queen's knight


 501に新たな来客だ。
 ストライカーを履いて飛来したその「大尉」は、滑走路に降り立つとハンガーに向かい、格納装置に“戦闘脚”を預け、身なりを正した。黒の軍服に、白色に近い銀髪が映える。
 ハンガーでは、到着の報告を受けたミーナと美緒、トゥルーデとエーリカが出迎えた。
「ようこそ、連合軍第501統合戦闘航空団へ。歓迎します、シュナウファー大尉」
「わざわざのお出迎え感謝致します、ヴィルケ中佐」
「さあ、ここで挨拶も何だから、行きましょう」
「はい」
 一行はハンガーを出て、ミーナの執務室へと向かった。

 執務室で形式ばったやりとりを済ませると、改めて、ミーナは微笑んだ。
「よく来てくれたわね、シュナウファー大尉。出来れば貴方も501に加わって欲しいわ。ナイトウィッチの人手が足りなくて困ってるのよ」
「お言葉、有り難う御座います。でも、本国の命令ですので」
 ミーナの机に手を置き、ハイデマリーに声を掛ける美緒。
「聞くところによると、そちらでも激戦が続いているそうだな。貴君もスコアを随分伸ばしていると聞くが」
「ネウロイが襲って来る以上、撃墜するのが私の役目ですので」
 控えめな回答をするハイデマリーの表情は何故か冴えない。美緒は話題を変えようと続けて話し掛けた。
「ともかく、『サン・トロンの幽霊』と呼ばれる程のエースウィッチに会えて嬉しいぞ、シュナウファー大尉」
「私も、ストライカー開発の第一人者とお会いできて光栄です、坂本少佐」
「ここに来た以上は、何か特別な任務でも有るのだろうが、出来る限り隊の皆と交流して、ゆっくりしていってくれ」
「そうそう。ここは第二の我が家だと思ってね」
「お気遣い有り難う御座います」
 トゥルーデは横で聞いていたが、ここで口を開いた。
「それにしても久しぶりだな、シュナウファー。元気か?」
「ええ。貴方もお元気そうで、バルクホルン。随分とスコアを伸ばしているそうですね」
「ブリタニア防空の最前線だからな。ここに居るハルトマンもそうだが、必然的にスコアも伸びるさ」
「それにしても……」
「どうかしたか?」
「ちょっと噂を聞いたんですけど、本当? 二人が付き合ってるって」
 ハイデマリーはトゥルーデとエーリカの顔、身体、そして脚の先までじっと見た。
「な、何?」
「やっぱり広まってたか~」
 にやけるエーリカ。
「本当だったのね。その指にある……」
「毎日が楽しいよ」
 トゥルーデの手を取り、ぐいと自分のと合わせて指輪を見せ付けるエーリカ。
「相変わらずね、ハルトマンも」
「有り難う。誉め言葉として受け取っておくよ。あ、でもこの事内緒ね」
「内緒も何も、噂が広まってるんだからどうしろと」
 ウルトラエース二人のだらけたやり取りを聞いて苦笑するハイデマリー。
「さて、これは少々私用なんですが……リトヴャク中尉はどこに?」
「サーニャさんね。今回は……、ちょっとタイミングが悪かったわね」
「ともかく、是非会ってやってくれ。元気が出ると思う」
「リトヴャク中尉が、どうかされたのですか?」
 何か有ったのかと良くない想像をしていまうハイデマリー。ミーナは席を立つと、彼女を連れて執務室を出た。

 サーニャは部屋でぐったりと寝ていた。熱でぼおっとしているらしく、ミーナ達一行が入室しても気付かない。
「お、おワ? 何だ皆でぞろぞろト?」
 かいがいしくサーニャの世話を焼くエイラが皆の姿を見て、驚いた。
「エイラさん、どう? サーニャさんの具合は」
「熱は少し下がっタ。あと二日も寝れば治る……カモ」
「風邪、ですか」
「一昨日の夜は酷い雨と寒さでね。まるで嵐みたいで。そのせいで、体調を崩してしまったの。連夜の出撃もこたえたのかもね」
 ミーナがサーニャの経緯を説明する。一方のエイラはハイデマリーを見て気付いた。
「あレ? もしかして、シュナウファー大尉カ? この前サーニャとレーダー魔導針で交信してたって言う」
「ええ。はじめまして。カールスラント空軍大尉、ハイデマリー・シュナウファーです」
 握手しようと手を差し伸べられて、濡れタオルを慌ててテーブルに置き、手を拭いて差し出すエイラ。
「ええット、スオムス空軍所属のエイラ・ユーティライネン少尉ダ。よろしク」
 軽い握手を交わしたあと、ハイデマリーはサーニャの寝顔を眺めた。
「リトヴャク中尉は……」
「今は風邪薬が効いて、半分寝てル。起こしちゃダメダゾ?」
「そう。直にお話ししたかったのに」
「サーニャも話ししたいと思ウ。後で起きたラ、話してクレ」
「分かりました。有り難う、ユーティライネン少尉」
「私はエイラでいいヨ」
「……有り難う」

