ハニーバースディ前話


いいじゃんかよう、たまにはさあ。

先ほどから私をとっつかまえて、袖をぐいぐい引きながら口を尖らせるハルトマンに私は苦笑いを返すこと
しか出来ないのだった。
「いや、しかしだなあ。」
こういった執務は私に向いていないためにすべてミーナに投げてしまっているから、彼女に黙ってこういった
ことをするのには抵抗があるのだ。

「しかし…」
「これに!ばばばっと、訂正を許可するサインをくれればいいの!!!あとは私がなんとかするから!
お願い坂本少佐」
「いや、だから…」
「サインしないと食堂のショウユとミソ全部捨ててやる」
「ちょっとまて、それはだめだ!!!砂糖、塩、酢、醤油、味噌の5つの調味料は扶桑料理には欠かせない
もので…」
「じゃーサインしてよ!!!」
「いや、しかし…」

先ほど通路を歩いていたところをつかまり、ブリーフィングルームに引っ張っていかれてからずっとこんな
感じだ。私は私でどうにもこうにも飲むことの出来ないものであるし、ハルトマンもハルトマンで色々と考えが
あってこうしている(のだと主張している)らしい。

「明日!ミーナを一日休ませてくれればいいの!あとは少佐がうまくやっといてくれれば何にも問題ない!」
「だからそれは、ミーナが隊員全員とのスケジュールの兼ね合いを含めて指定したシフトであって、前日に
急に変えられてもだな」
「なんだいなんだい、少佐だっていっつもミーナのシフト無視して出撃したり訓練したりしてるくせにー」
「…そう言うハルトマン、お前はシフトを無視して眠っているがな…」
「エーリカちゃんは自分のことは棚に上げるタイプなのでーす」

承諾するまでは離さないぞと言わんばかりに袖を引っつかまれている。普段無口な割にこういったときは
ずいぶんと饒舌で、しかも頑固なのだなと思った。もしかしたらそれは、ミーナやバルクホルンといった
限られた「仲間」の前でしか見せない素の彼女なのかもしれない。

「…大体、明日に一体何があるというんだ。突然やってきて、意味も分からず要求だけを突きつけられても
困るだろう」
呆れ混じりに呟いたら「はああああ。」盛大な盛大なため息。全くこれだから、フソウノマジョハ!…それは
ミーナの真似か、ハルトマン。
「…少佐ってほんと、そう言うの無頓着だね」
「無頓着、って」
「明日は!トゥルーデの!お誕生日!!!」
「…誕生日…なの、か?」
「ちなみに!11日は!ミーナの誕生日だった!!!」
「…なんだって」

驚きを隠せずに目を見開いたら、ハルトマンの不機嫌そうな顔だけが大きく映し出された。ほんとうの
ほんとうに、むとんちゃくだね!!ぷぅ、と頬を膨らませて腕を組んで。責めるように私をにらみつけてくる。

「大切な仲間だもの。お祝いした言って思うのは当然でしょ」
「いや、それはそうだが…でも、それならば隊のみんなですればいいじゃないか。どうしてミーナが明日一日
休む必要があるんだ」
「トゥルーデの妹のクリスと、一緒にお祝いしたいと思ったの!!もーほんとうに、坂本少佐は気が利かない
なあ」
「そんなことをいわれてもだなあ…」

言われて初めて、バルクホルンの妹の存在を思い出したなどとは決して言えない。…そうか、ようやく長い
昏睡状態から目覚めた妹だもの、誕生日くらい一緒に過ごさせてやりたいと思うだろう。それはもちろん、
バルクホルンやハルトマンに対して「私たちは家族よ」と言って憚らない、ミーナとも。少し遅れてしまった
けれど、彼女もまた誕生日を迎えたことには変わりないのだ。

…正直を言うと、ハルトマンの言葉にようやっとはっとしたと言っても過言ではないのだった。ここ10日ほど、
不規則なネウロイの襲撃があり、気が張り詰めていたせいもあるのかもしれない。当然のことながら今
ハルトマンが言い出したようなシフトの変更なんて即刻却下されていたろう。ハルトマンは、無理を通して
まで我を通す性格では決してない。むしろ、きちんと周りに目を配ることが出来るやつなのだと私も良く知って
いる。

「だいたいさあ」
「…ん?」

ふと、エーリカの声のトーンが低くなった。先ほどの不機嫌さとはまた違った部類の不機嫌さが、その顔には
現れている。訝しげに思い首をかしげても、尖った口が更に尖るばかりで。

「だいたい、ずるいんだ、坂本少佐は」
「…なにがだ」
「私より付き合い浅いくせに、あんなにミーナに頼りにされるし、トゥルーデも尊敬してるみたいだしー。特に
ミーナ!!!二人でよく話してるし!ずるいの!だからいいでしょ、明日くらい!」

ずるいから、いいでしょう?
どう好意的に受け取ってもはちゃめちゃなその理論に、私は乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。この
シフト表にサインした場合これをミーナに報告しに行くのは恐らく私で、その説明も私がやらされることに
なるのだろう。
…が、しかし。『最近私とミーナが仲がいいからずるいと怒られました』などと報告できるはずもなく。けれど
彼女が説明を求めてくることは明白で。

口を尖らせたままのハルトマンが、じぃ、と私を見つめてくる。その瞳の奥にあるのは仲間に対する、深い
深い思いやり。彼女らの誕生を、心から祝ってやりたいと言う思い。
けれど彼女は知っているだろうか。新しく誕生日を迎えること、一つ年をとること。それは、彼女たちのウィッチ
としての死刑執行の階段をまた一つ上がったに過ぎないということを。
もしかしたら彼女たちは、あえて誕生日を見ないことにしていたのかもしれない。カレンダーなんてみる暇も
ないほど、自分の役目に打ち込んで。そうして確実に近づいているタイムリミットから、目をそらしたいと
思っていたのかもしれない。まだハルトマンには分からないかもしれないけれど、私には分かる。だって
それは私も通ってきた道だから。

(ああ、うん、でも、それでも──)

「…わかった。ただし、ミーナの説得はハルトマン、お前が責任を持ってやるんだぞ」
「…いいの!?」

手渡されたペンを手にとって、サインを施していく。毛筆でないと少し書きにくいけれど、この際仕方がない。
誕生日を迎えることが、タイムリミットへのカウントダウンを昇るに過ぎないのだとしても、それでも。自らの
誕生を、存在を、心から喜んでくれる人がいること。それを祝いたいとまで、考えてくれる人がいること。
──それは、ウィッチとしての自分よりもずっと、ずっと大切なことだと思ったのだ。

「じゃあ少佐、こっちのほうはよろしく!」
「…こっち?」
「なに、こっちの部隊では一切お誕生日を祝わないとか、そう言うの私許さないからね!!ちゃんと他の
みんなにも言っといたから、少佐も手伝ってよ?じゃあ!」
「え、え、えええええ!?」

サインの施されたシフト表を持ち去って、文字通り嵐のようにハルトマンは消え去る。なんだか夢を見て
いたような気がして頬をつねってみたけれど、ひりひりとした痛みが走るだけ。そのうち、何だか妙におかしな
気持ちになってきて、わっはっは!声を上げて笑う。なんだか胸のもやもやが一気に去ったような、不思議
な心地。

さてと、他の隊員の間ではどこまで話が進んでいるか、聞きに行こうか。
そんなことを考えながら、ブリーフィングルームをあとにした。



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