無題
Star vicino al bell'idol che s'ama,
e il piu vago diletto d'amor…
「綺麗な歌だな」
そう言うと、ミーナは歌うのを止めて私を見上げた。
「ロマーニャの古典歌曲よ。結構お気に入りなの」
ミーナは微笑み、再び美しい旋律を奏でる。
e il piu vago diletto d'amor…
…綺麗だ。
今度は邪魔をしないよう、心で呟いた。
剥き出しの白い肩をそっと抱き寄せ、温もりを味わう。
扶桑にはない独特の舌使いでフレーズを終え、ミーナは再び私を見上げた。
「“愛しい人の側にいることは、何よりも素晴らしい愛の喜びだ…”」
「ん?」
「そういう意味の曲なの」
私の肩に頭が預けられる。長い赤毛が少しくすぐったい。
「好きな曲だけど、少し前までは歌うのが辛かった」
ぽつりとミーナが呟く。
「二番の詞が…逆の意味なの。“恋い焦がれる人から離れることは、一番つらい愛の苦しみだ”って」
肩を抱く手に思わず力を込めた。
大事な人を失ったミーナの心境そのままの詞だ。
「今、すごく久しぶりに歌ったわ。この曲」
「…そうか」
「愛しい人が、側にいてくれるからかしら」
ミーナはぎゅっと抱きついてくる。肌と肌がぴったりと触れ合った。
「美緒…」
甘えるような声に応えるように、そっとミーナの顎を取る。
薄く開いた唇を指でなぞり、微笑みかけた。
「証明してやろうか?側にいることを」
「え?」
有無を言わさず、唇を奪った。
柔らかい感触を味わいながら、抱き締めた背中を撫で上げる。
「っふ…ぅん…」
可愛らしい鼻声を漏らし、ミーナが体をくねらせた。
私の唇から逃れ、熱い吐息で呟く。
「は、ぁ…さっき、あんなにしたのに…」
「嫌か?」
染まった頬を撫でると、ミーナは小さく首を振った。
それを合図に、ミーナの体を横たえ覆い被さる。真っ白な肢体に、ゆっくりと手を滑らせた。
「っん…」
撫でただけだというのに、ミーナは甘い声を漏らした。
先程までの熱が抜けていないようだ。全く、可愛いやつだ。
「昼間に支障が出そうだったら言ってくれ」
「え…」
「自分では止まりそうにない」
ミーナの顔がかあっと染まるのがわかった。
その頬に口付け、そのまま耳元へと滑らせる。
「あっ、…」
最近気付いたのだが、ミーナは耳が敏感だ。
音楽家志望だったのだから耳も鍛えているのだろうが、そのせいだろうか。
「ミーナ…」
「ひぁっ……」
小さく囁くと、私の下の体がびくんと跳ねた。
片手を豊かな胸に伸ばし、ゆっくり揉みながら耳の縁を舌でなぞる。
「ぁ、み…お…」
閉じた長い睫毛を震わせ、ミーナがまた小さく跳ねた。
「ミーナ…」
「あ、ぁ…」
「ふふっ…可愛いぞ」
「ッ…!」
私の腕を掴んだミーナの手に力がこもり、ぶるっと震えが伝わってきた。
「…ミーナ?」
「は…ぁ…はぁ…」
吐息が蕩けている。
…もしや。
「もう気をやったのか?」
「…!」
ミーナが恥ずかしそうに目を逸らす。
「…ふふ…はっはっは、お前は可愛いなぁ」
「み、美緒のせいよ!」
「私は胸しか触っていないが?」
からかうように頬をつつくと、ミーナはぼそっと呟いた。
「…声が…」
「ん?」
「美緒の、声が…気持ちいいの…」
「…声?」
ちらりとミーナが私を見る。
「力強くて、凛々しくて、すごく優しい声…私、美緒の声大好きなの」
快楽の余韻で潤んだ瞳に、私が映っているのが扇情的で。
「そんな声で囁かれたら、ぞくぞくするに決まってるでしょう?」
更にその言葉にトドメをさされた。
ミーナは私を止める気がないらしい。
「ミーナに声を褒められるとは光栄だ。ありがとう」
頬に口付け、その間に手を下肢に伸ばした。
脚の間に触れると、やはりというか十分過ぎるほど濡れていた。
「私も、ミーナの声が好きだぞ」
「あっ…」
好きだと言ってくれた声を存分に聴かせてやろうと、再び耳元に顔を寄せた。
「み、美緒…」
「普段の凛とした声も、鈴を転がすように笑う声も」
私が言葉を紡ぐ度、ミーナの体がびくりとする。癖になりそうな可愛らしさだ。
「戦闘の時の熱い声も、澄んだ歌声も…」
「っひぁ…ん…」
ゆっくりと指を中に埋めていく。内壁を擦ると、高い声が漏れた。
「私しか知らない、この“歌声”もな」
「あぁッ…!」
くいっと指を曲げると、ミーナが背を反らせた。快楽から逃れようと、体を捩ろうとする。
ふふ、逃がすものか。
「や、みお…だめっ、あ…」
「ミーナ…」
切なげに声を上げるミーナをしっかりと抱き締め、上と下から徹底的に攻めてやる。
「あっ、ぁん…もぅ、…みおっ…」
「ミーナ…愛してる」
「ッあぁぁっ…!」
一際美しい歌声を響かせて、腕の中の体がびくんと震えた。
「…はぁ…っ、美緒…」
ベッドに沈んだ歌姫は、少し掠れた声で私を呼んだ。
「アンコールだ、ミーナ」
「え…ちょ、も、もう無理よ…」
「私も無理だ」
弱点を見つけたらそこを狙っしまうのは性分らしい。
私は幾度か、甘い声に酔いしれた。
―――
「美緒のバカ…」
ぐったりと枕に顔を埋めたミーナがくぐもった声で呟いた。
「すまん。やはり止められなかった」
「昼間に支障が出そうだったら言ってくれ、って言ったのは誰よ…」
「申し訳ありません、中佐殿。本日の雑務は全て私が引き受けます」
「…当然です、少佐」
胸に手を当ててそう言うと、ミーナはくすっと笑った。
「なぁミーナ。さっきの歌…続きを歌ってくれないか?」
「え?」
「聴きたい。駄目か?」
じっと見つめると、ミーナはもぞもぞと寝返りをうち私の方を向いた。
「誰かさんのせいで、さっきほどちゃんとは歌えないわよ?」
「…根に持つな」
「ふふっ」
ミーナは、深く息を吸い込むと歌い出した。さっきより少しだけ掠れた、しかし澄んだ声で。
Star lontan da colei che si brama,
e d'amor il piu mesto dolor…
“恋い焦がれる人から離れることは、一番つらい愛の苦しみだ。”
メロディは同じだが、どこか悲しく聴こえる歌声。
e d'amor il piu mesto dolor…
ミーナには、忘れられない苦しみだろう。
だが、二度と味わわせたりはしない。
私はミーナの側にいてみせる。
だから、ミーナも私の側にいてくれよ。
手を取り指をそっと絡めた。
一番素晴らしい愛の喜びを、互いに分かち合う事を誓って。