 ハイデマリーを囲んで、和やかな夕食が始まった。
 サーニャとエイラが居ない代わりに、ハイデマリー達がテーブルの一角に陣取り、そこはさながらカールスラント野戦部隊の如き盛り上がりを見せている。
「やっぱりシュナウファー大尉も驚かれましたか? 私もなんですよ。ここ、設備も食事もお茶もお菓子も良いですよね。私、何度も転属願い出してるのに、全然受理されないんですよ?」
「て言うか、レンナルツいつまで居るのよ」
 エーリカがヘルマをつついて言った。
「まだ身体が本調子でないので……。それに、ヴィルケ中佐にもお気遣い頂きましたし」
「あんまりしつこいと、トゥルーデに嫌われちゃうぞぉ~」
「なっ何を根拠にそんな事を!?」
「止めないか二人とも」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
「お……、『お姉ちゃん』?」
 ハイデマリーはその言葉を聞くと顔色を変えた。トゥルーデを見る。
「ご、誤解するなシュナウファー。ヘルマは……いや、レンナルツはだな」
「レンナルツ曹長憧れのウィッチはバルクホルンだと聞いていたけど……そう。そう言う事だったの」
「ち、違うんだ!」
「お姉ちゃ~ん」
「エーリカもやめんか! 余計に話がややこしくなるだろ!」
「なんだかんだで、皆楽しそう」
「まあ、多国籍軍だからかも知れないけど、仕方ないわね」
 ミーナが苦笑して、ハイデマリーを見た。
「本当、貴方には501に参加して欲しいのだけど。無理かしら?」
「お言葉は大変嬉しいのですが……命令ですので」
「そうよね。優秀なウィッチ……特に慢性的に人手不足のナイトウィッチは、本国に置いておきたいものよね」
 ミーナの言葉を聞き、少し暗い顔をして、沈黙してしまうハイデマリー。
「シュナウファー大尉は、もう撃墜数が百機……でしたっけ? とにかくカールスラント最強のナイトウィッチなんですよ?」
 ヘルマが自分の事の様に自慢するが、カールスラント組には周知の事実なので驚く素振りもない。一方の他国のウィッチは、皆驚きの声を上げた。
「ナイトウィッチで百機撃墜かよ。あんた凄いな」
 シャーリーが心底驚いた顔をしている。
「やっぱり、サーニャと同じく頭からビカーってレーダー魔導針出るの?」
 ルッキーニがハイデマリーの横からひょこっと顔を出す。
「え、ええ。あと、私は夜目が利きますので。正確にはちょっと違いますけど。夜間視能力の魔力で……」
「すご~い! ……あと」
「? ……うひゃっ!?」
 突然背後からルッキーニに胸を揉まれ、飛び上がるばかりに驚くハイデマリー。
「うっわ~、おっきい! これは間違いなくエース級だよシャーリー。リーネにも勝ってるよ」
「ほほー。あたしと良い勝負か?」
 ニヤニヤ顔でハイデマリーの胸を見るシャーリーとルッキーニ。
「ちょっと、いきなり何を?」
「ここでは通過儀礼みたいなものです、シュナウファー大尉」
 ヘルマが溜め息混じりに呟く。
「じゃあ貴方も?」
 ハイデマリーに聞かれたヘルマはしょんぼりとして、小さく頷いた。
「ヘルマは将来に期待の子~。あたしもね」
 ルッキーニが笑顔で言う。
「芳佳ちゃん、何見てるの?」
 リーネに袖を引っ張られ、あたふたと弁解する芳佳。
 出された食事……まさに“多国籍”とも言うべき各国の料理……が雑多に並ぶ。それらを適当に食べながら、ハイデマリーは感想を述べた。
「レンナルツ曹長の言う通り、ここは恵まれてますね。私の部隊では、日々の食料にも困る有様で」
「シュナウファー大尉だっけ? あたしはリベリオン合衆国第八航空軍大尉のシャーロット・イェーガー。改めてよろしくな。食料に困ってるなら、基地にストックしてあるあたしの国の缶詰肉を持っていきなよ。たくさんあるぞ」
「缶詰ですか」
「やめとけシュナウファー。リベリアンの持ってくる缶詰肉は味が濃くてすぐ飽きる」
「何て事言うんだ堅物は? 戦場では貴重だし、旨いんだぞ?」
「ヴェー あたしもうあれ飽きた~。好きなだけ持ってって良いよ」
「ほら見ろ、ルッキーニだって言ってるじゃないか」
「あ、あんたら人の好意を……」
「有り難くいただきます、イェーガー大尉。お気遣い感謝します。隊の皆も喜ぶかと」
 シャーリーはハイデマリーのかしこまった答えを聞くと、あははと笑った。
「そんな堅くなんなくて良いって。あたしの事はシャーリーと呼んでくれよ。同じエース級同士仲良くやろうじゃないか」
「エース級……」
 シャーリーの言う“エース”が何を意味するかを理解し、返事に困るハイデマリー。
「シュナウファーさん、はじめまして。私、宮藤芳佳です」
 今度は芳佳がハイデマリーに近付いて来た。
「はじめまして。ハイデマリー・シュナウファーです」
「扶桑の料理、お口に合いました? ちなみにこれも、扶桑の料理なんですよ? 良かったら如何ですか?」
 小鉢に入った豆料理を差し出す。
「……これは何ですか?」
「こら宮藤! 初対面の奴にいきなり納豆を出すな」
 トゥルーデが宮藤を叱りつける。
「え? これ納豆じゃなくて、煮豆です。昆布と大豆を醤油とお砂糖で甘辛く煮たんですけど」
「扶桑の人は、海草を食べるんですね」
「栄養が有って良いんですよ? ミネラルたっぷりで目にも良いし」
「すぐに慣れますわ」
 斜め横の位置から発せられた何気ない一言を、ハイデマリーは聞き逃さなかった。声の主に顔を向ける。
 眼鏡を掛けて、つんと澄ました顔の金髪の少女は、箸を使って煮豆を器用に食べている。
「流石だな、ペリーヌ。健康に良いからと進んで食べるとは。どんどん食えよ」
 美緒が笑う。ペリーヌは黙って空の小鉢を突き出し、芳佳からおかわりの小鉢を受け取った。

