スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 8月18日、昼。


「ね、エイラ、これで変じゃないかな?」

 鏡の向こうで視線を合わせ、長めのベルトなドレス姿のサーニャが大き目のリボンの位置を調整しながら聞いてきた。
 店舗の方からは相変わらずみんなの楽しそうな声が響いている。

「んー、これはもうちょっと、こんな感じで……ウン、こんなもんカナ」

 涼しげな空色――私の好きな色――のリボンをちょいちょいと引っ張って位置と形を調整して、鏡の向こうへと微笑みかける。
 白と空色のツートンカラーのドレスは母親から送られた誕生日のプレゼントらしい。
 もしかして、私の好きな色に合わせてくれてるのかな?なんて自惚れたくもなってしまうほど最近のサーニャの服にはそんな色のものが多い気がするナ。
 わたしがウェイター服気に入っている理由の一つに、ちょっとサーニャの服と似てるからなんていう理由もあったりするんだけど、サーニャには秘密だぞ。

「ありがとうエイラ」
「ウン……」

 今、私は迷っていた。
 誕生日プレゼントを今この場で渡すか否かに、だ。
 ホラ、なんかこうやって二人きりの時に渡したりなんかするとすごく特別っぽ過ぎて、なんていうのかなぁ……意識しすぎちゃうっていうか……こう……なぁ?

「エイラ?」

 逡巡が伝わったのか、鏡像のサーニャが心配そうにその綺麗な翠の瞳を向けてくる。
 心配もするはずで、そのサーニャの背に立つ両肩に手を置いたわたしの表情は明らかに何かに迷って、悩んでる人間のそれだった。
 そんな自分を見てるのがちょっとだけイヤで、鏡からちょっと視線を外しつつ右手でポケットの中の感触を確かめる。
 ポケットの中には用意したプレゼント。
 小さいけれど8月の誕生石であるペリドットの埋め込まれた、シンプルなデザインのイヤリング。
 皆がプレゼントを渡すタイミングで一緒に渡そうと思ったんだけど、何だか今渡す方が正しいような気がするんだ。
 ウィッチとして、ある程度の未来予知の能力を持つものとしてこういう直感は信じるべきなんだけど……なんだけど…………あああああ……どうしよう!?

「ねぇ、どうしたの?」

 スオムスの白夜を避ける為にカーテンをぴっちりと閉ざした薄暗い寝室。
 部屋の中には大きめのベッド以外にもわたしの趣味のグッズがいろいろ置いてある。
 言うなれば501の頃のわたしの部屋とサーニャの部屋を足して2で割ったような二人の空間。
 ブリタニアで出会って、今こうして二人でいるここ、この場所。
 思い出も、時間も、空間も、そして二人の存在も、色んなものがつながって結ばれて、ここに辿りついて、またずっと先へと続いてくのがわかる今。
 みんなのいる場所からの喧騒も、静かな夏の日のBGMへと変わってく。
 鏡を向き直って、正面を見据える。
 ポケットの中の小さなケースの感触を、改めて確かめる。
 そして、わたしの視線とサーニャの視線が再び交わった。

 ペリドット。
 オリーブグリーンの柔らかい輝きを放つ、サーニャの瞳とはまたちょっと違う緑色をした綺麗な石。
 太陽の象徴でもある宝石。
 サーニャがどんな夜空にいたって、照らし続けてくれる、力ある石。
 幸福と平和を示すパワーストーン。
 それからもう一つ、その……夫婦の愛なんて意味もあったりして……い、いや、これは、その……8月の誕生石で、ちょっと引っ込み思案な所の残るサーニャにより社交的に

なって欲しいって思いを込めて送るものであってダナ!
 そそそそういう意味では、無いんだぞ!
 何せ、ホラ、素晴らしいご両親から、大切な娘さんがいつか巣立つ時まで、預かっている身なんだからナ。
 やましい気持ちはこれっぽっちもないし、大好きだけど……ソンナメデミテハイナイゾ!
 ホントダゾ!
 っていうか……ううううーんっ、ドウシヨウ!?

 ……………………。


『サーニャ、これ』

 ちょっとだけ視線を逸らしながら、右手の中のものを鏡を見つめるサーニャの目の前へと差し出した。

『え? これって?』

 疑問符と共に翠の瞳が小箱へと焦点を結ぶ。

『良いから開けてみてくれよ』

 そっと両手で受け取って、柔らかい手で、優しい手つきで、大事に小箱を扱い、開く。
 中には銀と緑で構成された、シンプルなデザインのリング。

『嬉しい、エイラ…………緑の石と銀の……イヤリング?』

 鏡越しにじゃなくて、振り返って直接こっちに顔を向けて聞いてくるサーニャ。

『……ソノ、誕生日のプレゼントさ……緑は8月の誕生石のペリドット』

 その素直すぎる悦びの表情を正面から受け止めるにはちょっと気恥ずかしくて、斜め30度くらいの角度で視線だけを受け止めて応える。

『エイラ……すごく、すごく嬉しいよ』

 ウン、やっぱり私の選択は正しい。
 格好をつけ続けたいって程でもないんだけど、多分今のサーニャの溢れんばかりの笑顔を正面から見据えたら、きっと私でなくてもメロメロになる。

