名探偵ニーナ 第5話 12人いる!
ミーナ【犯人はこのなかにいます!】
厨房へと走り出して行ったルッキーニさんを見送ると、私もよっこらせと腰をあげた。
今から自分の無実は自分で証明しなければいけないことはもちろん、
その際にはくれぐれも気をつけねばならないこともある。
ニーナちゃん8歳児が実はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケであるということ――
このことはみんなには知られるわけにはいかないのだ。
私はソファーの陰から一旦出て、彼女の様子をうかがった。
よかった――まだぐっすり眠っている。
さて。それでは始めるとしよう。私は息を吐き、吸い込み、そして叫んだ。
「それは、らめぇえええええええええええええええええええっ!!!!」
いけない。ちょっと間違えてしまったわ。私は再び、ソファーの陰に隠れた。
さっきまで私を犯人だとのたまってた連中が、どうかしたのか視線を注いでくる。
「どうかしたのカ? サーニャ」
と、うちひとりのエイラさんが訊いてきた。ええっと……
「ギ●ナの高地で産湯を使い、ケ●アの荒野で運命(さだめ)に目覚め、
イ●ドの山で修業を積んだ、新感覚癒し系魔法少女のサーニャです!」
あら? これも違う?
これはサーニャさんの人の声であっても、サーニャさんの声ではない。
「ほ、本当にどうかしたのカ……?」
落ち着くのよ、わたし。落ち着くのよ、サーニャ・V・リトヴャク。
「――ううん、なんでもないの。気にしないでエイラ」
ようやく私はサーニャさんの声で、そう言った。
そう――実は私は声を自在に変えることができる。職業柄、こういうことには長けているのだ。
激安セールの人だかりで、周りの主婦に文句をつける中年主婦だとか、
孫にお小遣いをねだられるが、手持ちがないおばあちゃんだとか、実はそういうのができたりする。
頑張ればサーニャさんの声くらい出すことが可能なのだ。
「それより、みんな。実は犯人がわかったんです」
「だから、ミーナ中佐なんでしょう。サーニャちゃん?」
まだ言うか、この肩幅……じゃなかった、リーネさん。
「違います。よく考えてみてください。
いつも優しくてきれいで超美人のミーナ中佐がそんなことするわけないじゃないですか」
「なにをいってるんダ、サーニャ」
あなたこそなにを言っているのかしら、エイラさん?
「とにかくっ――」
私はめいいっぱい叫んだ。
「犯人はこのなかにいます!」
「『犯人は』?」と、宮藤さん。
「『この』?」と、リーネさん。
「『なかに』?」と、エイラさん。
「『います』?」と、シャーリーさん。
「――だって!?」と、そしてトゥルーデ。
現在、私の話を聞いてくれているのはこの5人だけだ。
美緒は未だ悲しみに打ちひしがれているし、ハルトマンは読書中。まあ、別に気にしていない。
「そ、それはいったい誰なんだ!?」
さっそくトゥルーデは食いついてきた――けれど、それを告げるのにはまだ早い。
「――と、その前に、ひとついいですか?」
私はじらすように間を置き、ゆっくりと口を開いた。
「一度整理してみましょう。バルクホルンさん、今この場所に何人いるか数えてみてください」
トゥルーデ【ペリーヌが……いない……?】
なんだというのだろう。さっきからサーニャの様子がおかしい。
それに、犯人がわかった、と。
さっきまで寝ていたのに……と言うより、今も寝ているように見えるが。
まあいい――私は言われたとおり、右から左に指差しながら数えていった。
芳佳、リーネ、リベリアン、エイラ、ハルトマン、坂本少佐、サーニャ……
それにあわせて左手で、指を一本ずつ折る。
ん? ルッキーニの姿が見えない……あ、帰ってきた。どこに行っていたんだ?
