芳佳の夢
宮藤芳佳は夢を見ていた。
その夢の中では何故か上官であるバルクホルンさんが枕元に立ち、眠っている私を見つめている。
もどかしそうにパジャマ代わりに使っているシャツのボタンを緩めると
少し息を荒めながらも躊躇することなく芳佳の寝顔に近づいていく。
そんな行動を見ても、私は全幅の信頼を置いているバルクホルンさんに対して訝しげに思うことはない。
何か考えあってのことなのだろう。
…それに拒絶するほど嫌ではないのも事実だ
バルクホルンさんはとても頼れる人だ。
初めこそ、わだかまりがあったが其れを乗り越えたことで固い絆を得ることができた。
今では実の姉妹のように接してもらっていて、この前だって
「今度、私の妹のクリスを紹介しよう。なに、遠慮することはない。いずれは家族になるのだからな」と言ってくれたのだ。
私のことを家族同然のように扱ってくれていることに感動し、
思わずバルクホルンさんに抱きついてしまったのは後から考えれば少し無遠慮すぎたかもしれない。
抱き返してはくれたものの口数は少なかった気がする。
私の唇とバルクホルンさんの唇が触れ合おうとしたその時、突如として部屋の扉が開いた。
そこにいたのは隣室のリーネちゃん、自他とも認める私の親友だ。
女の子らしい柔和な性格と肢体を持っている彼女の様になれたらなと少し羨ましく思っていたりする。
そんな温和な彼女だが、いまは表情に厳しさをにじませ、隠そうとしない。
実際には私は彼女のこのような表情は目にしたことはないのに―
枕を片手に扉を開けた状態で硬直していた彼女は、瞬時に状況を把握し
素早くドアを閉めると音もなくバルクホルンさんに詰め寄った。
私を起こさないように気を使っているからか会話の内容は不明瞭で聞き取れない。
不明瞭?いや――理解してはいけないと感じているからではないか?
頭の中をよぎったその考えはすぐに靄に包まれたように不確かなものとなり、
思考の隅へと追いやられた。
だが実のところ私は理解しているし、自覚もしている。
これは私の妄想なのだ。
みんなに好かれたいという浅ましい私が生み出した妄想
こんなことが起りえるはずがない。
何という身勝手で相手を乏しめるような考えなのだろうか。
そうこうしているうちに坂本さんもやってきた。
坂本美緒少佐、私の憧れの人
どんな時も屹然と振る舞い、笑顔で周囲を励ましてくれる。
初めて会った時も動揺する私を宥めてくれたっけ
厳しいところもあるがそれは思いやりの裏返しであるのはすぐにわかった。
夢の中でも坂本さんの声は明瞭で、ぼやけた頭でも内容の如何は聞き取ることができた。
曰く、扶桑の話でもしようとやってきたら部屋から押し殺した声での言い争いが聞こえてきたとのこと
扶桑の話…
ああ、そうか
今日の私はとても疲れていて、いつもよりも早く眠っていたのだ。
窓から見える月の位置から推測するに、普段ならば十分起きている時間帯であるのがわかる。
結局、バルクホルンさんとリーネちゃんは坂本さんに部屋から引きずり出されていった。
―― 一時閉幕 ――
早朝、突然部屋の扉が開く。
その人物は服を脱ぎ散らかしながらフラフラと私のベットに近づき、
ゴロリと寝ている私の隣に横になった。
私の大切なお友達のサーニャちゃんだ。
最近、宮藤さんではなく、芳佳ちゃんって名前で呼んでくれるようになった。
私は親友の様に思ってるんだけど、サーニャちゃんにとっての親友はエイラさんなのだ。
でも、もし私の事も親友と思っていてくれているなら嬉しいな。
前に一緒に眠っていた時は、夜間飛行対策ということで部屋に暗幕を張っててよく見えなかったけど
朝日の光を浴びて、白い肌と透けるような銀髪を際立たせる彼女はとても美しかった。
思わず見惚れていると、再び扉が開いた。
現れたのは涙目のエイラさんだった。
きっと欠伸を噛み殺しながら、間違えて私の部屋に来てしまったサーニャちゃんを迎えに来てあげたんだろう。
やっぱりエイラさんは優しい人だ。
エイラさんがサーニャちゃんを抱きかかえて部屋を出た所で、私の意識の幕が下りた。
私は目を覚ますといつものように自己嫌悪に陥った。
このところ毎晩見るあの夢
所々細部は異なり、構成は違うものの
繰り広げられる内容は似たり寄ったりなものだ。
自身の飽くなき妄想に呆れと後ろめたさを覚えつつも、
この思いを引きずって皆に会ってはダメだと頬を叩き気を引き締める。
今日も一日、清廉潔白に!