『喜んでくれると、わたしもうれしいぞ』

 だから、勿体無いな、と思いながらもちょっと視線を外しつつそう返す。

『ねぇ、つけても、良いかな?』

 追い討ちをかけるような、甘い声の質問。

『アタリマエダロ、それはサーニャの物なんだから』

 ちょっと強がった感じの、わたしの口調。

『エイラにつけてもらいたい……いい?』

 そんなわたしの口調に乗るように、甘えた感じのサーニャの言葉。

『えっ』

 そういわれることを期待してた。
 期待はしてたんだけど、やっぱり期待通りのことが起こるとちょっと驚いちゃうよな。

『ね、いいでしょ』

 顔の前で大事そうに小箱をささげもって、上目遣いのサーニャ。

『……うん、じゃ、つけるぞ』

 ふふ、その瞳、その声に逆らえるはずなんて無いじゃないか。
 だから、つける。
 小さなひんやりとした耳に触れて、痛くないようにやさしく留め具を閉める。
 わたしはサーニャに対して秘密が多い。
 例えば、今こうしてイヤリングをつけるのだって、止め具の形が同じ安物のやつを買って自分の耳で何度も練習してたりとか。
 だから今万全の指使いで、それを行う。
 ゆるすぎて落ちないよう、痛がられたりしないよう、絶妙の力の入れ具合でその身にささやかな飾り付けを行う。
 そんな幸せ。

『似合う……かな?』

 取り付け終わった耳に軽く指を当てて、鏡に向かってささやくサーニャ。

『綺麗だよサーニャ。わたしが思ってた以上に……』

 言葉に嘘偽りは一切ない。
 本心からなんで、本とはもっと褒めるべきなのにうまい言葉が出てこない。
 ああもう、つくづくこういうときにうまい言葉の出てこない自分にもどかしい。

『エイラ……私ね……』

 潤んだ瞳で振り返って、鏡像から実像のわたしにささやきかけるサーニャ。

『ウン』

 そして、わたしたちは……。

 ……………………。


「エイラ?」

 いきなり目の前3インチにサーニャの顔。

「う、うわああっ!?」
「きゃっ」

 思わず大声を上げて後ずさって転び、しりもちをついてしまった。

「ななななんだよサーニャ。いきなりどアップで」
「何度声かけても反応が無いから、心配したよ、エイラ」
「え!? そ、そうなのか? ……ごめん」

 シ、シミュレーションに没頭してたなんて口が裂けてもいえないヨナ。
 座った姿勢のまま、ポケットの上から小箱の感触を確かめる……って、えええっ!?

「無いっ!?」
「どうしたのエイラ? 何が無いの?」

 思わず口走ってから慌てて口をつぐんで辺りを見回す。

「エイラ、探しものって、それ?」

 サーニャの指差した先には、見覚えのありまくりの小箱。
 ちょっと固めの絨毯の敷かれた床に転がるそれにむかって、弾かれたように飛んで覆いかぶさる。

「ち、違うぞ、コレじゃない!」

 こ、こんな間抜けな事じゃ折角のステキなプレゼントの渡し方シミュレーションが全て崩壊しちゃうじゃないかー。
 ど、どうする!?
 既に箱を見られた今、みんなと一緒に渡したりしたら『あ、さっきの』とか言われて事情を説明する羽目になったりするとまた恥ずかしいし。
 やっぱり……やっぱり今渡すしかっ!

「サッ、サーニャッ! 回れ右してもう一度座るんだっ!」

 うく、初めのサで声が裏返っちゃった。でもここまで来たら引けない。

「え? う、うん」
「まだ、準備が終わってないダロ」
「エイラが手伝ってくれたから、ちゃんとドレス着れたよ……でも、エイラがそう言うんならまだ準備終わってないんだね」
「そうだ、終わってない」

 静かに鏡に向かうサーニャ。
 鏡越しに右手のものが見えないようにコソコソと立ち回ってサーニャの背後へ。
 いや、もう見られてはいるんだけどさ、やっぱり気分的にはそうしたいんだよ。
 サーニャの身体でそれを隠しながら、開く。
 中にはシンプルなデザインのイヤリング。
 気合を入れて鏡を見る。
 鏡像のサーニャは何処と無くうれしそうな表情のまま軽く目を閉じていた。

「よし、いくぞ!」
「うん」

 白いうなじ、ちょっと癖のある髪、柔らかそうなその耳。
 よし、大丈夫。
 イレギュラーもあったけど、ここからはシミュレーション通りで行くぞ。
 そして、そっとその心地よい冷たさを持つであろうの耳たぶへと触れようとして気付いた。
 ゆ、指先がめちゃくちゃ震えてるじゃないかー。
 これじゃあちゃんと出来そうにないぞっ。
 深呼吸、深呼吸、す~は~、す~は~。
 あとは~……なんだっけ? 宮藤の言ってた方法が……ええと、たしか、「入」って手のひらに書いて飲み込むんだっけ?
 ごきゅり。
 うん、ちょっとおさまったぞ。
 カンジのキャラクターを使ったおまじないとか言ってたっけか。
 扶桑の文化もなかなか奥が深いヨナ。
 じゃあ、改めて……。
 イヤリングを手にとって、サーニャの耳へ。

