ウィッチーズの健康診断


「はーい、みんなー。制服脱いで四つん這いになるのよー」
 ミーナが物騒なことを言いながら娯楽室に入ってきた時、501の隊員たちは仲良く談笑しているとこであった。
 ペリーヌは気でも狂ったかとミーナのニコニコ顔を見詰めたが、冗談を言っているようには思えない。
 もともとこの年増のカールスラント女の頭は、冗談など思いつくように出来てはいないのだ。

 とすれば、冗談では済まされないような怖ろしいことが起きようとしているわけになる。
 それを皮膚感覚で察知したルッキーニはこっそり部屋を抜け出そうとして、あっさり掴まってしまった。
 ミーナの後ろには、ナースの制服を着た屈強のゴリラ女が控えていたのだ。
 ゴリラ女はルッキーニの襟首をつまむと、猫の子を扱うように軽々と部屋に連れ戻す。
 ルッキーニが本物の子猫のようにギャアギャア暴れるが、ゴリラ女は意にも介さない。

「ミーナ。これは何の騒ぎだ?」
 ミーナの腹心をもって自認するバルクホルン大尉が訝しげに問い掛けた。
 いきなり「裸になって尻を見せろ」では命令にもなっていない。
「私の尻が欲しいのなら夜まで待って部屋に来いよ。いつでもOKだ」
 他の隊員たちと十把一絡げに扱われたことに、大尉は少しむくれていた。
 それを聞いてミーナが可愛くプッと吹き出す。
「あらあら、大胆な申し出ね。生憎、そんな色っぽい話じゃないの」
 ミーナはクスクス笑いながら説明を始めた。

 司令部の命令で、魔力を維持するために隊員の体調管理を徹底することになった。
 送付されてきたチェック表の項目に従って全隊員の健康チェックを行うというのだ。
「で、まずは手始めに、抜き打ちでみんなのギョウ虫検査を行います」
 集団生活を営む軍隊では衛生観念が大切である。
 一人でもギョウ虫を寄生させている者がいると、全員が感染しかねない。
 ギョウ虫は明け方肛門から這い出てきて、肛門の周辺に多量の卵を産み付ける。
 ここは平気でアヌスにキスをするような連中ばかりなので、隊全体に寄生が蔓延するおそれが高いと言える。
「と言うわけで、全員お尻を出して四つん這いになりなさ~い」
 ミーナが嬉々とした表情で命令した。

「えぇ~っ、どうしよう。ギョウ虫検査のウンチって、親指大でいいんだっけ」
 芳佳はみんなの目の前でウンチをすることに戸惑い、左右の者をキョロキョロと見回す。
 昨夜から下痢気味のリーネは、今にも失神しそうな真っ青な顔になっている。
「オ~ホッホッホッホッ、親指大だなんて。宮藤さん、どれだけ未開の国から来ているのです?」
 ペリーヌの高笑いが娯楽室に反響する。
「今どきギョウ虫検査はセロファン式に決まっているじゃありませんか。この豆狸」
 先進国の貴族であるペリーヌが嵩に懸かって田舎者を罵る。
「けど、坂本さんだってギョウ虫検査はウンチ親指大派なんですよ」
 芳佳に反撃を喰らい、ペリーヌはしまったと口元を押さえた。
 自らが慕っている坂本少佐と仇敵のように憎んでいる豆狸が同国人であるという事実は、往々にして彼女に失敗を強いる。

「豆狸は余計だけど、ペリーヌの言う通りよ。接着面を肛門に押し付けるだけで検査は終了します」
 ミーナが検査用のフィルムを手に持って芳佳に見せ付ける。
「な~んだ。実際にウンチしなくていいのか」
 ホッと溜息をつきながらも、芳佳は詰まらなさそうに唇を尖らせる。
 美緒が大便してきたばかりだと知ってる芳佳は、手助けと称して彼女に浣腸を施してやろうと企んでいたのだ。
 その美緒は、と見ると、真っ青な顔をして口元を引きつらせていた。

「坂本さん、どうかしましたか?」
 芳佳は心配そうに美緒の顔を覗き込む。
「い、いや……司令部の連中もたまにはいいことをするじゃないか」
 美緒は無理に作り笑いすると、ミーナの元に歩み寄った。
「一人じゃ大変だろ。半分手伝おう」
 美緒はミーナの手からフィルムの束を奪おうとした。
 しかし──
「だ~め、あなたも受けて貰うのよ。特別扱いしてあげないんだから」
 ミーナは伸びてくる美緒の手をかわし、フィルムを頭上に掲げた。

 それを見たバルクホルン大尉が唇だけでざまあみろと罵る。
 勝手にミーナの相棒を自認している扶桑女を、大尉は日頃から気に入らなかった。
 戦闘時はともかくとして、平時におけるミーナの副官はあくまで自分なのだ。

「さぁ、始めるわ。まずはサーニャからよ。みんなで押さえつけて」
 ミーナが舌なめずりしながら宣言した。
(つづく)


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