Confeitable,Comfortable


うぬぼれてもいいのかな。
あなたの行動一つ一つが不思議な優しさを帯びて、私の胸に飛び込んでくるものだから、臆病な私でさえも
ほら、どうしてか頬が緩んでしまう。まるで甘い甘い砂糖菓子を口いっぱいに放り込んだときのような幸福な
気持ちになって、心も、体も、ふわふわして。
星屑の形をした甘い甘いそれが雨のように降り注ぐのを感じて、両手を伸ばしたらその手一杯に満ちて
溢れるコンフェイト。

ありがとう。そう伝えようと空を見上げたけれども、幸福が募りすぎて上手く言葉にならなかった。


(空色が好きなのね)
エイラの衣服を見やりながらそうしてまた一つ、頭の中のメモ帳の、彼女についての項目を埋めていく。
だって彼女と来たら、所有している衣服の大半が──正確に言うと、私が把握している限りではすべてが
──一部、もしくはすべてに空色が使われているのだ。もちろん彼女の制服であるスオムス空軍の衣服も
空色だけれども──まさか、そこまで彼女が関与しているわけはあるまいし、バルクホルン大尉のように
生粋の軍人と言うようには到底思えないからこれは彼女が自軍のカラーに合わせたわけでもなく、ただ、
本当に好みなのだろう。

「ねむくないかー?」

そうしてぼんやりしていたのにエイラは気付いたのだろう。私の顔を覗き込んでそう尋ねてきた。窓から燦々
と差し込む日差しがエイラの淡い金色をした銀髪に反射して、柔らかい光を放つ。視界を一杯にするその光
は、朗らかだけれども不思議と眩しくはないのだった。だいじょうぶ、です。すこしどぎまぎしながら、そんな
言葉をようやっと返して。そうしたらエイラは肩をすくめてちょっと笑った。

「なあ、私のほうがちょっと年上だけど、同じウィッチなんだし、敬語なんて使わなくていいんだぞ?」
「は、はい」
「ほら、またぁ。わたしたち、もう『トモダチ』だろ?」
「…ともだち………うん。」

ともだち。いとも容易く彼女の口からこぼれでるその言葉が嬉しい。きっとたぶん、彼女は感じたことのない
感覚なのだろうけど。
きっかけはひょんなこと。けれど私にとってはおおきなこと。一人きりで滞るばかりだった私に、彼女が何の
気もなく手を差し出してくれたというだけの。士官教育を追え、ほとんどそのままこちらに異動になったと
いっても過言ではない私には、ストライカーや武器の補充さえもなれないことばかりで。かといって誰に
聞いたらいいものか、それ以前にどうやって話しかけたらいいものかさえわからずに戸惑っていた。その
特殊能力から、原隊でもナイトウィッチとしての訓練を中心に受けていた私は、他人との関わりが恐ろしく
希薄だったからだ。

今日は休日。だから基地は恐ろしく静か。何人かは緊急待機組として基地に残っているけれど、今日は
天気がいいせいか、大半の人たちが出払っているようだ。

「たまには、こーんな『なんにもしない日』ってのもいいよなー」
ぼふり、と音を立ててエイラがベッドに倒れこむ。そう、私たちは昼間からずっと、この部屋から出ることさ
えなく、またこのベッドの上から降りることさえせずにここにいるのだ。ばた、ぱた、と足を軽く動かす音。
にぎにぎ、と足の指を握って開いて、そしてにしし、と笑顔を向けてくる。

「ありがとな、サーニャ」
「…え?」
「サーニャがここにいたいって言ったから、のんびりできるんじゃないか。街にでたら楽しいものはたくさん
あるかもしれないけどそのぶん疲れるし、こういうのもいいもんだな」

占いもしないで、本も読まないで、ずーっとこうしてごろごろして過ごすなんて贅沢だなー。
楽しげにそう続けるから、私の心は妙に踊ってしまう。昨日の昼間の出撃の後次の日の休暇が言い渡さ
れたあと、二人でこの部屋に戻って『明日をどう過ごすか』を話し合った。確かにそのとき『ここにいたい』と
私が言ったのは間違いなくて。エイラは少し驚いた顔をしたあとに「わかった」と答えたから、てっきり私に
合わせてくれただけだと思っていたのだ。いや、当初は確かにそうだったのかもしれないけど、今になって
こんな言葉がこぼれ出るとは思わなかった。エイラは不思議だ。こんなにも簡単に『今』を享受して、そして
それを自分なりに楽しむことが出来てしまう。

サイドテーブルには昨日の晩食堂から持ち出したお菓子や食料や、ジュース。いくつかは空になって、
エイラの手によって丁寧に折りたたまれてゴミ箱に捨てられている。『意外と几帳面』。それを見たときに、
私は頭のメモ帳にそう書き込んだ。まだ知り合ったばかりで、そうして初めて一緒に休日を過ごしている
ものだからそのノートはまだ白紙ばかりだ。今日だけで急速に埋められているけれどまだ足りない。もっと
もっと、知りたい。

