!
 ――けれど、ルッキーニさんからの助け船はこなかった。
 いつの間にか彼女は、そそくさと更衣室から立ち去ってしまっていたのだ。
 逃げられた。
 たしかに面倒事ではあるけど、だからってこんなにもいたいけな8歳児を見捨てるだなんて……。
 ここにはぽつんと、私たちはふたりぼっち。
 もうわけがわからない……情けないことに、私は泣きだしてしまいそうだった。
 こんなところまで幼児退行を起こしてしまってるのかもしれない。頭脳は大人のはずなのに……。
「ど、どうかしたのか!?」 そんな私を見て、慌てふためくトゥルーデ。
 当然だわ。自分のことなのに、自分でさえ信じられない。
「そうか。服がないのか」
 トゥルーデはあやすように、ぽんぽんと私の頭を叩く。
「それなら私の部屋に来るといい」
 そう言うとトゥルーデは、私の前に手を差し出した。
 私は涙をなんとかぬぐって、しばしその手のひらをじいっと見つめた。
「ん? どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
 手がおっきい。
 私の目にそう映って、そのことにちょこッとびっくりしてしまっただけだ。
 いや、私が小さいのね。
 私は差し出される手のひらに、そっと手を置いた。
「じゃあ行こうか」
 トゥルーデは手を握った。ちゃんと指をからめることができなくて、私の手はまるまる包みこまれてしまう。
 そうしてトゥルーデに引っぱられるように、私たちは歩き出した。
 その道のりが長く感じる。歩幅だって短くなっているためだ。
 そんな私の小さな歩幅にあわせて、トゥルーデは並んでゆっくりと歩いてくれた。

「ここが私の部屋なんだ」
 と、ドアノブに手をかけながらトゥルーデ。
 へえ~、と私は返す。
 基地にはじめて来たという設定だから。まあ、本当はごく見慣れた部屋なのだけれど。
 ――けれど、開け放たれたその部屋は見違えていた。
「なんだこれはっ!?」
 トゥルーデは叫び声をあげた。私だってそうしてしまうところだった。
 おもちゃ箱をひっくり返しでもしたみたいに、部屋のなかのありとあらゆるものが散乱している。
 まず目を引いたのは衣服だった。
 トゥルーデのものではない。子供服だ。“妹”に着せるために所持しているのだ。ウィッグなんかまである。
 本やゲームもわんさか床にばらまかれていた。タイトルにはもちろん「妹」の文字。
 ついこないだ私が捨ててあげたはずなのにまだこんなことになってるなんてっ……!
 トゥルーデとつないだ手に、つい力がこもってしまった。

トゥルーデ【女の子なんだからちゃんとしないと】

 なっ、なんだこれは!?
 まるで台風が通りすぎでもしたかのような惨状だ。
 私じゃない。私がしたんじゃない。いや、でもここはたしかに私の部屋だし……。
 部屋の間取りにも、床一面に転がっているものたちにも、ちゃんと見覚えがある。
 だからってこれは……空き巣にでも入られたのか?
 でも、なぜ私の部屋に?
 盗まれるようなものなんてないのに。現金は置いてないし、貴金属の類いも部屋には……
(今では絶版になった小説や、完全限定生産のプレミアもののゲームなんかはあるが)
 なのになんだって言うんだ? 今朝までは別に、こんなことなかったのに。
 これじゃまるで――
 と、ニーナが私の手を握る力が、ぎゅっと強まったことに気づいた。
 それで私は現実へと引き戻された。
 私は視線を落とし、ニーナをうかがった。ニーナは難しい顔をしてこの部屋のありさまを見ている。
 戸惑っている、いや怒っているのか。
 無理もない。連れてこられた部屋が、まさかこんなになってるなんて思いもしなかっただろうから。
「す、すまない。ちょっとちらかしてしまってて……」
 どこがちょっとなのか。いや、私が動揺している場合じゃない。
 とりあえずだ。踏まないで進めるように、私は這いつくばって床に散らばるものをどけて、道を作った。
「さ、さあ、入ってくれ」

 片づけれるのは後回しだ(果たしてすべて片づけ終わるのは何日かかるか……)
 と、とにかく――それよりもまずはニーナのことだ。
 なぜか今はミーナの制服を着ているが、いつまでもこんなものを着せているわけにもいかない。
 私が適当に(むろん一切の妥協をするつもりはないが)見つくろってあげないと――
 私はいろいろと薦めてみた。けれどいくらそうしても、ニーナはそれを苦々しくそれを拒否するばかりだ。
 可愛いのはあんまり好みではないのか? もったいない。
 ニーナはすっかり機嫌を損ねてしまっている。ぼさぼさになった髪をイラだたしげにかきあげた。
 き、気まずいな……なんとかしないと。
 ――――そうだ。
「ニーナ」
 私は鏡台の前の椅子を引くと、ニーナをそこに呼んだ。
「ほら、そこに座って」
「どうして?」
「髪がぼさぼさじゃないか。女の子なんだからちゃんとしないと」

