black out
部屋に戻ってからも、リーネの震えは止まらない。
芳佳はお茶やお菓子を用意して何とかリーネの気を紛らわせようと必死に努力した。
「リーネちゃん、ミルクティー淹れたよ。飲んで。落ち着くから」
「ありがとう、芳佳ちゃん」
「坂本さん、冗談が過ぎるよね」
芳佳は呆れ半分、怒り半分で美緒の事を言った。あの人はたまにとんでもない事を言うから、とも付け足す。
「芳佳ちゃん、本当なの? 桜の下に……」
「冗談に決まってるよ。ただの怪談話だって」
「じゃあ、色付くのは何で? 血を吸うから?」
「リーネちゃん?」
「なら、他の花も……例えば薔薇の花とかも、血を吸って真っ赤に……ひい!」
妄想が止まらず、ベッドの上でがくがく震えるリーネ。
「リーネちゃん、落ち着いて! 大丈夫! そんな事無いから」
「怖いよぉ……」
芳佳にしがみつくリーネ。胸が微妙に当たっている。芳佳はほんわかと肌で幸せを感じたが、
まずはリーネを何とかして落ち着かせないと、と気分を切り替えた。
「大丈夫だから。リーネちゃん。私がついてるよ」
「うん」
「怖いの怖いのとんでけ~ってね」
「飛んでったら……帰ってきたりしない? 夜中とか、誰も居ない時にカーテンの隙間から……」
一人で勝手に妄想を膨らませてしまい、余計に怖くなってしまうリーネ。
「大丈夫。帰ってこないよ。消えて無くなっちゃうよ。だから大丈夫。ね?」
芳佳はリーネを優しく抱きしめた。胸がぎゅっと密着する。
「リーネちゃん。お花が何で綺麗か、知ってる?」
芳佳はリーネに問いかけた。彼女の気を紛らわせる為、落ち着かせる為。何より、笑顔に戻って欲しい為。
「何で?」
「それはね。見る人を幸せにしたいからだよ。だから、頑張って、短い間だけでも可憐に花を咲かせるんだよ」
「本当?」
「そう。これは私のおばあちゃんが言ってたの」
「芳佳ちゃんの、お祖母様……」
「花は見る人の心を和ませる。花は全ての人を輝かせるって」
「良い、言葉だね」
「でしょ? 花が素晴らしいのは、人の心を輝かせる為。おばあちゃんは、そうも言ってた」
「芳佳ちゃんのお祖母様、すてきな人なんだね、きっと」
「そうかな? ちょっとロマンチストなだけかも知れないよ。ナルシストって言うのかな?」
「芳佳ちゃんのお祖母様だもん、きっと良い人だよ」
「ありがとう。ほら、リーネちゃん、ミルクティー冷めないうちに飲んで? リーネちゃんみたいに美味しくは
淹れられないけど……飲むと落ち着くよ」
「うん」
リーネは言われるまま、ティーカップを受け取り、口を付ける。ミルクを濃い目に入れた紅茶。
牛乳のほのかな甘さと紅茶の華やかな香りが混じり合い、湯気となって優しく頬と鼻、喉を撫で、抜けて行く。
ゆっくりと、そして優しく、昂った気分を落ち着かせる。一口、二口と飲むうち、芳佳の言う通り、恐怖心が和らいだ。
「美味しいよ、芳佳ちゃん」
ぽつりと呟くリーネ。
「ありがとう。リーネちゃんに教わって、もっと上手く淹れられる様に頑張るよ」
「うん。教えてあげる」
「……あれ? ミルクティー飲むと落ち着くって、教えてくれたのはリーネちゃんだったっけ? 忘れちゃった」
「芳佳ちゃんたら」
リーネが小さく微笑んだ。部屋に戻ってから、初めての笑顔。
微かな微笑みでも、芳佳はリーネが笑ってくれた事が嬉しかった。
ティーカップを手に、リーネは窓の外を見、言った。
「もうそろそろ、かな」
何が? と尋ねる芳佳に、リーネは答えた。
「私の実家ね、ブルーベリーの木がたくさん有るんだけど、四月から五月位に花を咲かせるんだよ」
「へえ。どんな花なの?」
「ちょうどこれくらい……豆程の大きさで、釣鐘みたいなかたちでね。白やピンクの花なの」
「そうなんだ。見てみたいな」
「桜みたいに派手には咲かないよ」
「でも、綺麗なんでしょ?」
「私は……嫌いじゃないな」
「なら、今度リーネちゃんのお家に行きたいな。お花見せてよ」
「え? 私の家に?」
「だめ?」
「良いけど、うちは大家族だから」
「大丈夫。リーネちゃんの家族だもん、みんな良い人だよ」