「エイラ、ちょっと痛い……」
「うぁ、ご、ゴメン」

 慌てて止め具を緩める。ううっ……こういうことが無いようにって何度も練習したのに……わたし、かっこ悪すぎ。

「よし、両方つけたぞ。途中で痛くしちゃってゴメンナ」
「いいよエイラ。すごく嬉しい……わぁ、きれい……」

 鏡の向こうで、微笑を湛えたサーニャが翠の瞳を開いて喜んでくれた。
 もうこの笑顔だけでここまでの失敗とか全部吹き飛んじゃうよな。

「エイラのプレゼント、素敵」
「あっ! あのさっ! 違うんだぞっ! プ、プレゼントは飽くまでもイヤリングじゃなくて、それをつけてやるという真心の方だかんなっ。キョウダケダカンナっ!」
「ふふ、うん。そうだね。エイラの真心、すごく嬉しい」

 振り返ってそう言いながら、小さく笑う嬉しそうなサーニャ。
 見上げる瞳とイヤリング。
 翠と緑の共演。
 もう目が離せないじゃないかー。

「この石は温かい緑だね。エイラの心みたいに温かい感じがする」

 鏡を見ながら呟くサーニャ。もうその表情だけでいっぱいいっぱいだって言うのに、更にわたしを引き合いに出されると、その……なんだか、くすぐったいやら何やらっ!
 そんな気持ちをごまかすように口を開く。

「その石はさ……」

 と、ペリドットに関する解説を言いかけて色々用意したりしなかったりした言葉が心の中に浮かび上がってくる。
 い、イキナリ夫婦ネタは走りすぎダヨナ。
 何処まで言ったらいいのかな?と逡巡してると助け舟は意外な方向から来た。

「おーいっ! え~いらーにゃ~。折角あっためたあたしのパスタのソース冷めちゃうよ~」
「おうっ、今イクゾっ」
 
 返事をしながらドアの方に向かおうとすると、サーニャがわたしの服の裾を掴んでいた。
 うう、石の話はいったん落ち着いてどう話すかを改めて考えてからでないとうまくいえる自信が無いからなぁ。
 そんな思いで急かしてみる。

「ホラ、みんな待ってるから、その石のことだったらさ、また後でとかでも……」
「ううん、そうじゃないの。そっちも聞きたいけど、そうじゃなくて……」
「どうしたんだ、サーニャ。もしかして耳たぶ痛いか?」
「違うの……あの、あのね……さっきイヤリングの事で無理言っちゃったけど、もう一つ誕生日のわがまま、いい?」

 別に誕生日じゃ無くったって、サーニャに何かして欲しい事があるんなら何だって叶えてあげるつもりさ。
 サーニャのために何か出来る時ほど楽しい事は無いからナ。

「おう。どんとこい」

 とは言ったものの、あんまりその、過剰な接触を強要されるような内容だと、イロイロ困る。
 何が困るかって? そりゃあイロイロとしか言いようが無いダロ。

「折角こんな素敵な姿になれたから、お姫様みたいにみんなの前に登場したいな……って、ダメかな?」
「よしっ、お安い御用だぞ、サーニャ」

 言うが早いか羽のような軽さのサーニャの身体をふわりと持ち上げる。
 行動が突然すぎたのかサーニャはちょっと驚いたようだけど、すぐに身体の力を抜いてわたしにその身を委ねてくれた。
 いわずと知れた、サウナと水浴び場間移動で毎晩しているお姫様抱っこ。
 毎晩の様に緊張の極みではあるんだけれど、今なら裸じゃないから恥ずかしくないぞ。

「エ、エイラ、素早い」
「サーニャの願いだからな。シャーリーよりも早く動いて見せるぞ」
「嬉しい、エイラ。でも、実は皆の所に行く時に持っていこうと思ってたものがあったから、ちょっとその棚に近づいて」

 言われた通りに近づくと、サーニャは大きな封筒に入った紙束らしきものを手に取って、大事そうに胸に抱いた。

「それは?」
「ナイショ……、だけどエイラにだけはちょっとだけ教えてあげる。これは父様からのプレゼントなの」
「プレゼント? その紙束がか?」

 母様のプレゼントに比べるとだいぶ雰囲気が違うよなぁ。
 でも、だれよりもサーニャの事考えてる素敵な人だし、きっと何かあるんだろうナ。

「あとでちゃんとわかるから……行こう、みんなのところに。エイラ……」

 そう言ったサーニャはわたしの胸に頭を傾けて何か小さく呟いた。
 その内容にドキッとしたけど、多分何かの聞き間違いダヨナ。


 だってさ、『わたしのおうじさま』なんて、わたしの柄じゃないダロ。



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