 目が覚め、身体を起こしたサーニャは、リーネと芳佳が作ったおかゆを食べていた。正確には、エイラがスプーンで一口、また一口と食べさせてあげている……、と言う方が正しい。
「無理するなヨ。ゆっくり食べろヨ。たくさん食べて元気になれヨ」
「エイラ、言ってる事が少し矛盾してる」
「そ、そうカ?」
 サーニャは少し笑みを見せた。
「そうそう。今日、シュナウファー大尉が501(ウチ)に来たぞ。前にサーニャとレーダー魔導針で交信したナイトウィッチだヨ」
「そうなんだ。会ってお話ししたいな」
「大尉もそう言ってタゾ。後で具合良くなったら話しするとイイヨ」
「有り難う、エイラ。……どうしたの、ヘンな顔して?」
「イヤ。何か、ちょっと複雑な気分カモ」
「?」
 小さく笑みを浮かべ、首を傾げたサーニャに、エイラはお粥を食べさせた。

 食後のひととき。
 ミーティングルームに移動した一行はリーネが煎れたお茶とお菓子を楽しみ、めいめいがリラックスしている。
「確かにレンナルツ曹長の言う通り……色々恵まれてますね」
 カップに注がれた紅茶の匂いを嗅ぎ、一口飲み、呟くハイデマリー。
「ですよね? やっぱり良いなあ、早く転属願を……」
「だから食事や待遇だけで選ぶな。いざ戦いとなると……」
「また話がループしてるよトゥルーデとレンナルツは」
 カールスラントの三人はお喋りが止まらない。
「シュナウファー大尉。貴方のストライカーだけど、先程、整備班から整備と点検を終えたとの報告があったわ」
 カップを手に持ったミーナがハイデマリーの横に座って語りかける。
「わざわざ有り難う御座います」
「Bf110G-4はここでは使ってないけれど、整備に問題は無いそうよ。トラブルもなく動作は快調ですって」
「有り難う御座います」
「いつでも飛び立てる状態だけれど、暫くはゆっくりしていってね」
 微笑むミーナ。ハイデマリーはミーナの顔を見て、少し躊躇いの表情を作った。それを見て笑顔で首を傾げるミーナに、ハイデマリーは意を決したかの様に、ミーナの名を呼ぶ。
「ヴィルケ中佐」
「なに? シュナウファー大尉」
「あの……」
 言いかけた所で、不気味な警報が基地中に鳴り響く。全員が表情を引き締め、立ち上がる。
「ごめんなさいね、シュナウファー大尉。話の続きは後でね」
 それだけ早口で言い残すと、美緒と一緒に管制塔へと向かうミーナ。他の一同も出撃に備え、めいめいがアップを始めた。

 程なくして、ブリーフィングルームに集合する一同。
「監視所から報告が入ったわ。敵、高度3000で侵入」
「いつもより高度が低い。気になる点だな」
 ミーナはボードに貼られた地図を指し示し、美緒は受け取った報告書に目を通し概要を説明する。
「現在グリッド東092地区を西北西方向に移動しているそうよ。でも速度が異常に遅い。これも気になるわね」
「もしかして、以前みたいに陽動?」
「現在、他にネウロイの姿は無いらしいけど……油断は出来ないわ」
 ミーナは指示棒を手元に置くと、皆の方を向いて、告げた。
「そこで、今回はまず偵察を出して、このネウロイの正体と目的をはっきりさせます」
「今回は誰が?」
「偵察ならあたしが適任じゃないか? スピードなら誰にも負けないよ」
 シャーリーの言葉を、手を上げて遮るミーナ。
「ペリーヌさん、行って貰えるかしら?」
「わたくしですか?」
「ペリーヌ、お前は最近夜間哨戒任務がナイトウィッチのサーニャ以外で一番多く、経験も有る。それを踏まえての事だ」
 美緒が理由を説明する。
「了解しました。直ちに出撃します」
「待って下さい。私も同行します」
 後ろの席で話を聞いていたハイデマリーが声を上げた。一斉に振り向く501の一同を見て、少し身を引く。
「シュナウファー大尉、気持ちは嬉しいけど、貴方は今回……」
「是非とも、お願いします。私は仮にもナイトウィッチ、夜間戦闘ではお役に立てるかと」
 ハイデマリーの表情を見てミーナは一瞬考えたが、美緒に促され、決断した。
「なら、ペリーヌさんの掩護をお願い出来るかしら?」
「了解」
「せっかく来た早々なのに悪いわね、シュナウファー大尉」
「すまん。サーニャが本調子ならこんな無理は頼まないのだが」
 ミーナと美緒がハイデマリーを気遣う。
「困った時はお互い様です」
「有り難う……。では、残りの人員は出撃に備えて各自準備を。偵察隊は直ちに出撃。急げ」
 ミーナの声が部屋に響く。慌ただしく一同は部屋を出た。

