knight of the moonlight
上弦の月が映える夜。ペリーヌはひとり夜間哨戒の任務に当たっていた。
「管制塔、これより進路2-7-0へ向かいます」
『了解。付近には十分注意して下さい』
警告が管制塔の無線士から伝えられる。
「了解。周囲に何か?」
『ブループルミエより南方、グリッド109地区にてネウロイが出現。現在カールスラント空軍夜戦隊が交戦中です』
「なるほど」
ペリーヌは少し嫌な予感がした。
「向うの状況は分かります?」
『伝え聞く限りでは、良くないそうです。小型の高機動型ネウロイが多数出現したとの報告を受けました。撃ち漏らしたネウロイがそちらに行く可能性が有ります。現在基地にてブループルミエ掩護のウィッチが待機している状態です』
「了解しましたわ。十分に注意します」
ペリーヌは耳にはめた無線のスイッチをいじり、あれこれと変えてみた。もしかしたら、カールスラント空軍夜戦隊の無線交信が拾えるかも知れないとの希望。スイッチを17に切り替えた所で、ノイズ混じりの音声が聞こえた。
『もっと距離を取って!』
『撃て、撃て!』
『後ろに付かれた! 撃ってくる!』
飛び交うナイトウィッチの怒号、悲鳴。飛び交う言葉はカールスラント語独特の表現が多いので微妙に聞き取りにくいが、意味は大体解る。そもそもペリーヌは貴族出身に相応しく、欧州各国の語学にも通じているのだ(ある程度だが)。
『落ち着いて。もっとレーダー魔導針を有効に使いなさい』
その声を聞いて、ペリーヌはどきりとした。カールスラント語でも、分かるあの口調、声色。
すぐ近くを、彼女が飛んでいる。そして危機に直面している。
白銀の髪、赤い瞳をした、大切な“ともだち”。
「管制塔、わたくしの現在位置からカールスラント空軍夜戦隊の戦闘空域までの距離は」
無線のスイッチを本来のポジションに戻すと、交信する。
『距離はブループルミエより南方およそ四十マイル。ですが一体……』
たったの四十マイル? ペリーヌは驚くと同時に、即決し、行動に移った。
「ブループルミエ、これよりカールスラント空軍夜戦隊の掩護を行います」
身体を傾け、南を目指す。腕時計型の高度計、進路計を見て確認する。
『ブループルミエ。同盟国とは言え、許可無しの支援行為は禁止されています。今すぐ進路を元に戻しなさい』
ペリーヌは何も言わず、“激戦区”へと飛ぶ。
『ペリーヌさん、待ちなさい』
管制塔に上がってきたミーナの声だ。突然の軍規違反に、ミーナが酷く慌てているのが分かる。
『掩護したい気持ちは分かるけど、気持ちだけにしておきなさい。貴方には貴方の任務があります。夜戦はナイトウィッチに任せなさい。それに、突発的な行動は、同盟国との摩擦にもなりかねません』
「わたくしにも、意志と言うものがあります」
『ペリーヌ・クロステルマン中尉。警告します。直ちに帰還するか進路を変更しなさい』
冷気を含む、ミーナの最後通牒。
「謹んでお断りいたしますわ」
普段なら背筋が凍る筈のミーナの声にも動じず、ペリーヌはあっさりと片付ける。ミーナが何か言いかけた所で、“先制”する。
「処分ならどうぞお好きに。どうせやるなら出来るだけ盛大なものをお待ちしていますわ、中佐」
それだけ言うと、ペリーヌは無線のスイッチを変えた。相変わらずカールスラント語が飛び交っている。
「こちら連合軍第501統合戦闘航空団『STRIKE WITCHES』所属のペリーヌ・クロステルマン中尉です。これより掩護に向かいます」
ペリーヌは銃を構えると、カールスラント語で無線に割り込み、呼び掛ける。
『連合軍のウィッチが何をしに!?』
『ここは貴官の担当区域ではない! 直ちに戻れ! 危険だ!』
「ご心配なく。状況は把握しています。シュナウファー大尉、応答願います」
『ペ、ペリーヌ……クロステルマン中尉。何故ここが』
無線越しに声が聞こえた。間違いない、ハイデマリーだ。
「付近を哨戒中、戦闘に遭遇したので」
『付近って、501の担当区域は……』