「芳佳ちゃんたら」
リーネはくすっと笑った。
「リーネちゃんのご家族かぁ……お姉さんとか妹さん多いんだよね?」
「うん。多いよ。八人姉妹でね、私のお姉ちゃんもウィッチなの。もうすぐ引退するけど」
「そうなんだ。リーネちゃんの姉妹……リーネちゃんに似て、皆さんきっと……」
芳佳は上を向いて、リーネの姉妹の姿を想像した。何故か勝手に手指が動く。
「芳佳ちゃん?」
「は、はい?」
「なに、その手」
「えっ? 私、何かした?」
「……何、想像してたの?」
「いや、その……きっとリーネちゃんに似て、おっ、いや、綺麗な人なんだろうなあって」
「もう、芳佳ちゃんたら」
「べべべ別に変な事考えてないよ。ホントだよ? 胸が大きいとか、そんな事全っ然」
「しっかり口に出して言ってるじゃない! 芳佳ちゃんのエッチ!」
ぷいと横を向くリーネ。慌てる芳佳。
「ま、待ってリーネちゃん! 誤解だよ! 話を聞いて!」
「芳佳ちゃん、その事ばっかり。もう知らない」
「待ってよ! 話を……」
リーネを掴まえ、抱きしめる。腕はむにゅ~と胸の周りを囲んでいた。
「よ、芳佳ちゃん?」
「リーネちゃん」
「話って、この事?」
「ち、ちが……」
振り向いたリーネと目が合う。先程までの怖がり、怯えの色はすっかり失せ、綺麗な澄んだ瞳に戻っていた。
いつもと同じ、美しい瞳。リーネはちょっと怒ってはいたが、思わず見とれてしまう芳佳。
「リーネちゃん、綺麗」
「芳佳ちゃん、何、急に」
リーネと密着し、彼女の匂いを嗅ぐ。使っている石鹸の甘い香りが芳佳を包み込む。
気付くと、芳佳はリーネをベッドに押し倒していた。
「芳佳ちゃん……」
「リーネちゃん。誤解しないで。私はただ、リーネちゃんを心配させたくなかったから」
「他には?」
「リーネちゃん、綺麗だよ。目が。とっても」
「芳佳ちゃん」
「いつもと同じ……」
綺麗、と言葉を繰り返す芳佳。
リーネの目はとても不思議で、見つめられていると吸い込まれそうで、そして心の奥底まで見通されている気がして。
それでいて、戦いでは遠くから敵を狙い、打ち破る。どれだけのネウロイを塵と変えて来たか。
でも、こうして見ていると……他の何もが、見えなくなる。彼女だけしか、見えない。いつまでも見ていたいと思い、願う。
リーネは芳佳を拒めず、そっと腕を回した。
二人はそのままゆっくりと距離を縮め……そっと、キスを交わす。
柔らかな唇は艶があって、とても心地良い。
リーネの瞳が潤んだ。芳佳も同じ。
「芳佳ちゃん……」
「リーネちゃん」
お互いに名を呼ぶ。吐息が絡み、二人を更に引き寄せる。もっと近付きたい。もっと一緒になりたい。
湧き上がる感情を抑えられず……二人はもう一度口吻した。濃ゆい、気持ちの受け渡し。
舌を絡ませ、涎が頬を垂れる。
芳佳の手が伸び、リーネの胸を触る。リーネの手は、芳佳の腰へ。
お互い、名前を呼び合いながら……甘い声で、応えた。
黄昏時。二人は乱れた髪と服のまま、ベッドでゆったりと横になる。
リーネは芳佳に抱きつき、離さない。
芳佳はリーネの胸に手をやり、そして片方の手でリーネをしっかりと抱きしめる。
「リーネちゃん、私……リーネちゃんしか見えない」
「芳佳ちゃん。私も、芳佳ちゃんだけ」
「ありがとう。愛してる、リーネちゃん」
「嬉しい。私も芳佳ちゃん愛してる」
もう一度、ゆるゆると抱き合い、唇を重ねる。
部屋に戻った時の震えはもう何処にもなく……ただ、目の前に居る愛しのひとの事ただひとつに夢中になる。
「ねえ、リーネちゃん」
「なぁに、芳佳ちゃん?」
「今度、ブルーベリーの花、見せてね」
「分かった。約束するよ」
「ありがとう。約束だよ」
「うん」
リーネは頷いて、微笑んだ。芳佳も一緒に笑顔を見せる。
きっと綺麗、リーネちゃんの好きなものだから。芳佳はそう確信し、約束の果たされる日を楽しみに思う。
二人を鮮やかに染める、窓からの光が少し眩しい。
でも眩しいのは、光だけでなく……そう、目の前に居るお互いが、眩む程に、愛しい。
どちらからとも言わず、そっと抱き合い、触れ合い、ひとつになった。
end