名探偵ニーナ 第4話 じっちゃんの名にかけて
トゥルーデ【今となっては失笑ものだな】
なぜこんなことを見落としてしまっていたのだろう。
私としたことが、とんでもないうっかりだった。
53番の本。それが意味するのは、“赤”と“スピード”。
ペリーヌの残してくれたダイイングメッセージがなければ、事件は迷宮入りしていたかもしれない……。
冷静になって思い返してみれば、“ヤツ”は最初から怪しかったのだ。
比較的捜査に協力しているように見せかけて、実のところは私の目をすっかり欺こうとしていたのだ。
――が、それももうおしまいだ。
ヤツがまとめたという聴取から、確認のためにもう一度、ヤツの項を読み返してみた。
《あたし》
ずっと食堂にいた。堅物を追い出して、少ししてから少佐がやって来た(本人談・少佐の首肯)。
みんなから聞いた話をまとめてこれを書いた。褒めて褒めて。
ふん、なにが「褒めて褒めて」だ。今となっては失笑ものだな。
一見してコイツにはアリバイがあるように思える。
だが、実のところは決してそんなことはない。
なぜならば、コイツのアリバイを証言しているのが、本人の他には坂本少佐ただひとり、
だがしかし、あの憔悴しきった少佐から聴取などできるはずがない。
そのことは既に私には実証済みだった。間違いない。
つまり、コイツのアリバイを証言しているのは、コイツ本人だけも同然ということ――
もちろんそんなものではアリバイは成り立たない。
そもそもだ。話を聞いてまとめるというのは、非常に恣意的な行為なのだ。
これを書いたのはヤツ自身――
これはどう考えても怪しくないか? 怪しいに決まっている。
事件の前――今朝から順を追って整理してみよう。
ええっと、まず最初に、私とヤツは食堂でいっしょに朝食をとっていて……
そうだ。そういえばヤツは最初か怪しかったんだった。
強引に私を食堂から追い出し(そもそも私は、ミーナに謝るような非などなにもないというのに)、
ひとりになったのも、すべてはこのため――
その後、坂本少佐が食堂に現れたというのは、他の証言と照らしておそらく本当なのだろうが、
ヤツは大方、トイレに行くとでも言って席を立ち、犯行に及び、服を脱がせ、現場から逃走し、
しれっとした顔でまた食堂に戻って来たのだろう。
ヤツの固有魔法はスピードだ。
とんでもない早業の殺人事件ではあるが、それを駆使すれば、あるいは可能……かもしれない。
そしてそのすぐ後に、エイラが倒れているペリーヌを発見。事件の発覚。
エイラはそののち、一度来た道を戻って宮藤たちを呼びに行き、そして他のみんなを呼んでくることに――
たしか食堂には、エイラとリーネが呼びに行ったんだったか。
あがっていたはずのヤツの息も、その頃にはすっかり整っていたことだろう。
そしてエイラたちに連れられ、素知らぬ振りをして再び現場にやって来る。
亡きペリーヌの姿を見た坂本少佐は悲痛に暮れ、それを見てヤツはあることを思いついた。
みんなから聴取をするという名目で、その実は自分のアリバイを偽ろうとした。
つまり、あろうことかヤツは、アリバイの偽装工作にあの痛ましい少佐を利用したのだ。
な、なんということだ……身の毛もよだつとはまさにこのことだ。
本当なら私は、仲間のひとりを疑うなんて真似、決してしたくはないが……
しかし、すべての状況がそう言っている。そうとしか考えられない。
犯人はリベリアンッ……!
いやいやいや……!
あるかもっ……!
あるかもあるかも……!
あるかもだっ……!
と、とにかくっ――このことをみんなにも知らせないと!
とても私ひとりの胸に秘めておけることではない。
真実というものは、かくも胸を痛めつけるものなのかっ!