ウィッチーズ基地のとある一室、暗幕が引かれたその部屋でミーナは声をあげた。
「それでは皆さん、定期報告を始めます」
多くのネウロイを狩り、華々しい戦火を挙げているエースたちが一堂に会し
何やら報告会を行っているようだ。
「まずは私から…宮藤さんと美緒が一緒にいる時間が増えていっていることを集めた記録から裏付けることができたわ」
「同感ですわ。少佐が贔屓などする人柄でないことは重々承知しておりますが、一緒に訓練している時に豆狸の方ばかりに力を入れられているような気が」
「サーニャが宮藤の部屋に潜り込む確率も高くナってきてるヨ。私の予測を覆すぐらいに……今朝は私のとこに来ると思ったのにナーーうぅっ」
「私は別に芳佳とトゥルーデの両手の花でもいいんだけどね」
「なんだなんだ、結果報告ばかりで自身の行動についてはノーコメントか?そんな消極的だから宮藤に大事な人をとられちゃうんだぞ」
「そうだそうだー、もっと激しくズババーってヤらなきゃ!」
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐
ぺリーヌ・クロステルマン中尉
エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉
エーリカ・ハルトマン中尉
シャーロット・E・イェーガー大尉
フランチェスカ・ルッキーニ少尉
いずれも劣らぬエース達である彼女たちはある共通の悩みを抱えているらしい。
とはいうものの主に頭を抱えているのはミーナ、ペリーヌ、エイラの三人であり
エーリカは傍観、シャーリーとルッキーニに至っては芳佳側にいないという理由だけでこの会議に参加している。
この会議、即ち『宮藤芳佳対策会議』改め『リーネと芳佳をくっつけよう会議』
宮藤芳佳は天然のジゴロだというのが501部隊での共通認識になっている。
本人にその気はないのだが、生来の見立てと愛くるしさに心を打たれ、彼女に好意を持つ人間は後を絶たない。
具体的にいえば昨夜と早朝に芳佳の部屋を訪れた4人のことで…
毎夜の如く芳佳の周りで繰り広げられている騒動を知らぬ者は、芳佳本人を除いて部隊には存在しないのである。
「あたしの見立てによると堅物とリーネはガチ、坂本少佐とサーニャはあと一歩ってところかな」
『勝手なことを言うナーー!』
『勝手なことを言わないで下さいまし!』
けれどもあと一歩という表現は正しい。
美緒とサーシャが芳佳に感じているのは今の所は友情やそれに近いものであり、愛情には至っていない。
ならば今のうちにと、被害が一番少ないリーネをあてがって相思相愛になるよう仕立てる事こそがこの会の目的だ。
ちなみにトゥルーデをあてがおうというエーリカの意見は
ミーナから祖国にいるというトゥルーデを慕う同胞から、芳佳が刺されることになるのではとの意見が出て却下になった。
結局のところ彼女たちも恋敵である芳佳のことを憎みきれていないのである。
天然ジゴロ・ここに極めり
「二人とも落ち着いて、まずは昨夜の反省会を行いましょう。まず一番問題だったのはトゥルーデが宮藤さんの部屋に居たことね」
「私はちゃんと引き留めたよ。わざわざ早朝訓練に付き合ってくれって頼みすらしたのにー
トゥルーデったら大喜びで承諾してくれたから、てっきり早く眠るもんだと思ってたんだけど結局宮藤の部屋に行っちゃうしさ。
おかげで今朝は叩き起こされて、私は寝不足だー」
ふぁぁっと欠伸を隠そうともしないエーリカ
確かにそれ以上に露骨な行動をしては怪しまれてしまうだろう。
「美緒は私が部隊運営について相談したいことがあるからと言って引き留めておいたけど、
昨夜は宮藤さんが早めに眠っていたからその必要はなかったみたいね。
眠っている宮藤さんをわざわざ起こすようなことはしなかっただろうし、
リーネさんもいきなり事に及ばず添い寝ぐらいで済ますはず…だった…と思うから美緒も同衾していることには気づかなかったでしょう」
「私もリーネさんと同性を想うことの崇高さについて語り合いましたわ。
お互い、あれほど絆を感じ合った事はなかったでしょう。
手はず通りにいくならば昨夜は豆狸の部屋には誰も来ないはずだったので、リーネさんに少し発破をかけさせていただきました。
無駄足に終わりましたけれど…」
「そんでエイラは?前回の会議ではサーニャに直接、自分の部屋に来るように伝えるって言ってたけどさ」
「エーっと…その、何度も言おうとしたんだけどナ。切り出せなくて……
仕方ないから眠っているサーニャの耳元で私の部屋に来るように囁いてマインドコントロールを…」
「うっわ!ヘタレだ」
「うじゅー、ヘタレ!ヘタレ!」
「ヘタレって言うナーーーーーー!うわぁぁぁぁぁぁん」
「やはり、思い通りに動くわけがないわね。今月のシフトでは変更は難しいけれど、
来月のシフトではサーニャさんを休ませるという名目で何回か芳佳さんとリーネさんを夜間飛行にまわした方が確実かしら…」
彼女たちの策謀は続く
芳佳の自己嫌悪が消えるのはいつの日になるだろうか