 ペリーヌとハイデマリーは共にストライカーを起動させ、夜空へと舞った。
 所々に雲が懸かり、下弦の月が微かに大地を照らす。
『本当にごめんなさいね。来た早々任務に就いて貰うなんて。申し訳ないけど』
「構いません。人が困っているのを見過ごす訳にはいきませんし、夜戦は私の最も得意とする分野ですから」
 ミーナからの無線に応えるハイデマリー。表情は強張りも緩みもなく……淡々と、いや、何処か生気が無い。
「シュナウファー大尉、ネウロイの推定位置はここから十一時の方角ですわ。探知をお願いします」
 ペリーヌが方向を指さす。
「了解」
 ハイデマリーの頭の周囲にライムグリーンのレーダー魔導針が輝く。ハイデマリーは魔導針の感度を上げ、周辺一帯をくまなく探索する。ぐるりと身体を回転させ、遠くを見る。眼鏡の奥に輝く赤い瞳が、夜空を遠くまで見渡す。
「間違い有りません。敵の位置確認。速度を維持したまま接近。あと九分で接敵します」
「了解」
 無骨で重厚なハイデマリーのストライカー、Bf110G-4夜戦仕様機が夜空に溶け込む。
 ウィッチの魔力増幅力に優れたこの機体は、携行出来る銃器の重量を増し、そしてウィッチの魔力……武器の威力やレーダー魔導針の力を増大出来ると言う事で、「大物食い」として活躍している。また比較的航続力にも優れているのが、夜戦や夜間哨戒向きとされる理由のひとつでもある。
 欠点は他のストライカーと比べ機動性と速度がやや鈍い事だが、戦う相手さえ間違えなければ大変有効なストライカーである。
 ペリーヌとハイデマリーは速度を上げ、ネウロイに迫る。
 ペリーヌをちらりと見たハイデマリーは、声を掛けた。
「クロステルマン中尉は、夜間専従班なのですか?」
「いいえ。少佐も仰ってましたが、わたくしはあえて言うなら、昼夜両方対応可能な全天候ウィッチです」
「そうですか。素敵ですね」
「まあ正直なところ、サーニャさんもあの有様ですし……」
 ペリーヌは少々溜め息を混じらせ、言葉を続けた。
「501(ここ)には、夜戦専門のウィッチは彼女だけ。中佐からお聞きになったかも知れませんけど、人手不足は深刻でしてよ。ですから、私達も交代で、夜戦の訓練を兼ねて夜間の哨戒任務に就いているのです」
「そうですか。連合軍統合戦闘航空団とは言え、大変なのですね」
「ブリタニアの砦ですから」
 さらっと答えるうペリーヌ。自負か、プライドか。

