knight without armour
新月の夜。風を切り空を翔る一人のウィッチ。
「こちらブループルミエ。目標地点を通過。周囲に異常無し。指示をお願いします」
『こちら管制塔。報告了解しました。貴官の現在位置もレーダーで把握しています。これより、ブループルミエから方位2-9-8で北上して下さい』
「了解しました」
身体をバンクさせ、指定された方角へと向かう“魔女”の名はペリーヌ。
一人っきりの夜間哨戒任務にもだいぶ慣れ……もうあと暫く飛べば、そして何も無ければ、帰還命令が出る筈だ。今日はネウロイの警報も出ず、侵攻予想の日でもなく……勿論予想は全然アテにならないが、恐らく何もない退屈な、夜間哨戒。
しかし「退屈」とは言え夜間飛行は昼間飛行と違い様々な危険が有り、油断は禁物だ。ただ空を飛び、周囲に気を配るだけでも、神経の張りつめ方は尋常でない。月の出ない夜は月明かりが無いので、当然緊張度も増す。夜間の哨戒が終わった後の脱力感、疲労感は、昼間のそれとは全然違う重みを持っている。
だからこそ、サーニャだけに任せる訳にはいかない。ミーナの、そして501全員の一致した見解だ。特に彼女が体調を崩している今は、皆で任務を分担し、何とかしなければならない。誰かが言った戒めの警句「常に緊張感を持て、危機センサーを研ぎ澄ませ」を反芻し、ぐるりと辺りを見回す。
何もない。異常無し。
……いや、背後から何かが迫ってくる。そのスピードはずいずいと押してくる感じで……
「何者っ!?」
ブレン軽機関銃Mk.Iを構える。
その“影”はぐんと速度を増し、ペリーヌのすぐ横に付いて速度を合わせた。
頭の回りに輝くライムグリーンのレーダー魔導針。白銀の髪をなびかせたそのナイトウィッチはペリーヌの顔を見、微笑んだ。
「ハイディ! どうしてここに?」
驚くペリーヌ。突然の来訪……しかも空の上での再会に、思わず夢かと錯覚してしまう。慌てて、構えていた銃を肩に背負う。
「お久しぶり、ペリーヌ」
笑顔を見せたハイデマリー・シュナウファーはレーダー魔導針を煌めかせ、紅い瞳で周囲を眺めた後、無線に呼び掛けた。
「管制塔、周囲に異常有りません。ネウロイの機影無し。ブループルミエとも会合しました」
『了解しました。無線チャンネルをスイッチ1に切り替えて下さい』
「了解」
『では、これよりブループルミエとシュナウファー機はそのまま基地に帰還して下さい』
二人に同時に聞こえる無線士からの声。
「りょ、了解」
「了解」
澄ました顔で無線に答えるハイデマリー。数秒後、ペリーヌは一杯食わされたと気付き、声を荒げた。
「ど、どうしてこんな事を!? 驚いて、もう少しで引き金を引くところでしたわ?」
「ペリーヌ、背後の下側ががら空きだったわ」
「え……貴方いつから?」
「暫くそっと後ろをつけていたのだけど、全然気付かなかったから」
「悪趣味な! 空で会うつもりならはじめから言ってくれれば……」
「ちょっと意地悪してみたくなっちゃった。ごめんね」
「貴方というひとは……」
怒りが少々混じったが、彼女を見てつい気が緩んだのか、手を差し伸べ、優しく抱いた。
「ペリーヌ?」
「やっぱり、本職のナイトウィッチにはかなわないと言う事ですわね。あなたがネウロイなら撃墜されていたところですわね」
「そんな事ないと思うわ。私は夜間視能力とレーダー魔導針を使ってあなたを見つけただけ。あとは無線の誘導も有ったし」
「無線はともかく……わたくしには、ハイディみたいな特殊能力はありませんわよ?」
「そうだけど」
「でも、会えて嬉しいですわ、ハイディ。帰って、話したい事、色々ありましてよ」
「私も、ペリーヌ。楽しみにしてる」
二人揃って基地への帰還を急ぐ。途中、ふとペリーヌは疑問に思った事を口にする。
「そういえばハイディ、今回は何故501に?」
「今回は、色々と連絡事項が有って。私から直に」
「そうですの。でも、原隊も忙しいと聞きましたけど?」
「何とか暇を作って来たから大丈夫」
微笑むハイデマリーを前に、ペリーヌも控えめな笑顔を作った。
「さあ、帰りましょう、我が家へ」