早く知ら――
「なあ、堅物」
と、そんな私の目の前にひょっこり現れたのがひとり。だから私はそんな名前では――
「ヒィイッ!!」
名前を呼ばれ(いや、そんな名前じゃないがとにかく)、つい私は声をあげてしまう。
なっ、なぜ……よりによってコイツが……。
あまりのことに私は、手に持っていたレポートの束をバラバラと落としてしまった。
「ったく、なにやってんだよ」
と、リベリアンはしゃがみこみ、床に散らばった紙を拾い集め出した。
なんて間の悪いヤツ――いや、むしろ良かったのかもしれない。
「どう? なんかわかった?」
床から視線を上げることなく、リベリアンは訊ねかけてきた。
そ、そうか。コイツとしても、捜査の進展具合は気になるのだろう。気にならずにはいれないのだな。
それはそうだ。当然だよな。だって犯人は貴様なのだからな、リベリアン。
「ああ――実は犯人がわかってしまったんだ」
「本当かっ!? お手柄じゃないか!」
と、リベリアンは顔を上げ、私を見てくる。
「……あ、ああ。そうだな」
なんだというんだ、貴様は。真実にたどり着いた私に、なぜそんな嬉々とした表情を向ける?
「で、誰?」
だから貴様なのだろう、リベリアン? ペリーヌを亡きものにした犯人は……。
私にはすべてわかっているのだから。
貴様が平静をよそおっているふうに見せて、内心では心臓をバクバクさせていることを。
――もしや、この期に及んでまだ、私を欺けると思っているのか?
なんてヤツなんだ。白々しい。見損なったぞ、リベリアン。
お願いだからもうこれ以上、私に失望させないでくれっ……!
「い、今から私の推理を披露する――自首するなら今のうちだぞ」
私の言葉にリベリアンは、なんのことだと不思議そうに首をかしげた。
ミーナ【なんというカタストロフィ】
なにやらトゥルーデが始めるらしい。ようやく真相がわかったのだろうか。
まあ、私としてもこんな事件はさっさと解決して欲しかったところだ。
私はちやほやされてつつ、エイラさんやシャーリーさんから事件の話を聞いていた。
その話をつなぎあわせると、こうとしか考えられないじゃないの。
なのに、なぜこんな簡単なことに、誰も気づかないのかしら?
それよりも――仲間のひとりがこんなことになって(それがペリーヌさんだとはいえ)、
ほとんどのみんながなぜこんなにもゆるいのか、そっちの方が私には気がかりだった。
そのことの方がよっぽど謎らしい謎といえた。
「事件のことだが――外部犯ということは考えられない。このなかに、犯人がいる」
重々しくトゥルーデは話し始めた。さっきまで騒がしかったみんなが静まる。
「ペリーヌを亡き者にした犯人は……犯人はっ……」
え? そうじゃないでしょう。私、言った方がいいのかしら。
「……あのう、ちょっといいですか?」
と、口を挟んだのは私ではない。
リーネさんだ。すっと手を上げている。
水を差された格好になったトゥルーデは、戸惑いと安堵の入り混じった表情になった。
「なんだ?」
「このなかに犯人がいる、って言いましたけど」
「そうだが? なにか?」
「今、ここにはいないじゃないですか。ひとり、すっごく怪しい人が」
え? 誰かしら? たしかにここには11人……。
なぜかトゥルーデはぐいっと首をひねってシャーリーさんを見る。
「びっくりさせるな。いるじゃないか」
「いや、いませんけど……」
「いったい誰がいないって言うんだ?」
と、トゥルーデ。たしかに今ここには――
「ミーナ中佐です」
――――えっ!!!?
「ミーナ中佐がいないじゃないですか。なんだかすっごく怪しくないですか」
なっ、なんてことを言い出すの、この肩幅は!