 六分後。ハイデマリーのレーダー魔導針が輝きを増した。
「もうすぐ接敵……見えた」
「え? 何処に?」
「ここから一時の方角です」
 ネウロイの居る方向を指さすハイデマリー。しかしほのかな月明かりが有っても、遠く暗いのでペリーヌにはまだ見えない。
「距離は?」
「距離は……あ、あれは!」
 ハイデマリーの表情が一変する。そして苦々しく呟く。
「……この前、私達が取り逃がしたネウロイ。残りの一匹がこんな所を彷徨っていたとは」
「ご存じなの?」
「あのネウロイは、機体表面は非常に脆弱ですが、内部に気化爆弾の様なものを満載しています。攻撃を掛けたら、爆発して辺り一帯が火の海に」
「そんな!? なら一体どうやって攻撃すれば」
「超長距離から狙撃するか、もしくは……」
 言いながら、距離を縮めるハイデマリー。
「管制塔、応答願います、管制塔?」
 指示を仰ごうとしたペリーヌの呼び掛けに対し、無線は沈黙している。
「またネウロイの妨害ですの? なんて忌々しい!」
 間もなく、ネウロイの機影がペリーヌにも見える程に近付いてきた。
 まるで気球の様に円形で、ふわふわと浮いている。一見すると「飛んでいる」と言うより風に流されている様にも錯覚する程の遅さだ。時折表面から禍々しいビームが降り注ぐも、シールドで難なく弾く二人。
 速度を落とさず、30mm機関砲を構えるハイデマリー。
 慌てて機関砲を押さえるペリーヌ。
「早まってはダメ、シュナウファー大尉」
「でも、あのネウロイのせいで、私の仲間や部下が大勢……これはその敵討ちでも」
 初めて聞く、ハイデマリーの怨嗟の言葉。それは多分事実なのだろう。しかし、先程までとはまるで違う、別人の如き只ならぬ雰囲気を感じ取ったペリーヌはハイデマリーを止めた。
「お待ちなさい。貴方が敵討ちを出来たとしても、ケガをしたり、ましてや死んでしまっては意味が無いでしょう?」
「クロステルマン中尉。私が何故『幽霊』と言われているかご存じですか」
 唐突に聞かれ、答えが出ないペリーヌ。ハイデマリーは顔を曇らせて、答えを言った。
「私は、あまり人と馴染めません。戦いでも、大抵、独断で動きます。その方が楽だから。でも、それは同時に仲間を見ていない事で……」
「シュナウファー大尉」
「スコアを伸ばした所で、戦友がいなければ……私は気付くのが遅過ぎたのかも知れません」
 自嘲気味に呟くハイデマリー。どう答えていいか戸惑うペリーヌを前に、首を振って、言葉を続けた。
「私にはもう、殆ど戦友らしい人もなく……友達も居ない。だから。だから!」
 再びネウロイに向けた機関砲を、無理矢理にペリーヌは手で掴み、逸らした。
「なら、わたくしが戦友になります! わたくしと貴方は友達! 良いですね? 命令ですよ?」
「階級が下なのに、命令ですか?」
「今はわたくしが一番機です。二番機は一番機の命令に従う事。お分かりですね? それに、空の上では階級など関係ありませんわ。良いですね」
「だけど……」
「貴方が死んで、誰が敵討ちをする事になると思っているの?」
「……」
「貴方は絶対に死んではいけない。ネウロイに殺されて良い人などいません」
 ペリーヌは迫るネウロイを睨み付け、腰に下げていたレイピアを抜き放つと、切っ先を向け、叫んだ。
「わたくしは、認めません!」
 ネウロイに向かって飛び込んで行くペリーヌ。
「待って、クロステルマン中尉。まさか単機で」
「他に方法が?」
「一緒に行きましょう。貴方は身軽に動けて、私には強力な武装が有る。そして二人のシールドを合わせれば」
「お互いの欠点だけが突出しなければ良いですけど」
 ふっと不敵な笑みを浮かべるペリーヌ。ハイデマリーの身体を片手に抱くと、そのままレイピアを真正面に突き出し、最高速度で突入した。