ルッキーニはソファに近づくと、陰にいるニーナが顔を出した。
なにやらふたりは一言二言なにか話しこんでいる。が、よく聞こえない。
ルッキーニ、それにニーナで9人……あ、それに私か。
私の指は一往復し、元の開いた状態に戻った。
「ええっと、10人だな」
「ちょっと待ってください。もうひとりいるじゃないですか」
「もうひとり?」
誰のことだ? 私はちゃんと数えたのに……。
「ペリーヌさんです」
ペリーヌ? ああ、たしかに数えてなかったが。こういう場合、死人の数は数えるのか?
「ああっ!」
と、いきなり声をあげたのは芳佳だった。どうしたというのだろう? 芳佳は言葉を継いだ。
「そうだ。ペリーヌさんがいないんです」
ペリーヌが……いない……?
そういえばここに来た時、芳佳は言ったていた。「ひとり足りない」と。
てっきりミーナのことを指していると思っていたが、ペリーヌのことだったわけか。
しかし、ペリーヌがいないとはどういうことだ?
まさか死体が自分で立って移動するわけはないし、そもそもペリーヌはそこで死んでいる。
一向に事態が呑みこめないでいる私に、サーニャは言った。
「そうなんです。遅れてきたバルクホルンさんは知らないでしょうが、
ついさっきまで、ペリーヌさんがここにふたりいたんです」
「なにを言ってるんだ!? そんなことがあり得るわけ……」
それこそ信じられるわけがない。私はサーニャから視線をはずし、まわりを見まわした。
エイラやリーネが、「そういえば」とか「たしかに」と口々に声を出す。
と、とても信じられないが……どうやら本当らしい。
「じゃあ、その生きているペリーヌはどこにいるって言うんだ?」
「それならさっき、あたし会ったよ」
と、はいはいと手をあげてルッキーニ。
なんだというんだ!? みんなして私を騙そうとしているのか?
「しかし、ペリーヌはそこにいるだろう!」
私はおもいっきりペリーヌの死体を指差し、反論した。
「そうなんです」
と、サーニャは肯定する。だったらなんだって言うんだ――
「つまり、実は“12人いる!”んです!」
「じゅ、12人だと!? どういうことだ!?」
第501統合戦闘航空団は11人のはず。なのに12人じゃ、ひとり多いことになってしまう。
ドッペルゲンガーでもないかぎり、そんなことがあるわけない。
「これから説明します」
と、サーニャ。そして、たっぷり間を置いた。やっぱり寝ているように見える。
「ハルトマンさん――」
サーニャは呼びかけたものの、ハルトマンは已然として本から目を上げない。
かまわずサーニャは言葉を続けた。
「あなたは、エーリカ・ハルトマンではないですね?」
すると、ハルトマンは面倒くさそうに本から顔をあげて、無言でこくりとうなずいた。
「「「「「「な 、 な ん だ っ て ―――――――― っ ! ! ! ! ! ! 」」」」」」
ミーナ【常識的に考えて】
「じゃ、じゃあ、いったい誰だというんだ……?」
と、トゥルーデ。ますます混乱してきているのが手に取るようにわかる。
「ハルトマンさん――いいえ、エーリカさんには双子の妹がいるんです。名前はウルスラさん。
あなたは、ウルスラ・ハルトマンさんですね?」
サーニャさん声の私が訊くと、彼女――ウルスラはもう一度面倒くさそうにうなずいた。
「そういえば、前に聞いたことがあります。たしか、無類の本好きだって」
と、宮藤さん。知っている人が多ければ、話は早い。
「でもそんな子が、どうしてこんなところにいるんだ?」
シャーリーさんが訊ねると、言葉少なにウルスラは答えた。
「遊びに来ました」
「エーリカさんとウルスラさんは双子。みんなが間違うのも仕方ありません。
本当なら、ウルスラさんはメガネをかけているんですが……」
彼女がずっとしていた探し物というのは、メガネのことだったのだ。
そしてそれは、今も見つかっておらず、だから現在もウルスラはメガネをかけていない。
時折目を細めたり、本を読むのに顔のすぐ前にやっているのもそのためなのだろう。
――ではそのメガネはどこかといえば、現在私がかけている。
このことは秘密だけど。
ルッキーニさんから手渡された時、どうしてこんなもの持ってるのかずっと疑問だったけれど、
さっきルッキーニさんから事情を聞くと、廊下で彼女とぶつかった時に拾ったのだという。
「本当にハルトマン……いや、エーリカじゃないのか?」