「黙って戦友を見殺しにできませんわ」
「ペリーヌ……」
間もなく、戦闘区域に突入した。至る所で禍々しいビームが飛び、漆黒の姿をした小型のネウロイが群れ、ナイトウィッチを襲っている。
「なんて戦いなの」
ペリーヌは暗闇の中で展開される混戦を見、呟いた。
「後ろにネウロイが! 振り切れない!」
ナイトウィッチの悲鳴がペリーヌのすぐ近くで上がる。無線を介さなくても聞こえる程の距離だ。
「お任せなさい」
ペリーヌは左にバンクすると身体の位置を細かく変え、ナイトウィッチの後をつけるネウロイを探す。月明かりに照らされ、一瞬黒い影が見える。
「わたくしは、全天候対応可能なウィッチですわよ?」
俊敏な機動性を活かし、あっと言う間にネウロイに接近し、ブレン軽機関銃Mk.Iを発砲する。途端にネウロイは火を噴き、爆発した。
『な……アンタ、レーダー魔導針が無いのにネウロイが見えるの?』
「月の光を利用した索敵と、あとは“心眼”です」
『なんの呪術、それ?』
「わたくしのお慕いしている方の言葉です。心で見ろと言う事ですわ」
『そんなオカルトに付き合ってる暇はない!』
「全く、その通りですわね」
右から迫ってきたネウロイのビームを一発受ける。一瞬展開されたシールドを通じて相手の位置を推測し、身体を捻って撃射する。真正面から銃弾を浴びたネウロイがまた一機、火を噴いて墜落する。
『な、なにこのウィッチ……』
『これが連合軍のウィッチなのか』
カールスラントのナイトウィッチ達が、ペリーヌの卓越した空戦能力に驚きの声を上げる。これまで501で培ってきた夜間飛行任務の賜物か、戦域一帯を軽々と飛び回り、ネウロイの動きを乱し、戦況を変化させる。
「シュナウファー大尉、状況は?」
『まだ細かいのが多数。追われている部下が』
「それにしても、なぜ夜戦専門の貴方方が苦戦しているの?」
『このネウロイは新種で、レーダー魔導針が反応しにくいの』
「でもシュナウファー大尉の夜間視能力で……」
『それ以前に、とにかくすばしっこくて私達よりも小回りが利いて、サイズも小さい。だから格闘戦性能で……』
「分かりました。なら、わたくしがネウロイを出来るだけ倒し、強制的に発光させます」
『えっ? どう言う事?』
『助けて! 後ろにネウロイが!』
ハイデマリーの部下と思しきナイトウィッチの悲鳴が聞こえた。
「今行きます」
速度を上げて乱戦の直中に突っ込むペリーヌ。細かく位置を変えて様子を見ると、確かにBf110-G4を履いた一人のナイトウィッチが数匹……恐らく三機以上のネウロイの群れに追われていた。ビームの直撃を受け、ストライカーの右側が破損している。このままではいずれビームを集中的に浴びて撃墜されてしまう。
「そこの被弾したウィッチさん、良い事? わたくしがこれから三つ数えます、そうしたら右に急旋回なさい」
『み、右? 右ね?』
「シュナウファー大尉、わたくしが敵群に突入しトネールで一掃し、周辺のネウロイも発光させます。その隙に貴方方で残りの始末を」
『了解。全機、攻撃準備。敵機推定位置は連合軍ウィッチの周辺。一瞬たりとも姿を見逃さないで』
「光りますわよ。ちょっと眩しいから注意して下さいね。行きます……、三、二、一、今です!」
追われていたナイトウィッチは言われるままに急旋回する。ネウロイもぐいと機首を傾けるが、ペリーヌの突入の方が早かった。
「トネール!」
ペリーヌの身体が眩く光り、至近距離のネウロイを即座に粉砕し、迸る電流が激しい雷の如く伝い流れ、次々と付近を飛ぶネウロイの姿を浮かび上がらせる。
『目標は直前方! 攻撃! 攻撃!』
ハイデマリーの声が聞こえた。途端に一斉射撃が開始され、ペリーヌの周囲に居たネウロイが一機残らず撃ち砕かれた。
戦場は静けさを取り戻した。
僅か十分と経たずに戦況は一変し、カールスラント空軍夜戦隊の勝利に終わった。
ペリーヌの横にハイデマリーが並ぶ。ふと周囲を見ると、ペリーヌを取り囲む様にナイトウィッチが勢揃いしている。
