遠い手紙がつくころに


ハロー、ハロー、聞こえますか?届いていますか、私の言葉。
なーんて、手紙で音まで届けられたらいいのにね。まあ無理だって知ってるから、今日も君にこうして手紙を
書いているわけだけれど。
ねえ、多分きっと、君は私の手紙なんて読み流しているのだと思うけれど、今日は、今日ばかりは、ちゃんと
読んで欲しい、聞いて欲しい。

今から私の、大切な人の話をします。その人の誕生を、一緒に祝って欲しいのです。



「フラウ、起きなさい、フラウ。」
優しく揺り起こされて目を覚ました。寝ぼけ眼をこすって見上げると、赤い色が目に焼きつく。あれ、この人は
誰だったっけ。瞬時にはそれを判別できなくて、うう、と言葉にならない声を上げた。
おはよう、フラウ。
その人の声は、まるで小鳥がさえずるようだ。小川のせせらぎや、木々のざわめきにも似ている。ひたすら
に耳に優しくて、まるで一つの音楽のよう。決して耳をつんざいたりはしないその柔らかな言葉に、口許が
綻ぶ。いつも私をやかましく起こしてくれる正確無比な目覚ましさんのことも嫌いではないけれど、たまには
こんな、穏やかな目覚めもいい。

「…正確にはおそようよ、フラウ?」
「…トゥルーデはぁ?」
「朝食の当番なのよ。火のついたお鍋をほうって出かけるところだったから、私が止めたの」
「…あさごはん…」

そう言えば、微かに開いた扉からほんのりいい香り。ふかしたお芋のかぐわしい匂い。頭の中で、二人の
私が相談する。どっちが天使?どっちが悪魔?そんなの私には分からない。ただひとついえるのは、それは
どちらも私だと言うことだ。
ぼやけた視界のままだから、目に映るのはひたすらに赤い色。起こす前に彼女が開いたのだろう、開け
放されたカーテンは、室内に眩しい朝の光を煌々と差し出してくる。そんなものを献上してくれなくたって、
私は充分に可愛いよ?なんて茶化していってみたくなるくらいに。
その光が赤い色を鮮やかに映し出して、私は用やっと目を見開いた。昨日トゥルーデが片付けたばかり
だからまだそこまでは散らかっていない部屋。トゥルーデにはともかく、この人に散らかり果てた部屋を見ら
れるのは何だかちょっと気恥ずかしいというか、少し怖いから安心する。

ほら、フラウ、起きなさい。
歌うように重ねられる言葉は、まるでむかしむかし母様が歌ってくれた子守唄のよう。幼い私と妹を一つの
ベッドに寝かしつけて、器用に二人の額を撫でながら歌ってくれた、その歌。そんな母様の髪も金色だった
のに、どうしてか今はその赤に母様を想うんだ。

「…みーな」
「なあに、フラウ」
「みーな、そう、みーなだ」
「どうしたの、突然」
「みーなだね」

ふと、こぼれたつぶやきは彼女の名前。無意識に口にしたそれでようやっと、私が目の前にいる人を認識
する。そうだ、この人はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。我らが第501統合戦闘航空団の隊長。私にとって
は、上官にも当たる人。

「そろそろ起きなさい。早く行かないとトゥルーデが心配してやってくるわよ」
「…あと、いちじ…いや、ごふん…」
「一時間でも5分でも、だあめ。ほら、起きるの。」

横たわったままの私を持ち上げて前もって用意していたらしいシャツをすかさずかぶせる。ほら、またズボン
をはいてない。くすくすと笑って差し出されたズボンに、どうしてか顔が火照る。なんでかな、トゥルーデなら
そんなに恥ずかしくないのにな。

「い、いいよ、あとは自分でやる、やるから」

ジャケットまで着せてくれようとしたミーナの手を押しとどめて、ジャケットを奪って手を通す。ミーナは少し
驚いた顔をしたけれど、すぐにまた穏やかに笑った。なんだかばつが悪い。

「ほら、顔を洗って、歯を磨いて。そうしたら一緒に食堂に行きましょう?」
「…ひとりでできるよ、大丈夫だってば」
「だめ。あなた、二度寝するでしょう?」
「しな…する、かもしれない、けど」

ほら、あの、北風と太陽の話みたいに。
突然温かな日差しのような態度を向けられて、私は戸惑うばかりなのだった。いつも冷たい冷たい北風に
吹き付けられているから、意地を張って何十分も眠りなおしてしまうけれど今日はなんとなくそうも行かない。
何をしても怒られないから、決まり悪くて言われたとおりにすることしかできない。

「…用意、出来た」
「よろしい。じゃ、行きましょうか」

差し出される手。温もりの端っこ。いつもはむしろ、腕ごと引っ張られたり手を引くほうなのに。
何もかもがいつもと違っていて妙な気分で、でも不思議と居心地の悪さはない。ただ胸に湧き上がる。
きゅう、と締め付けられるような気持ちばかりが増していく。
彼女の指の先を凝視したまま固まっていたらどうしたの、と首を傾げられてしまったので、観念してその
先っちょをきゅっとつまんだ。

「こないだは、お疲れ様」

廊下を連れ立って歩く。私よりずっと背の高い彼女と歩いているときは、自然と見上げる形になる。なんの
こと?と首を傾げたら、この間の出撃よ、と付け足しの言葉が降って来た。

