無題


その日も、観測所から報告のあったネウロイを駆逐し、全員無事に基地へと帰り着いたスオムスいらん子中隊ことスオムス義勇独立飛行中隊。
事後の反省会を兼ねたミーティングを恙無く終えた後、最近では既に聞き慣れてしまったハルカとジュゼッピーナによる智子争奪論戦を聞き流し、ウルスラは一人静かに部屋を後にした。
 
「………」
 
コツコツ、と無機質な靴の音が冷えた廊下に響き渡る。
右腕に分厚い専門書を抱えながらゆっくりと歩く。
そうして、自分の部屋へと戻るのだ。
自分の領域、自分の世界、自分の空間へと。
その事に何の不満もない。
隊の仲間にも、ネウロイとの戦闘にも、ここでの暮らしにも。
それでいても、やはり今日と言う日だからなのであろうか。
 
「…………」
 
気が付けば、ウルスラはとある部屋の前で立ち止まっていた。
自分の部屋のものではないそのドアをしばらく眺め、失礼します、とそのドアノブを握りしめた。
 

 
「………ん?」
 
数週間前から毎度お馴染みになりつつある、ハルカとジュゼッピーナの智子争奪論戦。
その様子を適当に眺め、いい加減にキレてカタナを振り回す智子と、それを止めようとするエルマとキャサリンの勇姿を見届けた後、彼女…エリザベス・F・ビューリングはコーヒーを片手に自室へ歩を進めた。
部屋に入る前に、先程からくわえていた煙草に火を着けようと視線を下げた時に、自室のドアが少し開いていることに気が付いた。
ビューリングは軽く眉を寄せた後、煙草に火を着けずに自室のドアを潜った。
 
「……今日はどうした?」
「……………」
 
案の定、部屋の中にはビューリングの予想通りの人物がいた。
ただ、想像と外れていた点と言えば、彼女…ウルスラにしては珍しく、というか初めて本を読んでいなかったという事だろうか。
ビューリングは手頃な台に持ってきたコーヒーを置いた。
 
「……何か飲み物はいるか?」
「……いい」
 
そうか、とビューリングはポケットから煙草の箱を出して中へと戻す。
ベッドにちょこんと腰掛けるウルスラを一瞥した後、ビューリングは普段通りに椅子に座りコーヒーを啜った。
 
「…………」
「…………」
 
カチコチと時計の針の音だけが質素な部屋に響く。

ウルスラは本を静かな所で読みたい、とビューリングの部屋に度々訪れていた。
そんなウルスラに気を使ってか、ビューリングはウルスラが部屋に居る時には煙草を控えていた。
普段ならば、この静かな世界に時折書物のページを捲る音が聞こえるのだが、今日に限って言えば、時計とコーヒーを啜る音しか聞こえない。
 
「……ビューリング少尉」
「……ん?」
 
どの位の時間が流れたであろうか、ビューリングのコーヒーに底が見え始めた頃、ウルスラはポツリ、と呟いた。
 
「……使い魔を見せてほしい」
「…………………は?」
 
思わず、ズルリと落としてしまいそうになったコップを慌てて掴んだ。
そしてそのコップを机に置くと、二度三度と眉間を揉みほぐして尋ねた。
 
「すまない。もう一度言ってくれ」
「ビューリング少尉の使い魔を見せてほしい、と言った」
 
じぃっ、と真っすぐにビューリングを見つめるウルスラ。
ビューリングは頬を軽く掻いてから、自身の使い魔を喚び出した。
 
「…………」
『…………』
 
それは、なんと言うか珍妙な光景であった。
無言でビューリングの使い魔…ダックスフントを、ベッドから降りしゃがんで眺めるウルスラ。
使い魔は使い魔で、喚び出された場所から一歩も動かずに、ウルスラをただ見上げていた。
 
「…………」
『…………』
 
5分だろうか、10分だろうか、そのまま時だけが過ぎ、ビューリングが再度入れてきたコーヒーが半分くらいになった頃、ウルスラがのそり、とその身を起こした。
 
「……やっぱり違う」
「……そうか」
 
ビューリングはウルスラに抱き抱えられた使い魔を引き取り、机に置いてやる。
ふっ、と走り去る様に姿を消した己の使い魔を見送った後、ビューリングはコーヒーと一緒に入れてきた、微妙に冷めたホットミルクをウルスラに渡した。
 