 ハイデマリーの言う通り、ネウロイの外部障壁はゴム風船の如く脆く、30mm機関砲の一撃で簡単に破れた。内部に充満していたガスの塊が噴出し、二人の周囲をあっと言う間に覆う。ハイデマリーの言う事が事実なら、このガスは間もなく引火し、爆発する筈。
 だがその前に、やらねばならない事が有る。
 そう、球体の真ん中に位置する、コアを破壊する事。迷わずコア目掛けて加速した。
「ちょっとくすぐったいかも知れませんわよ」
 ペリーヌはハイデマリーをぎゅっと抱いたまま加速し、レイピアの切っ先をコアに向けた。
「トネール!」
 全身が輝き、レイピアにもその稲妻が乗り移り、コアを「針の一刺し」で仕留める。
 ハイデマリーも30mm機関砲を連射し、コアを狙い撃つ。
 レイピアの切っ先がコアを突くのと、機関砲の撃射による破壊はほぼ同時。
 二人は加速を止めずにそのままネウロイの本体をぶち破り、ひたすらにネウロイのガスから逃げる。
 残されたガスは、トネールの電光も相まって、途端に爆発した。
 ペリーヌはハイデマリーを抱えたまま、爆発から逃れるべく顎を引き、歯を食いしばり、後方から迫る衝撃、熱さに耐えた。周囲を紅蓮の炎が覆い被さって来るが、お構いなしに直進を続ける。
 数十秒程経った頃、ようやく爆発の炎は消え……二人が二重に張ったシールドも反応しなくなった。と言うより、シールドはもうボロボロで、これ以上の戦闘は無理だった。
 だが幸いな事に、周囲にはネウロイの影も無く……
『ペリーヌ、応答せよ! 聞こえるか? ペリーヌ! シュナウファー? 返事しろ!』
 必死に呼びかける美緒の声が無線機を通して聞こえる。
「こちらブループルミエ、ネウロイを撃破しましたわ。シュナウファー大尉と共同で」
『おお、無事かペリーヌ! 現状を報告しろ。位置は何処だ? レーダーには微弱な反応しかない。今すぐそちらに救援を向かわせる』
「ご心配なさらず。救援は不要ですわ。わたくし達は無事です」
ハイデマリーがレーダー魔導針で周囲を索敵し、無線で報告する。
「周囲に他のネウロイは居ません。レーダー魔導針で確認しました」
『そうか。ご苦労だった』
「これから直ちに帰還します」
 ペリーヌはそう言うと、ハイデマリーを抱く手を放した。二人とも汗びっしょり、おまけにトネールの副作用か、二人の髪は妙にごわついてぼさぼさ。
「やりましたね、クロステルマン中尉」
「さすがですわ、シュナウファー大尉。流石は聞きしに勝る、夜戦最強の誉れ高きウィッチですわ」
「そんな、謙遜……」
「わたくしは、正当なる活躍には公正な評価をします」
「あの」
「なんでしょう?」
「……いえ、何でも有りません。帰還しましょう」
 反転し、基地へと帰還するハイデマリー。
 彼女の言葉に引っかかりを覚えたペリーヌは、ハイデマリーの近くに再び寄った。
「シュナウファー大尉?」
「何でしょう」
「先程言い掛けたこと、あれは何ですの?」
「気にしないで下さい」
「そういう言い方をされると、気になりますわ」
「……貴方はきつい人ですね、クロステルマン中尉」
「なっ!? そんなことありませんわ? わたくしは公平で寛大、ガリア貴族の……」
「ノブレス・オブリージュ、でしたか?」
「何故それを?」
「ガリアでは有名な言葉だと聞きましたが」
「確かに」
「では、聞きたいのですが」
「どうぞ」
「私と……」
 ぐいと手を引っ張られ、どきりとするペリーヌ。
「私と、ともだちになってくれますか?」
ハイデマリーの、思わぬ言葉。ペリーヌは少し顔を赤くして、言った。
「な、何を言うのかと思えば……。先程も言いましたけど、一度会えば、一度同じご飯を食べれば、そして同じ戦場で戦えば、もう戦友ですわ」
「なら……私と貴方は、まだ、ともだちですか?」
 ペリーヌは彼女の言葉の真意が理解出来なかった。ただ、否定してはいけない、と言う直感的な意識が働き、
「ええ。勿論。当然じゃないですか」
 と呟き、悲しげに見つめるハイデマリーの肩をそっと抱いた。