エイラ【オイ、どうしたんダヨ?】

 また、だ。
 夜間哨戒を終えたサーニャが間違えて私の部屋に入ってきて、そのまま寝てしまうのが、また。
 私にはサーニャを寝かせてやって、脱ぎ散らかした服を畳んであげるのも、また。
 それで私も並んでベッドに入って、結局今日だってただそれだけなのも、また。
 まあ、代わり映えしない、いつもどおりの朝だ。
 サーニャは寝返りをうって、またさらに私のベッドを侵攻してくる。
 なので、私はさらに撤退。
 あー。ここ、ベッドなんだけどナー。
 磁石の同じ極みたいに、サーニャがひっついてくると、私は同じ分だけ離れてしまう。
 なんで私はいつもこうなんダロ?
 そんなことを考えてるうちに、またサーニャはぺたんと私に肌をよせる。
 ドキン、と心臓の鼓動が一気に高鳴る。
 私はまたそれから離れようとして――そして、ベッドから落っこちた。

「なんなんダヨ、まったくゥ」
 それはサーニャに言ったのか。それとも、自分自身に向けてのものだったのか。
 ――まあ、きっとどっちもだろうナ。
 ぐぅ~、とお腹がなった。
 時計を見るともうじき昼という時間だった。どうりで寝疲れてるわけだ。
 私は寝ているサーニャに毛布をかけ直してやると、食堂へと行くことにした。

 ドアを開けると、その前を人影が通りすぎた。
 ペリーヌだった。長く伸びた金色の髪をなびかせている。
 大急ぎで走ってるもんだから、後ろ姿はすぐに小さくなった。

 宮藤の部屋の前を通りかかると、艶かしい声が聞こえてきた。
 ふたりの声だ。宮藤と、もう一人はリーネダナ。
 いくら今日が休みの日だからって、朝っぱらからナニやってんダヨ。いや、夜通しなのカ?
 私はしばらくそこで足を止め、聞き耳を立てるようなことをしてしまった。

 ミーティングルームを通りかかると、うつ伏せになって倒れてる人が目に入った。
 アレ? あっき会ったはずなんだけどナ……
 それはペリーヌだった。
 しかも、なぜか服を着ていない。
 なんダ? ハルトマン中尉じゃあるまいし、まさか寝てるわけでもないヨナ。
「オイ、どうしたんダヨ?」
 私はペリーヌの元に駆けよっていって、声をかけた。
 そのすぐ近くに本が転がっていて、それを踏まないように注意して――でも滑った。
 床のそこのとこがぬめぬめしている。
 こぼれていたのは赤い液体だった。しかも、結構な量だ。
 ま、まさカ……?
 私の頭にある考えがよぎったけど、ブンブンと首を振ることでそれを振りはらった。
「オイ、ペリーヌ。ペリーヌ」
 いくら呼びかけてみても、ペリーヌからの返事はない。
 私はペリーヌをゆすってみることにした。
 肩を掴んだ。なんでダロ、ひんやりとして気持ちいい。人肌のぬくもりというのが感じられない。
「オイ、ペリーヌ! オイったら!」
 呼びかける声は次第に大きなものに変わっていた。
 ――けれど、やっぱりペリーヌからの返事はない。
 なんなんダヨ、いったい……。
 私はペリーヌの手首をぎゅっと握っていた。手首までひんやりとしている。
 ア、アレ? おかしいナ……そんなはずあるわけないのに……。
「なあ、ペリーヌ。なんでオマエ、脈がないんダ?」

シャーリー【冗談だろ?】

「へえ。ペリーヌがねえ……」
 食堂にふたりきり。坂本少佐の話にふむふむととりあえず相づちだけは打って、あたしは話を聞く。
 茹でじゃがにフォークを伸ばすあたし。少佐はあんまり手をつけようとはしない。
「非行、ねえ……」
 飛行少女ならぬ非行少女ってか。うん、別に面白くないな。
「ああ、そうなんだ」
 と、心底困り果てたという表情をした坂本少佐。
 宮藤が入隊してからというもの、アイツにもいろいろあるんだろう。
 しかも相手は坂本少佐だもんな。ペリーヌだっていろいろ寂しい思いだってしてるんだろう。
 まあ、すっかり目の敵にされちまってる宮藤は可哀想だけど。
 別に悪いヤツじゃないってことは、あたしも、ううん、みんなだって知ってることだ。
 けどアイツ、コミュニケーションとか人付きあいとか、そういうのはからきしヘタクソだからなぁ。
 へえ。だからって、非行ねえ……。

