birthday token
「トゥルーデ、明日は私の誕生日だよ」
午前の訓練の後、シャワーを浴び着替えを済ませたトゥルーデは、不意にエーリカから言われた。
「ああ、知っている」
「何か頂戴よ~」
あっけらかんとしたエーリカの言葉に、トゥルーデは呆気に取られた。
「お前と言う奴は……私の誕生日の時には逆プレを要求しておいてそれか?」
「じゃあ、前祝いって事で」
エーリカはトゥルーデの腰に腕を回すと、そのままベッドに雪崩れ込んだ。
「ちょ、ちょっとエーリカ? 昼間から……」
小一時間が過ぎ、荒い呼吸を繰り返すエーリカとトゥルーデ。汗びっしょりで、せっかく浴びたシャワーも意味が無い。
ベッドの上は二人の匂い、吐息が混じり、二人をねっとりと包み込む。
「トゥルーデ、激し過ぎだよ。なんで昼間っからこんな事出来るの? 何回も」
「それは……その、エーリカ、お前が愛しかったから。て言うか最初にお前が誘ったんじゃないか」
「そう言えばそうだったね。何か照れるね」
「あのなあ……」
「でも、そういうトゥルーデ、悪くない。好きだよ」
「ストレート過ぎて返す言葉がない」
呆れ半分のトゥルーデに、キスをするエーリカ。
「とにかく、誕生日祝い、楽しみにしてるよ。準備万全なトゥルーデの事だもん。期待してるよ」
「……ああ。分かった」
その夜遅く、トゥルーデの部屋でのんびりと過ごしていたエーリカは、用事を済ませ戻って来たトゥルーデを抱きしめ、
お帰りのキスをする。
「やっぱりトゥルーデ居ないと寂しい」
「一緒に来れば良かったのに」
「でもすぐ帰ってくるの分かってたから良い」
「どっちなんだ」
「どっちも」
ふう、と溜め息を付く。
エーリカはそんなトゥルーデにもう一度軽くキスをし、ちらりと時計を見る。
「あ、もうすぐ時間」
「ん?」
トゥルーデが振り向いた瞬間、部屋に有る時計が、十二時を刻む。
「今日は何の日だ~?」
「お前の誕生日だ。おめでとう、エーリカ」
「ありがと、トゥルーデ。一番大切なひとに、一番最初に祝って欲しかったんだ」
「私も最初に祝うつもりでいた。一番大切だからな、エーリカは」
「ありがと。嬉しいよ」
「あと、ウルスラもな。会えなくて寂しいだろう」
「そうでもないよ。まあ全然っちゃ嘘になるけど、トゥルーデ居るからいいや」
「おいおい。双子なんだから、もうちょっと……」
「で、トゥルーデ」
エーリカはにやっと笑い、両手を出した。
「プレゼント~」
「分かっている。抜かりは無い」
トゥルーデは両手にひとつずつ、小箱を取り出して見せた。
「お前へのプレゼントは二つある。どっちかひとつ、選べ」
「そんなの決まってるじゃん」
エーリカは指さした。
「トゥルーデ」
指さされた本人は困った顔をした。
「選べと言ってるのに、何故私を指す? とんちをやってるんじゃないんだぞ?」
「じゃあ、全部」
「何? どっちかひとつにしろ」
呆れるトゥルーデ。
「い、や、だ♪ だってトゥルーデだもん」
にこにこして言うエーリカ。
「理由になってないぞ」
「だって、『二兎を追う者はどっちも取れ』って諺知らない?」
「何処の諺だ」
「ミヤフジの国の諺だって、ルッキーニから聞いた」
「又聞きか……。なんか意味が間違ってないか?」
「ともかく、両方だからね。せっかく用意してくれたんだし」
エーリカはささっとトゥルーデの手から小箱をふたつ奪った。
「どうせ、どっちもくれる予定だったんでしょ? 嬉しいよ、トゥルーデ」
「う……」
「でもアレだね。まるで金の斧と銀の斧持って出てくる女神……って程でもないか」
「何か引っ掛かる言い方だな」