「ええ」
ハンガーの装置にストライカーを格納すると、ハイデマリーは30mm砲を脇に置き、書類等の入ったブレッドショルダーバッグを外し、手に持ち替えた。
「あ、シュナウファー大尉」
そこに現れたのは、サーニャ。先日風邪をひいて衰弱していたがようやく復調し、元気な顔を見せた。ハイデマリーがまた訪れた事を聞きつけ、ハンガーまでやって来たらしい。サーニャの後ろにはエイラの姿があった。不機嫌そうな顔でサーニャを見ている。
「あら、リトヴャク中尉。こんばんは。もう具合は大丈夫?」
「ええ。もう平気。この前は殆どお話し出来なかったから……」
「私もお話ししたかったの」
まるで長年の友の様な話しっぷりに、ペリーヌは「えっ?」と驚いた。
「おいペリーヌ、どうすんダヨ」
いつの間に寄って来たのか、エイラがペリーヌの脇を肘でつつく。
「エイラさん……どうするって、何を?」
「シュナウファー大尉ダヨ。サーニャとあんなに楽しそうに話ししてるナンテ……」
「あらエイラさん。いつもの余裕は何処へ行きましたの?」
「オマエだって、顔ひきつってるゾ?」
「う……」
ペリーヌとエイラは、少し離れた場所からサーニャとハイデマリーを見た。物理的な距離としては「少々」の筈だが、まるで競技場の場外から見ている程の錯覚を覚える。
「ど、どうすんダヨ? 楽しそうダゾ」
「わたくしに言われても、困ります」
「困った顔してるのはお互い様カ……」
ふう、と二人揃って溜め息をついた。
シャワーを浴びた後、自室で報告書作成を済ませ、時計を見るペリーヌ。もうすぐ夜明け。美緒の早朝訓練が始まる時間だ。
サーニャとハイデマリーはその後ミーティングルームに移動して、お喋りを続けていた。ナイトウィッチと言うだけあって、二人とも夜には滅法強い。最初は横にいたエイラも、二人の空気にとうとう嫌気、いや、限界か諦めを感じたのか、一人自室へと引っ込んでしまった。その時、ペリーヌは偶然にも部屋の外に出ていて、廊下でエイラとすれ違った。エイラの妙な落胆ぶりが少し気になったが、どうしようもない。
部屋に戻ると、ふわわ、とあくびが出る。夜間シフトなら、この後朝食を取り、そのまま睡眠の時間となる。ペリーヌはベッドに向かい、毛布を敷き直す。
「それにしても、よく喋りますこと」
独り言。ハイデマリーは再会した時あんなに笑顔だったのに、サーニャと会うや否や、周りを放り出してお喋りに夢中。
「何をしに来たのやら」
ふう、と溜め息も出る。ペリーヌは心の中に湧き出るもやもやが、何故か気に食わない。それが何であるかも、本人には理解出来なかった。
朝食前の任務に就いたばかりのミーナを訪ね、執務室に現れたハイデマリー。一応形式的な儀礼を済ませると、バッグから書類を取り出し、ミーナに渡す。
「書類、確かに受け取りました。ご苦労様、シュナウファー大尉」
「お役に立てて何よりです」
ミーナの横に居る美緒……先程まで朝の自主訓練をしていた……が、ハイデマリーに問う。
「そちらでは、ネウロイの動きはどうか? 何か変化は有ったか?」
「最近、新種と思しきネウロイが幾つか。一瞬たりとも気は抜けません」
「なるほど」
「恐らく、近いうちに501(ここ)の担当区域にも飛来するかと思われます」
「私達も油断出来ないわね」
「501も、夜間戦闘にもう少し重点を置くべきでは?」
「私も本当はそのつもりなのだけど……肝心のウィッチも居なければ、上層部の許可も下りなくてね」
「そうですか。残念です」
「まあ、任務の話しはこの辺にして……今回は、いつまで滞在の許可が?」
「この前ほどとはいきませんが、今日合わせて二日程。ですからあと一日」
「そう。ゆっくりしていってね。この前みたいにいきなり出撃とかは無いから安心してね」
「いえ、いつでもご命令を」
「気持ちは有り難く受け取っておくわ。シュナウファー大尉」
ミーナは時計を見た。そろそろ朝食の時間だ。
「さあ、行きましょう。朝食はしっかりと取らないとね」
朝食の席でもハイデマリーはサーニャの隣りに座り、他の皆そっちのけでお喋りに夢中。その姿を見た一同は呆気に取られた。