と、シャーリーさん。物陰に隠れた私からは見えないものの、声だけで困惑していることがわかる。
「それじゃあ証明してみましょう」
「証明? どうやって?」
「使い魔を出して見ればわかります。エーリカさんの使い魔はダックスフントでしたよね」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、お願いできますか」
と言って、私はソファーの陰から顔だけ出した。
フラウであれば、揉み上げにあたる部分に黒い耳が出てくる。
が、ウルスラの場合はそうではない。
座ったまま、ウルスラは使い魔の耳を出して見せた。耳の上のあたりに丸い耳が出現する。
「ほ、本当だっ……! これはタヌキ耳か?」
嬉々とするシャーリーさん。ウルスラは淡々と訂正した。
「アナグマです」
「エーリカが実は双子の妹だったことは理解した。
今日のエーリカはおかしいと思っていたが、まさか別人だったとはな……」
と、トゥルーデ。とは言うものの、困惑しきった顔は一向にやわらぐ様子がない。
「しかし、じゃあエーリカはいったいどこに……?」
やれやれ、まだわからないらしい。
トゥルーデだって私と同じくらい、情報は得ているはずなのに。
なぜ、ペリーヌさんがふたりいたのか。なぜ、そのうちひとりが服を着ていないのか。
これらから導き出せる結論はひとつしかないでしょうに。
「エイラ。脱ぎ散らかしたエーリカさんの衣服が、現場にあったよね?」
「アア、あったナ。私が畳んでおいたけど」
さっきルッキーニさんが蹴飛ばしたけれど、今はまたエイラさんが畳んである。
「そ、そんなものがあったのか!」
と、声高にトゥルーデ。どうやら知らなかったらしい。
「なにをやっているんだ、エイラ! こういう場合、現場保存は常識だろう!」
「だ、だって脱ぎ散らかしてあったら畳むダロ、普通……」
まあいい。話を進めよう。
「ではなぜエーリカさんは服を脱いだのか――それは服を着替えるためです」
「ふ、服を着替える?」
「そうです。ペリーヌさんの服をです」
なぜ倒れていたペリーヌさんは服を着てなかったのか、これがその真相――
「エーリカさんはペリーヌさんの服を脱がせ、ペリーヌさんに成り済ましたんです!」
「し、しかし、エーリカとペリーヌは全然違うだろう。服を着たくらいで……」
「そう。それだけでは不完全です」
私は一呼吸置いた。
たしかにそれだけでは足りない。それではただの、ペリーヌさんの服を着たフラウだ。
「ところでバルクホルンさん。バルクホルンさんの部屋が荒らされてたそうですが」
「どうしてそのことを!?」
「なにかなくなったものはありませんでしたか?」
「いや、まだ把握していない」
ふるふるとトゥルーデは首を横に振った。
「じゃあこう訊きましょう。ウィッグを所持していますよね?」
「ああ」
「金色の、長いものは?」
「持っている」
なんでそんなもんがあるんだ、とあたりからざわ……ざわ……と声があがる。
「服に髪。条件は揃いました。それにもともと、このふたりは身体的特徴が酷似しているんです。
身長も! 肌の色も!! おっぱいの大きさも!!!!」
「おっ、おっぱい!」
と、食いついたのは、流石というか宮藤さんだ。
「どう? 芳佳ちゃん。エーリカさんとペリーヌさんのおっぱいって同じくらいだよね?」
「うん、間違いないよ」
と、宮藤さんは自信を持って肯定。
「だよね、ルッキーニちゃん?」
「うん、サーニャの言うとおりだよ」
と、ルッキーニさんも自信を持って肯定。
「どうなの、エイラ?」
「なっ、なんで私にまで訊くんダヨ……?」
「すっとぼけないで! ミーナ中佐の胸をもてあそんだのだって知ってるんだから!」
「そ、それは、私とミーナ中佐しか知らないはずダロ!? な、なんでサーニャが……」
エイラさんは顔をみるみる漂白させていく。
本当はもっといじめたいところだけど、今は話を進めないと。
「それで、どうなの?」
「結構おっきかったゾ」
「ミーナ中佐の胸の話じゃなくって」
「ア、アア……ペリーヌとハルトマン中尉はおんなじくらいダヨ。中尉のがちょっとちいさいカナ」
「しかし、着替えたとなるとおかしくないか?」
と、トゥルーデは差し出がましくも口を挟んでくる。
「なにがですか?」
この完璧な論理展開に、いったいなんだというのかしら?