「じゃあ、最初はこの素っ気ない方……何この紙切れ」
エーリカは、小箱の紙切れを読んだ。トゥルーデの手書き。
「入浴許可証……本日より六時間限定、貸切。へえ、何処の?」
「ここの基地のだ」
「貸し切り? 他のひとは?」
「エーリカだけだ。これはミーナに特別に頼んで、そうして貰った」
「ミーナも無茶するねえ。いいの?」
「まあ、この時間は誰も入って無いだろうし……」
「それがホントのところ?」
「ち違うぞ。エーリカだけにだな……」
「まあいいや、トゥルーデ、行こ行こ」
「私もか?」
「違うの?」
顔を赤くしたトゥルーデを引っ張り、エーリカはスキップして浴場へと向かった。
浴場に入ったエーリカは驚いた。
浴槽一面に、真紅の薔薇の花びらが敷き詰められている。エーリカはその状況を見て、絶句した。
「トゥルーデ……」
「な、何だ?」
呆然としたエーリカの方を向いて、恐る恐る聞くトゥルーデ。
「これ、後で片付け大変だよ」
「……お前だって、私の部屋でいつも散々似た事やってるじゃないか!」
「しかもキザっぽいよ、トゥルーデ」
「うう……やっぱり、気に入らなかったか?」
「全然?」
予想と違う答えに拍子抜けするトゥルーデ。
「まあ、トゥルーデ、入ろう」
トゥルーデの手を引っ張り、プール宜しく、どぼんと入る。花びらが身体に纏い、張り付く。
「ちょっとくすぐったいね。……あ~、でも、薔薇の良い香り。これはこれでアリだね」
「良かった。ロンドン中の花屋に頼んだんだ」
「よく持ってきてくれたね」
「私が引き取りに行ったんだ。ついでにセッティングも」
「じゃあ、片付けも?」
「……」
「トゥルーデらしいね」
エーリカはくすっと笑った。トゥルーデをそのままゆるりと抱きしめ、浴槽に沈む。
お湯の中、エーリカはトゥルーデに熱いキスをした。
やがて息が続かなくなり、二人してざばあと水面に顔を出す。
顔中花びらだらけ。二人して笑い、お互いの顔に張り付いた花びらを取った。
「トゥルーデ、覚えてる?」
「何を?」
「前にさ。ここで皆で酒飲んだ事有ったじゃん?」
「有ったな」
「あの時私言ったよね、『私のお姉ちゃんになりなよ』って」
「あ、ああ」
「その通りになった?」
「違う、エーリカ。お前は私の姉ではない」
「えっ?」
予想外の答えに驚くエーリカ。トゥルーデは真面目な顔をして、言った。
「エーリカ、お前は私にとって、もっと大事な存在だと思っている。家族で、何より恋人で、
そして、大事な夫か妻で……その、何だ、ええっと」
顔を薔薇の花びらよりも赤くして、横を向き、呟くトゥルーデ。
「それ、嬉しいよ。私の誕生日に言ってくれるって」
エーリカはぎゅっとトゥルーデを抱きしめ、もう一度キスをした。
「その言葉、聞きたかった。前にも聞いたかも知れないけど……いつでも、何度でも聞きたいよ」
「何度でも言うぞ」
二人は見つめあい、微笑んだ。
「私の旦那様だものね。ヨメでもどっちでもいいけど」
「好きにしろ」
「そうだ、今夜はお風呂、誰も居ないんだよね? 私達だけなんだよね?」
「ああ。今日はな」
「じゃあ、やりたい放題なんだ」
エーリカの顔がにやける。
「エーリカ、お前が今から何をしたいか、当ててみようか」
トゥルーデが言った。
「言葉じゃなくて、行動で教えてよね」
エーリカの科白を最後まで聞かないうちに、トゥルーデはエーリカを抱きしめ、口吻を交わす。
濃ゆいキス。待ってたとばかりに、エーリカもトゥルーデをぎゅっと抱きしめ、離さない。
やがてキスだけでなく……お互いの身体を舐り始め、そのまま行為に浸りつつ……浴槽にゆっくりと沈んでいった。