「…私は、別に、するべき事をしただけだから…」
「ふふふ、でも、ちゃんとみんなを連れてかえって来てくれたでしょう?一人も失わずに、ね」
「…うん」
「…大切なのは、スコアじゃない。みんなが無事に帰ってこられることが、一番大事。私はフラウの、そう
言う考え方大好きよ。素敵だと思う」
「…うん」

悪びれもなく、そんな言葉を言われて。
また降り注いできた温かな日差しに、心の皮をまた一つ脱ぎ捨てたくなってしまう。別に理由なんて何ひとつ
ないのに、涙がこぼれてしまいそうな。
だって初めてだったんだ。何も言わず、私そのものをこうして受け止めてくれる人。家族でもないし、トゥル
ーデのように長い付き合いでもないのに、彼女は最初から私の太陽だった。

通路には、おいしそうな匂いが漂っている。それは少しだけ開け放された窓からの風に乗せられて私たちの
元まで届くのだ。
その風はまだ冷たいけれど、けれども冬にはなかった柔らかさとみずみずしさを確かに含んでいる。もうすぐ
春だね。言おうと思って、彼女を見上げて…言葉にするのをやめた。だって見やったその横顔が、ずいぶん
と真剣なものだったから。

私より2つも年上のそのひとの、考えていることは私には分からない。同い年のトゥルーデなら分かるの
かな。私より高い目線で、それとほとんど同じ高さで景色を見ることの出来るトゥルーデなら。
もうすぐ誕生日だね、ミーナ。その言葉も、なんとなく飲み込んでしまった。



ふう、と一息ついて、姉からの手紙を折りたたんだ。ほのかに赤い色をした便箋は、この手紙の内容を示唆
しているのだろうか。あの姉に限ってそんなことはないだろうと思いつつ、いや、それでも彼女だったらやり
かねないだろうと言う気持ちが拭い去れない。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。その名前は私も知っている。カールスラントいちの司令官とも名高い女性
だ。彼女自身は司令の任務が多い影響でスコアは姉に及ばないけれども、それでも目を見張るものがある。

カレンダーをみる。3月11日。狙ったかのような、その日にち。
それは姉の上官の、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの、誕生日だというのだった。エーリカにしてはひどく
言葉少ない文面で、こわごわと言ってもいいほどの言葉の運び方だった。らしくない。いつも飄々としていて、
愛されるのが当然で、それを目一杯享受している、姉らしくない。

上官とは基本的に折り合いが合わないのだと聞いていた。彼女の手紙にしょっちゅう現れる「トゥルーデ」と
やらとも、相当の衝突があったようだった。それらはすべて手紙に書かれていたから、私はいつのまにか、
あったこともないそのひとのことを良く知っているのだ。好きな食べ物、嫌いな食べ物、得意な料理、苦手な
もの。

けれど、そう言えばこのミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの話は今日初めて聞いたような気がする。名前は
たびたび出てきたけれど、エーリカはその「ミーナ」とやらが一体彼女にとってなんであるのかということに
言及をしなかったから。彼女が書かなければ私に尋ねる理由などなく、そう言えばそのままにしてしまって
いた。
2つ年上だということ、背が高いこと、赤い髪と、赤い瞳をしていること。元々声楽家を目指していて、歌が
とても上手いこと。
ゲルトルート・バルクホルンにたいする酷評とは打って変わった、彼女に対する好評さは私をずいぶんと
驚かせた。太陽みたいな人なんだ。ぽつりと呟くように書き足された最後の一言が、妙にリアルに耳元で
再生される。太陽ってどういうことだろう。明るい?元気?力強い?けれど文面や、噂に聞く彼女の性格
からそれはかけ離れていて。

(あってみたい)

不意に、そんな気持ちが頭をもたげる。その「ミーナ」にも、「トゥルーデ」にも、エーリカが書き連ねてくる、
にぎやかで一風変わった、多くの仲間たちにも。
彼らの前でエーリカはどんな顔をするだろうか。私の知らないエーリカが、そこにはいるのだろうか。

「…ウルスラ、なんか変な顔してるわよ」
「え」
「なんか、ニヤニヤしてるって言うか、でも、ちょっと不機嫌そうっていうか」
「そんなことない」
「わかるわよ、何年一緒にいると思ってるの」
「と、いうか、なんでここに」
「そんなの、この間ウルスラが自分の部屋をまた吹っ飛ばしたからでしょ。ここは私の部屋」
「あ…」

突然聞こえたハルカの言葉に、妙に焦っている自分がいて。ばつが悪くて眉間にしわを寄せる。でも、
どうしてか口許に力が入らない。不思議だ。

「…ハルカ」
「なあに?」
「おめでとう、と、言って上げて」
「…だれに?」
「いいから」

わかったわよ、おめでとう。これでいい?
呆れたように、それでもきちんと返してくれる言葉が嬉しい。そう言えば以前は全くそんなやり取りができて
いなかったけれど。

「おめでとう」

なんか今日のウルスラ、変。
肩をすくめるハルカをよそに、私はなんとなく、とてもとても満ち足りた気持ちになっていた。
けれど胸のどこかが不思議とぽっかりと開いているのはたぶんきっと、気のせいなのだろうと思うことにした。



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