「あ、あの……サラダのおかわりは」
「ありがとう。いただきます」
リーネがおずおずと差し出したサラダの小皿を受け取ると、彼女の顔も見ずサーニャとお喋りを続けるハイデマリー。
「シュナウファー、随分楽しそうだな」
トゥルーデが言葉を掛けるが、
「そんな事ないですよ」
と満面の笑顔で返され、言葉が出ない。
サーニャの横に座るエイラはこの世の終わりみたいなオーラを出し……食事も殆ど手を付けず、またも自室に引っ込んでしまった。
「大丈夫なのか、エイラは」
心配するトゥルーデ。
「こうも分かり易いなんてな~。もうちょい押しが足りないよ押しが」
シャーリーが横目でハイデマリーとサーニャを見ながら、ぼそっと呟く。
「エイラには無理っしょ」
エーリカが諦めにも近い口調で言った。
「まあな」
はあ……、と何故かエイラの事で落胆し溜め息を付く一同。
「あの、納豆のおかわり如何ですか?」
「それは結構です。それでね、サーニャさん……」
芳佳が持ってきた納豆も一言でスルーすると、ハイデマリーは朝食をつつきながら、サーニャと会話を続けた。
「シャーリー、良いの?」
流石にこの状況はどうかと思ったのか、ルッキーニがシャーリーの脇をつつく。
「良いも何も、どうしようもないだろ?」
「う~ん」
相変わらず、一部だけがかしましい食堂。
ペリーヌは一人席を立つと、自室へと戻った。ルッキーニは立ち去るペリーヌの顔を見た。
「あれ、ルッキーニ、もしかして心配してたりする?」
背後から聞こえる“黒い悪魔”の囁き。
「ギニャッ!? そそそんな事ないよ?」
「まったく、素直じゃないなあ、皆」
エーリカはルッキーニの肩を掴むと、そのままハイデマリー達の所へ進んだ。
「ねえシュナウファー、知ってる?」
エーリカは強引にハイデマリーとサーニャの会話に割り込むと、ひそひそと何かを話した。ルッキーニも漏れ聞こえる声を聞いて、うんうんと頷いた。
ハイデマリーの表情が変わった。
ペリーヌは、部屋の扉を乱暴に閉めた。
「ばかばかしい」
一言だけ言い放ち、溜め息を付く。
ハイデマリーと共にした風呂での一件……あれはやっぱりただの「友達」作りだったのかと。
部屋の扉に背をもたれかけ、ペリーヌはうつむいた。
「要らぬ期待……いえ、妄想をしてしまったわたくしが馬鹿でしたわ」
誰に言うとでもなく独り言を呟き、眼鏡を外し、目をごしごしと擦る。
途端に、ドアがノックされる。ドアに体を預けていたので、ダイレクトに全身に響く。
「だ、誰?」
「ペリーヌ、居る? 居たら開けて」
ハイデマリーの声。
「何か御用? わたくしはこれから睡眠です」
「私も」
ドアがぐいと開かれ、ペリーヌは思わず前につんのめる。鍵を掛けていなかったのを思い出すが、遅かった。ドアを開け、部屋に入ってきた。
「ペリーヌ」
嬉しそうなハイデマリー。ドアをそっと閉める。
「何の御用かしら?」
「一緒に寝に来たの」
「はあ?」
ペリーヌは呆気に取られた。
「寝るなら……同じナイトウィッチのサーニャさんとご一緒するのが宜しいのではなくて?」
「彼女はまだ本調子でないし……それに」
「それに?」
「彼女は只の友達だから」
「?」
「あと、リトヴャク中尉には、凄く大切なひとが居るって聞いた。その人を傷付けたくはない」
エイラの事だとすぐに察知するペリーヌ。
「……なら、わたくしは貴方の何なんですの?」
苛立ったペリーヌは声を張り上げる。
「ともだち」
「ともだちって……どう言う友達ですの」
「一番大切な、ともだち。だめ?」
少し悲しそうな顔をするハイデマリー。
「貴方……なら、どうして」
心のもやもやが晴れそうで晴れない。でも、何か言ってしまうと彼女を傷付けそうで……ペリーヌはハイデマリーを見た。
「そんな顔しないで、ペリーヌ」
「貴方……」
「私のせいなら謝る、ペリーヌ。ごめんなさい」
そっと肩に腕を回され、緩く抱かれる。突き放し、突き飛ばしたい衝動に一瞬駆られたが、出来る筈もなく、
「わ、わたくしも……少し、先走りましたわ」
と言うのが精一杯。ハイデマリーの回した腕に、そっと手を重ねた。