わからない――リーネさんがなんでそんなことを言うのか、私には理解できなかった。
目の敵にされるような覚え、私にはない。全然、これっぽっちも、かたきしもない。と、思う。
なのに、なぜなの……むしろ私は、美緒から新人に甘いって言われてるくらいなのに。
彼女が入隊してからずっと、目をかけ、肩を持ってきたのに。
なかなか部隊に馴染めず、かたじけないといったふうな彼女のことを気にかけてきたのに。
それもこれも、この隊の将来は彼女の肩にかかっていると言っても過言ではないから。
ゆくゆくは私と肩を並べるくらい、優秀なウィッチになってくれればと思うからこそ。
宮藤さんの入隊をきっかけに、ようやく肩の荷がおりたと思ったら……私が犯人だとかのたまい出す。
そんなはずがないじゃないの。
そもそも私たちは、肩を寄せあい、苦楽をともにしてきたチーム――いいえ、家族だというのに。
まわりから、ざわ……ざわ……と声が沸き出す。
誰ひとりとして、私の肩を持つ人はいない……。リーネさんの偏った暴論に傾いている。
「私だって本当は信じたくないんですけど……」
どの口が言うのか、リーネさんはそう言うと大きく肩をすくめてみせた。
「リーネちゃん。私だっておんなじだよ。でも……」
「私だってそうダ。だけどナ……」
「あたしだってそう信じたいけど……」
宮藤さんも、エイラさんも、シャーリーさんも、もはや猜疑心の塊と化してしまっている。
かたやトゥルーデといえば、愕然としている。雷に撃たれでもしたように。
「そ、そういえばミーナも赤い……」
この堅物はなにを言っているのか。赤さがなんだっていうの、赤さが!
齢18にして第一級犯罪者の肩書きなんてあまりにも重い。重すぎる。
そんなことになってしまったら、もはやカタギとしては生きていけない。
今まで積み上げてきたものはすべて形無し、うたかたのごとく消えてしまう。
――でも、私から真実を語ることはできない。
だってそんなことをしてしまったら、同時に私の正体も話さなければならないのだから。
だから、私はこの状況をただ、固唾を呑んで見ていることしかできない。
なんてことなの……。
なんて悲劇的な幕切れ……なんというカタストロフィ……。
しょるだない、じゃない、しょうがないで済ませられることではない。
かたかたと震える体をなんとか抑えこみ、私は途方に暮れて、
そしてふと、すっかり頭の片隅に押しやられていたあることを思い出す。
そうよ。私の職業は――
偏ったものの見方では、物事の真実をねじ曲げてしまう。
容易に「ミーナ中佐犯人説」などという騙りにそそのかされてしまう。
たしかに、私が怪しいという言い分は納得できる。
仕方がない。そう考えるのも難くないと思う。
リーネさんには肩肘を張ってしまう頑ななところは知っている。悪意はないのかもしれない。
しかし、だ。
ただ怪しいというだけで犯人と決めつけるなんて、そんなの片腹痛いと言わざるを得ない。
そんな推理が当たっているとあれば、肩透かしもいいところだ。
だから私は、なにがなんでも勝たなくてはいけない。私が私であるために。
でもそのためには、誰か味方してくれる人がいないと――
美緒はあんな状態だし、サーニャさんは寝ているし、フラウは読書中だし……ん?
いや、そんなことよりも。
誰でもいい。誰か、私に加担してくれる人は――いた!
ルッキーニ【航空歩兵探偵として】
向こうの方でなんかやってる。なんだろ? まあ、なんでもいいや。
あたしはソファーにごろりと寝転んで、なんだかうとうと。
それもこれも、シャーリーがかまってくれないせいだ。
要するに、あたしはすっかりふて腐れてた(ミーナ中佐が小さいからってなんだってんだろ)。
――と、そんなあたしの前にむくりと現れたちっこいの。
噂をすればだ。ミーナ中佐が寝ているあたしを見下ろしてて、しかもなんだか怖い顔をしている。
お……怒られるっ!