「ペリーヌ・クロステルマン中尉。カールスラント空軍の軍規に従い、あなたを拘束します」
「お好きになさい。わたくしは逃げも隠れもしませんわ」
ペリーヌは抵抗する素振りも見せず、銃を肩に背負い、頭の後ろで手を組み、ぐるりと小さくロールしてみせる。
助けて貰った手前、無碍に扱う事も出来ず……ナイトウィッチ達はペリーヌを連れ、夜戦隊基地へと帰還した。
「まさか、こんなかたちで再会するとは思わなかったわ、ペリーヌ」
「わたくしもですわ、ハイディ」
基地の小さな部屋に“隔離”されたペリーヌ。部屋の外には銃を担いだ憲兵役のウィッチが立ち……さながら“敵軍で捕虜が受ける尋問”と言った感じだ。
机を挟んで、目の前に座るのはハイデマリー。大尉ながら夜戦隊を率いている手前、こう言う役目も引き受けざるを得ない。部屋の外には501のウィッチ、今回の夜戦の“救世主”がどんな人物であるか一目見ようと……こっそりとだが大勢のナイトウィッチが群がり、中の様子を見ようとし、ドアの向こうで聞き耳を立てていた。憲兵役のウィッチですら、ちらちらと中を窺う始末。
「さて……ペリーヌ・クロステルマン中尉。改めて聞きます。氏名、所属、階級を言いなさい」
「ペリーヌ・クロステルマン。自由ガリア空軍第602飛行隊、階級は中尉。現在は連合軍第501統合戦闘航空団『STRIKE WITCHES』所属」
「間違いありませんね?」
「はい」
「連合軍第501統合戦闘航空団からは、既に身柄引き渡しの要請が来ています。恐らく、今回の件についての最終的な処遇は原隊で、と言う事になります。異議は?」
「ありません」
「今回、何故この様な軍規違反を?」
「目の前で困っている戦友を見殺しには出来ません」
「それだけですか?」
「他に何が?」
「名誉や技量をみせつける為、とか。もしくは連合軍としての介入目的ですか?」
「違います。そんな事をして何になりますの?」
背後で微かに声が聞こえる。部屋の建て付けが悪く、ドアも薄いので互いの声が丸分かりだ。だがペリーヌは動じず、言葉を続けた。
「わたくしは、貴方方と一緒です。例え自分ひとりが斃れたとしても、仲間を守り、祖国を取り戻し、人々を笑顔にしたい。その気持ちの延長線上での行為です」
「しかし、軍規には違反しています」
「貴方方は、祖国を、そして人々の笑顔を取り戻したいが為に戦っている。違いますか?」
「質問してるのは私です、クロステルマン中尉……」
「貴方が人を守り、笑顔を守るなら、わたくしは貴方を、そしてその笑顔を守ります! ……知ってまして? 貴方の笑顔、素敵でしてよ?」
かあっと頬が赤くなるハイデマリー。
刹那、どう、と部屋の扉が倒れた。ドアに寄り掛かって話を聞いていたナイトウィッチ達の重みに耐えきれなくなり、蝶番や金具が外れてしまったのだ。盗み聞きしていたナイトウィッチ達全員がが残らず部屋に転がり込む。あらあら、と言った感じで彼女達の顔を見るペリーヌ。
「あなた達、何をしているの!?」
怒鳴るハイデマリー。だが、ひとりのナイトウィッチが顔を上げ、ペリーヌに問うた。
「貴方……一体何者なの?」
「通りすがりの、ガリアのウィッチですわ。高貴な振る舞いには高貴な振る舞いで返せ。それがわたくしの、ノブレス・オブリージュ」
「見返りも無く、懲罰覚悟で飛んで来たと!?」
「そんなつまらない事、忘れましたわ」
トネールの副作用でぼさぼさになった髪を手でかき上げ、嘯くペリーヌ。ハイデマリーは呆気に取られる一同を追い立て部屋から叩き出すと、ペリーヌを立たせた。
「……とにかく、貴方を一時拘束します」
ハイデマリーはペリーヌを連れ、部屋を出た。
連れて来られたのは、監獄でも牢屋でもなく、誰かが居住する部屋。ペリーヌは部屋の様子を眺めて、ハイデマリーのそれである事を悟った。質素だが落ち着いた雰囲気で、小さな花瓶に挿した一輪の花が明るさを与えている。
「貴方の部屋みたいに立派ではないけど、許してね」