そのまま時が流れ、二人の間に出来た溝を埋めていく。
心の中の霧も、ゆっくりと消えていく。
ペリーヌはハイデマリーの温かさを感じ、小さく微笑んだ。
「ハイディ。寝る前に少し、わたくしに付き合ってくださる?」
そう言うと、ハイデマリーを椅子に座らせた。
ペリーヌはぴかぴかに磨かれたワイングラスをふたつ用意し、大切にしまってあったハイデマリーからの贈り物を開けた。
「まだ飲んでなかったの?」
「貴方と一緒に飲むと、決めてましたから」
栓を開け、グラスに注ぐ。こぽこぽとボトルから流れ出る濃い赤の液体は透明感とツヤが有り、美しい。芳醇な香りが微かに広がる。グラスの三分の一程度注いだところで、ペリーヌはグラスを手に、ワインの香りを感じた。そっと数回回すと、ワインが空気と触れ、少々雰囲気が変わる。
「良い香りですこと」
「開けたからには、すぐに飲まないとね」
「ワインの知識は多少ありましてよ?」
「私も負けない。実家がワイン卸業やってたから」
「……そもそも、貴方と勝負しても意味がありませんわね」
「そうね」
微笑むふたり。ふたりっきりなら、堅苦しいテーブルマナーも大して関係ない。
「では、改めて……再会を祝して」
「乾杯」
グラスをそっと持ち上げ、目で合図し、一口含む。
まろやかで優しく、鼻に抜ける香りはとても優雅で……ガリアのワインに負けない美味しさに、ペリーヌは驚いた。
「美味しい」
「良かった、気に入って貰えて」
そう言うと、ハイデマリーはワインの瓶を持ち、ペリーヌのグラスに注いだ。
「さあ、飲んで」
「有り難う。貴方と飲むと、もっと美味しくなりますわね」
微笑んで答えの代わりとするハイデマリー。
「でも、わたくしを酔わせてどうするのかしら?」
ペリーヌはワイングラスを少し回し、香りを楽しみながら聞いた。
「酔った方が楽しい事もあるわ」
「そうかもしれませんわね」
つまみも何も無いが……逆に余計なものは要らなかった。二人はワインをゆっくり、時間を掛けて楽しんだ。
瓶の中身が残り半分になる頃、ハイデマリーはふとある事を思い出し、ペリーヌに聞いた。
「そう言えば、ペリーヌの好きな人って誰?」
「え? 何を急に」
「坂本少佐?」
思わずワインを吹き出しそうになるペリーヌ。
「さ、坂本少佐は……確かにその、お慕いしてますが……あの方から学ぶ事は多いですから、そう言う意味ですのよ? ヘンな意味でなくてよ?」
「上官のウィッチとして? 人として?」
「両方です。でも何でそんな事を」
「ペリーヌにとって、私は? “お慕い”してくれる?」
「え……それは」
「ただの、友達?」
「ただの友達と、こんな風にワインを飲んだりしませんわよ?」
「なら、特別って事で良いのね?」
「ま、まあ……」
「私は、あなたの事を特別な、ともだちだと思ってる」
ストレートに言われて、どきりとするペリーヌ。顔が赤くなった気がした。ハイデマリーはそんなペリーヌを見て、微笑んでいる。
ペリーヌは照れ隠しか、きゅっとワインを飲み干し、もう一杯注いだ。
「さて。少し、横になりましょうか。ワインも無くなった事ですし」
ペリーヌは空になったワインの瓶とグラスをそのままに、部屋の照明を落とし、ベッドに腰掛けた。ハイデマリーも一緒に、ベッドに腰掛ける。
「ペリーヌ」
名を呼ばれる。
「なに、ハイディ?」
「私の大事な、ともだち」
そっと腕を回され、抱かれてしまうペリーヌ。
“ともだち”の意味を履き違えてやしないか少々不安になったが、それはそれで良いかも、と思うペリーヌ。眠気のせいかワインのせいか、意識は少々混濁気味。
「ハイディ、顔が近っ……きゃっ」
ベッドに押し倒されるペリーヌ。ハイデマリーはペリーヌの上に乗り、肩を押さえ、見つめている。
明かりも落とされ仄暗い部屋だが、ハイデマリーにはよく見えているのかも知れない。
数分とも思える沈黙が続いた後、不意にハイデマリーは呟いた。
「こんな華奢な身体なのに……」
「え?」
「つよい人なのね。ペリーヌ」
どう言う意味で? と聞きたかったが、ハイデマリーの目を見て、その問は野暮だと思った。
