君が泣くまで褒めるのを止めない
4月1日。
1年に一度のウソをついても良い日。
悪戯っ子達にとって見れば、まさに夢の一日である。
「ねぇ、トゥルーデ。」
「何だ? フラウ。」
くいくい、と服の裾を引っ張られたバルクホルンは立ち止まる。
服の裾を掴むなどというフラウにしては、やけに控えめな仕草に首を傾げつつ、
なかなか喋ろうとしないフラウの言葉を待った。
「……好き。」
「………?」
言葉とは長すぎても伝わらないが、短すぎても伝わらないものだ。
そう。そのとおり。動詞一つだけ、ぽんっと渡されたところで伝わらないモノは伝わらないのである。
だから、待て。落ち着け。バルクホルン。
手に汗かいたり、心臓がバクバク言ったり、耳が熱くなったりしてるんじゃない。
ほら、フラウを見ろ。いつも通りの顔……待て、そんな潤んだ眼差しで見つめるんじゃない。
落ち着け。バルクホルン。そうだ、あれだ。これは罠だ、罠に違いない。
そうだ、ついさっきも似たような状況があったじゃないか。
冷静に対処するんだ。
「……っフ、フフフラウぅ!!? な、にゃ、にゃにを言っッテイルンダ?」
思い切り、声が裏返ってしまった。
まずい。このままでは、ここぞとばかりにからかわれてしまう。
私は心の中でどんな突っ込みにも耐えられるよう頑丈な精神障壁を打ち立てた。
……が。
「好き。」
とくん。胸がはねる。
「…好きなの。」
どくん。フラウの真っ直ぐな視線が私に突き刺さる。
「……トゥルーデのことが好きなの。」
ばく、ばく、ばくっ。
フラウときたら、それ以外言うことがないと言わんばかりに同じ言葉を繰り返す。
その度に私の心臓は暴れ出す。
フラウは本気だ。
鈍い私にもそれが分かった。
それを「悪戯に違いない」などと何故、決めつけてしまったのか。
この瞳がどうして嘘をついているなどと思ってしまったのか。
私は不甲斐ない自分を叱咤し、改めてフラウに向き直った。
「……フラウ。」
「…トゥルーデ」
彷徨っていた視線をフラウの目にしっかりと合わせる。
濡れた瞳には私しか映っていない。
裾を掴む小さな手にそっと力がこもった。
そして、空いた右手に隠し持たれたカレンダー。
「フラウ。私も、……?」
私はフラウの本気に答えるべく口を開いたところで気付いた。
(……カレンダー?)
フラウの右手で隠れるカレンダー。
ご丁寧に今日4月1日に大きく赤丸が描かれている。
「……おい、フラウ。嘘は止めろ。」
じろり、と半眼でフラウを睨む。
そんな私を見て、フラウはいつものように笑いながら誤魔化……さなかった。
「……トゥルーデは嘘だと思ったの?」
「は?」
「私、本当にトゥルーデが好きなんだよ?」
「え?」
「トゥルーデは私のこと、好き?」
「え? いや、あれ?」
おかしい。
ここからいつものように黒い悪魔への説教タイムが始まるはずなのに、何故だか私の方が追いつめられている。
「好き?」
フラウが一歩近づく。
「トゥルーデ、私のこと……」
更に一歩。手を伸ばせば抱きしめれるくらい近くに。
「……やっぱり、嫌いなのかな?」
そっと、私の服を掴んでいた手がほどけ、フラウが一歩下がる。
「……あ。」
「あ。」
思わず掴んでしまったフラウの腕を握ったまま固まってしまう。
じっと、私の腕を見つめるフラウ。
ものすごく気まずい。
「トゥルーデ。」
「う、うん?」
「私はトゥルーデのことが好き。」
「あ、え? ……あ、うん。」
「トゥルーデは?」
フラウの声は震えていた。
まるで何かに怯えるみたいに。
涙を浮かべた瞳に不安をのせて。
それはきっと私が疑ったから。ありったけの勇気を出した言葉を蹴ってしまったから。
だから、私は隠してきた想いを伝えることにした。
「ああ。」
「………(キラキラ」
とはいえ、恥ずかしいので頷いてみたのだが……。止めろ、フラウ。そんなキラキラした目で私を見るな。
いや、見るなって。ちょっと、本気で見ないでください。恥ずかしすぎるからっ!
「……トゥルーデェ。 続きは?」
「え、いや。だから、その、ほら……そういうことだって。」
「なにそれぇ!?」
フラウの甘えた声にしどろもどろに言葉を返したら、いつものフラウの声が返ってきた。
口調には明らかにほっとした雰囲気が漏れている。
戻ってきたいつもの風景に自然と頬が緩んだ。
「ちょっと、トゥルーデ。なに笑ってるの? ちゃんと続き言ってよ!」
「え? あー、あれだ。フラウと同じ。」
「ちょ、ちょっと、それ、ひどいよ!?」
「大体、こんな恥ずかしいこと言えるわけ無いだろうが。」
「ふーん、トゥルーデ。そんなこと言うんだー。」
ジト目になったフラウが悪巧みの口調になった。
まずい。何か知らないが不味い気がする。
「みんなに言いふらしちゃおうかなー」
「……な、何を?」
「トゥルーデが私のこと好きって言ったって。」
「言ってない!!」
「!? トゥルーデ、私のこと好きじゃないの!?(キラキラ」
「そ、それとこれとは別だ!! それと、無駄にキラキラするな!」
「じゃあ、言いふらすね~。」
「止めんかっ!!」
「じゃあ、言って?」
こんの黒い悪魔、いつもいつもいつも心配ばかりかける癖に、実に上手く立ち回る。
一度ぎゃふんと言わせるべきだ。いや、言わせなくてはならない。
さっきまであんなに大人しそうにしていたのに、すぐこれだ。
これは徹底的にやらなくてはならない!