ペリーヌをベッドに座らせる。簡素なつくりのベッドだが、座り心地は悪くない。横にハイデマリーも座った。
「どうして、こんな無茶を?」
開口一番、ハイデマリーはペリーヌに問うた。
「何度も言わせないで、ハイディ」
「嬉しいけど、ペリーヌ。軍隊だから、勝手な真似は……」
「承知の上です。わたくしも、501では色々言われてますから。……きっと今も」
「なら、尚更」
「ハイディ。貴方が心配だったの。無線を聞いて、居ても立ってもいられなくなって。貴方を失わずに済むなら、軍規のひとつくらい……」
「ペリーヌ」
ハイデマリーはペリーヌの肩をそっと抱いた。
「ありがとう。正直に言うけれど、貴方が助けに来てくれなかったら、仲間や部下が何人撃墜されていたか。勿論、私も」
「でも、たまたまの事でしょう?」
「ペリーヌのストライカーと違って、私達のそれは機動性が良くないから。厳しかった」
「当たった敵が悪かっただけの話しですわ。気にしないで」
「でも」
「わたくしも、正直なところ、月明かりが無ければネウロイなど見えませんでしたわ。それこそ、この前の貴方にされたみたいに、後ろを取られてすぐに撃墜されていたかも。実際に一発ビームを受けましたし。幸いシールドで防ぎましたけど」
「なら何故」
問い詰めるハイデマリーを見、ペリーヌは逆に聞き返した。
「貴方に会いたかった、と言うのは駄目かしら?」
ハイデマリーは頬を赤らめた。ぎゅっとペリーヌを抱く力が増す。
「どうして、そうスタンドプレーに走るの、ペリーヌ」
「501でも、同じ事をよく言われますわ」
「私を心配させないで」
「貴方が心配だったのだけど」
話が堂々巡りになってしまい、終いには二人して、抱き合ったままくすくすと笑ってしまう。ハイデマリーはペリーヌから離れると、部屋の扉に向かった。
「ちょっと待ってて。色々持ってくるから」
そう言うと、ハイデマリーは嬉しそうに部屋から出ていった。
ふう、と溜め息を付くペリーヌ。今頃、501では今回の件についてカールスラント空軍との調整、身柄の引き渡しなど、ややこしく面倒な手続きに直面し、ミーナ達が頭を痛めている事だろう。確かにその点は申し訳なく思ったが、貴重なナイトウィッチの事を考えれば大した損失ではない、と結論付ける。
何より、ハイデマリーのピンチを救った事、そして彼女にまた会えた事が、とても嬉しかった。
ぼさぼさになったままの髪を手に取り、毛先を見る。本当は風呂、もしくはシャワーで髪の毛を元に戻したかったが、贅沢を言える身ではない。
暫くして、ハイデマリーが何かをカートに乗せてやって来た。
「まずはこれ。お腹空いたでしょう? 野戦食だけど」
501でもよく出るシチューが一皿渡された。中に砕いた蒸かし芋が入っているのもカールスラント流。
「有り難う」
早速、スプーンですくって口に運ぶ。501で食べたものと違い味が薄めで、具材も随分と少ない。でも妙に美味しく感じた。
「美味しいわ、ハイディ。有り難う」
そして持ち込まれたのは、グラスふたつに、ワインの樽。樽にしては小型サイズだが、それでも量は瓶の十倍以上有った。部屋の隅に樽を置くと、ふふっと笑うハイデマリー。
「約束通り、樽で用意したわ」
「流石に飲みきれないかと……」
「ねえ、ペリーヌ。あなたの言う通り、個人的には、今回は私の隊に遊びに来てくれたと解釈するけど、それでいい?」
「お好きに。どうせ何を言っても無駄と言う顔をしていましてよ、ハイディ」
「私のともだち、だから」
ペリーヌの眼鏡を優しく取り、そっとキスを交わす。
「今夜は……飲みましょう。そして寝かさないから」
耳元でハイデマリーが甘い声で囁いた。ペリーヌは何故か体温が上がるのを感じた。
ナイトウィッチの朝は酷く遅い。と言うより昼夜逆転気味だ。
結局髪はぼさぼさのまま、ハイデマリーと一夜を共にしたペリーヌ。ふと目覚めると、ハイデマリーがペリーヌの髪をそっと櫛で解いていた。
「ごめん。起きちゃった?」
「いえ、目覚めたところですわ。本当、夜に強いのね、ハイディ」