 基地に帰還後、ミーナに報告を済ませたペリーヌとハイデマリーは、二人連れ添って風呂に向かった。
「戦いで汗臭くなってしまいましたわ。おまけに髪の毛はぐしゃぐしゃ。こう言う時こそお風呂ですのよ」
「お風呂……」
 脱衣所で服を脱ぎ、タオルで身体を隠すと、浴場へ向かう。既に深夜とあって、誰も居ない。
 ハイデマリーはその浴場の大きさに驚いた。
「これは、坂本少佐が扶桑海軍設営隊に作らせたものでしてよ。まあ、この辺りの彫刻や装飾などは、わたくしに言わせればあまり良い趣味ではありませんけど」
「大きい……広い……」
「横にはシャワーも有りますから、お好きなのをどうぞ。向こうにはサウナもありましてよ」
 ペリーヌは慣れた様子で掛かり湯を身体に浴びせると、そっと湯船に浸かった。
 体温より少し熱く、心地良い温度に保たれたお湯は青く透き通り、実に快適だ。立ち上る湯気も、顔や頭を優しく包み込む。
 ふう~っ、と大きく息をする。疲れが身体から抜けていく……いや、湯に中和される気分だ。
 ハイデマリーもペリーヌを真似て湯をかぶると、恐る恐る入浴した。
「扶桑のお風呂は初めて?」
「こう言う入り方は、確かに初めて」
「そう」
「眼鏡が曇ります」
「慣れますわ」
 ペリーヌは湯を少し掛けて曇りを取った。ハイデマリーも同じ様にする。
「あの、クロステルマン中尉は……」
「何ですの?」
「お歳は?」
「……十五ですけど、何か?」
 それを聞いたハイデマリーの表情が変わった。ぱあっと明るくなった感じがする。
「私も、同じです」
「あ、あら。奇遇ですわね」
「さっき、言いましたよね。覚えてますか?」
「何の事ですの?」
 ハイデマリーはペリーヌの正面につつと寄り、言った。
「私とは、まだ、ともだちですか?」
「しつこいですわね。わたくしと貴方は戦友……」
 ぐっと迫るハイデマリーの顔。余りに近いその顔を見て、ペリーヌは絶句した。
 風呂で上気したその顔は、戦闘の時に垣間見せた……“幽霊”と渾名される様な暗さは微塵もなく、ただ、心ときめかせる乙女のそれだった。
 眼鏡越しに見る彼女の目は、紅く、艶やかで、美しい。
 ハイデマリーは、ペリーヌをじっと見つめ、呟いた。
「確かに、貴方はナイトウィッチではないです」
「……」
「でも、私にとってのナイト(騎士)です。それだけは事実」
 洒落のつもり? とペリーヌは言いたかったが、何故か言えない。ハイデマリーの潤んだ瞳に気圧されてしまって。
 肩をそっと掴まれる。拒めない。
 近付く顔。背けられない。
 やがて、そっと軽く唇が触れ合った。
 かちり、と互いの眼鏡も触れ合い、音を出した。
 唇を離すと、ハイデマリーは微笑んだ。
「眼鏡、邪魔でしたね」
 眼鏡を外すと、ペリーヌを見つめた。そのペリーヌはと言うと……硬直を通り越して、ぽかんとした顔でハイデマリーを見ている。
「ごめんなさい。強引でした」
「い、いえ……その」
「これから、私の事、ハイディ、って呼んでくれますか?」
「え、ええ。私はペリーヌで結構ですわ」
「ありがとう、ペリーヌ。……私のナイト」
 ハイデマリーはそっとペリーヌに寄り添い、身体を預けた。
 ハイデマリーの表情は、何か大切なものをこの手で掴んだ、と言った感じで……。ペリーヌもハイデマリーの顔を眺めるうち、
「悪く、ないですわね」
 と、呟いた。