「分かった。言う。」
「……へ?」
がしり、とジト目が真ん丸になったフラウの体を固定する。
「フラウ。好きだ。」
「え? えぇぇぇぇっぇ!!?」
おい、なんだ。その悲鳴は。こっちはこれでも、恥ずかしいのを我慢して言ってるというのに、なんだ、この黒い悪魔は。
あわわ、と視線をあちらこちらに彷徨わせるフラウを上からのぞき込むようにしていった。
「好きだ。」
びくん、とフラウの体が跳ねた。
「お日様みたいな髪の毛も」
くしゃり、と頭に手をやって引き寄せる。
「そのサファイアの瞳も」
ぎゅっ、と慌てて閉じた目蓋の上を親指で優しくなぞる。
「壊れそうなくらい華奢な体だって」
そっと、腰に手を回して抱き寄せ、上体を使って体を倒す。
……これでフラウは身動きが取れない。
「綺麗な桜色のくちびるも。」
「!? 待って! 待って待って!!?」
くいっ、とあごを持ち上げたところで、フラウの両手に邪魔された。
顔を紅く染めてイッパイイッパイの表情でまくしたてる。
うわぁ。この顔。ちょっと、そそるかも。
「おかしいって!? トゥルーデ、そんなキャラじゃないよ!!?」
おい。
「トゥルーデがヘタレじゃないなんて、おかしいよ!!!」
……ふふふ。誰がヘタレだ。この野郎。
よしよし、それではヘタレでないことを証明してやろうではないか。
「……私とキスするのは嫌か?」
「い、嫌とか、そんなのじゃなくて……うわー、顔近づけないでぇ!!?」
「こ、こら、魔力を解放するな!? このっ!?」
ぎりぎりぎり、と、お互いの顔がフラウの手を挟んで数cmのところで一進一退の攻防を繰り返す。
力では私の固有魔法の怪力で上回っているのだが、向こうは両手でこっちは片手。
結果、手の平の厚さ分の距離を置いてにらめっことなっている。
「ぬおお!!」
「トゥルーデ、元に戻ってぇ~!!」
火事場の馬鹿力なのか徐々に押し戻されてしまう。
くっ、こうなれば……。
「…ぺろっ。」
「ひゃう!」
顔に押しつけられていたフラウの手を舐めてみた。
効果は抜群。一気に両手の力が抜けたその瞬間を逃さず、本命たる唇にキスをした。
「ちゅ。」
「!!!!!??」
フラウが驚きのあまり固まっているのをいいことに、やわらかな唇の感触を楽しむ。
むにむにと押してみたり引いてみたり、ついばむように吸ってみたり、舌先でなぞってみたり。
そんなことをしていると、ふにゃりとフラウの体の力が抜けた。
「……フラウ?」
「…トゥルーデ、ずるい。」
「ずるくない」
「ずるいよ! ……ミ、ミーナとあんなこと」
「は?」
「ナンデもない!!」
「なぁ、フラウ。ところで何だ、その怪しさ満点のカレンダーは」
「え? いや、これは……。」
じたばたと逃げようとするフラウだが、私の左腕が強く腰を抱きしめているため逃げられない。
そもそも、力が抜けているから大した抵抗になっていないのだが。
「…他の連中をからかうつもりだったのか?」
「え、と。そうじゃなくて……。」
「じゃあ、なんだ?」
しまった、そういうことにしておけばよかったと言う顔のフラウ。
「えーと、これはその……」
「ん?」
「だから、その……。」
「ん?」
ふっふっふ。いつもやられっぱなしの私ではないのだよ。
しどろもどろのフラウに、私は満面の笑みを浮かべる。
う~、と何か言いたげな視線をにこやかに受け止める。
「……怖かったの。」
「は?」
「だから、その、もしかしたら、トゥルーデは私のこと好きじゃないかも知れないから、その……
だ、ダメだったら、嘘に出来るから……」
「………。」
「…トゥルーデ?」
フラウは捨てられた子犬みたいな目で私を見上げる。
反則だった。今のはずるいと思う。普段、あれだけ傍若無人な振る舞いをしているのに、こんな可愛いことを言うのはずるい。
他の連中がどう思おうが関係ない。私は今、最高にフラウが愛おしかった。
「……フラウ。」
「は・はいぃ!」
「愛してる。」
「!? や、やっぱり、トゥルーデ、ずるいぃ……//」
泣き笑いの顔を浮かべてへにゃへにゃと沈んでいくフラウを抱き直して顎を上げる。
フラウの腕がそっと背中に回される。
潤んだ瞳ににはもう不安は映っていない。
その瞳に映った期待に応えるべくそっと唇を落とした。
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話の発端というか……1時間前。
「トゥルーデ。ちょっといい?」
「ん? どうかしたか?」
「うん。 あのね。……私、トゥルーデの事が好きなの。」
「……なっ!!!?」
突然の告白に完全に固まるバルクホルン。……と、影で見守るハルトマン。
そんなバルクホルン達を見て満足したミーナは、祈るように組んだ両手と恋する乙女の顔を解除、
親指を立てた両手を持ち上げて、茶目っ気たっぷりに笑った。
「b(* >_<)b ウソです☆」
Fin