「エイラはここでペリーヌを発見する直前、自室の前を走っていくペリーヌを目撃している。
5分くらいだ。とても着替えるような時間はないと思うが」
私はため息をついた。
まったく。私の話をちゃんと聞いていたのかしら。
「だからそれが、ペリーヌさんに扮したエーリカさんだったんです」
すぐに通り過ぎたのでエイラさんも気づかなかったのだろう。まあ、充分あり得ることだ。
「そしてそのすぐ後に、エイラが倒れているペリーヌさんを発見します。
エイラは一度、芳佳ちゃんの部屋まで行って、そこでわたしとリーネさんも事件のことを知ります。
4人はミーティングルームまでやって来て、他のみんなを呼んでくることになりました。
その時、ちゃんとペリーヌさん――に扮したエーリカさんですが――も呼んで来てたんです」
そう、宮藤さんが私とトゥルーデを呼んできたように。
「呼んで来たのは、わたしです」
この“わたし”というのは、サーニャさんのことだ。
「本当ならこの時に気づくべきでした。寝ぼけていたんです。ごめんなさい」
「しかし……」
と、またもやトゥルーデが口を挟んでくる。
「ここにいたということは、ペリーヌの姿は私以外のみんなは目撃しているんだろう?
それがなぜ、誰ひとり気づかないんだ?」
「メガネです」
「メガネ……?」
トゥルーデはパン、と手を叩く。
「そうか。あのペリーヌはメガネをかけてないんだ」
と、倒れているペリーヌさんを指差し、トゥルーデは言った。
「それで、それがどうしたっていうんだ?」
と、トゥルーデは訊いてきた。一から十まで説明しなければいけないのか。
「そのメガネはエーリカさんがいっしょに持っていってしまったんです」
「いや、でも、メガネをかけたくらいで……」
「なにを言ってるんですか?」
こんなこともわからないなんて。私は首を傾げずにはいられない。
「メガネの有無で顔が変わるなんてよくわることじゃないですか。常識的に考えて」
「そ、そうなのか?」
「そうなんです。『転校初日なのにいきなり遅刻しそうになったので、食パンをくわえて家を出て、
同じく遅刻しそうだった美少女と曲がり角でぶつかってしまう』くらいの確率です」
「そ、それは高いのか? 低いのか?」
「――とにかく。エーリカさんはペリーヌさんの服を脱がせ、ペリーヌさんに扮して現場を離れ、
しかしまたやって来て、でも今はいない。これが事件の真相です」
「な、なんてことだ……じゃあ犯人はエーリカだというのか?」
「はい」
私は肯定した。
トゥルーデは当惑している。無理もない。彼女とフラウとは旧知の間柄なのだから。
頭では理解していても、心の方がついていっていないのだろう。
お互いに、よく相手を知りあっていると思っていたことだろうから――
「そんなっ……どうしてエーリカがペリーヌを……!?」
第5話 12人いる! おわり