揺らぐ薄いレースのカーテンの向こうには淡い水色をした空があって、そこからは柔らかな春の風が吹き
込んで来ている。風に乗せられて鼻先をくすぐる優しい香りは、芳しい花の香りだ。誰かが、この近くで花を
育てているのだろうか?
そして、私の目の前にも空がいる。私の心に爽やかな風を吹き込んで、どんどんと新しく作り変えていって
くれているひとが。空を切り取ったような服を着て満足げにベッドに横たわっているのだ。昨日の晩から
ずっと、ほとんど位置を変えないその姿がちょっと照れくさい。だって、こうして『ともだち』と一緒にお泊りを
して、ごろごろぐだぐだと休日を過ごすなんてことしたことがなかったし、する日が来るとも思っていなかった
から。

枕を抱きしめたまま起き上がって、細目で彼女を見やる。にじんでいく視界に、既視感のような気持ちが
こみ上げる。
ねえ、ねえ。声には出さずに、呟いて。伝わりっこないけれど、語りかけて。
あのね、実はね。どうしようもなく胸を包んでいるこの気持ちをどうにかして言葉にしようと、懸命に思考を
めぐらせるけれども、やっぱりどうしても言葉にならない。

あなたの空色を、本当は良く知っていたの。今更記憶にメモを取らなくたって、エイラの色は目に焼きついて
いる。
だってだって、ずっと見上げていたから。眩しいと思いながら眺めていたから。私とは無縁と思われた明るい
昼間のその空を、エイラを見ることで補完していた。それは無意識の行動だったから気付かなかったけれど、
今、改めて考えたらそうだったのに違いないと確信できる。

「…そうね」

否定したところできっと、エイラは「私がいいって思ったからいいんだ」という風に返すのだと思ったから、
私は彼女の言葉をそのまま肯定することにした。そうね、そうだね。こういうのって、いいよね。
けれど、私が「いい」と思えるのはこういった休日が珍しいからではなくて、そんな日を一緒に過ごして
くれる人がいるからだ。一人きりじゃない。分かち合う人がいる。それだけで、何でもない日はとくべつに
なる。一人で過ごすことの多かった私にとっては、それがとてもとても、貴重なことに思えるのだ。

そうだろ?
いつもの抑揚の無い発音で、けれども明らかにご機嫌なのだとわかる口調で、エイラが起き上がって笑い
かけてくる。その顔を見るのはちょっとだけ気恥ずかしくて、視線を落として彼女の空色を見た。
「…ほし?」
そして、そこに見つけたワンポイントの刺繍に、思わず声を上げる。エイラの今来ているパーカーには、
空色の上にぽつりと黄色い星がプリントされているのだった。青い青い空のようなその色にそれがある
ことは、私にはとてもとても不思議なことに思える。ん、なあに?エイラが首を傾げたから、何でもないわ、
と答えてごまかした。よく考えたら、彼女の服には背中やおなか、肩や胸、どこかしらに星の刺繍やプリント
が入っていたような気がしてきた。

(星が好き…なのかな)

それはますます、私にとっては不思議な感覚だった。だって昼間に星は見えない。けれど夜に空色はない。
日が落ちて、夜の暗闇がやってくるからようやっと弱弱しい星の光は輝くことが出来るのだもの。もちろん
空色を好むエイラが星柄をも好んでいようとも、私に文句をつける余地なんてこれっぽっちもないのだけれど。

ちかちか光ったりはしない、単なる刺繍に過ぎないその星に、私は自分の故郷を想う。赤い星を模した
記号が、私の国を表すマークなのだ。もちろん、私の普段身につけている服にもそのマークは描かれて
いる。
おそろいね、なんて口にするのは、なんだか自惚れみたいだから出来ないけれど、小さな小さなその共通点
が、とてもとても嬉しくて。もしかしたらそれさえもエイラの気遣いなのではないかしらと思えて心が温かく
なる。金平糖みたいな甘い甘い優しさを、ぽろぽろと手に降らせてくれているような。ただの国のマークでしか
なかったそのマークが、どうしてか今はひどく愛しい。

「サーニャ。」

手、出して。
声をかけられて、言われるがままに手を差し出す。がさごそとサイドテーブルに手を伸ばしたエイラが、袋を
ひとつ取り出して差し出した私の手の上で傾けた。ぽろぽろとこぼれてくるのは半透明に透き通った、いろ
いろな色をした小さなつぶつぶ。一粒とって口にすると、とげとげの感覚と甘い味。懐かしい味わいと共に
溶けて行くそれは、星の形を模したコンフェイト。

ありがとう。
ようやっと言葉に出来た気持ちは小さな呟きにしかならなかったけれど、静かな静かな休日の、静かな
静かなこの部屋ではちょっと大きく響いた。少なくともエイラが嬉しそうに笑ってくれたから、伝わったのだと
確信できた。

『星が好き』。その言葉を、頭の中のメモ帳に書き込んでいく。ページをめくって、『わたし』についての項目に
も、同じ言葉を。


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