「良い風呂だったね、トゥルーデ。まだ薔薇の香りするよ私達」
「ああ」
風呂からあがった二人は、着替えもそこそこにトゥルーデの部屋へと戻った。
ベッドに腰を下ろすと、残るひとつの箱を手にした。
「さて、じゃあもう一つの、何か妙に小綺麗な箱を、と」
ぱかっと開けると、中に入っていたのは、シルバーとプラチナの模様が美しいネックレス。デザインはシンプルながら、
相当に高価であろう事が分かる。
「……少し地味だね」
手に取り、エーリカが呟いた。
「言うと思った」
「でも、シンプルで悪くないよ。トゥルーデっぽいチョイスだね」
「そうか?」
「これ、私だけ? ……って、よく見たらお揃いだね」
「ああ。指輪もそうだけど、もうひとつ有ったら良いかと思って」
「そうだね。ペンダントだったら、戦いの時にも、そっとしまっておけるし。でもこれいつ買ったの?」
「この前用事でミーナと一緒にロンドンに行った時にな。お前が指輪を買った店で選んだ」
「ミーナも一緒に?」
「いや、ミーナは車で待ってた」
「悪いんだ、上官を車で待たせるなんて」
「い、いや。ミーナから言ってきたんだ、『ゆっくり選んで』って」
「ミーナらしいね」
エーリカはふっと笑った。
「トゥルーデ、値段は聞かないよ。これ多分相当すると思うから」
「まあな」
「クリスちゃんの治療費は、良いの?」
「それとこれとは別だ。問題ない」
「そう。なら良いんだけど」
トゥルーデは、ふうと息をついた。
「これで私のプレゼントは全部だ。どうだった?」
「嬉しいよ、トゥルーデ。有り難う。そうだ、トゥルーデ、一緒にペンダントかけっこしようよ」
「良いけど」
お互いそっと腕を回し、首にペンダントを付け合う。
「似合ってるね。服にもピッタリ」
「悪くない。自分で言うのもなんだが」
「だんだん、私色になってきた感じだよ、トゥルーデ」
「エーリカに染まってる?」
「だって」
エーリカはトゥルーデをじっと見つめ、顔を近付けた。その距離、僅か数ミリ。
「私達同じ匂いするし、同じアクセサリーしてるし」
「そりゃ、毎晩一緒に寝ていれば匂いも混じるさ」
「混じるのはそれだけじゃないけどね~」
「エーリカ」
「なあに? トゥルーデ」
「綺麗だ。似合ってる」
「最初に私が言おうと思ったのに」
くすっと笑って、エーリカは言葉を続けた。
「トゥルーデも似合ってるよ。お揃いのがまたひとつ増えたね」
「ああ」
「ねえ、トゥルーデ」
「エーリカ」
お互い腕を回したまま、そのまま抱き合い、キスを交わす。
今夜でもう何度目になるか、分からない程の口吻。
エーリカは、トゥルーデの髪についた薔薇の花びらをつまみ、ふっと息で拭いて飛ばした。
「エーリカ」
「トゥルーデにくっついて良いのは私だけ。本当は服も邪魔な位」
エーリカはトゥルーデを抱いたままベッドに転がり、耳元で囁いた。
「今夜は、寝かさないよ」
トゥルーデが何か答える前に、エーリカは唇を塞いだ。
翌朝。
いつの間に脱いだのか、服はベッドの下にばらまかれ、生まれたままの姿で抱き合う二人の姿が有った。
軽く毛布を掛けているが、お互いの肌で温もりを感じ、また、温かさに酔いしれ、溺れたまま微睡む。
この後、朝食の前か後に、恐らくは501の皆が誕生日祝いで何かを用意しているだろう。
でも、今はもう少しだけ、二人だけの“お祝い”を……二人だけの時間を過ごしていたい。
じゃれ合って疲れた猫や犬の様に、お互い寄り添い、二人だけのひとときを。
それは何よりも大切で、幸せな、エーリカだけの特権。
目の前に居るトゥルーデと一緒である、その事が。
end