「ありがとう」
「ん」
 
お互いに飲み物をちびちびと喉に通し、また静かな時間が過ぎていった。
温めのホットミルクを飲み干したウルスラは、ベッドの上で三角座りをして身を丸めた。
 
「今日は……姉様の誕生日」
「……そうか……姉がいたのか」
 
程なく時間の経った頃、両の膝の間に顔を埋ずめながら、ウルスラはぽそっ、と呟いた。
あまり不必要な詮索を好まないビューリングだったが、軽く頷く事で話の続きを促した。

「姉様の使い魔も、ダックスフント」
「……ふっ、似てたか?」
「……ううん。違った」
 
だろうな、と言った後、ビューリングは案外可愛い所があるなとクスクスと笑った。
眉を潜めて無言の抗議の行うウルスラだった。
 
「あー、すまなかった。……姉とは幾つ離れてるんだ?」
「…………同じ歳。双子だから」
 
少しムスっとした声でウルスラが答える。
しかし、その答えにビューリングは、しばし動きを止めた。
 
「……なら、今日はお前の誕生日でもあるのか?」
「……そうとも言う」
 
そう答える言い方は、いつもと変わらずどこまでも平淡で。
ビューリングが軽く顔をしかめたその時、部屋のドアがバタン!と殴り飛ばされた様に開け放たれた。
 

 
「話は聞かせて貰ったネ!水臭いよウルスラ!」
「そうですよ!ですが、お二人は至ってノーマルな方の様で私は一安心です」
 
なだれ込むように部屋へと突入してきたのは、キャサリン・オヘアとエルマ・レイヴォネンの二人だった。
キャサリンはウルスラの手を取ってぶんぶんと振り回し、エルマは獣さんがどうこう、と胸を撫で下ろしていた。
 
「コレはきちんとお祝いしないといけないネ!あの三人も呼んでくるネーッ!」
「では私はアホネンさん達にお誕生会の許可取ってきますねっ。食堂で待っていて下さい」
 
そう言って走り去った立ち聞き犯二名。
僅か数十秒足らずの電撃展開。
ウルスラとビューリングは一言の言葉も挟む余地なく、この後の予定が決定してしまった様だ。
開け放たれたままのドア向こうから、徐々に騒ぎが大きくなって着ている様子が伺えた。
ウルスラは普段では見られないような、ポカンとした表情をしている。
ビューリングはその様子を見てふっ、と笑うとその身に使い魔を宿した。
ぴょこん、と生える耳と尻尾。
そうして、ビューリングはポム、とウルスラの頭を撫でて言った。
 
「誕生日おめでとう、ウルスラ」
 
お前の姉には似てないだろうけどな、と付け足して、ビューリングはドアの横へと立ちウルスラに手を差し延べた。
 


食堂からは、この短時間で何が起こったのか、締め切ったドアを挟んでも分かるほどの喧噪が漏れている。
ウルスラの誕生日会も、始まってしまえば、飲めや歌えの大騒ぎな大宴会会場と化した。
今は智子とアホネンが肩を組んで何やら大声で歌っている。
次から次へとグラスに注がれるアルコール入りのジュースを飲んでいたウルスラは、ふと出入口の扉が揺れた事に気付いた。
 
「……ビューリング少尉」
「……どうした?」
 
近くの窓を開け放ち、煙草に火を着けていたビューリングは、現れたウルスラに少々驚いた。
今日はこういう日なのか、と手にしていた煙草を携帯用の灰皿の中に消した。
 
「……先程はありがとうございました」
 
ペコリ、と頭を下げたウルスラに、ビューリングは何の事だ、と小さく笑った。
ぱちくり、と目を瞬かせたウルスラが何か言おうとするより先に、ビューリングは少ししらばっくれた様子で、手紙を一通差し出しながら言った。
 
「そういえば、私からはまだ言っていなかったな。……ハッピーバースデー、ウルスラ」
 
それはお前宛てだとさ、と食堂へ戻るビューリングを見送り、ウルスラはその手紙の差し出し人を確認した。
差し出し人、エーリカ・ハルトマン。
ウルスラは、なんとも言えない今までに感じた事のない感情を持て余しながら、ビューリング以外の面々がウルスラが居ない事に気付き、廊下になだれ込んでくるまでの間、少々煙草臭くなったその手紙を大事そうに、大切そうに抱えていたのであった。
 
 
おわーり


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