無題


 カチャンと音をたてて、手にした薬匙を置く。大きな実験テーブルいっぱいに並べた材料を確認し、分量等の間違いがないのを見て取る。
 ついさっき、ハルカが少女のような声を発して廊下を走っていった。
 この頃はめっきり貫禄がつき、かつての第一中隊長の後継とまで揶揄される彼女。きっと、隊舎の窓から待ち人の姿でも発見したのだろう。
 もう少しすれば懐かしい声が聞こえてくる。これからどんな騒ぎが起きるのかも、もうわかっている。

 智子に引っついているジュゼッピーナ、甲高い声を出して激しく嫉妬するハルカ。
 早速始まる恋の鞘当て。外まで響くほどの、ケモノと称された悩ましい声。
 口笛を吹いて囃し立てるキャサリン、地獄に落ちますよと嘆くエルマ、我関せずにタバコをふかすビューリング。

 思い出の欠片が輝くような光を放つ。
 それはどれだけ時がたとうと色あせない、大切な仲間達との記憶。

 いらん子中隊という不名誉な愛称をつけられた統合戦闘団。
 しかしいざ発足してみれば、そんな周囲の冷笑を跳ね返す快進撃。
 寄せ集め部隊への蔑み、はみ出し者だった私たちの評価も180度変化した。。
 だけどおかしなことに―――6年も所属して尚、第507統合戦闘団という公式名称に馴染めずにいる。

 初期メンバーで現役なのは、もう私とハルカだけになってしまった。
 他の皆はそれぞれ楽隠居の身。だが、なにかにつけあちこちから集ってくる。
 このスオムスに。この特別な場所に。
 ここに来れば、いつだってあの頃に戻れる。

 きっと、皆も私と同じ。
 どんな勲章よりも尊いあの輝きを、大切に胸の奥へしまっている。
 今日は4月19日。つまり此度の建て前は、私の誕生日。

 さあ、開幕の砲を打とう。
 炸薬は五十。そう、あの頃と同じ。
 部屋なんて安いもの。また作り直せばいいのだから。




「…なにこれ、姉さま」
 斜め上から降ってきた冷たい声。机に向かっていた私は、その抑揚のない響きに顔を上げる。
「んー? 自伝に決まってんじゃん、お前の」
「…………」

 ビリッ!

「あーーーっ?! なにするのさ! 文豪気取りの私がせっかく、可愛い妹のために一肌脱ごうと」
 予告もなく破棄された力作に叫ぶ。ずぼらな私が費やした一時間の苦労が水の泡。
「嬉しくない。むしろ迷惑」
「まぁたまた、照れちゃって。実際こんな感じのくせに」
 びしっと指を突きつけてからかうと、仄かに頬を染めたウーシュは眼鏡の奥の瞳を彷徨わせる。
 にやにやとそんな愛らしい様子を眺めていると、ついには唇を引き結んでプイッ。
「そんなこと言う姉さまにはケーキあげない」
「ええっ?! 待って、待ってよウーシュっ! それはあんまりだってー!!」
 さっきから漂っていた甘い香りの正体にあっさり形勢逆転。ころがるようにしてウーシュの背中を追いかける。

 今日は4月19日。私たち二人の誕生日。
 さあ、祝福のクラッカーを鳴らそう。
 丸いケーキを彩る白いローソク。毎年二つずつ増えていく炎。
 どれだけ離れていようと関係ない。私たちはいつだって繋がっているのだから。


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