 ――と、バタバタと足音が聞こえてきた。
 入ってきたのはリーネとエイラだ。リーネは服を乱している。
 ぜえぜえと肩で息をして、決死の形相をあたしたちに向けてきた。
「ペリーヌさんがっ! ペリーヌさんがっ……!!」
 ペリーヌがどうかしたのか?
 なんだかそれは、言ってはいけないことをそれでも口にしようとしているように見えた。
 そんなリーネに代わって、エイラはその言葉の続きを叫んだ。

「ペリーヌがっ――――――!!!!」

 …………なにを言ってるんだ? 冗談だろ?
 あたしは自分の耳を疑った。
「そんなことあるはずないだろ」
 あたしは声を静めて言ってやった。
 そうだ。そんなことあるはずがない。
 ――けれど、ふたりからは一向にそれを否定する言葉は返ってこない。
 リーネもエイラも、あたしたちを騙そうとか、そんなわけでは決してなかった。
 でも、だからって……
「なあ、坂本少佐? そんなことあるわけ――」
 たまらずあたしは少佐へと視線を向けた。
 坂本少佐の顔からは、血の気がすっかり失せてしまっていた。

ミーナ【気にいっちゃった】

 私はなかば無理矢理に鏡台の前の椅子に座らされた。
 トゥルーデは私の後ろに立つと、ブラシで私の丁寧に梳いていった。
 と、その手が止まる。
 トゥルーデが私の頭のてっぺんをのぞきこんでいるのが、鏡に映って見えた。
「怪我をしてるな」
 まるで自分が痛いみたいに、トゥルーデは言った。 やっぱり。相変わらず、ズキズキとした痛みがしていたから。
「あとで手当てもしないと……」

 トゥルーデは再び、髪を梳くのに戻った。
 そしてリボンを手に取ると、それを頭の後ろの低い位置で束ねた髪を結った。
 それに、さらにもう一つ。
 これは……?
「気に入らないか?」
 おずおずとトゥルーデは訊いた。きっとこれは、トゥルーデなりの遊び心なのだろう。
「ううん、そんなことないよ。気にいっちゃった」
 私は笑顔で、ありのままの思いを伝えた。
 だってそれは、私の大好きな彼女と同じ髪型だったから。

 ――と、バタバタと足音が聞こえてくる。
 そしてこの部屋のドアを忙しなくノックする音。
「バルクホルンさんっ! バルクホルンさんっ!」
 宮藤さんの声だ。ひどく慌てているようだけれど、なにかあったのかしら?
「どうかしたのか?」
 トゥルーデはそれを迎えに、ドアへと向かった。
 ドアを開けると、うわっ、と宮藤さんは声をあげた。まあ、この部屋の現状を見たら普通そうなる。
 急いで服を着たのだろうか、宮藤さんの制服は乱れている。
「ペリーヌさんがっ! ペリーヌさんがっ……!!」
 ペリーヌさん? あの子がどうしたっていうのだろう。
 私は舌打ちをした。
 すると、宮藤さんと目があった。
「わあ。ちっちゃいちゅ……」
 宮藤さんは私を見てそう言いかけて、けれどそこから先は喉元で止まってしまったようだった。
 そういえばつい先ほども、ルッキーニさんが同じようなことを言いかけてやめてしまった。
 気になる……いったいなんだというのかしら?

「私はニーナ。おねえちゃんの妹なの」
 と言って、ぺこりと私はおじぎをした。
「ニーナちゃんかぁ。私は宮藤芳佳。よろしくね」
「なんでもミーナの親戚の子らしいんだ」
 と、トゥルーデ。
「そんなことより芳佳おねえちゃん。ペリーヌさんって人がどうかしたの?」
 私はそれとらしく訊ねた。けれど、ついトゲのある声になってしまった。
 せっかくのひとときを邪魔されて、つむじを曲げたせいだ。
「そ、そうでしたっ。ペリーヌさんがっ! ペリーヌさんがっ……!!」
 再び宮藤さんの表情は逼迫したものへと変わり、そして告げた。

「ペリーヌさんがっ、死んでるんですっ!!!!」


第2話 おねえちゃんの妹なの おわり



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