「それも任務のうちだから」
「わたくし、途中で記憶があやふやになってしまいましてよ?」
何も言わず、微笑むハイデマリー。
「ペリーヌの髪は金色で、とても美しい。でも、あの光る技を使うとこんなになってしまって……」
愛おしげに、そっと櫛を通し、手ですくい、はらはらと流した。
「気にしないで、ハイディ。いつもの事ですから。この程度で、貴方を助ける事が出来るなら幾らでも」
「有り難う、ペリーヌ」
部屋に差し込む薄い陽光に浮かぶ二人のシルエットが、交錯した。
翌日。
501より、トゥルーデとエーリカがやって来た。
「ペリーヌ・クロステルマン中尉の身柄引き受けに参上した。501所属のゲルトルート・バルクホルン大尉だ。こっちはエーリカ・ハルトマン中尉……ってまあ、こんな挨拶激しく今更だけどな、シュナウファー」
溜め息混じりに、トゥルーデがハイデマリーに話し掛ける。
「任務ご苦労様です。まさか、あなた達ともまた会えるとは」
「ホント、何かびっくりだよね。シュナウファー、確かついこの前ウチに来たばっかりだと思ってたんだけど」
エーリカが興味津々に辺りを見回し、シュナウファーに声を掛けた。
トゥルーデは同じく辺りを見回し……肝心の人物を探す。
「ペリーヌは何処に?」
「この基地にはあいにく余剰の施設も部屋も無いから……とりあえず私の部屋に。すぐ来ると思います」
「そうか」
「結構、戦況厳しそうだね。大丈夫?」
エーリカが夜戦隊基地の雰囲気を察して言った。ハイデマリーにひとつ、リベリオン製の缶詰を放って寄越す。
「これ、個人的なお土産ね。もっと持ってくれば良かった?」
「気持ちだけで十分よ」
「沢山余ってるんだけどな。残念」
「そう言えば、レーダー魔導針で感知出来ないネウロイが出てだいぶ苦戦したと聞いたが」
トゥルーデも心配してハイデマリーに聞く。
「この前は不覚を取りました。ペリーヌが居なければ、私達は……。でも次は同じミスはしませんから」
「しかし……今回は我が部隊所属のウィッチが勝手な真似をして申し訳ない」
トゥルーデが一応の謝罪を行う。
「いえ。彼女が居なければ、私達は非常に大きな損失を受けたでしょう。今回の事は、大変感謝しています。上層部にも、その様に報告していますのでご安心を」
「お心遣い感謝する」
「私達の“救世主”なのですから、そちらでの処遇も適切にお願いします」
「救世主、か」
「すごいねトゥルーデ。どんな戦いしたんだろうね」
トゥルーデが言葉を聞いて想像し、エーリカはただ驚いた。
「了解した。その旨、我が部隊の指揮官にもしっかり伝えておく」
「有り難う」
「部下の失態は上官の失態でもあるからな……まったく、本国軍に対して面目が立たん」
「そんな事は無いですよ、バルクホルン」
ぼやくトゥルーデをなだめるハイデマリー。
そんな話をしているうちに、今回の騒ぎの張本人、ペリーヌがやって来た。トゥルーデとエーリカを目の前に、流石に気まずい顔をしている。
「ペリーヌ、今回は随分と派手にやったよね。怒るミーナ相手に啖呵切ってこっちに飛んで来たんだって?」
妙に事情に詳しいエーリカが、ペリーヌを茶化す。
「あうっ……」
「さあ、行くぞペリーヌ」
「は、はい」
「ミーナが待ってるよ。自室禁固で済むかな~?」
ニヤニヤと笑ってペリーヌを見るエーリカ。
「こっこの際、何でも構いませんわ」
「開き直りか」
呆れるトゥルーデ。
「待って。バルクホルン」
ハイデマリーがトゥルーデに声を掛けた。
「彼女は本当に、私達の命の恩人なの。それだけは分かって。お願いします」
「任務」や「報告」の域を超えた、個人的な懇願。それを聞いたトゥルーデは溜め息を付くと、答えた。
「確かに、戦闘記録にも上への報告書にも、そう書いてあるんだろう? ……まあ、私からも言うさ。心配するな、シュナウファー」
「何ならシュナウファーも付添人兼証人としてちょこっと501に来る? 私は別に良いけどな。そっちの都合がいいなら」
「えっ? 本当?」
「おい、ちょっと待てよ」