瞬間的にあたしは察知して(条件反射ってヤツ)、ソファーから飛び起き、床に着地。
ずるりと足元が滑る。なんか踏んづけたせいだ。
「アッ、ルッキーニ! 私が畳んでおいたんダゾ」
と、エイラ。
なんのこっちゃ、しーらないっと。
それより今は逃げないと。あたしはロケットスタートを切った。
――けど、それはすんでのとこでかなわない。
「いだっ! いだだだだだだだっ!!」
なっ、なにすんの、ミーナ中佐っ!
あたしの自慢の髪のはじっこを、ミーナ中佐が掴んだのだ。
前に進もうとしてたあたしは、急に止まることもできるはずなく、
つまり今、ツインテールのうち1本がピィンと張っている状態。
そしてあたしの髪はぐいっとは引っぱられ、あたしは振り向かずにはいられない。
ミーナ中佐の顔が再び、イヤでもあたしの目に入ってくる。
必死、決死、鬼気迫るとかとにかくそういうの。
「どうかしたの、おねえちゃん?」
ミーナ中佐は表情とはうらはらに、穏やかに訊いてきた。
今なら背だってあたしのがずっとおっきいのに……でもそんなのは関係ない。
小さくなってもやっぱり、ミーナ中佐はミーナ中佐だ。
引きずられるようにしてソファーの陰まで連れてこられてしまった。
ミーナ中佐は声をひそめて話し出す。おっきいいつものミーナ中佐の調子で。
でも今は、あたしよりちびっこ。なんだかそれがおかしかった。
「みんな私を犯人だって言うの。私は潔白だっていうのに。……ちゃんと聞いてるの?」
「う、うん。聞いてる聞いてる」
「私、すっごく困ってるの。ルッキーニさん、あなただってこのままじゃ困るでしょ? そうでしょ?」
しぶしぶながら、あたしはうなずく。
ここで「別に」なんて言おうものなら、なにをされるかわかったもんじゃない。
「――そんで、あたしになんなの?」
「お願いしたいことがあるの。あなたにしかできないことよ」
「ふ、ふーん」
「もちろん聞いてくれるわよね。お願いっ」
これはお願いじゃない。あたしは今、脅迫されているんだ。
――とはいえ、なにもあたしは協力しないつもりだってない。
「つまり事件を解決するんでしょ。航空歩兵探偵として」
「とにかくそういうことよ。それはよくわからないけど」
まだまだ自覚が足りていないみたいだ。本当に大丈夫なのかな?
「大丈夫よ。きっと上手くいくから。ほら――ええっと、じっちゃんの名にかけて」
私の心を見透かしでもして、ミーナ中佐は言った。けど、それ違う。
「でもわかってる? あんまり目立つようなことしちゃダメなんだよ?」
「ええ、それなら考えがあるの」
「ならいいけど……。で、あたしはなにをすればいいの?」
「今すぐ厨房に行ってきて」
「厨房? なんで?」
まあ、一刻も早くここから立ち去れるならなんでもいい。
「持って来てほしいものがあるの」
そうしてあたしは厨房へ向けて走り出した。
なんだかよくわからないけど、あたしはあたしに言われたことをやってればいいや。
それにしても今日はなんなんだろ。なんか走ってばっかの一日だ。
ミーナ中佐のことといい、ペリーヌのことといい、
正直なところあたしにだって、まだ事態が呑みこめてない。
――と、曲がる角にはなんとやら。
人とぶつかったのだ。考えごとしてたせいで、よく前を見てなかった。
今日は前方注意報の一日でもあるのかも。なんだかまたありそうな気がするし。
シャーリーの豊満な胸に慣れきっているあたしにとって、そのぺったんこは、
いい具合にクッションにはなってくれない。
あたしは床に尻餅をついた。
痛いなぁ。いったい誰……
って、ああ、なんだ。ペリーヌじゃん……。
第4話 じっちゃんの名にかけて おわり