 数日後。
 ヘルマとハイデマリーは、揃って滑走路から飛び立ち、原隊へと戻って行った。
「帰ったね」
 エーリカがトゥルーデの腕を抱えて、ぽつりと呟く。
「ああ。何だかんだで……少し寂しいな」
 トゥルーデはエーリカの肩を抱き、二人が去った後の空を眺めた。
「ヘルマは何だかんだ理由付けてまた来るっしょ。シャーリーとのスピード対決まだだし、トゥルーデの事まだ諦めてないみたいだし」
「そ、そうだな」
「シュナウファーは、どうかな。原隊も忙しいし……そう言えば彼女は何の用でここに?」
「さあ。エーリカは知らないのか?
「ミーナは知ってるんじゃない? 私も何も聞いてないけど」
「まあ、私達は同じ祖国の戦友同士だからな。何があっても受け入れるさ」
「そうだね。大事な仲間」

「シュナウファー大尉がここに来た理由……」
 ミーナは、先日ペリーヌとシュナウファーが共同撃墜したネウロイについての報告書を読みつつ、呟いた。
「この、新手の広範囲自爆型ネウロイの警告、だけか? それにしては……」
 美緒は首を傾げた。
「気分転換も兼ねて、だそうよ。このネウロイ含めて、これまでの戦いで、彼女の同僚や部下が相当病院送りになったみたいだから」
「そうか」
「彼女はずっと気にしていたのかもね。でも今日、飛び立つ彼女の顔を見て安心したわ」
「確かに、来た時よりも明るくなっていたな。何か良い事でも有ったか?」
「それは、彼女達に聞いてみないとね」
「彼女“達”?」
 美緒の疑問にはあえて答えず、くすっと笑うミーナだった。

 一週間後、ハイデマリーから小箱と手紙がペリーヌに宛てて送られてきた。
 ミーナから郵送物一式を預かったペリーヌは、その場でいそいそと開封作業に取り掛かった。
 手紙の封を開ける。指先が切れる程に鋭く裁断された小粋な便箋には、かしこまった挨拶は抜きに、簡潔に文字が書かれていた。
「その後如何お過ごしですか? 私の方は相変わらずです。また501に行ける機会が有れば良いのですが。いえ、絶対に行きますからね。その日を楽しみにしています」
 ペリーヌはくすっと笑って、続きを読む。
「私達二人の絆のしるしとして、カールスラントのワインを贈ります。私の実家はワイン卸業をやっているので、私もワインの選び方には多少なりとも自信があるつもりです」
 丁寧に梱包された小箱には、平時のカールスラントでも貴重な……カールスラントがネウロイに蹂躙されている今となってはどれ程の価値が付くか分からない、高級なワインが一本、収められていた。
「凄いな。シュナウファーは余程お前の事が気に入ったんだな」
 ワインを見て、驚くトゥルーデ。
「このワイン、飲むの?」
 ワインのラベルを見て、ペリーヌの顔を見るエーリカ。
「いえ、飲みません」
「やっぱり『ワインはガリアが一番』とか言う?」
 にやけるエーリカをちらりと見るペリーヌ。その瞳にいつものとげとげしさは無かった。
「そんな無粋な事、言いません」
 ペリーヌはワインの瓶をそっと撫で、箱に戻した。
「今度、ハイディが来た時、一緒に飲みます」

end


続き:0951


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