トゥルーデはエーリカの唐突な提案に慌てた。
ペリーヌの部屋の鍵が閉められた。
「良いな、クロステルマン中尉。必要な時以外は外出禁止だ」
「承知しております」
鍵を掛け、頭を掻いて溜め息ひとつつくと、ペリーヌの部屋から立ち去るトゥルーデ。
カールスラント空軍夜戦隊の危機的状況を救った高い“功績”が認められた結果、致命的な懲罰は免れ、ペリーヌの処遇は原隊での処分……命令違反による自室禁固三日と決着した。現場指揮官からの強い進言と正確な証言が有った事も幸いし、連合軍とカールスラント空軍の衝突と言う最悪の事態も回避された。関係者一同はそれぞれ別の立場ながら、ほっと一息ついた。
「さて、暫くは部屋でのんびりさせて貰いますわ」
ペリーヌはベッドに腰掛けると、伸びをした。
「さてペリーヌ、改めてお礼をしないとね」
部屋に何故か居るハイデマリーが、ペリーヌの身体にもたれかかり、そのままベッドに寝転ぶ。
「ちょ、ちょっと……ハイディ、いつまでわたくしの部屋にいるつもり? 鍵は掛かってしまいましてよ?」
「私は今回の件の付添人兼証人だし。必要な時は開けてくれるんでしょう?」
「そ、それは確かに」
「なら心配要らない。二人っきりで過ごせるじゃない」
「妙に前向きね、ハイディ」
「あなたの事なら、そう思えるの」
「嬉しいですわね、そう言ってもらえると」
「今日はこっちで過ごせるとして……次はいつ、私の所に来てくれるの?」
「今度はどんな理由をつけないといけないのかしら?」
「何でも構わないわ。まだ幾つかワイン樽は残ってるから。とっておきのが」
ペリーヌは苦笑した。
「しかし、随分とたくましくなったな、ペリーヌは。本職の夜戦ウィッチをさしおいて、縦横無尽の大活躍だったそうじゃないか」
執務室で笑う美緒。一方のミーナはうんざりした顔で美緒を見た。
「冗談言わないで美緒。本当、こんな軽い処分で済んだのは奇跡よ奇跡。もう、どうなる事かと……」
心なしか、少しやつれた感じのミーナを見て、美緒は苦笑し、彼女の肩を揉んで励ました。
「確かに、ミーナはカールスラント空軍所属だからな。万一の事が有れば、立場上まずい事も有ったな」
「私も、ペリーヌを迎えに行く時は気が重かった。気まずいと言うか、何と言うか」
トゥルーデもミーナに同意する。カールスラント組にとっては、今回の件は一歩間違えば自分達の身も危うくしかねない。連合軍統合戦闘航空団は各国の極めて微妙なバランスの上に成り立っているという事を、ミーナ達は知っている。
「でも、夜戦隊から感謝されてるんだし、いいじゃん」
ソファーに寝転ぶエーリカが呑気に言った。
「エーリカ。私達の立場と言うものも考えろ」
「行くとき、随分心配してたくせに~」
「なっ!?」
思わぬ指摘を受け、たじろぐトゥルーデ。
「ほう。バルクホルン、お前もか」
美緒がトゥルーデを見る。トゥルーデはあたふたと、答えを探して宙を見た。
「わっ私は……その、501は、皆家族だと思っているから。そうだよな、ミーナ?」
「ええ、確かにそうね。ペリーヌさんが本国軍の夜戦隊を助けたのを、嬉しいと言う気持ちも有るのは確かよ」
「『だけど……』と言いたそうだな、ミーナ。もう処遇も決まった事だし、皆納得してるんだ。気持ちを切り替えろ」
「気楽ね、美緒は」
「そんな事は無いぞ? 私も501の佐官として、やはり部下の事は気になるぞ」
またも笑う美緒を見て、ミーナは苦笑いした。
月明かりが、窓から差し込む。その光は淡く儚くて、消えてしまいそう。
でも、部屋のベッドで寄り添うペリーヌとハイデマリーの二人には優しいもので、お互いの姿を見、確かめるには最高の照明。一緒に微睡み、お互いの温もりを感じ、ひとときの幸せを満喫する。
金色の髪と、白銀の髪が先端で少し絡まり、月の光に照らされ、宝石にも負けない輝きを見せる。
ハイデマリーはそっとペリーヌの髪をすくい、頬に手をやり、顔を近付ける。
距離が縮まる。
二人だけの夜は、まだ始まったばかり。
end