無題
私が¨ソレ¨と遭遇したのは、扶桑で放映される第501隊のプロモーション撮影の最中だった。
そう…その日、私は彼女達二人に¨初めて¨遭遇してしまったんだ。
ザワザワと賑わう中庭。
私達はペアを組みながら、それぞれで撮影を行っていた。
ポーズや動きは事前に連絡があったので、細かな調整だけの短作業の予定だった。
緊張した面持ちの宮藤とリネットを、坂本少佐がほぐそうとしていたりする様子も見られる。
微笑ましく見ていたのだが、後にその場面が採用されていたのが分かって少し笑った。
また、その様子を見ていたペリーヌもバッチリと撮影されている様も見受けられたが、概ね全体的に無事終わりそうに思えたんだ。
…そう、確かに、その時までは。
一応とは言え、501隊の撮影係として、全体の状況を見て周っていた私の所に、撮影班の人員から声がかかった。
言われて見回して見れば……確かにいない。
私は眉を顰めた。
「あらトゥルーデ、どうかしたの?」
「ああ、ミーナ。実はな…」
◇
私は基地の中をとある場所を目指して歩を進めていた。
ミーナに言われて、そう言えば…と思い出したのだ。
あの二人、エイラとサーニャは昨晩も夜間哨戒の任があったので、ギリギリまで眠らせておいてやろう、と話しを先日していたのに、だ。
…撮影会の空気に当てられたか、と小さく被りを振る。
そして私はエイラの部屋の前に辿り着いた。
ノックをしようとドアに手を近付けた時、私はふと¨ソレ¨に気付いた。
いや、気付いてしまった。
どこからともなく…と言っても眼前のドア向こうからだが…唄が聞こえてくるのだ。
運命線ー、ぎゅっと、かさねたらー♪
その唄には聞き覚えがあった。
何しろ、今の今まで散々に聞いていたのだから。
ただ、私の知っている歌とは相違点が一つあった。
それは
ココローと、ココロで、手ーをー、結んでー、運命線ー…♪
何故か延々と流れ続けるそのフレーズ。
……怖い。
何が怖いって、その唄声が恐ろしく平淡なのだ。
なんと言うか、感情を捨てた感じと言うか抑揚がないと言うか……。
このドア一枚の向こうで、一体何が起こっていると言うのだろうか。
ええい、カールスラント軍人たる者、度胸くらい見せるさ!
…ガチャッ!
私は意を決して、ドアを開けた!
バタンッ!
そして即座に閉めた!
カールスラント軍人たる者、諦めも肝心だ!
……うん、出来れば私は何も見なかった事にしたい。
更に望むならば、今すぐにクリスの顔でも見て、和みを得たい。
ドアを背に、少々現実逃避を始める私を嘲笑うかの様に唄は続く。
運命線ー、ぎゅっと、かさねたらー♪
加えてギギギ…、と聞こえてきたドアの軋む音。
どうやらキチンと閉め切れなかったらしい。
ビクンと勢いよく背筋が伸びる。
私は恐る恐ると言った様に背後を、エイラの部屋のドアを見た。
そこには…やはり先刻と同じ光景が、その姿を現しつつあった。
手ーをー、結んでー、運命線ー♪
ゆっくりと開くドアから徐々に現れるその二つのシルエット。
ゆっくりと左右に揺れる身体。
指も一定の間隔にて左右に揺れる。
ゆったりと進む様は、まるで幽鬼の類いか。
半開きの目は、何を考えているのかも分からない程に空虚。
無表情にて無感情。
薄く開かれる口から、ただ延々と唄が紡がれ続けていた。
「え、エイラ…サーニャも……大丈夫、か?」
引き攣る頬を堪えながら問い掛けるも、返ってくるのは運命線。
私が一歩後退れば、二人は一歩、歩を進める。
私が二歩後退れば、二人も二歩、歩を進める。
「…………」
得体の知れない緊張感に包まれる。
一定の距離。
それ以上、二人とも近付く事も離れる事もない。
…一体、どうするべきだろうか?
忘れかけていたが、撮影班も待っているハズだ。
私は一つの決断を下した。
◇
「すまない。遅くなった」
「何かあったの、トゥルー…デ……」
結局、予定していた時刻より、幾分遅れて撮影現場へと辿り着いた。
心配そうな面持ちで迎えてくれたミーナだったが、私の背後を見て言葉が途切れる。
「ミーナ…気にしたら負け、だ。…宮藤達はどうした。姿が見えないが…?」
「…え、あ…えっと、リーネさんとペリーヌさん達と一緒に街まで買い出しに。美緒とフラウは哨戒。フランチェスカさんとシャーリーさんは…散歩だったかしら?」
そうか、と静かに息を漏らす。
運がいいのか、感がいいのか……
まぁ叶うならば、極力、今の状況のこの二人は見ない方が衛生的にいい。
私からだいたい人二人分位か…離れた位置を着いて回るエイラとサーニャ。
これだけ聞けばなんというお姉ちゃんの為のパラダイス、略して姉パラなのだが……。
私は色々と聞きたそうなミーナに、後で詳しく話す、と説得にもならない言い分にて質問を遮る。
とにもかくにも、さっさと撮影を終わらせてこの二人を寝かし付ける事が最優先だろう、と考えていた。
が、そうは問屋が下ろしてはくれなかった。
◇
一糸乱れぬと言うよりも、一指乱れぬの方が正しいのだろうか。
ズレの微塵も感じられない振り付けにて、エイラとサーニャのパート部分は即座に撮り終わることが出来た。
「エイラ、サーニャ。二人とも夜間哨戒後に大変だったな。だが、これで無事に終わった。ゆっくり休んでくれ」
「…トゥルーデ」
二人の肩を軽く叩き、これで万事解決と踵を返した所で、なんだか苦笑いのミーナに呼び止められた。
ちょいちょい、と差される指の方向は…後ろ?
…誰もいない。
なんなんだ、とまたミーナの方を向くと…そこには、二つの人影。
思わず顔が引き攣るのがよく分かる。
「え、と…ど、どうした、二人とも…?」
運命線ー♪
返ってくる返事もなく、ただゆらゆらりとその場にて揺れるエイラとサーニャ。
「み、ミーナ…?」
「バルクホルン大尉。本日、今これからをもって、リトヴャグ中尉及びユーティライネン少尉の行動観察・指導の任を言い渡します」
「ちょ、ま…!?」
「とりあえず今日一日様子を見ましょう。…ちゃんと面倒見てあげるのよ?お・ね・え・ち・ゃ・ん・?」
固まる私をその場に残し、スタスタと撮影の撤収作業の指揮に取りかかるミーナ。
命令付きで残された私は青く澄んだ大空を見上げ、振り返って、揺れ続けるエイラとサーニャを見つめ
「……………はぁ」
大きなため息を吐いたのだった。
時刻は午前10時を過ぎた頃。
結局私はその日、夕食前にふらりと二人が消えるまで、数時間に及ぶ忍耐との壮絶な我慢比べをするハメになったんだ。
◇
この日を境に時折姿を現せるようになった、揺れ続けるだけのエイラとサーニャ。
後にこの二人の行動を「運命線ごっこ」と呼ぶようになり、501隊の間ではネウロイの一斉攻撃に次ぐ恐怖の代名詞となった。
運命線、ぎゅっと、かさねたら。
それは一度捉えた目標は簡単には逃がしてあげないという、エイラとサーニャからの合図なのかもしれない。
そして、酷く穏やかな今日みたいな日には、耳を澄ませば……ほら、ね?
おーわり