無題
「…トゥルーデ。大丈夫?」
私の声に、俯いていたトゥルーデはハッと顔を上げた。
「…大丈夫だ。すまない、ミーナ」
「いいわよ。多分、私もあなたと同じ気持ちだから」
私が笑うと、トゥルーデも少しだけ笑った。
私とトゥルーデは今、輸送機の中にいた。
軍事で…フラウの柏葉剣付騎士鉄十字章受与の事について、上に呼ばれた帰りだ。
いつもなら呼び出しは美緒と一緒に行くのだけど、今日は彼女は忙しくて、用件がフラウの事だったのでトゥルーデについてきてもらった。
…でも、少し後悔している。トゥルーデを連れてきた事を。
「…いつも、あんな感じなのか」
「そうね。大体はそう…かしら」
「そうか……ミーナも、辛いだろう」
「もう慣れたわ」
トゥルーデの声が震えてる気がして、私はそっと肩に手を置いた。
勲章授与について話を聞いている時、一人の男が何気なく口を挟んだのだ。
『たかだか16の小娘が撃墜数250機越えとは、カールスラントの軍事力には感服しますなぁ。報告書を見ると、素行は随分な様だが…まぁ、これではいつ墜とされる事やら』
それを聞いた瞬間、トゥルーデの顔が強張った。口には出さなかったけれど、激しい怒りを感じているのがよくわかった。
私達ウィッチーズを快く思っていない連中は多い。
特にフラウは、意外と批判的に世界を見ていて軍の管理体質を嫌っている。だから、上の連中には嫌われがちだ。
それはトゥルーデもわかっている事だけど、あそこまであからさまに態度に出されては怒るのも無理はない。私だって、声を上げそうになるのを堪えていた。
でもトゥルーデは私よりもっと辛くて、悲しかっただろう。大切なフラウを、よく知りもしない人間にあんな風に言われたのだから。
以前、連中の一人がぽろっと「サカモトはそろそろ使えないな」と溢していたのを聞いた時、私も悔しくて悲しくて堪らなかった。
「あの男は、エーリカの事を…小娘、と言っていたな」
トゥルーデが静かに口を開いた。
「小娘…そうだ、あいつは小娘だ。まだ16の少女なんだよ。その小娘が、世界を守るために戦っているんだ。いつも、仲間が攻撃を食らわないように気にかけて、全力で戦って…」
膝の上で握った拳に、ぎゅっと力がこもる。
「あいつの事を何にもわかってないくせに…わかろうともしていないくせに、よくあんな事が言えるよ…!」
今にも泣き出しそうな声。
私はただ、強くトゥルーデの肩を抱いていた。
――――
「おかえりー、トゥルーデ、ミーナ」
基地に着くと、フラウがソファーで寝転んでいた。
「どーだった?」
「授与式は今度の休みになったわ。朝早いから、寝坊しないでね」
「えー、せっかくの休みなのに」
「えーじゃない!誰のためにやると思っているんだお前は!大体普段からしっかりと起きる習慣をつけていればだな…」
トゥルーデはいつものようにフラウにお説教を開始する。
「聞いているのかエーリカ!」
「あーはいはい、それよりさ」
これまたいつものようにお説教を聞き流すフラウは、少し自嘲するような笑みで尋ねた。
「私のこと、なんか言われた?」
途端、言葉に詰まってしまうトゥルーデ。良くも悪くもわかりやすいわね、トゥルーデは。
「やっぱね。ま、いつものことだし気にすることないよ、トゥルーデ」
「…べ、別に…気にしてなどいない…」
一気に声のトーンが落ちてしまったトゥルーデ。
素直じゃないのはいつもの事だけど、こんな時くらいさっきみたいに本音で話してもいいのに。
「トゥルーデね、輸送機の中で凄く怒ってたのよ。フラウを悪く言われたこと」
「え…」
「なっ、ミーナ!」
トゥルーデは真っ赤になり、その背中にフラウが抱きついた。
「トゥルーデ、ほんと?私のために怒ってくれたの?」
「あ、いや…その…」
「嬉しいよ、ありがとう!」
「…、エーリカ…」
しどろもどろになっていたトゥルーデは、一旦フラウの体を離させ正面から向き合った。
「…礼を言われるような事はしてない。連中の前では言えなかったのだから、ただ愚痴を溢しただけに過ぎないさ」
「そんなん仕方ないじゃん、ねぇミーナ」
「そうね。あの人たちには言うだけ無駄だもの」
私がにっこり笑うと、フラウも嬉しそうに笑った。その笑顔を、俯いたトゥルーデに向ける。
「ありがとう、トゥルーデ」
「エーリカ…」
トゥルーデは、恐らくずっと我慢していたであろう涙を浮かべた。
ぽろっと零れ落ちるそれを、フラウがぺろりと舐める。
「可愛い顔が台無しだぞ、マイハニー」
「なっ…!何て呼び方をするんだお前は!」
真っ赤になったトゥルーデは、泣いているのか怒っているのか、照れているのか。何にしても微笑ましいわ。
「はいはい、後は人前じゃない所でなさい」
「ちぇ~」
「全く……そういえばエーリカ、言っておいた部屋の片付けはしたのか?」
「………風呂いってきまーす!!」
「あっ、こら待て!エーリカ!」
逃げ出したフラウをトゥルーデが追い掛けていく。
ほんとに仲がいいわね、あの二人は。
…私も、ちょっと恋しくなってきちゃった。
二人の背中を見送り、私も大好きな人の元へと向かった。