慈しみと愛情が混じった、不思議な色。単純に「赤い瞳」では片付けられない、そして目を逸らす事の出来ない、別の意味での“魔眼”。ゆっくりとペリーヌに身体を預けるハイデマリー。豊満な胸が当たる。服を通して、じんわりと身体の温もりが伝わってくる。
ハイデマリーをそっと抱きしめ、受けとめる。吐息がお互いの頬をかすめる。
「ハイディも、十分強いと思いましてよ?」
「そんな事ないわ」
「そう?」
「でも、貴方は一度“撃墜”したつもりだけど」
「えっ?」
「この前……夜間哨戒で会合した時、貴方の後ろを三十秒つけてた」
「そ、そんなに……三十秒もなら、三回撃墜も同じじゃないの」
改めてハイデマリーの“ナイトウィッチ”としての実力に驚くペリーヌ。
「なら、三回って事にする。いい?」
「好きになさい。弁解のしようが有りませんわ。それにしても、全く気配を感じなかったなんて……」
「私が“幽霊”と呼ばれてる理由?」
「わたくしに聞かれても、困りますわ」
「ねえペリーヌ、私と一緒に……」
ハイデマリーの顔が近付く。
ほのかに赤みを帯びた頬は、とても美しく、瞳も負けない位に綺麗で……見とれているうちに、二人の唇は重なっていた。
眼鏡がかちっと当たる。
「また、やっちゃった」
ハイデマリーは小さく笑うと、まず自分の眼鏡を取り、そしてペリーヌの眼鏡をすくう様に取り、脇に置いた。
「ペリーヌ、あなたは眼鏡が無い方が美しい。あなたの綺麗な瞳を覆うものが無いから。勿論、有ってももっと美しいけど」
じっとペリーヌの瞳をみつめるハイデマリー。
「どっちですの? ハイディ」
「私はどう?」
「どちらも、ですわ」
「なら、私もそうね」
もう一度、キスを交わす二人。ゆっくりと、そして軽く触れ合う程度のものだが……二人にはそれがまた心地よく、お互いの関係、距離感を感じ取るには最高の接吻だ。
やがてふたりは抱き合い、そのまま、眠りに落ちた。
ベッドで微睡む。寝しなに飲んだワインはとても心地良く……横で一緒に眠るハイデマリーの身体も温かく、言い知れぬ幸せを感じるペリーヌ。
金と白銀の髪が端の方で少し混じり、薄光に照らされ、プラチナにも似た輝きを発する。
薄目を開けるハイデマリー。
二人見つめあう。
お互いどちらから言い出すとでもなく、ゆるりと抱き合い、軽くキスを交わした。
帰り際、ハイデマリーは小箱をペリーヌに渡した。
「これは?」
「あなたに渡したかった」
箱を開けると、出て来たのはまたもワイン。
「昨日飲んだのとはまた違うの。試してみて」
「有り難う。でも、わたくしは一人では飲みませんわ」
「えっ?」
「また一緒に飲みましょう、ハイディ。それまで楽しみに置いておきますから」
「分かったわ。私も楽しみにしてる」
ハイデマリーはペリーヌの肩を掴み、そっと軽いキスをする。
少し驚いたペリーヌを見て悪戯っぽく笑うハイデマリー。
「私の隊に遊びに来てくれても良いのよ? その時はワインを樽で用意するから」
「まあ。ハイディったら。考えておきますわ」
ペリーヌの答えにハイデマリーは微笑むと、ストライカーを履き、勢い良く始動させた。
「ではまた!」
「気を付けて!」
手を振り応えるハイデマリー。彼女はストライカーをタキシングさせ、ハンガーを抜けると、空へと舞い上がった。
滑走路まで走り、空を翔る彼女の姿を、見えなくなるまで追い続けるペリーヌ。
彼女とのしばしの別れ。何とも言えぬ寂しさがある。
だが、ペリーヌの手には、またワインの入った小箱が有る。つまり、またいつか近いうちに会えると言う、証。それは彼女にとっての、大きな、新たなる希望。
「帰ったカ」
いつの間にかペリーヌの横に来ていたエイラがほっとした表情で呟く。見送りに来たサーニャの姿も有った。
「あら。エイラさん、随分な表情ですわね」
「オマエだってそうダロ? て言うかナンダヨさっきのハ?」
「なっ!? 何がですの?」
「全く……メガネ掛けた奴らはよく分からネーヨ」
「エイラ、そんな言い方しちゃだめ」
「サーニャ……」
ペリーヌは、ハイデマリーが去った後の空を見つめた。
またいつか、必ず。
end